NOVEL

週末は命懸け9「血」 -7-

 翌日下駄箱の中に、宛名も差出人の名も書かれていない封筒が入っていた。なんとなく、予感のようなものを感じながら、封を開くと、中にはこう書かれていた。
『警告。君の親しい人物が狙われている。気を付けろ』
 知らない筆跡だ。乱れのない几帳面な四角い文字で2Bのシャープペンで、ノートの切れ端に書かれている。見たところ、B5サイズのB罫ノートの一ページを、カッターで定規を当てて切ったようだ。割に几帳面な男だな、と思った。

『とにかくこれからはこまめに連絡を取り合おう、郁也。何か変わったことや、気付いたことがあったら、僕の携帯に電話してくれ。僕も何かあれば、連絡しよう』

 と、久本貴明は言った。それが真実になるかどうかはともかく、さて、どうしたものかな、と思う。とりあえず、E組へと向かった。
「高木沢」
 高木沢晃一は、俺の顔を見るとぎくりとした。
「朝練はどうした?」
 尋ねると、高木沢は目をそらした。
「君には関係ないだろう」
「そうだな、関係ない。話があるんだ。今、あいてるか?」
 高木沢は一瞬息を呑み、逡巡するような顔をしたが、頷いた。
「……判った」
 俺も頷き、二人で旧校舎屋上へと向かった。

「で?」
  俺が訊くと、高木沢は憮然とした表情になった。
「……そっちが用件あるんだろう?」
「手紙、お前だろう?」
「っ!?」
「筆跡を知ってたわけじゃないんだけどな、現在の状況下で、一番可能性高いのはお前かなって。当てずっぽうだったけど、お前、判りやすいな?」
「……本当ヤなやつだな」
「『警告』って何?」
「……詳しいことは言えない。だけど、これ以上もう黙って見てられなかったから」
「それで? 内容教える気はあるのか?」
 にやりと笑って、腕組みした。それを見ながら、高木沢は溜息をついた。
「俺は本当は協力するように言われていたんだ。でも、失敗した」
「先日の、『あれ』?」
「……俺はあの人にこれ以上犯罪を重ねて欲しくない。だけど、警察に通報することもできない。裏切りたくはないし、何より恐い。あの人は本当に無邪気なひとだ。悪人じゃない。それがとても恐い。あのひとは笑いながら、子供のような顔で、罪を犯すから」
「なのに、当事者に情報洩らしてくれるのかよ?」
「俺には止められないし、俺のいうことなど聞いてももらえないからな。俺はあのひとのことを尊敬してるし、憧れているし、恩義もある。……でも、それ以上に恐いんだ。俺はもう、関わり合いになりたくない。好きだけど、これ以上、とてもついていけない」
「お前、もしかして、『誘拐』の件で一口噛んでるってことは、ないだろうな?」
「っ!!」
 高木沢は顔を真っ赤に染めた。
「マジかよ!? 犯罪だろ!? 俺一人で済む話じゃないんだぞ!? 何人巻き添えになったと思ってるんだ!!」
「俺は何も知らなかった!! 俺はただ、君と藤岡が学校を出る時間を連絡してくれとナリさんに言われただけで!! 本当に何も知らなかったし、犯罪の片棒担ぐ気なんか全くなかったんだよ!!」
「……ナリさん? それってまさか、楠木成明のことじゃないだろうな?」
「…………」
 高木沢は黙って俯いた。
「おいおい、あのな、楠木は先日拉致監禁・誘拐・傷害容疑で逮捕されて、脱走してる犯罪者なんだぜ?」
「俺は何も知らなかったんだ!! つい先日まで、何も、ちっとも、全く知らなかったんだよ!!」
「……知らないで済んだら、警察はいらないんだぜ?」
「だって、本当に知らなかったんだ。まさか、そんなことのために知りたかっただなんて、俺は知らなかった。だって、ナリさんは本当に良いひとなんだ。親切で、優しくて、穏和で……っ!!」
 俺は溜息をついた。
「じゃ、もう学習しただろ? 人を見た目で判断するのはよせ。済んだことは仕方ないから、今後気をつけろ。もしかしたら、警察に引っ張られるかも知れないが、そこまで俺は面倒見切れない」
「……やっぱり、そうなるのか?」
「知らねぇよ。俺が知るかよ、そんなこと。自分のことだろ? 自分で判断しろ。それが恐けりゃ自首したらどうだ? 未成年だし、今のような調子で『何も知らなかった』と謝り倒せば、ひょっとしたら罪も軽くなるかも知れないぜ? 無論保証はできないがな」
「…………」
「で、これ以上犯罪の片棒かつぎたくなくて、罪悪感と焦燥に駆られて、俺に手紙くれたんだ? 親切な話だな」
「…………」
「で、これ以上話す気ないのか? それとも話す内容なんかない? 場合によっては協力してやらないこともないけど、俺の役に立たないようなら、代わって通報してやるぜ。……どうする?」
「脅しか!? 汚いぞ!!」
「汚いのはどっちだ、犯罪者。で、まあ、俺は『警告』の詳しい内容が聞きたいんだけど」
  にやりと笑って言うと、高木沢は観念したように、うなだれた。
「……君のボディーガードの中原という男が狙われている。『彼』の本名は知らない。俺はシュウさんと呼んでいる。ナリさんのお友達だ。シュウさんは──一言でいうと、『何でも屋』だ。合法・非合法に限らず、依頼者の望み通りのものを何でも探し出しては、現金と引き替えに売り渡す。『The Seacher』というWebサイトの運営・代表者でもある。TOPページとメールフォームしかなく、サイト説明も掲示板もないサイトだ。たぶん、検索サイトでは見つけ出すことは困難だと思う。俺は、口コミで知ったんだ」
「合法・非合法に限らずだって? お前も何か依頼したのか?」
「……俺の場合は、別に犯罪的な内容じゃない。母親の行方を教えてもらっただけだ」
「いくらで?」
「三万円」
「ずいぶん安いな? 安すぎないか?」
「中学生には高かったよ。依頼料は依頼人や依頼内容によって、異なるんだ。金を持ってるやつからは多く取るというシステムらしい」
「成る程ね。で、お前は、そんな犯罪やらかすような連中だとは知らずに接触した、と」
「ああ。それ以来、シュウさんとメールのやり取りして、時折、シュウさんの以来の手伝いをするんだ」
「ボランティア?」
「ああ、そうだ。『The Seacher』はそうやって成り立っているシステムなんだ。横の繋がりの無い、見知らぬ赤の他人同士の連携によって、全体が機能する。」
「……それを全て熟知し、統括するのが、『シュウ』?」
「というよりは、シュウさんが、オンライン上の知人に、お願いをするだけだよ。断ることもできるんだ。強制じゃない。自分のした事が一体なんなのかは、大抵は良く判らないけど……シュウさんは、事が解決したら、お礼のメールをくれる。俺がシュウさんに実際に会ったのは一回きりだ。……でも、良いひとだったよ。明るくて無邪気で、すごく良いひとだった。だから、俺は……」
「何故、中原が狙われていると判った?」
「シュウさんに聞かれたんだ。君のボディーガードの中原というひとの入院先を知らないかって。俺は知らなかったから、知らないと答えた。だけど……」
「誘拐のことは何故知った? 新聞には掲載されなかったはずだぜ?」
「……藤岡が。俺が尋ねたら、内緒だって言われたけど、藤岡がこっそり話してくれたから」
 苦しそうに、高木沢は呟いた。
「…………」
 俺は溜息をついた。
「まさか、それで、バレーボール部を辞めた、なんて言わないよな?」
「……っ!?」
「……言っておくけど、それくらいじゃ済まない事なんだぜ?」
「……そんなっ……そんなのっ……!!」
「でも、通報は恐いからできない? バカか? 自分だけならともかく、他人にまで迷惑かけて、被害増大させるんだぞ?」
「…………っ!!」
「とりあえず、警察に通報したりとかはしないから、暫く一人で考えてみろ。俺に相談したくなったら、ちょっとくらいは相談に乗ってやっても良いぜ? ただし、しばらくは忙しくなるだろうから、本格的に相談乗ってやるのは、学園祭の後くらいになるかも知れないけど」
「……相談?」
「親や教師や友人にはとても話せないだろ? 他人の親切は素直に受けておくもんだぜ?」
「……親切?」
「約束したろ? 『場合によっては協力してやらないこともない』って。一応参考にはなったからな。役に立つかどうかはこれからだけど。まあ、何も知らないやつに突っ込んでも、これ以上何も出てこないだろうから、仕方がないさ。ところで、当然サイトのURLは教えてくれるんだろ?」
「……今、この場では判らないよ。家に帰ってPC立ち上げないと」
「そうか。じゃあ、メールで教えてくれ。PCのメアドは持ってないから、携帯のメアドを教える」
「え? 持ってないのか!?」
「必要ないからな。俺はほとんどめったにネットサーフィンしないんだ。色々忙しいんでな」
「そうか。親と共通のメールアドレスじゃ使えないからな。フリーでも取ったらどうなんだ?」
「そんなの面倒臭ぇよ。必要があれば取得するさ。今は必要ないからな。どうでもいいよ、そんなこと」
「本当にどうでも良さそうだな。判った、メールアドレスを教えてくれ。今日の夕方くらいにでも、連絡する」
「ああ、頼む。で、もうこれ以上他に言うことないのか? 高木沢」
「思い出したことがあったら、メールか電話する」
「じゃあ、電話番号も教えてやるよ。なるべく電源は入れっぱなしにしておいてやる。感謝しろよ?」
「…………」
「何だ? どうした」
「……君は、本当に偉そうだな」
「文句あるのか?」
「……いや、別に。なんかもう……どうだって良くなってきた」
「自暴自棄?」
「いや、たぶん、きっと……安心して気が抜けたんだ。君が良いやつに見えてきたからな」
「……お前も随分言うじゃないか」
 高木沢は苦笑した。
「……でも、俺、ちょっと感謝してるよ。まさか、こんな風に話せるとは思ってなかったから。有り難う、久本」
「バカか?」
  言うと、高木沢は泣きそうな顔になった。
「なっ……!?」
「まだ何も解決してねぇだろ? 感謝するにはまだ早すぎる。とりあえず、この件が片付いてから判断しろ。そういうバカだから、簡単に見知らぬ赤の他人に騙されるんだ。で、もう一つだけ聞きたいことがあるんだが、楠木とはどうやって知り合った? シュウとかいうやつの紹介か?」
「ああ。オフで紹介された」
「オフ?」
「オフラインのことだ。ネット上じゃなく、実際に会ったんだ。会ったけど……シュウさんの顔は、あんまりよく覚えていない。サングラスかけていたし、照明が暗くて……アルコールも入ってたから、半分くらいしか覚えてないんだ」
「……泥酔したのか?」
「そこまでは飲んでない。……けどまあ、それに近かったと思う。クラブ行って、その後カラオケ行った」
「場所は? 言えるか?」
「え? 場所?」
「お前が覚えてなくても、店員は覚えてるかも知れないだろ? 日付と時間と場所と店名を言え。裏を取って調べてやる」
「何故そこまでしてくれるんだ?」
「お前のためじゃない。俺のためだ。俺は昭彦と違ってそこまでお人好しじゃない」
 高木沢は溜息をついた。
「……ごめん。良く思い出せない。しっかり思い出すから、後でも良いか?」
 ダメだと言ってどうにかなるなら、言ってみるけど。
「確実に真面目に真剣に思い出せ。思い出したらすぐ連絡しろ。間違った情報渡されるよりは、良いからな。その代わりシカトしやがったら、ただじゃおかねーからな」
「……うん。ごめん、久本」
「謝るなら、昭彦やうちのクラスの下中に言っておけ」
「ばっ……バカ言うなよ!! どの面下げて言えるんだよ!! そんなこと!!」
「じゃあ、代わりになるようなことしておけよ」
「かっ……代わりって何をしろって言うんだよ?」
「さあな。そこまで俺が面倒見切れるかよ。自分で考えろ。お前、うぜーよ。何でも他人任せにすんな、ボケ」
「……久本って親切なのかどうなのか、良く判らないやつだな」
「あ? なんだって?」
「あ、いや、独り言。判った。思い出したらすぐ連絡する。それよりそろそろ教室へ戻らないと……」
 丁度その時、予鈴が鳴った。
「じゃあ」
「……ああ」
  さて。これで少しは進展したんだろうか? 謎だ。判ったようでちっとも判ってないし。まあ、貴重な情報であるのは間違いないことだし。棚からぼた餅ってやつだな、うん。
  俺は、途中まで高木沢と一緒に、教室へと向かった。

To be continued...
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