NOVEL

光の当たる場所 -11-

 『高井』は気の毒げに四条を見遣ったが、それでも何も言わず、持ってきたバックの中からクリアケースを取り出し、書類を出す。
「こちらが『草稿』と『進行表』です。二部ありますのでご覧下さい」
 そう言いながら、それを四条と傲慢女に渡す。傲慢女はちらりとそれに目を通すと、背後の黒服にそれをぽんと渡した。俺はぴくりと肩が震えた。四条がとんとん、と他からは判らない程度に、軽く俺の背中を叩いた。
 四条はそれに目を通しながら、『高井』に声掛ける。
「……この、二枚目の七行目なんだけど」
「二枚目、七行目ですか?」
「この時、BGM入れた方が良くない? 選曲はそっちが専門だから任せる。それと、内輪のスピーチの時間はもっと短めに。三分で十分だ。『外部』のお客様が多いから、歓談の時間を多めに取って。それと『お色直し』だけど、こんなに要らない。悪いけど削って。これじゃ由美子様がお客様に対応する時間が無い。……『普通』の『結婚式』じゃないんだから、ちょっとそれ、頭入れて。『外部』の『客』が『主人』なんだ」
「判りました。修正いたします」
 事務的に二人で会話してる。傲慢女はわざとらしく大きな欠伸をして伸びをした。だが、四条達は気にした風もない。
「……これで宜しいですか?」
「そうだな。……そんなもんだろう。……後は……大体これでイケそうだ。……由美子様、こうなりましたけどいかがですか?」
 四条が直した草稿と進行表を見せる。本当に全部見たか怪しいくらいの時間、ちらりとそれに目を遣って傲慢女は突っ返す。椅子にふんぞり返るように座って、くいと顎を上げて背もたれに寄り掛かり、背後の黒服に何かジェスチャーする。すると黒服が胸元から煙草を出して、女にくわえさせ、オイルライターで火を付ける。女はそれを深く吸い込み、真っ白な煙を吐いた。俺は眉間に皺を寄せた。女は鼻で笑う。
「……好きにすれば?」
 四条は別に気にした風もなく高井に言う。
「じゃあ、それで宜しく。出来たら又見せて。……それじゃ『引き出物』とかの件になるんだけど……これはカタログにして。勿論『久本』のね」
「かしこまりました」
「『外部』と『身内』は差別して。予算がこれで内訳はこの位で……」
 何かサラサラと書き込む。高井は頷く。二人が真面目に相談してる間……傲慢女はと言えば、煙草を吸ったりワインを飲んだり、コツコツ机を指で鳴らしたりと落ち着き無い。……確かに『美人』だがあんまりじゃないか? 俺はかなり苛々していた。だったら見なけりゃ良いんだが、女は俺のほぼ正面辺りにいて、前を向けば厭でも目に入る。一体どういう神経してるんだ!! 自分の『式』だろうが!!
「……それでオリジナルのワインを出すというのはどうかな? ラベルも中身も『特別製』で」
「……当日のみ、ですか?」
「実は『用意』があるんだ。この間良い『物件』を見つけてね。地元の葡萄畑なんだけど……実はもう既に『入手』して『仕込んで』ある」
「えっ!? じゃあ……!!」
「……後は瓶詰めしてラベル張るだけ。まあ、それはこっちが『専門』だから手配は何とかする。ただ、そちらの『意見』が欲しくて」
「……例えばどういった?」
「……残念ながら、僕自身にデザイン能力は無くてね。君のセンスをちょっと借りたい」
「私にもデザインセンスはございませんよ」
「そうじゃなくて……どういうのが『ウケる』とか。そういうのは……『専門』じゃない? 『傾向』だけで良いんだ。後は何とかする」
「……それでしたら…………」
 何だか話はどんどん専門的で、俺には全然面白くない。傲慢女は俺以上らしくて長い足を組み替えたり、ワインをお代わりしたり、ワインの入ったグラスを揺すって中を覗いたりしてる。
「……あ、そろそろ十二時ですね。上へ行きましょうか?」
 四条は傲慢女にお伺いを立てる。女は無言で立ち上がり、さっさと歩き出す。四条と高井も立ち上がり、俺も慌てて立ち上がった。四条は俺に苦笑をちらりと見せて、足早に傲慢女を追い抜かし、先にエレベーターへ辿り着いてボタンを押す。俺達が到着する前にエレベーターが下りて戸が開く。四条は戸を開いたまま、俺達が乗り込むのを待って扉を閉める。エレベーターは十四階へ向かう。狭苦しい箱の中、誰も口を利こうとしない。傲慢女がコツコツと神経質にヒールの踵で床を鳴らす音が響いた。俺はかなり苛ついていた。何なんだ、この女。最低。四条なんかよりずっとだ。何考えてんだ、このクソ女。
 十四階に辿り着いた。女は四条のエスコートなんて当然のごとく、『女王』のように偉そうに歩き、傍若無人に振る舞った。四条は何考えてるんだか、それに付き従う騎士のように甲斐甲斐しく世話を焼く。『和食』の別室で傲慢女が脱ぎ捨てた靴を揃える時点に至っては、俺はもう堪忍袋の緒が切れそうになった。
「……しっ……!!」
 まだ何も言わない内に、四条は俺の口を手で塞いだ。
「……言いたい事は後で聞くから」
「……っ!!」
 問答無用、だった。先に行ってしまった傲慢女を見送りながら、小声で高井が四条に言う。
「……あの……四条支店長。『また』ですか?」
「……気にしないで。あの方の機嫌の悪いのはいつもの事だから。僕もあの方を刺激するような事言うから悪いんだ」
「……でも……」
「心配してくれて有り難う。でも、そういうのはほら……要らぬ『誤解』を招くだけだから」
 そう言って、四条は俺にちらりと目線で促して、傲慢女の後を追う。
「……いつも、なのか?」
 俺は思わず言った。高井は溜息をつく。
「……君は?」
「……あいつの……」
  『知り合い』と言いそうになってごくりと飲み込む。
「……甥で『四条界』」
「……四条支店長の甥御さん? ああ、そう言えば支店長、一番上のお兄さんと二十一も離れていて、次のお兄さんとも十五歳違うって以前に……確か一番上の隆氏のご長男は由美子様の『婚約者』だったのよね?」
 バカ野郎!! 四条!! そんな事聞いてないぞ!! ……仕方なしに俺は俯いた。
「……十二年前の『事故』で亡くなられなかったら、きっと今度のお『式』のお相手は[かなめ]さんだったんでしょうけど……そう考えると、由美子様もお気の毒だわ。要さんとは相思相愛だったってお聞きしてるから……」
 ……俺は本気で四条を恨みたくなった。
「由美子様も誰かに当たらずにはいられないくらい、お淋しいのかもしれませんね」
 頼むからそういう複雑な事情は、事前に説明しろ!! バカ四条!!
「……何やってるの?」
 四条が襖を開けて、顔を覗かせる。俺は憮然として四条を見る。四条は苦笑した。
「おいで」
 見惚れそうな、笑みで。俺は溜息をついた。隣の高井とか言う女はぼうっとした目で、それを見てる。……この鬼畜野郎。大体、相互関係が読めてきた。何て男だ。こんなハイミスまで毒牙に掛けてんのか? 無節操にも程がある。
 四条の手招きに、不承不承ながら従う。四条は穏やかに笑ってる。俺を促して、自分の隣りに座らせる。全員(傲慢女までもが)正座してるので用意されてる座布団に、仕方なしに俺も正座する。四人分の黒い塗りの膳には、塵一つ積もってない。……たぶん高いんだろうな。料理はなくて、朱塗りの箸が、箸置きの上に、和紙で出来た紙包みの中に入って置かれてる。あと、コップとお猪口。 全員揃うと、仲居風の格好の女と責任者らしき板前風の男が現れ、深々とお辞儀をする。
「ようこそいらっしゃいました、由美子様。四条様。本日、我々一同腕によりを掛けておもてなしいたしますので、ごゆるりとご堪能下さいませ」
「……冷酒を頂戴。銘柄はそっちに任すわ」
 傲慢女の台詞に、四条は苦笑する。
「……飲み過ぎじゃありませんか?」
 傲慢女はギロリと睨む。
「あなた私に『意見』するつもりなの?」
「……お体に触りますよ。さっき二本も空けていたでしょう?」
「あんなの飲んだ内に入らないわよ。そこらの連中と同じにしないで欲しいわね」
「『何か』あったら『困る』でしょう? ご心配差し上げてるんですよ。差し出がましいとは存じておりますが」
「本当差し出がましいわね」
 そう言って女は鼻で笑う。
「冷酒を頂戴。……キンと冷たいのをね」
 他人の話なんか聞いちゃいなかった。俺はムッとした。何でこんな女、相手するのか全然判らなかった。四条は溜息をつく。
「……出来るだけ軽めでお願いします。たぶん、ここへ来る前にも飲んでるようなので」
「……かしこまりました」
 二人が退出すると、傲慢女は四条を睨み付けた。
「あなた、『私』の何なの?」
「『婚約者』ですよ。『婚約者』の『健康』を気遣って何が悪いんです?」
 ハッと笑い飛ばす。
「良くもまあ、言えたわね! ……売女の息子が!! どの口で言えたものかしら? その『顔』で何人も誑かせて。私まで誑かせるとでも思ってるの?」
「……人聞きの悪い事言わないで下さい」
「……『婚約』前のあなたの所業、私が知らないとでも思ってるの?」
 四条がクスリと笑みを浮かべる。
「確かに『お友達』は多いですが、あなたが『勘違い』するような『お付き合い』はありませんでしたよ?」
「良く言うわね!」
 ……涼しい顔で確かに大嘘だが……だからって俺は『人前』でこんな事抜かす女にムカついた。そんな物は知っていても、こういう場では決して口にするもんじゃねぇ。少なくとも『常識』なら。
「……おとなげないですよ、由美子様」
 さらりと告げた四条の言葉に、傲慢女は顔を朱に染める。
「何ですって!?」
「……大分酔ってらしてるようですね。忘れて差し上げますから、少し黙ってて下さい。酔いが冷めたらもう一度お話お伺いしますから」
「……あなた……っ!!」
「……由美子様。もう少しご自分を『大切』にして下さい。僕に対する『当て付け』でも何でも構いませんけど、あなたの『品格』を貶めるようなこと、なさらないで頂けますか? あなたは久本秋芳殿のたった一人の『愛娘』なんですから」
「……っ!!」
「黙っていれば、あなたほど美しく、聡明な女性はいないのですから、そういう見苦しい真似わざわざしないで下さい。『嫌がらせ』のつもりかもしれませんが、傍からはそう見えませんから」
 傲慢女は冷水でも浴びせられたみたいに、ぶるぶると震え、押し黙った。四条はごく穏やかに静かに微笑んでいる。
 そこへ料理が運ばれてきた。正直言って、食べる気なんかしない。陰鬱な空気の中、四条だけが平然としてる。……最低。何でこんなのに俺が付き合わされなきゃならないんだ。やめて欲しい。
「すみませんが、お水を一杯頂けませんか?」
「……今、お待ちいたします」
 傲慢女は下唇を噛んで、キッと四条を睨んだ。四条はそれをちらりと見て、それでも平然としている。それからふと、思いついたように腰を上げ、傲慢女の方へ行き、何をするのかと思えば不意に右手を伸ばして、女の額に手を当てた。
「……熱があるんじゃありませんか?」
「何するのよ!!」
 傲慢女が四条の手を払い除ける。四条は背後の黒服共に痛烈に言う。
「『お嬢様』の健康管理も満足に出来ないんですか? あなた達は」
 背後の黒服共は狼狽えた。全然気付かなかったらしいと知れる。
「……調子が悪いのに、わざわざ無理する事ないんですよ。確かに由美子様に来て下さるようお願いしたのは僕ですが、病気を押してまで来て下さいとは強要していませんから」
「別にあなたの『指図』なんかで来た訳じゃないわよ!! バカじゃないの!?」
「……それは『光栄』とでも申し上げておきましょうか?b少しは気になさって下さってるって事ですよね。お送りいたしますよ」
「別にあなたの顔が見たかった訳じゃないわ。新しい板前の腕前に興味あったからよ」
 鼻を鳴らして、女は言った。
「別に板前は逃げたりしません。日を改めましょう。無理はいけませんよ。……悪い癖です」
「冗談じゃないわよ!! ここまで来て私に帰れって言うの!? あなた何様!? 私はあなたの下僕じゃないのよ!!」
 憤然として言う。そう言う女の台詞なんて無視して、四条は失礼、と一声掛けて女を抱き上げた。
「すぐ、戻るから」
 そう言い残して歩き去る。
「……しっ……!!」
 四条、と言い掛けて口ごもる。四条は振り返って笑う。
「大丈夫、ほんのすぐだから。待ってて。食事は続けてて良いから」
 本性知らなかったら、騙されそうなくらい人の好さげな笑みで。四条は女を抱えたまま、出て行った。黒服連も慌てて追い掛ける。ハイミス高井と二人きりにされた。
「……四条支店長、本当に由美子様を大事にされてるんですね……」
 溜息つくように、そう言われた。俺に何を言えと言うんだ、この女。仕方ないから黙って料理に目を遣る。小綺麗に盛りつけてある小鉢。俺には味も想像できない代物が入ってる。穴子か何か、透明なあんを掛けて灰色の何か野菜(たぶん)の上に乗ってる。それと酢の物? 大根と人参と何か。……綺麗だけど……食べる気なんて……。
「食べないの?」
 そう言われて、もうやけくそで、けど四条に言われたマナーきっちり守って食った。味なんか判らなかった。……くそったれ四条。何でこんな修羅場に付き合わされなきゃならないんだ!! 二度と絶対奴となんか来るかよ!! 畜生!!
「……四条支店長と同じ食べ方するのね」
 心臓止まるかと思った。
「そうよね。親戚だものね。……綺麗な食べ方ね」
 俺は硬直した。……無言で相手を見た。何だか夢見るような表情をしてる……。……やめて欲しい……。
「四条支店長って普段、どんな感じ?」
 ……それを俺に言えってか?
「ごめんなさいね。不躾な事聞いて。……忘れて。誰にも言わないでね。ごめんなさい」
 顔を赤くしてハイミスは言った。……四条、お前愛想振りまき過ぎ……絶対この女、お前の事勘違いしてるぜ。……それも計算の内か? おい。
 げっそりした。四条は結局三十分程して戻って来た。
「ごめん、待たせた」
 俺は呆れて何も言えない。
「……本気で『結婚』する気?」
 思わず口からぽろりと出た。
「『素敵』な『女性』だろう?」
 やめろ。冗談でもそういう事言うな。俺はげっそりした。
「少々気まぐれで人迷惑なところがあるだけで、それ以外はとても『純粋』な女性だよ。ただ……時折あの『態度』が問題なだけで」
 その『態度』が一番問題なんだろうが!!
「僕個人としては、とても気に入ってるんだけど」
 本気か!? 俺は思わず目を見開いた。俺の凝視に、四条は苦笑いする。
「……彼女はアルコールに依存しすぎだね。あれは少し問題有りだよ」
 それだけじゃないだろう……四条……。
「高井さんも本当ごめんね。『悪気』はないんだよ。ただ、熱が少々……風邪かもしれない。主治医を呼んだから大丈夫だと思うけど」
「……いえ、私は……」
「てっきり酔ってるせいだと思ってたんだ。ちょっとうっかりしてたよ。もっと早く気付くべきだった。……あの方は自分の健康管理に気を遣わないから……周りが気を付けないといけないんだ」
「…………」
 俯いて高井は何も言わない。
「……悪いけど、高井さん。さっき言ってた件、頼むよ。それから進行、もう少し煮詰めといて。それと他の連中との打ち合わせ、お願いできるかな?」
「了承しました」
「君は本当、有能で助かるよ。おかげで僕は楽が出来る。君は秘書でもやってけるんじゃないか?」
「……そんな……」
 ポッと高井は顔赤らめる。四条は笑う。
「それじゃ三人になっちゃったけど、食事の続きをしようか。……『界』、お腹空いたろ?」
 俺はひどく動揺した。四条はぽん、ぽん、と俺の頭を軽く叩く。
「食べ盛りなんだから、しっかり食べろよ。じゃないと身体保たないぞ」
「…………」
 これで昨日出会ったばかりの『赤の他人』だと知れたら、このハイミス、ぶっ倒れるかな。俺はかなり『複雑』な心境だ。少なくとも俺は、三十歳の『叔父』を持った事、一度もない筈なんだがな。……それどころかこいつ、『広香』の実の『父親』で……まだ『独身』で『社長令嬢』の『婚約者』までいるクセに……。こんなのまともに相手してたら……俺、マジで人間不信陥りそう……。
 にこにこ笑う四条の顔見てたら、思い切り深い溜息つきたくなった……。

To be continued...
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