NOVEL

週末は命懸け9「血」 -9-

 絶対逃がさねぇ、あの野郎。逃がしてたまるか! くそ、まだ感触残ってる。苛々と唇拭いながら、廊下を走る。足は結構早い方だ。とは言え、陸上競技はそんなに得意な方じゃない。階段の向こうへ消える人影を見つけて、ダッシュをかける。
「絶対逃がすか!! この野郎っ!!」
 階段手前で跳躍して、手摺りを掴んで滑り降りる。ぎょっとした顔で、志賀秀一は振り返った。
「おっ、おい、危ねぇ……」
「っるせぇんだよ!! この変態っ!!」
 手摺りの切れ目で、手摺りを支える柱を蹴りつけ、両手を広げてダイブし、相手の襟首を掴んで馬乗りになる。共に床に倒れ込んだが、志賀がクッション代わりになった。
「……ってー。腰打った〜。うっわ、顔に似合わずすっげーことするな。ビビったぁ……。つうか俺、こんなに驚かされたのお前が初めてだよ、郁也」
「うるせぇって言ってんだろ!? このクソ野郎!!」
 相手に馬乗りになって押し倒した状態のまま、上からガツッと拳で思い切り頬を殴りつけた。
「うお、いってぇ〜。ちったぁ手加減してくれよ。この男前の顔が腫れたらどうする気だ?」
「その方が見目良くなるんじゃないか?」
 そう言いながら、学生鞄を開けて、ガムテープを取り出した。
「……おいおい、なんでそんなもん持ち歩いてんだよ?」
「今、ちょうど、学園祭の準備中でな。口閉じておいた方が良いぜ? じゃなきゃ、この強力なガムテでお前の上唇と下唇をとじ合わせてやることになる」
「……う〜ん、やっぱり見た目によらず過激だ……って事前情報と随分データが違うぜ? 俺、騙された?」
「安心しろ。俺は基本的に穏和で平和主義だ」
「……それ絶対違うけどな」
 相手の軽口には構わず、両腕を掴んでテープをぐるぐる巻きつけていく。
「随分おとなしいな? もう観念したのか?」
 すると、志賀は何故か仄かに頬を紅潮させて、濡れた目で俺を見た。
「いや、なんかすげぇ感触気持ちよくて」
「……は?」
「ほら、股間のとこ……」
「っ!!」
 ぎょっとした。かああっと顔が熱くなる。
「ちょっ……なっ……なんで、お前、勃ってるんだ!?」
「いや、郁也のお尻の感触が気持ちよくて」
「なっ……、何バカなこと言ってやがる!!」
「その状態でほら、もぞもぞ動かれると……」
「うっ……うわぁああぁぁっ!! なっ、やめろっ!! 何大きくしてんだよ!! このクソエロ変態っ!! 色魔!! 万年発情狂!!」
「万年って知ってるのかよ? 郁也」
「うあぁっ!! 本気か!? もうやだ、俺、こんな変態大っキライだ!!」
 だんだん泣きたくなってきた。
「変態、変態と言うなよ? 傷付くだろ?」
「嘘だ!! 傷付いてない!! 俺を翻弄して嘲弄して遊んでるだろ!! 俺はそういう下ネタ、虫酸が走るほど大っキライなんだよ!! 畜生!!」
「ははは、純情・照れ屋さんかぁ? 郁也は。真っ赤な顔が可愛いなぁ。発情しちまうぜ」
「もう既に発情してんだろ!?」
「ん〜? ソレって、俺を誘ってる?」
「誘ってねぇよ!! 勝手な脳内変換すんなっ!! クソエロ変態!!」
「あ〜、いかんなぁ。お前の美声聞いてると、ソレだけですっげー快感になってきた。お前の罵声もなかなかすげぇイイ感じだぜ? ほら、どんどん固くなってきた」
「……くそ……勘弁しろよ……」
 音を上げたくなったが、先程のこともあるので、油断せずに作業を続ける。ガムテをちぎって、今度はその両腕を伸ばした状態で、その上から胴体へと、巻いていく。
「なんか手際良いなぁ、郁也。お前もしかして、拉致監禁か、その手のプレイ経験ある?」
「あるワケないだろっ!! ふざけんなっ!! 手先が器用で要領良いだけだろっ!! なんでプレイとか出てくんだよっ!!」
「え? だって、ヤってんだろ? ナリとコウの話信じるなら、お前、受け攻め両方やるんだろ?」
「……だっ……!!」
 手と身体が震える。
「なんでも鬼畜なプレイ好きみたいじゃねぇか。いや〜、もう、アレコレ妄想しちまったよ。あははははっ。俺、本当、ありあまってるから、すぐにいつでもどこでも発情すんだけどさ、もう写真と妄想だけで四発イケたぜ。実物見たら十発はイケそう。って乱発しすぎか? あははっ。でも早漏じゃないぜ。ひゃははははっ!!」
 もう頭キた。
「……口を塞ぐぞ」
 低く、脅しを入れる。が、相手は意に介さない。
「そのカワイイ唇で?」
「ガムテに決まってんだろ!?」
「あっははははは! てーれーるーなー。俺、キスも上手いけど、エッチも上手いよ? まずはお試し期間ってことで、フェラいってみる? 美少年に拘束されて、髪を掴まれながら、無理矢理チックプレイでフェラチオってのも結構イイなぁ。おぉ、イカン。俺、M属性なかったのに、目覚めてしまいそうだ」
「……黙れ」
 やっぱり先に口を塞いでおけば良かった。胴体に巻き付けていたガムテをちぎって貼り付けて、びっと二十cmくらいの長さにテープをちぎり取って、相手の顎を引き掴んだ。
「お、おい。待て、待て。本気でそれを俺に貼る気か? なぁ?」
「うるせぇ。最初に言ったはずだ。口を閉じなかったら、こいつで塞ぐって」
「美少年に襲われるというシチュエイションは楽しいけど、口を塞がれて、後ろからファックされるのはカンベンな? ちょっとソレはさすがの俺も萎えそうだし……」
 くだらないことをグダグダ言い続ける男の口の端にテープを貼り付け、顎を上に押し上げ無理矢理口を閉じさせ、テープをばん、と叩き付ける。志賀は軽い呻き声を上げて、ちょっぴり恨めしそうに俺を見た。……これで何か言われても、うるさいだけだ。これで一安心。ほう、と溜息をつきかけたその時、背後に足音が聞こえた。振り返ると、名前は知らないが、顔見知りのボディーガードが立っていた。やっと来たか。
「あぁ、良かった。ちょうど良いところに来た。この男の……」
 言いかけて、ぎくりとする。男は何故か止まらず、真っ直ぐ俺の方へつかつかと歩み寄って来る。不意に厭な予感がして、慌てて飛び退こうとしたところを、殴られた。
「ぐっ……ふ……っ!!」
 呻いてうずくまる俺を無視して、男は志賀を助け起こし、口のテープをびりりと剥がした。俺は殴られたみぞおちを押さえ、咳き込み、涙目になりながら、二人を見上げた。
「おい、手荒にすんなよ。キズがついたら俺がかなしーだろ?」
 新手の男は、ガムテープを胸元から取り出したナイフで切り裂き、びりりと剥がした。あっという間にきれいに取れる。
「またですか、シュウさん。悪いビョーキですね。性懲りなくまた口説いてたんですか?」
 男は呆れ顔で言う。
「仕方ねーだろ。惚れたんだから」
「惚れっぽすぎますよ。それ、今年入って何回目?」
「細かいことは気にするな。ところでさ、気に入ったから持ち帰ったらダメ?」
「冗談でしょ? ただでさえ逃げるの大変なのに、こんなの連れ帰ろうとしたら、あちらも必死で追いかけてくるでしょ?」
「んー、そうか。そりゃ残念だな。じゃあ、しょーがねぇ。お別れのキスだけさせて貰うぜ」
「っ!?」
 志賀は腰を屈め、俺の顎を引き掴んで、引き寄せる。
「……やっ……め……っ!!」
 抗おうとした腕は簡単に掴まれ、床へと押しつけられる。
「んっ……ふっ……うくっ……!!」
 濡れた音を立てて、志賀は俺の唇をそっと吸い上げ、舌先でやんわりと俺の舌を撫で回す。幾度か角度を変えながらするそれは、中原のものとは違っていた。中原のキスは、情熱的で、必死さ、懸命さがある。本気で俺が欲しいのだと判るキスだ。でも、志賀のそれはそうじゃない。まるで、優しく、甘やかな……。
「……ぁっ……」
 唇が離れた途端、正気に返る。
「続きは今度また会った時な♥」
「……何しやがるっ!!」
「あははっ。感じてただろ? 気持ちよさそうにしてたじゃねぇか。大丈夫、またじっくりしてやるよ。もっと濃厚にたっぷりとな」
「ふざけんなっ!!」
 その時、不意に、視線を感じた。志賀や、志賀を助けた男の背後だ。そちらを見遣り、どきりとした。
「……中原……っ!!」
「何やら騒がしいと思って探してみれば……一体何をやってるんです?」
 ひどく、冷えた声音。やましいことは、何もないはずなのに、ぎくりとした。
「中原、ちょうど良いところに……」
「うわ、やべ」
 志賀は呟き、身を翻す。志賀を助けた男も同様だ。
「捕まえろ!! そいつは『敵』だ!!」
 そう叫んだ途端、中原は駆け出し、階段を三段飛ばしで駆け上がる。上に逃げようとする志賀の足を、俺は素早く引っかけ腕を取る。
「げ」
 呻くように呟く志賀をそのまま、踊り場の床へと叩きつける。志賀を助けた男は、チッと舌打ちして、そのまま逃げ去った。
「中原」
「春日は他に任せておけば良い。それよりも」
 あの男の名は春日というらしい。偽名かもしれないが。表情を険しくし、睨むように俺を見る。
「この男は一体なんです?」
 志賀はもはや観念したのか、おとなしい。俺はどきり、としながら平静を装い、答える。
「志賀秀一。四条棗の友人で、楠木成明のお仲間らしい」
「……成る程、ね」
「先程の男の名は春日で良いんだな?」
「ええ。春日公博[かすがきみひろ]。本名かどうか判りませんが」
 俺は携帯を取って、野木へと繋ぐ。コール二回で相手が出る。中原は、俺が落としたガムテを拾って、改めて志賀を拘束する。
「……野木? 俺だけど」
〔郁也様?〕
「春日公博という男を知っているか? 内通・協力者だ。志賀秀一を助けようとした。見つけ次第、捕まえろ。今、俺はF棟二階と三階の間の踊り場にいる」
〔了解いたしました〕
「じゃあ、頼む」
〔はい、では、また後ほど〕
 電話を切った。
「どうしてこんなところにいるんだ?」
「不穏な気配がしたのでね、部屋を出てみたんです。そうしたら、野木にばったり出くわしましてね」
「ああ、野木から聞いたのか」
 社長は野木には口止めしなかったんだろうか。まあ、良い。
「あなたがそちらへ向かったと聞いたので、俺は逆に一階へ降りてそちらから向かったんです。間に合うかどうか判りませんでしたが、その方が良いと思ったのでね」
「……おい、血が……傷が開いたんじゃないか?」
 中原の背に血が薄く滲んでいることに気付いた。
「そんなのはどうでも良いですよ」
 怒って……る? どきりとした。
「……中原……」
「何してたんです?」
 中原の言葉に、俺が答えるより先に、志賀が答えた。
「何ってキスに決まってんだろ? 本当はナニもしたかったけど」
 その言葉に、中原は殺気立つ。志賀はけらけらと笑う。
「っ!!」
「……へぇ、キス? してたんですか? この男と」
「だっ……無理矢理されたんだよっ!! 決まってるだろ!? 好きこのんでそんなこと、やるかよ!!」
「……俺が見た時は、かなり気持ちよさそうに感じてたみたいでしたけど?」
 ギクリ、とした。……見られて、た? いつから? どくん、と心臓が跳ね上がる。中原は冷えた声音で続ける。
「軽い喘ぎ声まで上げていましたよね? 色っぽかったですよ」
「あー、そうだな。すげー色っぽい声と顔だった。アレだけで十三発くらいイケそう」
「っ!! てめっ……!!」
 カッと顔が熱くなる。
「……郁也様」
 中原は無表情で、俺を見る。氷のように冷たい視線。ぞくり、とした。
「なかは……ら……」
「……本当に、気持ちよかったんですか? とろけて腰が抜けそうって顔してましたけど、もしかして、ものすごく感じたりした?」
「……中原……あの、な……?」
「いつものあなたなら、ここはすぐさま怒って否定するところですよね? それができないっていうのは、つまり、本当に……」
 慌てて、中原の身体にしがみついた。その厚めの唇に、自分の唇を押しつける。深く物事を考えたりしなかった。中原の唇を吸い上げ、舌先で唇を割って、相手の舌を絡め取る。無我夢中で、中原の唇を吸った。中原は、俺に応えてくれない。拒否もしない。されるがままだ。泣きそうな思いで、幾度も、幾度も口づけた。志賀が、ひゅぅ、と口笛を吹いたが、気にならなかった。中原の首の後ろに両手を回し、その無抵抗な唇を貪った。
「郁也、お前、クールなのかと思えば、意外と情熱的。なぁ、俺にもしてくれよ?」
 志賀が脳天気な声を上げる。唇を離して、キッと睨み付ける。
「ふざけんな!! 一回死ね!! このクソ変態エロ野郎!! 自分で死ぬ気がないなら、俺が引導渡してやる!!」
「……そこまで言うかぁ? 照れ屋さんだな」
「死ねよ! お前なんか大嫌いだ!! トイレの便器に顔突っ込んで溺れ死ね!!」
「それは無理。絶対無理。そんなに奥まで顔入らないから。ていうか、ビジュアル的にかなりヤバイからカンベンして。そういうM系プレイ苦手だし。まあ陵辱・ムリヤリ系は好きだけど。俺じゃなくて、相手にやるのが」
 泣きたくなった。
「……中原、あれ、黙らせてくれ」
「あなたに都合の悪いことを言ったりしないように?」
「じゃなくて! さっきから、ひでぇ下ネタばっかり言うんだ。俺、もう、神経的にキツイ。本当に殺しても良いなら、後先考えずに今すぐ殺してやりたいくらいだ」
「へぇ?」
 中原は冷笑を浮かべた。
「喜んでるわけじゃなくて?」
「喜ぶわけないだろ!! とにかく、俺はあれの声をもう一秒も聞きたくない。お前は、俺がそんなに信用できないのか!?」
「信用……ねぇ?」
 嫌味口調に、本気で泣きたくなる。そこへ、野木が現れた。
「やっぱりまだここだ!! 中原さん!! 郁也様!! 春日は現在追跡中です!! 戸田と仲谷がついてます!! ……ってその男は?」
「……お前、遅いよ」
 中原が無表情で言う。野木はぎくりとした顔になった。
「え? 中原さん?」
「この男が志賀秀一だ。確保しておけ。……この場は任せた」
「え? 中原さんは?」
「俺は病室戻って寝る。……なんか、疲れた」
 どきり、とする。うんざりした表情で、乾いた声で、吐き捨てる。そのまま立ち去る背中を追いかける。追いかけてるのに、中原は振り返らない。真っ直ぐ早足で、病室へと向かう。手加減なしだ。……普段、中原は俺の歩幅と歩調に合わせてくれているのだと、初めて知った。
「中原っ!! 中原!! 待てよ!!」
 中原は答えない。確実、絶対に怒ってる。
「頼むよ!! 中原!!」
 それでもちっとも歩調をゆるめない。俺は走った。そして追いついて、腕にしがみつく。
「中原!!」
 中原はようやく立ち止まり、無言で俺を見下ろす。それだけで、ひどく高圧的に見える。無表情な中原の顔は……恐い。
「人の話を聞け!!」
「……一体何の話を?」
 冷たい口調で、突き放すような態度で、中原は言った。
「あの男とのキスは楽しかったんでしょう? 俺より快かったんじゃありません? 一瞬邪魔しちゃいけないかと、足を止めてしまいましたよ。声も出ませんでした」
「なんでこんなさんざん厭な目にあって、お前にまで嫌味言われなくちゃならないんだ!! いいかげん勘弁してくれよ!! 俺、もう厭だ!!」
 涙腺緩む。ぽろり、と涙がこぼれて、慌てて拭った。すると、僅かに、中原の顔の表情が緩む。
「……郁也様」
 そう言って、中原は頬にそっと口づけた。
「……泣かないで」
「……泣いてなんかねぇよ」
 俺は呟いた。中原は苦笑して、うそつき、と唇だけで呟いた。俺は思わずその胸にしがみついた。
「……恐かった?」
 宥めるような口調で言う中原に、俺は無言で首を横に振った。
「じゃあ、心細かった?」
 俺は更に横に首を振る。確かに、不安はなかったと言えば嘘になるけど、そういうのじゃない。
「なら、淋しかった?」
 どくん、とした。……たぶん。それが一番近いのかも知れない。淋しいというのとは少し違うけれど。
「……お前が俺の傍にいないからだろ? 俺が……俺がどんな思いで……お前が迂闊に怪我なんかするから……っ!!」
「好きこのんで怪我したわけじゃないし、こんなの舐めておけば治るのに、無理矢理入院させられたんですよ。……知ってるでしょう?」
「じゃあ、俺の気持ちも判れ!! 野木なんかがお前の代わりになるかよ!! お前がいないから、俺が自分で動かなきゃならなくなるんだろ!?」
「……それ、八つ当たりですよ?」
「お前もだろ!! 人のこと、言えるか!!」
「……ねぇ、郁也様。あなた、本当に俺のこと、好きですか?」
「当たり前だろ!! じゃなきゃ、追いかけたりするもんか!! バカ!!」
「本気で?」
「決まってるだろ!! 冗談でこんなこと言ったりしたりできるほど、俺はドライじゃないんだ!!」
 そう言って、中原に口づける。ちゅっと吸い上げて、唇を離すと、中原は言った。
「じゃあ、あなたの本気、見せてください」
 中原は、色と熱情を湛えた目で、笑っていた。笑顔なのに──どこか、恐い。目が、笑ってなかった。でも、それは拒絶ではなく。
「……嫉妬?」
「今頃気付かないでください」
「えっと、じゃあ、病室で……?」
「そんなに待てません。ここで」
 ……え?
「今すぐ、この場で」
「やっ……それっ……無理……っ!! こんな、廊下でっ……!!」
「それってつまり、本気じゃないってことでしょう?」
「待てよっ!! それとこれは違うだろう!? こんなとこでヤって、身内ならともかく──それもかなりヤだけど──赤の他人に見つかって連絡・通報でもされたらどうすんだよ!? 恥ずかしいどころの騒ぎじゃないだろ!?」
「……ああ。そこに、男子トイレがありますね」
 ぎくりとした。……まさか。
「そこでしましょう。無論、ドアの鍵は閉めずに」
「……なっ……!?」
「これでも譲歩してるつもりですよ? 廊下は厭だっていう、誰かさんのために」
「…………」
 目がマジだ。本気で言ってる。こいつ……。
「……もういいですよ。諦めれば良いんでしょう? どうせ元々、片思いだったんだし。ヤらせてもらえただけ感謝するべきなんでしょう。全然足りませんでしたけど」
 ちょっと待て!! あんなさんざん好き勝手やらかしといて、まだ『足りない』ってのはどういう事だ!?
「……ちょっ……中原……?」
「別に良いですよ。『他』を見つけたんでしょう? 俺も『他』を見つけることにしますよ。……あなたに振り回されるのは、もう疲れましたし」
「なっ……!?」
「解放してあげますよ、俺から。それがあなたの望みなんでしょう?」
 冷たく言い放つ中原に、俺は思わず悲鳴を上げた。
「……んなわけないだろっ!?」
「じゃあ、一体何だって言うんです?」
 ……くそ。なんでこんな、意地クソ悪くて、ひがみっぽくて、性格悪い男なんだ。それになんだって、俺はこんな男がそれでも好きなんだ。……イカれてる。
「……やりゃ良いんだろ?」
「投げやりですね」
 中原は冷笑した。
「もっと色っぽく迫ってくれないと、その気になれませんよ」
 ……くそ。本当俺、なんでこんな男がいいんだろうな……。両手を相手の首に絡ませて、しがみつくような格好で、耳元に囁く。
「……お前の言う通り、男子トイレでいい。……やろうぜ? 足りないって言うなら、好きなだけ欲しがれ。自分から腰を振れと言うなら、いくらでも振ってやる。お前を失うくらいなら、なんでもやってやるよ」
 たぶん、きっと。……中原は本当のことなんか、判ってて言ってる。俺に、言わせたいんだ。俺の口で誘わせて、言わせたいんだ。それを望んでいて。……本当、質悪ぃよ、お前。
「愛してる」
 その言葉を聞いて、中原は満足そうに微笑んだ。
「確かめさせてもらいますよ。かなり溜まってますから」
「……バカ」
 顔が熱い。ああ……これじゃ、ただのバカップルだ。恥ずかしい。恥ずかしいけど……。不意に、中原の手が、俺の内腿辺りに触れる。どきりとする。
「固くなってますよ?」
「……お前もだろ」
 俺も握り返してやる。中原は僅かに目を細めた。
「そりゃあ、情熱的に誘われましたから」
「……言わせたくせに」
「口先だけじゃないですよね?」
「……確かめてみろよ」
 耳まで熱い。微笑しながら中原は、俺をそっと抱き上げた。

To be continued...
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