NOVEL

週末は命懸け10「恩讐」 -4-

「……一つ、聞きたいが、中原英和という男を知っているか?」
 中原が口を開いた。
「ヒデ? ああ、メル友だったよ。初めて出会った時はパソ通だったけど」
「じゃあ、鷹森兼継は知っているか?」
 中原の言葉に、志賀は頷いた。
「知ってるよ。ナツの中学時代の家庭教師だった」
 ……つながった。つまり、一連の事件の首謀者達は何らかの形で知り合いで……。
「楠木は?」
 俺は訊ねた。
「ナツの同級生。俺が施設に入れられている間に転校してきて親しくなったらしい。その辺の詳しい経緯は良く知らない」
「じゃあ、お前と棗の関係は?」
「親友だよ。幼稚園の時からの付き合い。向こうがどう思ってるかは知らねーけどな」
「……嫌われてたり疎まれてたりしたら、どうする?」
 少し、意地悪な気分になってそう言うと、志賀は笑って言った。
「別に。そうでもイイんじゃねぇ? 俺は俺で勝手にするし。実際たぶんそうなんだと思うぜ。俺的には尽くしてるつもりだけど、結構邪険にされてるし」
「……お前、四条棗が好きなのか?」
「そういう意味で好きなワケじゃねーよ。ただ、ほっとけねぇだけだよ。ああいう淋しい目をしたやつはさ。犬でも猫でも」
「犬猫と同じレベルなのか?」
「俺、こう見えても結構世話好きなんだよ。困ってるやつとか、淋しそうなやつとかいると、ついかまってやりたくなるっつーか。だからネットで便利屋やり始めたようなもんだし」
「犯罪まがいのことまでして?」
「しっつれーだなぁ。基本的には『善意』だぜ? っていうか、俺を含めて参加者の『善意』でのみ成り立つシステムなんだ。考案して作った俺が言うのもなんだが、かなり良く出来たシステムだと思うぜ? 一日一善、助けられた一人は必ず別の一人に奉仕するんだ。助け合いの精神だぜ?」
「お前が言うと、空々しいんだよ。お前に誘拐の片棒担がされたやつは、可哀想にいまだに苦悩してるんだぜ?」
「お、コウか? あいつ、元気? 最近ネットで見かけねぇから心配してるんだぜ。今度本人に会ったら言っといてくれ。俺、あいつのTELナンバー知らねぇから。メールしても梨の礫だし」
「……お前、あれ以降も高木沢にちょっかい出してるのか?」
「高木沢? ああ、本名そんなのだったかもな。そういや、高木沢と四条って遠縁だって知ってたか?」
「……遠縁?」
「より正確に言うと、九頭竜と遠戚なんだよ。三代前のじいさん同士が兄弟だったかな。四条と高木沢はほとんど血のつながりくねぇけど」
「……血のつながりがない? 久本貴明と金山奏もか?」
 俺が金山の名を口にした途端、中原が硬直する。
「……どういう……ことです?」
 中原が呆然とした顔で、俺を見る。
「結論だけ言えば似てるんだよ。他人の空似とは思えないくらい」
 俺が言うと、志賀は頷いた。
「ま、確かにそうだ。そう読んでゴシップ書こうとしたヤツを何人も知ってるよ。でも、一人としてそれを紙面に載せられたヤツはいねーけどな」
「どういう意味だ?」
「途中でやめるか、失踪するんだよ。つうか、失踪ってのは結構楽しいよな。いや、全くどこに行ったんだか」
 久本貴明、か? だとしたら、何故?
「……お前は何か知っているのか? 志賀」
 尋ねると、志賀はにやりと笑みを浮かべた。
「知ってるってワケでもねぇよ。コレはまあ、聞きかじったことの断片だぜ? 自分で確認したワケでもねーし。ただ、そうだな、その話の前に……金山稜[かなやまりょう]という男の名を知っているか?」
「知らない」
「クラシックには興味ないんだな。一世代前の演奏家だ。確か、ピアニストだったかな」
 ピアニスト。確か、金山奏もピアニストだ。
「その息子が、金山奏だ」
「……その金山稜が何か関係あるって言うのか?」
「意外とニブイね、郁也。ちなみに金山稜は放浪のピアニストとの呼び名がついたほどの失踪癖、本人的には放浪癖のある男だったんだ。で、あと女に手が早いってんで、隠し子の噂は豊富なんだよ。真偽のほどは謎で、本人が二十六歳で死んだから確認のしようがないけどな」
「……まさか」
 俺と中原は同時に呟いていた。
「その一つに、久本貴明と金山奏が異母兄弟だってのはあるぜ。他のほど有名じゃないけどな。けど、表向きには関係ないってことになってる。久本貴明の旧姓は四条で、素性や家柄はハッキリしてるからな。まさか、上流階級のお上品な奥様が、放浪癖のある素性の知れない男の子を産み落としたりするはずもない。そんな非常識な事があるはずがない。……そうだろ? 中原龍也」
 志賀の言葉に、中原を見ると、中原は蒼白な顔で、志賀を凝視していた。
「……お前は、どこまで知ってるんだ……?」
「ん? いや、お前の妹が、久本貴明の娘だとか、その程度かな。って言うか、それをヒデに教えたのは俺だしね」
「何だと!?」
 中原は激昂した。
「……お前が……っ!!」
 中原は志賀につかみかかった。
「お前が、兄貴に……兄貴を思いつめさせたのか!?」
「思いつめる? 何故だ? 俺は、ヒデが本当のことを知りたいと言ったから、調べて教えてやっただけだぜ? あいつの親父が自殺した原因や経緯、それとあいつの母親の自殺の理由ってやつをさ。知りたいって言うから、久本貴明、当時の姓は四条だったが、そいつの居場所も何をしているかも教えてやった。まあ、自分たちが保護された児童施設に四条貴明が関わっていると聞いた時には、かなり思い悩んでいたみたいだったけどな。俺が背中押してやったんだ。『お前のやりたいようにやればいい』って。そうしたらアレだ。例の爆発事故。いや、事故じゃなかったんだったっけ」
「お前のせいだったんだな!?」
「俺のせい? なんでだよ。俺はお前のやりたいようにやれって言っただけだぜ」
「兄に爆発物の作り方を教えたのは誰だ?」
「それは俺だけど……俺が教えなくても、ヒデは調べてやっただろう? ずいぶん熱心だったからな。だいたい、あいつが爆弾作り始めたのは、妹のことを知る何年も前の話だ。俺のせいじゃない。ヒデの意思だ。大体十三歳のガキが、十八歳の男に、いったいどんな強制・強要ができるって言うんだ? 普通は逆だろ? 俺はただ、ヒデに親切にしてやっただけだよ。俺がこれまで何人もの人間にそうしてきたように、さ」
「志賀」
 俺は口を開いた。
「お前はそれを、『親切』だと思ってるのか?」
 ちりり、と胸を焼くもの。……危険信号。
「一度も会ったことのない赤の他人の望みを懇切丁寧に、手間と時間と労力をかけて、かなえてやったんだぜ? これが親切でなけりゃ、なんて言うんだ?」
 この男を野放しにするのは、あまりにも危険だ。
「その結果、相手が不幸になってもか?」
「そんなのは俺の責任じゃねぇよ。俺は、相手の望みをかなえてやるだけだ。それ以上のことは、相手の問題であって、俺の問題じゃない。俺は一度だって、他人に強制的にああしろこうしろと指図した覚えはないぜ? こう言うとあんたは怒るかもしれないがな、郁也。俺はコウにだって、強制はしていない。出来れば俺の『親切』につきあってくれないかと訊いてみただけだ。嫌だったら何もしなくて良いとも言った。まあ、ナリの野郎が何か言ったらしいけどな。それは俺には関係ない」
 野生動物に鎖を付けてその行動を拘束することは、難しい。……でも、相手が人間なら。
「お前は……そうやって、これまでずっと、大勢の人間を切り捨てて来たのか?」
「切り捨てる? おかしな事言うなよ、郁也。じゃあ、お前は、自分以外の人間が、自分のあずかり知らぬところで何か言動する事全てに責任を負ったり管理したりできるとでも? 俺が何かおかしな事をしてると言うのか? 俺は相手に感謝されるためでも、喜ばれるためでもなく、ただ持て余している暇と能力をフルに使うために、他人に労力を割いて頼まれ事を処理するだけだ。そりゃアフターサービスしてやれるほどの余裕は無いから、再度別件契約しない限り、仕事した後のことには関知してねーけど。だけど、俺は相手から多くを搾取したりしないし、実に良心的な金額でやってると思うぜ? なのに文句つけられるなんて、たまったものじゃねぇよ」
 そう言って志賀は、ひょいと肩をすくめる。
「お前は、あくまで善意だと言いたいのか。……最悪だな」
 ……決めた。
「最悪?」
「最悪だろ? お前のそれで実際に被害こうむっている人間がいても、お前はそれを改めようとは思わない。そもそも悪いことだと思ってなくて、その反対だと思ってるんだろう? だったら、その認識を改めない限り、お前は自分の所業を悔い改めない。むしろ、殺してやった方が、親切かもな」
 そう言うと、志賀は目をぱちぱちと瞬かせた。
「……殺す? 誰を」
「無論、お前のことだよ」
 冷徹に言い放つ。
「バカは死ななきゃ直らないって言うしな」
 俺が言うと、中原は冷笑した。
「じゃあ、殺しても良いんですか? さっきからずっと殺したくて殺したくて、仕様がないんですが」
 俺は苦笑する。
「とりあえず、今は殺すなよ。まだ使い道はあるんだからさ」
「ちょっ、待っ……郁也! あんたまさか俺を殺すつもり……っ」
「今は殺さないって言ってるだろ? 落ち着けよ、志賀」
 唇をゆがめて笑う。
「……本気か……?」
 志賀の額に、うっすら汗が滲んでいる。
「殺されたくなきゃ、俺に従え」
 冷然と言い放った。……虎の威を借る狐。俺の言葉一つじゃ、脅しにならない。でも、中原の『協力』があれば。
「俺は本気だ。『社長』の意向がどうであれ、お前を野放しにするのは、あまりに危険だ。俺に『飼われる』のが嫌なら死を選ばせてやる。……どうする? 志賀」
 冷酷な顔に、悪魔的な笑みを浮かべて、口調だけはことさら優しく言ってやる。

To be continued...
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