NOVEL

週末は命懸け10「恩讐」 -5-

「……こえぇ。コワすぎるよ、郁也……」
 がっくりと、志賀は両膝を床につけて、呻いている。
「で、それが志賀の携帯?」
「この男が一つしか持っていなくて、このアドレス帳の内容が正しければ、これが四条棗の携帯電話番号とメールアドレスってことになります」
「しっかし、あっさりしすぎだよな。もっと抵抗するかと思ったんだが」
 俺の言葉に、中原は苦笑した。
「あなたの『演技』を見破れる人間は早々いませんよ。俺はすぐ判りましたけど」
「そうか?」
「ええ。俺はあなたを愛してますから」
「……俺には愛が足りないっつーんだな、タッチン……」
 志賀は床に『の』の字を描きながら、ぼやく。中原の額に青筋が浮かぶが、無視する方向らしい。何も言わない。俺も当然そのコメントは無視で行く。代わりに、志賀に問い質す。
「で? どこで待ち合わせだって?」
「……一階搬入口近くの男子トイレ。近くまで来たら携帯にメールで連絡くれる予定。……つうか絶対目がマジだったって、郁也もタッチンも。俺は、純粋でナイーブで平和的で心優しい美青年なのに……」
 平和的で心優しい人間は爆発物など作らないし、それを病院に持ち込もうとはしない。と、言ってやっても、この男が理解するわけがない。バカ以下の人間に説明・解説するのは時間と労力の無駄だ。したがって、俺も中原も志賀を無視する。中原は真顔になって俺に言う。
「盗聴器も発信器も付けていませんからね。志賀になりすましてこの携帯でメールを発信することはできるでしょうが、俺はあまりおすすめしませんね。あくまでこちらで罠を仕掛ける方向性で、こちらの意図を敵に事前に悟らせない方が良いでしょう。ですから、味方への連絡も最小限に留めるべきだと思います。先ほど志賀が指摘した通り、まだ敵が内部に潜んでいる可能性はあるわけですから」
 俺は頷き、携帯電話端末の送信終了画面を確認してから、メール画面を閉じる。
「とりあえず、志賀宛に来たメールを今、俺とお前と社長の携帯に転送した」
 言うと、その直後くらいにメールの着信音が鳴り響いた。
「ああ、これですね」
「じゃ、俺はこれから社長に電話をかける。お前はそいつ、とりあえず縛っておいて。今はそんなでも信用ならねぇ男だから」
「了解いたしました」
 中原はにっこり笑い、ぶつぶつ呟きながら床の上をゴロゴロと転がっていた志賀の尻を蹴り上げ、悲鳴を上げる志賀を蹴り転がしてから、俺が手渡したガムテープを使って志賀を拘束し始める。俺はそれを尻目に社長の携帯へ電話をかける。
「あ、もしもし。『お父さん』ですか?」
[ああ、どうしたのかい? 郁也]
「今、志賀の携帯に届いたメールを転送したんですが、ご覧になりましたか?」
[そういえば、さっきメールが届いていたようだね。まだ見ていないんだが……どうしたのかね?]
「四条棗が、志賀の救出および襲撃のため、中原の入院している病院に向かっているそうです。それと、我が家の爆破を企んでいたようです。爆発物はお父さんが処理なさったと今、聞きましたが」
[ああ、そうだよ。適切に処理したから、安心すると良い]
「先方がスイッチを入れた途端、あらぬところで爆発物が起動するという可能性はありませんか?」
[心配性だね。大丈夫だ。僕を信用して欲しい]
 信用できないから言ってるんだが。
[少なくとも、我々が困るような事にはならないから、安心したまえ。ところで、病院への襲撃の件だが、そちらに笹原君がいるから、彼と相談して決めてくれないかね?]
 その言葉に、驚いた。
「お父さんは指揮を執らないんですか!?」
[大丈夫。君と中原君と志賀君と笹原君が協力すれば間違いないよ。それに、僕は少しやっておきたいことがあるのでね。それにしても、よく志賀君を説得してくれたね。礼を言うよ、郁也]
 説得? 別に俺は説得なんてものは……。
[君が彼を説得してくれたのでなければ、そんな情報が手に入るとはとても思えないからね]
「…………」
[心配しなくても、僕は後方支援と、敵の本拠地を叩いておくから]
「敵の本拠地を知ってるんですか?」
 どきりとした。
[志賀君が捕まった後すぐに棗は居場所を変えたようだが、棗はいつも、四条家または四条家縁の場所を利用していたからね。志賀君の助けもあって、先日ようやく特定することが出来た]
「…………」
[四条棗本人の所在の確認も取れたからね。これでようやく片を付けられると思うよ]
 俺はぎりりと唇を噛み締めていた。
「……『お父さん』はずっとそれを……待っていたんですか……?」
[待っていた? 待っていたというか、それが判らないことには、どうにもならないからね。それと、楠木の現在の所在についても判っている]
「……楠木……」
[今は、棗と共にいるよ。志賀君がこちらにいると知って、すぐ日本へ戻って来たらしい。……ところで、本当に彼らは志賀君を救出しようとしているのかな?]
「……どういう意味ですか?」
[つまり、彼が我々に寝返ったと見ての罠だという可能性はないだろうか、という意味だよ、郁也]
 社長は穏やかな口調で、相手を試すように、告げる。
「…………」
 俺は、四条棗に関する生の情報を何一つ持っていない。だから、俺は四条棗の行動を予測するための判断材料を何一つ持っていないから、当たる確率の高い予測は不可能だ。そんな俺に、この人は予測してみろと言っているのか? 嬲られているのか、実は頼りにされているのか、それとも俺の考えすぎかは不明だ。けれど、これまでの付き合いから、何か面白い──と社長が思うような──答えを期待されていると感じる。
「……相手は『子供』なんですよね?」
 俺は口を開く。
「嫉妬に狂った、親の愛情を求めている子供だ、と」
[……そうだね]
 苦笑を含んだ声で、社長は答える。
「その子供が欲しいと思っているのは、本当に、親の愛情ですか?」
[…………]
 回線の向こう側で、微かに息を呑む音が聞こえた。
「罠か否かの可能性は、志賀本人に聞いた方が早そうです。当てになるかどうかはともかく。けれど、それが本当に救出かどうかの真偽はともかく、何かの行動はあるんじゃないかと思います。……特に、爆弾が、先方の思惑通りに起爆されなければ。鬼が出るか蛇が出るか、それはその時考えることにして、とりあえず臨機応変に対処することにしますよ、お父さん」
 社長は苦笑を洩らしたようだった。
[……頼りにしているよ、郁也]
 別に、お前に頼りになんかされる謂れはない。だが、そんな事はおくびにも出さず、俺は笑う。
「それでは、また、後ほど連絡します」
 通話を切る。
「……中原」
 中原は志賀を拘束し、自分のベッドの上にナイロンロープでギリギリと締め上げているところだった。
「……何やってんだ?」
「こうやって布団を頭の上までかけておいてですね……」
 と、言いながら志賀をかけ布団で頭のてっぺんまで覆い隠してしまう。
「俺の身代わりになってもらおうかと」
「……体格が少々足りないだろ?」
「大丈夫ですよ。ぱっと見には判りません。俺があなたの代わりをしたり、その逆をしたりするのは、どうしても無理がありますけど、俺と志賀ならギリギリですよ。それに、志賀はおとりになれば御の字ってだけですから」
 志賀がふがふがと文句を言って、ガタガタとベッドを揺らす。
「それに、鎮静剤を投与しておけば、しばらくおとなしくなるでしょうから、平気です」
 ガタガタガタ、と鼻息荒くベッドが揺れる。
「鎮痛剤? 誰が打つんだ?」
「俺が打っておきますよ。免許は持っていませんが、大丈夫です。慣れてますから」
 どこで何の必要があって、覚え慣れたのかは、恐いから聞かない。いい加減この男には慣れたつもりでも、非合法な事や犯罪にはなるべく関わりたくない。好きだけど……この男の、こういうところが、ひどく苦手だ。
「……お前に任せる」
 そう言って、中原に背を向ける。
「どちらに行かれるんです、郁也様」
「笹原のところだ。こちらは、俺が笹原と協力して仕切る事になった」
「……本当ですか!?」
「ああ。それで……たぶん志賀にも協力願うことになると思う。今のところ、ここにいる人間の中で、四条棗と楠木成明に一番詳しいのは、志賀だろうから」
 その時、不意に爆発音が鳴り響いた。
「!?」
 慌てて時計を見る。志賀の携帯電話は沈黙したままだ。
「中原」
 俺の言葉に中原が頷き、布団をめくり、志賀の猿轡を引っぺがす。
「……ぶはっ」
 ぜいぜいと志賀は息を切らす。
「あれはお前の爆弾か?」
「……たぶんね」
 志賀は答える。
「全部でいくつある?」
「棗に渡したのは十個だけど、ナリの野郎が俺の自宅から持ち出していたら、その三倍はある。今から家に帰って確認したとしても、その後じゃ間に合わねーな。ま、監視カメラ付けてあるからそいつを確認するって方法もあるけど……カメラの存在に気付かれていたとしたら、たいしたことは映ってねーだろうな」
「余裕だな、志賀」
「余裕? そういうんじゃねーよ。ただ、楽しんでるんだよ。俺は、どんな状況も、基本的に楽しむことにしてんだよ。だってよ、楽しんでも苦しんでも、人生は同じだけの時間しかないんだぜ? だったら楽しんだもの勝ちじゃねーか」
「言いたいことの意味は判らないでもないがな、志賀。俺はお前の所業を許さない。今後の悪行も許可しない」
「……くくく、イイねぇ。クールで熱くてカワイイぜ、郁也。その高飛車ぶりもすげーイイよ。ますます惚れるね」
「くだらない事を言うな。それより、連中のたくらみは見当つくか?」
「さぁな。俺はナツじゃねぇし。……けどまあ、このやり方はナツじゃなくて、ナリの野郎だろうな。ま、ぶちのめす相手がナリだってんなら、積極的に協力するぜ? 郁也」
「……本気で言ってるのか? 志賀」
「俺を信じろよ、郁也」
 信じられるわけがない。
「中原」
 俺は中原を見る。
「悪いが志賀と話をしておいてくれ。俺は笹原のところへ行く。お前が志賀に聞きたい事があるなら、その辺も詰めておいてくれ。……とりあえず、行動に支障が出るような怪我はさせない程度にな」
「……なっ……!?」
「判りました、郁也様」
 絶句する志賀と、にやりと笑う中原を残して、病室を出た。笹原は、先日、ナイフ男から俺と社長を、身を挺して庇ったために負った傷がまだ塞がっていない。動脈を傷付けたために、多く出血したが、命には別状は無く、後遺症もおそらく無いだろうと聞いている。が、今すぐボディーガードとして働けるような怪我ではないはずだ。検査入院後も、念のため病室にいるはずだった。俺は笹原がいるはずの病室をノックする。
「……笹原」
「どうぞ、お入りください、郁也様」
 俺はドアノブを回す。ドアの向こうに、笹原が、四人のボディーガード連と共に病室内に立って、打ち合わせをしているようだった。
「現状把握はできているのか?」
 尋ねると、笹原は頷き、手に持っていた紙を広げて見せる。病院の見取り図だった。
「一階東の男子トイレ近くのゴミ箱が爆発しました。が、仕掛けた犯人は既に確保済みです。現在怪しい動きをしている男が十八人。逃げようとする見舞い客や患者は安全を確認された出口へと誘導し、各担当ポイントを保持・監視して、二分おきの連絡を指示しています」
「他にも爆弾が仕掛けられている可能性がある」
「ただいま手の空いた者で捜索中です。ただ、前々から監視を強化していましたので、捜索箇所はかなり絞られています」
「見落としの可能性は?」
「ありません。裏切り者がいなければ、の話ですが」
「内通者がいる可能性もある。楠木成明と親交のあった者だ」
「……それに関しては、ピックアップし、監視を付けてあります」
 笹原はほとんど感情を伺わせない顔で言う。だが、その声音にひんやりするものを感じて、ぞくりとする。
「そうか。では、その辺りは任せた。……社長からの指示はあったか?」
「はい。私と、郁也様に、この場は任せる、と」
「……傷は、大丈夫か?」
 俺が言うと、笹原はきらりと目を光らせた。
「仕事に支障はきたしません」
「判った。……無理は、するな」
 そう言うと、笹原は僅かに表情をゆるめた。
「有り難うございます」
 おや、と一瞬思った。笑っている、というほどではないが、微笑を浮かべているように見えたから。
「ところで、すまない。名前を教えてくれないか?」
 笹原以外の、四人に向かって言う。
「はい、私の名前は高木です」
「篠原です」
「市村と申します」
「横川です」
「……彼らには、各小班との連絡・指示を担当してもらっています。私の名は、ご存じでしたね?」
「お前には世話になっているからな、笹原。……だが、本当に、無理はするな。傷の治療が長引いたり、悪化して後遺症が残るようになっては困るからな」
「お心遣いありがとうございます。……連中の進入路ですが、主に受付に通じる正面入り口や、その脇の直接病棟へ行くことが可能な出入り口のようです。他にも、資材搬入口や関係者用の出入り口なども監視していますが、今のところ不穏な様子は確認できていません」
「志賀宛のメールに、こういうものがあった」
 携帯端末を操作し、そのメールを表示し、内容を読み上げる。
「『これからお前を迎えに行く。久本邸を爆破・攪乱して、病院への注意をそらした上で例のやつを襲撃するから、おとなしくクソでもしながらそこで待ってろ』だ。……志賀の言葉が正しければ、狙われているのは俺と中原だそうだ。ちなみに久本邸の爆破については、社長と執事が既に爆発物を撤去済みだ。当然配慮もされていると見て良いだろう。俺達が考えるのは、この病院の事だ。志賀が言うには、一階搬入口近くの男子トイレが待ち合わせ場所らしい」
「了解いたしました」
「それで今、中原が志賀に協力要請を取り付けている頃だ」
 俺が言うと、笹原の眉が僅かにひそめられた。が、すぐに元に戻る。
「ここへ連れて来るよりは、そのまま中原の病室に確保していおいた方が良いと思うんだが、笹原の意見は?」
「……敵か味方か判断つかない内は、ここへの連行は危険だと思います」
「そうだな。表面上は従ったとしても、油断がならない。笹原の電話番号を教えてくれないか?」
「以前ご連絡した時と番号は変わっていないのですが……」
 と、言いながらも教えてくれた番号を登録する。
「念のため、皆の番号も聞いて良いかな?」
 相手の意向を問うように尋ねると、他の四名も番号を教えてくれる。それらも登録すると、携帯をポケットにしまう。
「俺が……囮になる、というのはどうだ?」
 その途端、五人の表情が一斉に変わる。
「駄目です! そんな危険なこと……っ!!」
 俺は苦笑する。
「たぶん、な。俺はあんまり役には立たないんだ。実戦と経験が少ないからな。更に言うならば、本命ですら無い。確実な証拠も根拠もないんだが……たぶん、本当に狙われているのは、中原だ」
「…………」
「お前達も知っているだろうが、こんな事を中原に言おうものなら、あいつは我が身も省みず病室を飛び出しかねない。たぶん相手側に、中原のいる病室の情報は流れてると思うんだけど……あえて、そこに罠を張る」
 笹原の表情が変わる。真顔で、見つめられる。
「どういう、罠ですか?」
「手薄に見せかけて、距離を置いて包囲・監視する。そこまでの進入路は、あえて一部を手薄にして、進入しやすいルートを作る。ただし、やりすぎるとかえって不自然になるから、監視役はきちんと置く。相手はこちらの内部に詳しい男だから、配置した人間を見るだろう。でも、そのルートには相手に突破されることが予測される人間を置く。内通者と疑われる人間や、監視・防波堤の役割を担えない人間を配置するのが良い。ただし、あからさまだとかえって不審に思われるだろうから、その間に信頼できる十分な能力を持つ者を置く。それによって、相手のルートを絞ることが出来れば──これはもうほとんど運とか確率の問題で確実性は無いが──上手く行けば相手をハメることができる。俺は、それに加えて更に、警備・監視網に、わざと穴を作るための囮だ。俺が走り回ることで、監視網に穴を作る。だが、それは相手の油断をより誘うためだ。メールや電話で状況は知らせる。中原には気付かせるな。中原への連絡は俺がやる。中原から連絡があったとしても、俺がここにいるように振る舞ってくれ。上手く行けば、後で上手い酒が飲めるはずだ」
 俺が笑って言うと、笹原は僅かに目を細め、他の四人も口元をゆるめた。
「……面白い案だと思います」
 笹原が言った。
「ですが、それが本当に可能だと?」
「案ずるより産むが易し、だろ。可能にするさ。言い出しっぺだからな。これで良ければ、早速ルートの設定をしよう。ちょうど見取り図もあることだしな。俺一人で考えるより、皆で考えた方が良いだろ? ただし、時間がないから手早くやろうぜ」
「俺は良いんじゃないかと思いますよ」
 と、市村が言った。
「実に頼もしいと感じました。あなたと一緒なら、不可能も可能になりそうな気がする」
 それは持ち上げすぎだ。俺は肩をすくめる。笹原は難しい顔をしている。高木、篠原は様子見の方向らしい。横川は笹原の顔と俺の顔を交互に観察している。
「……あなたを、信用します。それで良いですか?」
「上等だ。そうと決まったら、早速考えようぜ。どのルートが良い?」
 そうして、俺を含む六人で、見取り図を覗き込んだ。

To be continued...
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