NOVEL

光の当たる場所2 緋色の妄執 -3-

「そんなに拗ねないでよ?」
 それでも逃げられずにいる自分が、至極厭だ。俺は返事の代わりに睨み付けた。が、当然効果は無い。
「何をそんなに怒ってるの?」
 説明する気力なんて無い。どうせ言うだけ無駄だ。こいつは、久本貴明という名のこの男は、俺とは何から何まで作りが違う異生物だ。そうでも思わないとやってられない。
「……昨夜、お前の兄とかいう奴に会ったぜ?」
「え!?」
 途端に、久本は顔色を変えた。真剣な、血の気の引いた顔で俺を見る。
「大丈夫!? 何かされなかった!?」
 慌てたように腕を伸ばし、何をするのかと思えばいきなり俺のシャツの襟元をばっと開いた。
「なっ!! 何するんだよっ!!」
 慌てて久本の腕から逃れてシャツの襟元を合わせ直すと、久本は、ほっとしたように息をついた。
「……その様子だと、大した事はされなかったみたいだね」
 ……大した事って……お前、俺が何をされたと思ったんだ?
「兄は兄でも、タスクって奴。『四条界』の父親。息子の方とも会ったけど。一応『九頭竜久遠』って自己紹介しといたけど良いのか?」
「あ……ああ、佑兄か。うん。それで良いよ。そうか」
 心底安心した、って顔でひどく緩んだ優しい笑顔で笑った。やけに眩しい笑顔。天使、みたいに無邪気な。明るい笑顔。ぞくん、と全身に痺れが走った。
「あの人、面白い人だろ?」
 楽しそうに、久本は言った。俺はそれから視線を逸らす。
「面白いっていうか……訳判らない男だな、お前と一緒で」
 久本はくすくすと笑う。
「あの人、嘘がつけない人なんだよね。ていうか、嘘はついちゃいけないと思ってるみたいなんだ。自分の言った言葉が嘘になっちゃうのが物凄く厭な人なんだよ。なんていうか子供より純粋で」
 楽しそうに、笑って言った。俺の心臓はどくどく言ってる。やけに久本の笑顔が眩しくて──そうか、こいつ。いつも笑ってるけど、本当に笑ってる顔、俺ろくに見た事無いんだ──なんて今更気付いたりして。
「だからあの人、俺と久人に、負い目感じてるんだよ」
 そう言った久本の目は、一瞬笑ってなかった。
「……え?」
 聞き返した時には、既に久本は笑顔に戻っていた。
「ま、久人の事で色々聞かれるだろうけど、小さい頃であまり良く覚えていないって言っておけば良いよ。実際、『久遠』は久人の事何も知らないんだから」
「……久人って一体誰なんだ?」
「ん……十二歳年上の従兄、で俺のパトロン」
「……は!?」
「てのは冗談で、まあでも学費出してくれたから、そう呼んでも間違いじゃないかな?」
「……学費って……四条から出して貰えなかったのか?!」
 すると久本は唇だけで笑った。
「だから、君は恵まれてるって言ってるんだよ」
「…………」
 呆然として、久本を見つめた。
「君は家族なら愛されて当然、養われて当然、って思ってるでしょう?」
 答えられなくて、久本の目を見た。
「誰かが助けてくれるのを、誰かが迎えに来てくれるのを待っていたら、僕はとうの昔に生きていなかったからね」
「……久本……」
「覚えておくと良い。『無力』は『罪』だよ」
 痛みが、貫いた。
「……『無力』は努力の足りない『言い訳』だ」
 不意に、俺は泣きそうになった。久本に、こんな事を言わせるものに。久本は酷い奴だ。……でも、きっと、生まれた時からこういう奴だった訳じゃない。ここまで来る間に、こうなったんだ。
 久本は他人に冷たい。冷酷で酷薄。だけど、それは他人に対してだけじゃない。自分に対してもそうで、だから──。
「……なんて顔してるの?」
 そう言って、頭を撫でられた。……ひどく優しい顔で。
「何泣きそうな顔してるんだい?」
 その声がひどく優しく甘く聞こえるから。だから、俺はこいつを突き放せない。抱きしめられても、逃れられない。
「……久本、お前……幸せ?」
 ぽつん、と言った。
「幸せだよ。当たり前じゃないか」
 そう言って、俺の後頭部をゆっくりと撫でた。
「君がもう少し素直だと、もっと幸せになれるけど」
「……言ってろ」
 泣かない。
「どうしたの?」
 絶対、泣かない。少なくとも、こいつの前では、もう。
「……久本、お前本気で幸せ?」
 相手の目を見て。
「幸せだよ。当たり前じゃないか」
 久本はいつもの笑顔でそう言った。俺はその瞬間、何か気持ちがすっと冷えるのを感じた。
「俺を子供扱いするなよ!!」
 久本の腕を、振り払った。驚いたように、久本は俺を見た。
「……何? どうしたの?」
 どうして、こいつは。俺を──俺の目を見てまともに喋らないんだ!! どうして俺を、自分と対等に見ないんだよ!!
「お前俺の事バカにしてるだろう!?」
 久本は目を丸くした。
「俺がガキだと思ってバカにしてるだろう!!」
 久本はゆっくり目を瞬かせた。
「……もしかして、拗ねてる?」
 ぷつん、と切れた。
「だからっ!! それがっ……ガキ扱いしてるって言ってるんだよ!!」
 カッと血の気が上って、久本の襟元を掴んだ。右ストレートでぶん殴ろうとして、かわされ払われ、腕を取られて──一瞬、何が起こったのか判らなかった。視界がぐるん、と回って転がされていた。床の上に寝ている。呆然として、天井を見上げた。久本はそんな俺を、楽しそうな顔で見下ろした。
「……今度、合気道やってみたら? あ、でも昔やってたっていう空手をもう一度やり直すのが先か。取りあえずボクシングはやめておいた方が良いね。君はストレートすぎるんだよ、攻撃が。ボクシングってあれ結構クレバーなスポーツだからね。ま、格闘技も頭は使った方が良いけど」
 ……何、今の……。そんなに力入れたようにも見えなかったのに、いともあっさり転がされた。まるで俺が自分から転びにいったように。
「『合気道』だよ」
 久本が俺の考えを呼んだかのように、言った。
「君の攻撃が見えたから、君が僕に向かってくる動きを利用したんだ。自然にきれいに回っただろう? 僕も全然力は使ってない。君の行動をそのまま利用しただけだよ」
「どうやってやったんだ?」
「だから言ったろう? 君の攻撃行動が見えたからね。フェイクも何も無しに、一直線に向かって来ただろう? 右肩が後ろに下がったから、右ストレートが来るのがすぐ判った。視線の位置で、僕の顎辺りをを狙ってた事もね。足下は摺り足で、しかも直線の『歩み足』だろう?」
 『歩み足』というのは空手の足さばきの一つで、遠い間合いの相手に一気に近付く時に使用する。前に出した足を軸にして、後ろになった足で床を蹴るようにして、大きな歩幅と少ない歩数で、一気に間合いを詰める。空手をやめて三年経つのに、体がまだ覚えてる。四年前、ジュニアの大会で優勝した。思えば、あの頃が絶頂だった。両親はいなかったけど、俺にはまだ兄貴と広香、それから空手があった。親切な人の好意で──今ではその正体が、久本(旧姓四条)貴明だったと判っている──道場に通っていたけど、ある日道場から帰る時、靴の中に入れられていたガラス片で親指を切った。あの時の怪我はすぐ治ったけど、休んでいた間に勘を失い、元通り体は動くようになったけど、二度と優勝は出来なかった。
 空手は俺の心を満たさなくなった。勝つ事が大事だと思ってるつもりは毛頭無かった。それでも、俺は以前のような情熱は抱けなかった。そもそも俺に自由になる金なんてものは無かったから、結果を出せなきゃ意味なんか無いような気がした。『金食い虫』。人様の『ご好意』のおこぼれに預かって、才能も無いのに自惚れていた。
 俺には何も特技が無かった。成績優秀、頭脳明晰、品行方正、誰にでも優しく穏和で立派な兄。明るくて可愛くておませで口が達者で、その上頭も良くて運動神経までいい生意気盛りの美少女有望株の妹。俺には何も、誇れるものが無かった。運動神経は悪くないと思う。だけど、人より早く走れる訳じゃない。球技だってそこそこ出来るが、抜きん出ているって訳でもない。俺には空手しか無かった。『友人』なんてものも無かった。同年代と馴れ合うなんて吐き気がすると思っていた。周りの連中はどいつもこいつもガキ臭くて、甘ったれてて反吐が出る。ぎゃあぎゃあ口ばかりうるさくて、ろくな事言わない上に、俺が口を開けばすくみ上がって怯える始末。こっちは脅しかけてるつもりなんて毛頭無いのに、「センセイ、中原君がいじめます」だなんてふざけるのも良い加減にしやがれ。てめぇらの被害妄想で、俺を悪者に仕立て上げて、遠くから囲みを作って俺を嘲笑いやがって、そっちの方がよっぽど卑劣で最低だ。
 後日、ガラスの破片を入れた連中は、病院送りにしてやったけど。
「足の動きと君の顔の表情から、蹴り技は来ないと踏んだから、読みを右拳ストレートのみに絞った。君の行動イメージは綺麗に思い描けたから、僕は君を待つだけで良かった。君の右拳をかわして払いながら、腕を掴む。ここまでは判ってるね?」
 頷く。
「その状態で、既に君の体勢は前傾姿勢に崩れていた。その状態で一歩前に足を踏み出して──再現してみようか。立ち上がって」
 言われるままに立ち上がり、先ほどと同じように、右拳を突き出した。久本は俺に理解しやすいようにか、ゆっくりと腕を払う真似をして拳を掴む。
「もう少し体を前に倒してみて?」
「こうか?」
「うん、そう。そういう感じ。その状態でぐっと、僕が一歩、前に出る」
 くにゃ、と肘が曲がり、力が外側にそれて、上体のバランスが崩れ、右斜め前方に倒れそうになる。
「わっ……」
 慌ててバランスを取ろうとする。
「こうなったらもう、相手の体は倒れるだけだから、そのまま手をひねって更に体勢を崩してやる。その時、あまり手は動かさない。相手の腕を引くのではなく、自然な力で流れに沿って──左足を少し引いて、相手を床に倒すように投げる。叩きつけるのではなく、落とすように。ちゃんとやれば、相手も自分も怪我はしない」
「…………」
 背中に床が当たる。
「これがまあ『合気道』基本技の一つ、『引き落とし』。All Right?」
「……アンタ、なんでそんなこと知ってるんだ?」
 久本は笑った。
「必要に迫られて」
 どんな必要だよ?
「その調子じゃ、やった事あるの、合気道だけじゃないんだろ?」
「柔道・空手・剣道・弓道・キックボクシング、それに合気道」
「格闘マニアかよ?」
 言うと、久本は苦笑した。
「だから、必要に迫られてって言ってるでしょう?」
「どんな必要だよ? ……どうせ、『趣味』も入ってるんだろう? アンタの事だから。趣味と実益。違うか?」
「否定はしないよ」
 久本は曖昧に笑った。
「けど、そんなにやったら随分金かかっただろ。……金持ちじゃないとやれねぇな」
 久本は苦笑した。
「君もやりたければ、金を出してもいいよ。ただし、無駄金にさせなければね」
「なんで俺がンな事やらなきゃならねぇんだよ」
「やりたいんだろう? 違うかい?」
「なっ……!?」
 一瞬、噎せかけた。
「何を言い出すんだよ!! 久本!!」
「図星だからって、そんなに顔赤らめること無いよ。君が望むなら協力しても良い」
「なんで俺が!! べっ……別に興味なんかねぇよ!!」
「でも今、僕がどうやって君を投げたか知りたがったでしょう? 興味が無い人間だったら、あそこは投げられた事を怒る場面だよ? 嬉しそうに楽しそうに、僕の話を聞いていたじゃないか」
「おっ……俺は、だってっ……か、空手には投げ技なんか無いし、初めて見て珍しかったからっ……!!」
「確かに空手は当身技が主体で、掴み技・投げ技は禁じ手になっているけどね。それだけで、普通の人間はあんな表情はしないと思うけど」
「う、うるせぇんだよ!! 大体、アンタな!! アンタが悪いんだぞ!! そもそもどうして俺がアンタを殴ろうとしたか判ってるのか!? ちっとも反省してないじゃないか!!」
「僕が何故反省しなくちゃならないんだい?」
 久本は不思議そうに訊いた。
「なっ……何……っ!?」
 怒りで、一瞬窒息死するかと思った。
「あっ……アンタが!! 俺を子ども扱いしてバカにしてるからだろうが!!」
 久本はきょとんとした顔をする。何それ、って顔で。
「何言ってるんだい? 君は子供で、それ以外の何者でも無いだろう? それに僕は君をバカになんかしていない」
「してるだろうが!! 目一杯!! 人に全然何もろくな説明しないし、何を考えてるのかちっとも言いやしないし!! 俺の都合なんかお構いなしに引きずり回して、俺の事情にはズカズカ踏み入ってくるくせして、自分の事情にはちっとも触れさせやしないじゃないか!!」
「おかしな事言うね。君はこれ以上無いくらい、僕の事情に関わってるじゃないか。僕がこんなに素をさらけ出すなんて至極珍しいんだよ? 自分でも感心するくらいなのに、そういう事言うかな?」
「だってっ……久本!! 嘘つくなよ!!」
 その瞬間、久本は不意に真顔になった。
「……何が嘘?」
 きらりと目が、光った。獲物を狙う肉食獣の眼。
「僕の何が『嘘』だって言うの? 何の根拠があって?」
 ぞっとして、身がすくみそうになる。心底冷たい声音で。
「……だってアンタ……俺に心許したりしてないじゃないか……」
 語尾が、消え入ってしまう。久本に見つめられて、体が震え出しそうになる。ぞくぞくする。恐いと思っているのに、同時に物凄く引きずられて、魅入られそうになる。
「君が何をどう、考えようと勝手だけどね」
 意地の悪い、笑みを浮かべた。久本は腕を、指を俺の顎へと伸ばしてきた。
「憶測で物を言うのはよして欲しいな」
 鋼鉄製の笑顔で、俺の喉を指の腹で引っ掻くように撫でた。
「……っ!!」
 一瞬、息が止まった。全身が冷たくなり、生唾がわいた。
「ねえ?」
 泣きそうになった。ひどく無茶苦茶、泣きたい気持ちになった。
「じゃあ……俺に本音をさらけ出してるって言えるか? アンタは」
 久本は静かに笑った。冷徹な笑みで。
「それを訊いて僕が答えると思ってる?」
「…………」
 たぶん……いや絶対、言わない。
「本当、可愛くて面白い子だよね」
 そう言って、久本は俺の額に手を触れた。
「面白いよ」
 笑って言う。楽しそうに。
「俺は……」
 声が、震えた。
「アンタの玩具じゃない」
 久本の指が、俺の顎をそっと掴んだ。体が、震える。
「勿論だよ」
 じっと、久本は俺の目を見つめる。観察動物でも見るような目つきで。がたがたと、体が震える。
「俺を、弄ぶな」
「そんなつもりは毛頭無いよ」
 久本は無遠慮な目つきで俺を眺める。
「だったら、どうしてそんな目で見る?」
「見たいからだよ」
「見るな!」
「どうして?」
「見るなよ!! 気分悪くなるんだ!! じろじろと俺を見るな!!」
 そんな、動物でも見るような目で。
「……本当、面白いよね」
「面白がるな!! アンタ気分悪いんだよ!!」
 久本はくすり、と笑った。
「じゃあ、何故僕と一緒にいるの?」
 一瞬、喉が詰まった。……何故って……。
「アンタが……アンタが俺を無理矢理引きずり出して連れ回してるくせに、そういう事言うか!?」
「僕は無理強いしてないだろう?」
「嘘をつけよ!! してるだろ!? 思い切り!! 厭だと言っても全然聞かないじゃないか!! いつだって自分の都合ばっかり!! 俺の都合や気持ちなんか、一つも聞きやしないだろう!!」
「でも、君は喜んでいるんじゃないのかい?」
 胸を、痛みが貫いた。──最低、この男。最低だ、こいつ。なのに、それでも──この男の顔に、心ぐらつく俺は──本当どうしようもない。救いがたくて。
「離せよ!!」
 久本の腕を振り払った。
「アンタなんか嫌いだ!!」
 泣いたって、どうにもならない。この男は、誰のものにもならない。だったら。
「俺に、構うなよ……」
 久本は穏やかに笑った。
「放っておける筈が無いだろう? そんな泣きそうな顔して」
 騙されそうな笑顔で。厭だと思ってるのに、引きずられる。逃れたいと思っているのに、更に深みに陥ってしまう。誰かに何かに、救いを助けを求めたくても、俺にはその『誰か』がいない。

 助ケテ。

 俺は救われたいのに。楽になりたいのに。この男は俺を更にどん底へ突き落とす。絶望の海に飲み込まれて、溺れてしまう。

 ダッテ、俺ハ愛サレタインダ。

 愛じゃないなら、いらない。そんなものは俺を救わない。ただの『好意』だなんてそんなもの。有り難い人様からの『お慈悲』や『憐れみ』と、一体何がどう違うって言うんだ? 俺一人のものにならないなら、そんなのは何も無いのと同じだ。
 期待して、絶望するくらいなら、最初から何もいらない。欲しくない。もう絶望するのは耐えられない。今度、何かを失ってしまったら、俺は正気を保てるか自信が無い。俺が俺でなくなるなら、俺が『人間』でいられなくなるなら、だったら最初から何も無い方が断然良い。
 もう何も期待しない。誰にも、何にも。じゃないと俺は、壊れてしまう。壊れて崩れて、『人間』の形を失ってしまうから。
「触るなよ」
 俺に期待させるな。俺の心を支配するな。何も与える気が無いのなら、いっそ赤の他人で何も関わらない方がマシだ。心なんて無い方が良い。傷付くだけなら。
「そんな泣きそうな顔をしているのに、放っておける訳が無いだろう? 君が好きなのに」
 どれだけ否定しようとしても、懸命に逃れようとしても、心の壁で遮ろうとしても、それでも差し込んでくる眩しい輝きには、かなわない。俺には眩しすぎる光。緋色に輝き、俺の眼を灼く、六千度の光。その言葉に、真実がひとかけらも無かったとしても、俺は抗えない。──判っている。俺が、この男を好きなんだ。酷い男と知っていて。最低鬼畜野郎だと知っていて。それでも。絶望的に。嫌いになれればいい。そうしたらきっと楽だ。でなければ何もかも放り出して、相手に全てを委ねてしまうか。……だけど、きっとこの男は何も抵抗しなくなったら、俺を見捨てる。平気で飽きて捨ててしまう。そんなのは厭だ。ゴミのように放り捨てられるのは厭だ。
 俺は──支配されてる。この男に。
「泣いてもいいんだよ?」
 耳元で、優しく囁いて、抱きしめられた。──泣かない。もう絶対に泣かない。それが──俺の、一番最後に残されたプライド。これ以上負けたくないから。これ以上、何も譲りたくないから。
 嫌いになれれば良かったけど。憎む事が出来れば良かったけれど。俺はそれが出来ないくらい、心を縛られている。どんなに厭だと思っても、抗えない。こんな男、好きになったりする方がバカだと思っても、どうにもならない。よりによってこんな男を本気で好きだなんて。
 だから、泣かない。もう、二度と。

To be continued...
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