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いつかきみと朝を 3

「それなら僕も同じだよ」
 春樹はベッドに潜りこみ、新田の脚や腰を撫でる。撫でながら、核心に近づいていく。
「やめろ、やめてくれ!」
 芯のない新田を指でなぞる。先端に唇を当てたとき、ベッドカバーがはがされた。新田は鎖骨まで真っ赤にしている。
 春樹は新田の中心に吐息をかけるようにしてささやいた。
「僕も夢でこうしてた……同じ夢をみれたのに、汚いなんて言わないで」
 舌と唇で新田を包もうとした。新田がベッドヘッドに頭を打ちそうな勢いでずり上がる。
「ゆ、夢と現実は違う。わかってくれ。お前にこんなことさせられない!」
「僕のを口でしてって頼んだら、汚いから嫌だって言うの?」
 新田の体から力が抜けた。自分のひたいに手を当てて天井を見る。
「ごめん……ひどいこと言った」
「謝らないで。ほんとにできるなんて、すごく嬉しい────」
 深く呑むことも、強く吸うこともしなかった。ナメクジみたいに舌の裏を這わせることも。
 輪郭に沿ってゆっくりと舐め、先だけを浅く口に入れる。蜜を誘うように優しく吸いながら、手と指も使って硬くしていく。
「っ……く……!」
 声を殺す息づかいがした。ベッドの端をつかむ新田の指先が白くなり、腿に筋肉のラインが浮く。
 初めは盗み見るようだった新田の視線が、いつしか春樹の口もとに絡みついていた。新田の夢で春樹はどんなふうにしていたのだろう。春樹は目を潤ませて新田の顔を見つめ、怖いくらいに硬くなったところにキスをした。
「こんなことして、嫌いになった……?」
「なるわけ……ないだろう」
 眉間に深いしわを刻んだ新田がベッドヘッドを探る。入室したときから置いてあった貝殻型の皿を引き寄せ、中にある蛍光色の袋を破って背を向ける。息を乱しながらコンドームを装着する新田が、うわずった声で言った。
「ローションの蓋、開けてくれ」
 春樹は言われたとおりにして、仰向けになった。控えめに深呼吸を重ね、痛みの向こうに待つ幸せを想う。
 新田の膝が腿の裏に当たる。脚の外側に新田の片手が添えられ、ひんやりしたものが尻の割れ目に触れる。
 次の瞬間、春樹の目は大きく見開かれた。まったく予想していなかった感触がしたからだ。
 濡れた指が秘肛に入る。何もかぶせていない、ローションで湿した新田の指が二本、遠慮がちに侵入してきた。
「だめだよそんな、素手で!」
 潤滑剤が少しずつ足され、傷つけまいとする動きで入ってくる。春樹は新田の腕をつかみ、首を激しく横に振った。
「だめっ! すぐに入れていいから……!」
「俺とお前の体に、汚いところなんてない。お前が教えてくれたことだ」
「しゅ、いち」
 いくら好きでも他人の肛門に指を入れてくれるとは思っていなかった。どこに弱いところがあって、どの程度ほぐさなくてはならないかなど、新田は知らない。穴の形に従って、そろりそろりと入ってくるだけだ。
 新田のすることすべてが春樹には愛撫で、はっきりした快感はなくても全身を浮揚させる。
 根元まで埋まった指を動かすことなく、新田はかすれた声で言った。
「痛くないか……? 指が噛まれてるみたいだ」
「大丈夫。して……修一の……ものに」
 入ってきたときよりも慎重に指が抜かれる。異物が去ってひくつく最奥に、新田の猛りが押し当てられた。
 一、二度標的を逃がして滑ったあと、大人のものと変わらない圧力が春樹の体を割り開いてきた。
「──── ッ! は、うっ!」
 仕事と同じことのはずなのに、初めて知った重みだった。
 慣れない人が相手で痛みは強い。しかし激痛ではなく、大きく裂ける様子もない。
 焔の気配がこれっぽっちもなかった。喉も熱波に焼かれないのに、好きとすら言えない。
 男に抱かれるたびに感じたものは、荒れた海に放り出されて縄一本でつながっているような、激しい肉の快楽だ。痛みが勝っても、笑われても罵られても、頭の奥がねじ切れそうな熱の奔流が存在していた。
 焦がれた新田とのつながりは、圧倒的な重力だった。新田は腕立て伏せに似た体勢で腰を上下に動かしている。新田の下半身の位置に合わせるため、春樹は体を深く折り曲げていた。窮屈だからでも、新田に技術がないからでもない。体重をかけないようにしてくれているのに、この重さは何なのだろう。
 熱い息が首すじにかかる。突っ張っていた肘をベッドについた新田が、春樹の名を呼ぶ。
「春樹……春樹────俺の、ものだ」
 重みの正体を悟った。自分のものだという『しるし』が打ちこまれているためだとわかり、目尻が濡れた。
 両手で目の横をこする春樹を新田が見る。中断しようとする新田に、春樹はすがりついて叫んだ。
「やめないで! 愛してる! 愛してる……! 修一だけを」
 新田の瞳が、花が開くときのように輝いた。ごく自然に唇同士が触れる。ぎくしゃくしていた動きもなめらかになり、体位も無理のない抱擁の姿勢になっていく。
 愛する人からこわばりがなくなると、春樹の快感も曖昧ではなくなってきた。汗で濡れる新田の背に手をまわし、突かれる回数と同じだけ声をあげる。
「あっ、あ……! いこ、修一。一緒、に……ッ」
「は……る……ああっ────」
 せつなげな声と共に新田が精を放った。愛をそそぐ恋人を、春樹は息を殺して抱きしめる。
 新田の呼吸が整いかけたころ、春樹は自らの口を手でふさいで果てた。






「つらかっただろう。休んでいこうか」
 新田が心配そうな面持ちでベッドに腰を下ろす。ぼんやりと新田を仰いだ春樹は、頬と胸が熱くなるのを覚えた。
「着てくれたんだ……そのシャツ」
 はにかんでうなずく新田が着ているカットソーは、春樹が選んだアーガイルのものだった。
「似合うか?」
 はいと言う代わりにキスをねだった。唇だけのキスで痛みがひいていく。新田が飲みかけのペットボトルを開けた。
「最後、口を押さえてたろ。痛かったからなのか……?」
 春樹が体を起こすのを手伝い、水を手に持たせてくれる。窓は開いていなくても、新田が眩しい。
「痛くなかったって言ったら嘘になる。でも、大切なことがわかったから」
「大切なこと?」
 ひと口だけ水を飲んだ。どの水よりも甘い。
「修一のものになれた喜びに、言葉は要らない、って」
 体のなかに新田がいた。出会ってからずっと憧れてきた人に、しるしをつけられた。
 実際の体重以上の重みを感じるセックスは、この人としかできないだろう。
「俺……いつか、お前と暮らしたい」
 聞き違いかと思い、新田の顔を正面から見る。新田の頬は紅潮しておらず、真顔だった。
「ほかに何も欲しくないと思える恋は、これが最初で最後だと思う。いいと言ってくれ」
 何かに叩かれるように、春樹の手が見えないものに弾かれた。
 開いたままのペットボトルがベッドに落ち、水をまき散らしながらスローモーションで転がる。

 バラ模様の床はカーペットで、ペットボトルはガラスではないのに、グラスが割れるような音がした。

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