ガラス製品が割れる音で高岡の目が開いた。
カウチソファから右腕が落ちており、モルトウイスキーと、脚が折れたクリスタルグラスがフローリングを汚している。
「────夢か」
遮光カーテンのすき間から射す陽光がグラスに反射し、色素の薄い瞳を射る。光に背を向けて起き上がると、慌ただしい一夜の記憶が鮮明になってきた。
昨夜のことだ。桁外れに不出来な仔犬が別邸を訪ねてきた。鵜飼夫人に世話を頼み仕事を終えて別邸に寄った高岡は、和室で熟睡する仔犬の手を見咎めた。
何かを握ったまま眠っていたため、こじ開けてやろうとした。
『おかえりなさい……』
仔犬の頓珍漢な寝言のせいで、隠しごとを暴く好奇心がそがれた。別邸は高岡のものではないと言ったはずなのだが、まるで覚えていないらしい。
肌掛けをかけ直してもばか犬は起きず、警戒心とは縁遠い寝顔をしていた。
結局のろまな仔犬を学校まで送っていき、自宅に戻って寝酒をあおった。愛用していたグラスが割れたことより、間抜けな寝言が耳について離れないことが苛立たしい。
嗜好品の残骸を片づけてキッチンカウンターに向かう。別のグラスに注いだモルトを、ひと口で体が拒絶した。経験のない苦味が舌をなぶる。口直しに吸った煙草もやけに辛い。
奇妙な夢をみせた気に入りの酒を、高岡は一滴残さずシンクに流した。
< 了 >