NOVEL

週末は命懸け10「恩讐」 -2-

 どうしようか、と思ったけれど。放課後、中原のいる病院へ行こうと思ったのは、もしかしなくとも、今朝のことがまだ尾を引いているからだった。恐い、というよりは、不安。たぶんなんとかかわせると思う。けど、無性に中原の顔が見たかった。抱きしめられて、キスされたかった。……のだが。
「……なんでお前がここにいる?」
 目の前にいる男は、美容院にでも行ったらしく、多少さっぱりした頭にはなっていたが、志賀秀一だった。
「たぶんこっちに来るんじゃないかと思ってたぜ。つうか、郁也。お前、本当クールに見えて熱いなぁ。それに加えて純情一途となると、オトし甲斐もあるってもんだ♪」
「……お前……自分で言ってて、何か引っ掛かる点はないのか?」
「どういう意味で?」
「俺が中原を好きで付き合ってるって判ってて、ちょっかいかけてるのかって聞いてるんだよ」
「そう見えないか?」
「言っておくが、俺はお前に何を言われようと、何をされようと、心変わりしたりしないぞ。それでもお前が俺の邪魔をするなら、容赦しない。場合によっては、お前を殺す」
「殺す? 簡単に言ってくれるねぇ、郁也♪」
 楽しそうに、志賀は笑った。
「それに容赦してくれてたわけ? 今朝のは」
「殺さなかったし怪我もさせなかっただろう?」
「……怪我、ねぇ。つうかアレ十二分に痛かったけどね。急所蹴り。俺がもし再起不能になってたら、どうする気だった? シャレになんねぇぜ?」
「そりゃ天罰だろ。自分がやったことがレイプ未遂だって自覚は未だに無いのか?」
「大丈夫。やってる内に和姦になるって。試してもみないで拒否すんなよ? くっくっくっ」
 言動・存在、全てが気に障る男だ。無視して通り過ぎようとすると、腕を掴まれる。俺はそれを振り払おうとしたが、振り払えなかった。だから、相手の腕を逆に掴み直し、強く引くと同時に踏み込んだ。続けて足払いをかけようとしたが、逆に足をかけられそうになり、反射的に足を上げる。
「おいおい、まさかその状態で上段蹴りは……」
 無理、と言おうとしたのだろう。蹴りを払おうと腕を上げた隙に、上げていた足を瞬時に下ろし、逆の足で更に前へ──志賀の両足の間に踏み込み、内側から足を払った。
「うっわ……っ!!」
 つんのめりそうになった志賀が、俺にがばりと上から覆い被さり、しがみつくように抱きついた。
「……っ!?」
 今度は俺がバランス崩す。ぐらりと揺れたところを、志賀が腰を抱き留め、ヤバイと思った瞬間、その顔が間近に寄ってくる。俺は慌てて頭突きした。……たぶん避けられる、と思ったそれは、志賀の顔面にまともに入った。
「うわ、いってー。つうかキスくらいさせてくれたって良いだろ? もう、イジワルなんだから、マイハニー。こんなに一生懸命ご奉仕してんだからさぁ」
「ご奉仕だ? ふざけるなよ。そんなにキスしたけりゃ埴輪人形でも買って、好きな時にキスしてろ」
「なんで埴輪……ってまさかハニーだか……ら……」
 と、言いかけて志賀は大爆笑した。
「ぶははははははっっ!! うわサムッ!! 最低センスのオヤジギャグ!! 郁也最高!! イカす!! もうバカウケ!! やっぱイイわ!! お前!! 真顔でくっだらねぇ冗談言うし!! もう、俺ツボ!!」
「……つまらないなら笑うな」
「カワイイ、郁也!! いや、もう、ベタ惚れだわ、俺。今までこんな可愛くて面白いヤツ見たことねぇよ。いや俺、惚れっぽくて飽きっぽいのが玉に瑕だけどよ。おっと、キン●マの機能には問題ねぇから、安心しとけ!! ぎゃはははははははっ!!」
「だからその手の冗談は虫酸が走ると言ってるだろ!?」
「うん? 虫酸が走るとまでは言われてない気がするな」
「どうでも良いから、近寄るな!! 離れろ!!」
「やだよ〜ん。頭突きされて鼻血出しても良いから、抱っこする〜。ほらほら頬ずり〜っ。きゃ〜っ♥」
 怖気が走った。
「……マジで殺す」
 とは言え、あまり密着されると攻撃手段が著しく制限される。頬を掴まれ頬ずりされてる状態では頭突きは不可能だ。両手は別の手で掴まれ、両足は、いつの間にか志賀に足を絡められてしまっている。この状態で使えるのは肩だけだ。わざと後ろに重心をかける。背後に傾く俺を支えようと、志賀は頬を掴む手を離して、俺の腰を抱き留めようとする。その隙に右足を一歩引き、地面を蹴りつける反動で、肩先から志賀の鳩尾狙って突進する。
「えっ……わっ……!!」
 どん、と突き飛ばしよろける志賀の脇腹に、回し蹴りを叩き込み、腕の力が緩んだ隙に振り解いて、肘鉄を腹に食らわせる。そのまま尻餅をついた志賀は、けたけたと笑った。
「あっはははは! スケベ心でいっぱいだと、隙だらけだなぁ、マジで。つうか教えてくれてアリガト♥ つうか情けないくらいカッコ悪ぃ? 俺。ぎゃははははっ!!」
 なんで笑ってんだ、この男。とりあえずムカついたが、無視して病院玄関へと向かう。
「……ところでさ、郁也。棗のこと、知りたくない?」
 思わず、立ち止まった。
「デートしてくれたら教えてやってもいいぜ?」
 振り向くと、志賀は地面に座り込んだまま、へらへらと笑っていた。
「どうだ? 『中原』にこれ以上怪我させたくないだろ?」
「……脅迫か?」
「やだなぁ。取引でしょ?」
「お前のことが信用できない」
 言い捨てると、志賀は立ち上がり、埃などを払った。
「ふーん。じゃ、他に当てはあるワケ? たぶん君のおとーさんも俺が黙ってると困ると思うなぁ」
「お前が当てにならないとすれば、他の方法を取るさ。お前は人質、でなければ捕虜のようなものだ。敵方への牽制にもなるし、野放しにはできない。だから、置いているようなものだ。監視さえ付けておけば、外で遊ばせるのも問題ない。……ボロを出すかもしれないしな」
「ソレ、俺に言ってもいいワケ?」
「さあな。社長の考えなど俺が知るわけがない。お前を拷問して、口を割るかどうかも疑問だしな。飼い殺しにするだけでも、悪くはないんじゃないかと思うぜ。お前が俺に、迷惑や被害を被らせない限りはな」
「あははっ! 迷惑ねぇ? んじゃ、俺と取引したくねぇっての?」
「少なくともお前のそれは、取引なんかじゃない。それに俺には裁量権は無い。ただの無駄だな。他を当たれ。だが、お前の交渉する相手は久本貴明ただ一人だ。それ以外は、よほどのバカじゃなきゃ乗らないだろう。……それとも、久本貴明よりも、俺の方が与しやすいと思ったか?」
 志賀はにやりと笑った。
「イイねぇ、強気で。腰を掴んで後ろから犯す方が良いかと思っていたが、前から無理矢理ヤった方が楽しそうだ」
「お前はシモの話以外まともにできないのか!?」
 激昂した。
「んー? いや、楽しそうだろ?」
「ふざけんな!!」
「あのさぁ、郁也。俺、逃げようと思ったら、いつでも逃げられるんだぜ? コネだけは色々あるからさ。それにほら、この通りの色男で、人望もあるし」
「…………」
 無言で睨み付ける。が、あまり時間に余裕は無い。踵を返し、中原のいる病棟へと向かった。志賀はそれ以上は絡んで来なかった。……何を考えているんだろう。志賀もそうだが、社長──久本貴明──もだ。無性に中原の顔が見たかった。

「中原」
 中原の病室を訪ねると、中原は頬を緩ませた。
「郁也様」
 嬉しそうな声だ。
「良かった。怒ってしばらく顔を見せてくれないんじゃないかと思ってました。嬉しい」
 本当に嬉しそうに言う中原に、苦笑した。傍に歩み寄り、口づける。
「どうしました?」
「……何かなきゃ、来ちゃいけないのかよ?」
「違いますよ。ただ、あなたは何もなく自分からそう積極的にせまったりしないでしょ?」
「誰がせまって……」
「それとも、俺を誘惑したかった?」
 そう言って、中原が俺の唇を塞ぐ。中原の舌が、唇を割って侵入し、歯列を舐め、上顎を撫で、俺の舌を絡め取って優しく吸う。俺もそれに応え、中原の首の後ろに手を回しながら、中原の唇と舌を味わった。と、中原の手が動いて、俺のシャツの下へと潜り込む。
「……ちょっ……中原!!」
「なんで? そういうつもりだったんでしょう?」
「バッ……バカ……ッ!! まだ、昼間だぞ!? それに俺鍵かけてな……」
「今更でしょう?」
 俺の言葉を遮るように中原が言った。
「昨日の余韻でまだ興奮してますよ。てっきりしばらく触らせてもらえないかなと思ったから、俺、安心してるんですけど?」
 にっこりと微笑まれて、何故か赤面してしまう。
「……俺のこと、好きなんだろう? 郁也」
 甘い、声で。
「俺も、好きだよ」
 耳元へ注がれる、甘い媚薬。
「……あ……っ」
 凶悪。こいつ、俺の反応なんか判ってやってる。
「愛してる」
「……臆面なさすぎ」
 理性を振り絞って、言う。
「恥じらいってものはないのかよ?」
「どうして? 俺はただ、自分が思っていることを言ってるだけなのに。もっと素直になったら? 俺のために」
「…………っ!!」
 顔が、カッと熱くなる。
「それとも、イヤなの?」
 真顔で。真っ直ぐに見つめられて、血の気が上る。
「……ぁっ……」
「俺には隠さないで」
 中原はそう言って、頬に触れた。顔が熱い。中原の太くてごつごつした指の感触が、俺の頬を、顎を撫でて、俺はぞくりと身を震わせる。
「全部見せて。あなたの全てを。……見たいんだ」
「……中原……っ!!」
 身体が熱くなって、不覚にも涙が滲む。……ヤバイ。俺、なんだかすごく……。
「郁也」
 甘く、囁かれて。その瞬間、自覚する。俺は、『中原』に飢えている。覚悟を決めて、ベッドの上に膝をつき、靴を落として、中原の身体の上に乗り上げる。
「えっ……ちょっ……!?」
 ぎょっとした顔で、中原が俺を凝視する。
「……郁也……様……?」
 動揺した顔と声で呟き、中原は俺を見上げる。その額に唇を落とし、俺は苦笑した。
「……嬉しくねぇの?」
「いや、そりゃ勿論あなたが積極的なのは嬉しいですけど……何かあったんですか?」
「こういう時は何も聞かずに抱きしめとけよ。気が利かない男だな」
「俺は……あなたを愛してるし、溺れてるし、振り回されてばっかりですけど……」
 困ったように、中原が苦笑する。
「そりゃ、あなたが抱きしめろって言うなら、俺としても願ったりかなったりですから、いくらでも抱きしめますけど、でも、何の理由もなくあなたが俺にこんなことをするほど、愛されてる自信は、まだ無いんですよ。残念ながら。俺に欲情したにしても、ちょっと唐突って気もしますしね」
「……何が言いたい?」
「何かあったなら、教えてください。俺は、あなたのことなら何だって知りたいんです。聞かされない方が不安なんですよ。教えてください。じゃなきゃ、病院脱走して勝手に調べますよ?」
 どきり、とした。
「……志賀が」
 そう口にした瞬間、中原の目がぎらりと光った。表情が一変する。その表情にぎくりと身をすくませると、中原はそっと俺の肩を抱いて、自分に引き寄せ、俺の髪に口づけた。
「……あの男がどうしたんです?」
 その声は甘く、優しい。だけど、その身体には緊張が漲っている。そのことに気付きながらも、俺は続けた。
「……今朝、目が覚めたら寝室に志賀がいて、驚いた。米崎には言ったから、たぶん……」
「あなたの部屋に?」
「心配すんな。急所蹴り食らわせて、縛ってやったから。何もされてねぇよ」
 まあ、キスされたり、身体触られたりはしたけど。でも、わざわざ中原に言うような事じゃない。
「とりあえず邸内に鍵を勝手に開けて侵入してくる輩がいるってのは、冗談じゃないからな。ちょっとめげてる。お前の顔見て、抱きしめられたいと思う程度には」
「……殺しましょうか?」
「バカ。そういうつもりで言ったわけじゃない」
 ぐっと、体重をかけて、押し倒した。中原はのしかかった状態の俺を真っ直ぐに見上げる。
「じゃあ、どういうつもりで?」
「やろうぜ。お前が欲しいんだ。……見境や分別が吹っ飛びそうなくらいにな」
「そりゃ魅力的な申し出ですけど……本当に何もされてないんですか?」
「心配なら自分で確かめてみろよ」
 中原は唇に笑みを浮かべたが、目は笑わなかった。
「そういうこと言って良いんですか?」
 挑戦的に。
「……言ったろ? 見境や分別なんか吹っ飛びそうなくらい、お前が欲しいんだ。自分でもどうかしてると思うけどな。それともイヤか? 俺にせまられるのは」
「イヤじゃありませんけどね。……俺、自分からせまる方が好きなんですよ。それも、嫌がるあなたを口説いて押し倒すのが」
「本当に趣味悪いな」
「そういう男が好きなんでしょう?」
「まだろっこしいのは抜きだ。すぐにでも欲しいんだ」
「……そんな誘惑の仕方、どこで覚えたんです?」
「素直になれとか言っておいて。お前が、俺をその気にさせるんだよ。お前の指が、声が、唇が、さ」
「……あなたは、俺をメロメロにする天才ですよ。崩れて溶けてしまいそうだ」
 そう言うと、中原は俺に口づけ、シャツの裾から侵入して、腹から胸へと指を滑らせる。
「……っ……ぁっ……!」
「乳首がもう立ってますよ」
「そんなのどうでもいいから、早く俺の中をかき回してくれよ。ぐちゃぐちゃに」
「……なんだかすっかりその気ですね。積極的過ぎて、騙されてるんじゃないかとちょっと思います」
「何だよ。そんなに俺が信用できないのか?」
「俺の夢の中のあなたはいつも、そのくらい淫らなんですけどね。勿論そそられますし、今すぐあなたの中に入れてぐちゃぐちゃにかき回して、あなたが厭だと言うまで突き上げて、泣かせて悲鳴を上げさせたいですけど……本当に、何も無かったんですか?」
「……どういう意味だよ?」
「俺は、嫉妬深い上に、疑り深い男なんですよ。ご存じでしょうけど」
「え……そりゃ、どういう……」
「……俺には覚えのない『痕』付けてる自覚、なさそうですね、郁也様」
「え……っ!?」
 何処に、と思い、慌てて自分の身体を見回した。それから不意に、今朝、米崎に指摘された首の痕を思い出す。てっきり中原だと思っていたけど、もしかして……。
「……カマかけてみれば案の定、ですね」
「えっ、カマ!?」
 驚いて声を上げると、中原は俺を恨めしげに睨んだ。
「で、どこまでやらせたんです?」
「やらせたって!! 別に好きこのんでやられたわけじゃねぇよ!! 俺はぐっすり寝てたんだぞ!? 勝手にあいつが部屋に侵入してきて、寝ている俺の身体に触ったんだ!! あの変態が俺の身体に具体的に何をどうしたかなんて知らねぇけど、少なくとも突っ込まれてはねぇから、それだけは信じろ!! そうなる前に蹴り入れて撃退したんだから!!」
「……で、『社長』はそれに、どこまで関わってるんです?」
「え? ……まさか、社長が裏にいるって言うのか!? まさか、そんな……そこまでは……っ」
「別に社長があなたにあの男をけしかけたとは言いませんけどね。でも、俺の怪我って、正直入院しなくちゃならないほどだとは思わないんですよね」
「……え……?」
「だから、あの男と社長が何らかの取引して、それが原因で俺がここに入れられてるんじゃないなら良いなと思ってるんですけどね」
「…………」
「あと、あの男が何を企んでるのかって事も気になりますけど」
「中原」
「何です?」
「俺は、お前としかやりたいと思わないからな」
「……郁也様」
「だから、こんな風に誘うのも、お前だけだ。みっともねぇし、バカみたいだし、なんかおかしいとも思うけど、俺、お前が好きなんだよ。みっともねぇくらい、溺れてる。なりふり構ってられないくらいにだ」
「郁也様」
「呆れるか?」
「まさか。俺の方が溺れてますよ。昼夜問わず、この腕に抱きしめて、あなたを責め苛みたいと妄想するくらい」
「妄想? 目の前にいる俺はいらないのか?」
「それがあなたの望みだと言うなら、今すぐあなたをさらって実行しますよ」
 中原の言葉に俺は苦笑した。
「お前の言葉はどこまで本気か判らないからな。とりあえず程々に頼む」
 俺がそう言うと、中原は返事の代わりににやりと笑った。

To be continued...
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