NOVEL

週末は命懸け8「傷」 -3-

 楠木成明と初めて会ったのは、確か小学三年の頃だ。
『初めまして』
 そう、穏やかに笑ったその顔は、おっとりしたインテリ風で。ゲーテが好きなんです、と言うのも、何となく納得してしまう。高校中退なんてまるでその容貌からは窺えなかった。
『なんで中退?』
 頭は良かった。他のボディーガードに比べて、段違いに良かった。
『ちょっとした、傷害事件を起こしましてね』
 似合わない事を、似合わない顔で言った。
『刑期くらったんですよ』
 俺は、あの時、何と言っただろうか? ふっと、楠木は唇を歪ませて苦笑した。
『まあ、えてしてそういうものですよ。人生なんて』
 穏やかでおっとりしているようで、何処か突き放して距離を置くようなところがあった。棘が無く、闘争心も無く、穏やかそうな物腰で、誰とでも仲が良く、その割に誰とも親しくなかった。
『あなたの教師になりました』
『……俺の? 勉強でも教えてくれるっての?』
 楠木は笑った。
『まさか。……護身術ですよ。強さは力では無いと教えて差し上げます』
『強さは力じゃない?』
『……強さ、というのは総合的な能力を評価する事ですよ。腕力があっても体力がない、体力があっても俊敏さがない、俊敏さがあっても集中力がない。……それじゃ使えない事はお判りでしょう?』
『……総合的に強くしてくれるっての?』
『あなたが努力さえすれば』
 そう言って、穏やかに笑った男は、今、俺の敵だ。
「……くしょぉ……っ」
 ギシッとロープが軋んだ。両手をロープで縛られて、天井近くにある滑車を利用して吊り下げられている。リールは出入り口付近だ。無理な体勢で、身体がギシギシいう。宙吊りにされるのがこんなに辛いだなんて、知らなかった。あと数ミリでコンクリートの床なのに、その数ミリがひどく遠い。汗が、頬を滴り落ち、床を灰色に塗らした。
 腕の関節が抜けそうだ。少しでも身体を楽にしようとロープを握った。……無駄な事かも知れないが。ぐら、と身体が揺れた。僅かな揺れが、ロープに伝わり、振り子のように反対側へと振られる。
「……くっ……!!」
 動かない方が賢明、ってことか。揺れが収まるのを、歯を食いしばってやり過ごした。……腕がぎしぎしと軋む。指先の感覚がもうあまり無い。キイイ、という金属的な音と共に、重い鉄製扉が開かれた。
「……おやおや」
 片手に折り畳み椅子を持った、楠木だった。
「綱登りでもやろうって言うんですか? 奇特な事だ」
「……貴様っ……!!」
 思わず睨み付けた。楠木はくすくすと笑った。
「随分、殺気立ってますね」
 楽しそうに。……この男。
「辛いでしょう? 椅子を持って来ました。これに座れば、ロープも緩むし、人心地がつくでしょう?」
 親切面してそう抜かしたりするけど。
「……誰のせいだと思ってんだ!!」
 相変わらずおっとりした穏やかな微笑を浮かべて、楠木は歩いてくる。
「……先に学習させていただきましたしね。あなたという人は油断ならない。しかし、あまり消耗させて使えなくなるのも困りますしね。死体で良いのなら、私も扱い楽で良いんですが」
「貴様っ!!」
 こいつが酷い奴だって知ってるけど!!
 冷酷な事を、いともあっさり、穏やかな顔で。
 俺の目の前で、折り畳み椅子を広げて。
「どうぞ」
 と、床に置いた。腕を伸ばす事なんて出来ない。両腕とも厳重に縛られて、関節を外したとしても縄抜けなんて容易に出来ない。だったら足を伸ばす事になるのだけど、楠木の置いた場所はぎりぎり爪先に引っ掛かる程度の距離だ。足は靴や靴下を履いたままで、足指で引っ掛けるなんて器用な事も出来ない。
「……楠木っ……貴様っ……!!」
 カッとした。……この男、俺を嬲るつもりで……!!
「どうしたんです? 椅子に座って下さいよ。わざわざ用意したんですから」
「だったらもっと近くに置いてみろよ!!」
「厭ですよ。これ以上近付いたら酷い事するでしょう?」
 どっちがだ!! このクソ野郎!!
「……ほら、そんな恐い顔して」
 くすくすと楠木は笑った。
「……リーダー」
 ギイ、と扉が開いて男が顔を覗かせた。楠木はそちらを振り返って、頷いた。
「……こっちだ」
 紙包みを持って、男が中に入ってくる。
「……こちらです」
 そう言って楠木に渡す。楠木は中身を覗き込んで確認して頷く。
「……有り難う、下がって良い」
「はい」
 男が下がろうとする。と、思い直したように。
「ああ、ちょっと待ってくれ。椅子をもう一つ持って来てくれないか?」
「……判りました」
 男は立ち去った。
 ……何を、するつもりなんだ、この男。
「さて、トランプでもしますか?」
「……俺に相手出来ると思ってんのか? この状態で」
「まあまあ。……トランプと言っても、トランプ占いですよ。結構当たるんですから、私の占い」
「ふざけんな!!」
「あなたの未来がどうなってるか知りたくありません?」
「そんなものは自分で決める。貴様がどう言おうが関係ない」
「……相変わらずですね」
 楠木は笑った。そう言って、紙袋の中からトランプの箱を取り出した。
「これをトランプって呼ぶのって日本だけだって知ってました?」
「……興味ねぇよ」
「元はカード。更に元になっているのは、タロット占いに使う小アルカナと呼ばれるカードがそうなんです」
「聞きたくねぇって言ってんだろ!?」
「剣がスペード、聖杯がハート、金貨がダイヤ、棒がクローバーとなる訳です」
「聞きたくねぇって言ってんだろ!? 聞こえねぇのかよ!! このクソジジイ!!」
 怒鳴りつけると、楠木は楽しそうに声を上げて笑った。
「……あはは、あなた、猫被ってたんですね」
 何がおかしいのが、本当楽しそうに。
「何が言いたいんだよ?」
 ムカつく。こいつ。すげぇムカつく。本気で。
「……そうそう、お友達の事ですけど」
 ぴくり、と緊張した。
「心配なさらなくてもここにはいませんから」
 つい安心しそうになって、それからどきりとする。
「……まさか……?」
 相手の顔色を窺う。楠木は穏やかな笑みを浮かべている。
「大丈夫。足の付くようなところにはいませんよ」
「!?」
 愕然と、した。
「……心配ありませんよ。運が良ければ見つけて貰える場所にいますから。安心でしょう?」
「てっ……めぇ何をっ……!!」
 何処が!! 安心出来るんだよ!! 畜生っ!!
「心配しなくても死んだりはしませんよ。私もそんなに極悪じゃないんですから。ただ、放置して置くと面倒だから、ちょっと隠れていて貰ってるだけですし」
「……てめぇっ……!!」
 頬が、瞳が、熱くなった。
「……この、鬼畜野郎っ……!!」
 楠木は肩をすくめた。
「心外ですね」
 わざとらしいくらい大仰に。
「私は自分では、これほど親切な人間もなかなかいないと自負しているのに」
「何処が親切だよ!!」
 楠木は笑った。
「あなた、『くだらないな』って言いましたよね?」
「……え……?」
 何の話か、判らなくて。
「何言ってんだ? てめぇ……」
 楠木は溜息をついた。
「ま、えてしてそういうものですよね。人は、自分の言った事をいとも簡単に忘れる。……覚えているのは言われた側の人間だけ」
「……何を……?」
「『くだらない』って言ったんですよ。あなたは。私の半生の事をね」
「……は?」
「くだらなくても、そうでなくても、私の人生は私のもので、他の誰にとやかく言われる筋合いなんてない。それに陶酔する気もありませんけど、それでも一言で済ませられると、さすがに腹は立ちますよね」
 ……まさか。

『刑期くらったんですよ』
『くだらないな』
『……くだらない、ですか?』
『くだらないだろ。バカみたいに』

 そんな……?
「相手は九歳の子供ですしね。そんな子供相手にいきり立つのもおとなげないし」
 そんなっ……!!
「それで七年も根に持つのだって十分おとなげないだろう!!」
 思わず叫んだ。楠木は大仰に肩をすくめる。
「……別に、それだけの理由じゃありません」
 楽しそうに、楠木は言った。
「最初から、七年のつもりでしたし」
「……何だと?!」
「あなたには判らないでしょうね。あなたが本当、小憎らしいガキで幸いでした。私はあなたに感情移入せずに済みましたし」
「!?」
「後腐れ無く別れるには、丁度良かった。本当に」
「……て……め……ぇ……っ!!」
 優しく、穏やかな微笑み。邪気などまるで感じられない。それがひどく、恐ろしいものに見えた。
「……すみません、リーダー。椅子を……」
 扉が開いて、先程の男が現れた。
「ああ。こちらへ持って来て」
 男が折り畳み椅子を持ってくる。
「ああ、そこで良い」
 そう言って、押し止める。
「え?」
「そこに椅子を広げて座って見ててくれないか?」
「……はい」
 ……何を。
「例えば、手っ取り早く、相手の戦闘意識を失わせる方法、ご存じですか?」
 ……まさか。
「……楠木……てめぇ……っ!!」
 楠木は楽しそうに笑った。
「一つ、食事を抜く事。二つ、拷問を与える事。三つ、眠らせない事。四つ、……レイプする事」
「……てめぇっ!!」
「まだあるんですが、聞いて下さらないんですか?」
「ふざけんなっ!! 俺はっ……そんな脅しなんかに……!!」
 くすり、と楠木が笑った。
「知ってます? 人間て厭な事喋られると、聞きたくないって思うんですよね。あなたに一番効果的な方法は四つ目、と考えてよろしいですね?」
「なっ……!!」
 全身の血の気が引いた。
「……中原さんにバレたら、今度こそ殺されるかな」
 含むような笑みを浮かべて。
「……まっ……!!」
 まさか。……本気か?!
「そういう訳だから、悪いけど手伝って」
「判りました」
 男がこちらに歩み寄って来る。
「やっ……やめろよ!! 何考えてんだよ!! てめぇら!! おかしいんじゃねぇのか!? こんなっ……!!」
 全身が総毛立った。ざわざわとして、気持ち悪い。
「気持ち悪くねぇのかよっ!!」
 楠木が声を上げて笑った。
「……ああ、ご存じないんでしたね」
 そう言って、俺の後ろに回った。
「私、実は男の方が好きなんですよ。もっとも、子供にはあまり興味は無いんですが」
「……なっ……!!」
 男が、俺の右足を掴んだ。蹴り付けようとする俺の腰を、楠木が撫でた。ぞくりとした。左腕を俺の腰に回して引き寄せ、右手で腰から前へと撫で回す。
「……やっ……!!」
 嫌悪感で、肌が粟立つ。男が俺の右足を肩の上に乗せるように抱え上げる。
「やめろっ……!!」
 抵抗しようにも、身体が上手く動かない。
「やめろよっ!!」
「……脅えてくれるんですか? 楽しいなぁ」
 耳元で、楠木が囁いた。右手で俺の太股を撫でさすりながら、左手で器用に俺のベルトのバックルを外す。ジッパーを下ろす音に、身体が硬直した。
 目が、ひどく熱くなった。
「やめろよ!! なんでこんなっ……!!」
 身体をよじっても、ギシギシとロープが鳴って腕が悲鳴を上げるだけで。
「あと、そっちでやって」
 楠木のぞんざいな声に、
「了解」
 事務的な応答。……甘さも熱も、そこにはまるでなくて。
「やめろよ!! 楽しいかよ!! こんな事っ!!」
 厭だ!! ……厭だ、絶対!! こんなのっ!! だって……!!
 脳裏に、中原の顔が浮かぶ。中原が笑って……そして……。
 男は懐からナイフを取り出した。俺の右足を肩から下ろし抱えたまま、裾からナイフの刃を入れた。
「っ!!」
 肌すれすれのところを、ナイフが通って行く。ぴくりと一つでも身動きしたら、肌が切れる紙一重のとこ。ぞわぞわとするその感覚が、少しずつ上へ上がっていく。
「……っ……!!」
 俺は、両目を瞑った。楠木は笑いながら、シャツの中へと指を滑り込ませた。
「っ!!」
 腹を、へそのすぐ脇を、楠木のひどく冷たい指が撫で上げていく。ナイフは時折方向を変えて、俺の肌すれすれのところを滑っていく。俺は息を詰めた。冷たい汗が、背中を伝い降りる。楠木の指が、胸へと到達した。人差し指と中指で、先のところをぐるりと強く揉み込むように撫でられた。
「……っ!!」
 ちり、と痛みが走った。
「……駄目じゃないですか、動いたら。危ないでしょう?」
 楠木が嗤うように、耳元で言った。
「……てめぇっ……!!」
 渾身の力を込めて、睨み付けた。
「元気ですね」
 呆れたような口調で、楠木が言った。
「腹でも殴っておいた方が良かったかな」
「……しますか? リーダー」
「おとなしいのもつまらないからね」
 やめておくよ、と楠木は笑った。
「てめぇらの思惑通りになると思うなよ!?」
 俺は怒鳴った。
「俺はてめぇらの思惑通りになんてならない」
 楠木は呆れたような顔になった。
「……完全復活? いつも思う事だけど、あなた本当変な人ですね」
「何だと!?」
「リアクションがまるで読めない。……読めると思って安心していると、裏切られる。変な人ですよ」
 そう言って、頬を叩かれた。高い音と共に、灼熱が迸って。口の中が、切れた。
「……こんな事くらいで俺に言うこと聞かせられるとでも思ってるのか!? だったらおあいにくさまだな!!」
 睨み付けた。楠木は満足そうに笑った。
「成程。暴力に対しては、強気に出る、と」
「……何を……!!」
 楠木は笑った。
「でも、あなたは酷い人だ」
「……何?」
「……あなたの暴言で、心を傷付けられた人間は、この世にどれほどいるでしょうね?」
「……なっ……!!」
「あなたは冷たくて酷い人だ」
 楠木は笑った。
「その冷酷さで、どれだけ人を傷付けて平然と過ごしてきたのやら」
 声が、出なかった。
「……私はあなたが言った言葉、何一つ忘れませんよ。あなたが、全てを忘れようとも、決して」

『くだらないな』

 考えて言った言葉じゃなかった。くだらないと思ったから、くだらないと言った。相手がどう思うかなんて考えてなかった。意図などない。敢えて言うなら、あの頃の俺は、周り全てが敵だった。生きるためなら譲歩も仕方ない。だけど、周囲に媚びを売るつもりも無かった。どちらかと言えば、喧嘩を売って相手の反応を楽しんでいた節がある。相手が怒る様を見て喜んでいた節がある。それが、どんなに酷い事で最低な事か、なんて。
 今の俺なら、はっきりと言える。あの頃の俺は、間違っていたと。今の俺が、あの頃の俺よりマシだったかどうかってのはともかく。誰彼構わず喧嘩売ってたようなあの頃は、どう考えたって絶対どうかしてた。相手の善し悪しの判断も無く。ただ、周り全てを敵だと思って。味方を作るつもりも毛頭無かった。あれは、まだ、昭彦に出会えてない頃。……唯一人の友人にも、出会えてなかった頃。
 世界全てが、自分の敵で。俺を守ってくれるものなど、この世の何処にも無くて。俺自身のものなど、この世の何処にも無くて。
「……悪かった、とでも言えば良いのか?」
 俺が全て悪かったと。
「すまなかったと言えば、お前は俺を許す気になるのか?」
 楠木は笑っている。……変わらない笑顔で。ずっと変わらない穏やかで優しげな笑顔で。
「どうでしょうね?」
 楠木は笑った。男の肩から俺の足を下ろした。
「……私の『傷』が、そんなもので和らぐと?」
 『傷』。
「……傷だって……言うのか?」
 たった、あれだけの出来事で。
 ……確かに、酷い事を言った。無神経な台詞だ。冷淡だと思うし、酷薄だとも思う。恨まれても少しは仕方ないなと思う。だけど……。
「……七年も経ってるのに?」
「時間は関係ありませんよ」
 そう言って、腕を首に絡めて来た。
「……何故、私が少年刑務所へ入ったかご存じですか?」
 楠木が顔を目の前に近付けて笑った。唇がひどく紅く見えた。
「……姉が、養父に強姦されたんですよ」
「……っ!!」
 思わず、息を呑んだ。
「私の目の前で、何度も、何度も、何度も。姉が私に助けを求めるのに、私は養父に殴られるのが恐くて、その場で立ちつくしていて。笑いながら、奴が姉を放り出して、私のすぐ傍を通って部屋を出ようとしたその時に、ようやく私の身体は動いたんです。すぐ傍にあった花瓶で養父の頭を背後から殴り倒しました。……たった一撃」
 身震いをした。
「……そう、たった一撃。それで養父は死にました。声も上げずにね」
「……く……すのき……っ!!」
「私は見ての通り、体格には恵まれていなくて。当時はひどく臆病で恐がりで、ひどく弱くて。……何よりも、心が」
 言葉が、出ない。楠木の両手が、俺の頬を覆った。
「……その時、姉がこう叫んだんです。『人殺し!!』って。……私は気付いたら姉の首を両手で締め上げていました。……呼吸していませんでしたよ。正気に返った時にはね」
 そう言って、口付けられた。……抵抗できずに。
「それで、その後、養母も、養祖母も殺しました。飼っていた犬も。その家にいた生き物は全部殺しました。……だって姉のように、私を『人殺し』と呼ぶでしょうから」
「……そ……んな……っ……!!」
 だって。そんなの!!
「……恐かったんですよ。『人殺し』と呼ばれるのが」
 そんなの、理解出来ない。
「だって!! そんなの、本末転倒だろ!? 人を殺したら逆じゃないか!! だって、お前は……っ!!」
 最初の殺人は、やろうと思ってやった訳じゃないじゃないか!!
「殺そうと思って人を殺したら、それこそ『殺人』だろ!?」
「……だからあなたには判らないって言うんです」
 楠木は笑った。
「私は臆病だったんですよ」
 そう言って、もう一度唇を押し付けられる。舌が、唇を割って進入してくる。舌を絡めて、強く吸い上げられる。
「……っ……!!」
 楠木の指が、ジッパーの隙間から滑り込んだ。
「……誰のどんな言葉も、耐えられないくらい、弱かったんです」
 ……どうしよう。
 舌を噛んだ。
「……そういう人間も、この世にいるっていう事ですよ」
 そう言って、中の物を引きずり出す。
「……楠木……っ!!」
「あれ以来、女は一切駄目ですよ。笑えるでしょう?」
 そう言って、俺の分身を、扱き始める。
 ……引きずられる!!
「……やめろ……っ!!」
 聞きたくない。
「……私は今も、姉の亡霊に祟られているんです」
「やめろよ!! そんなっ……!!」
 聞きたくない!! 聞かせるなよ!! そんなの!!
「私はあなたほど強くないんです」
 やめろよ!! 俺だって……俺だって全然強くない!! そんな人の重荷担がされて、平然と突き放せる程、強くなんかない!!
「それ以上、喋るな!!」
 お前の重荷なんて聞きたくない!! 他人の苦渋なんて知りたくもない!! 俺は俺の事だけで手一杯で!! 他にまで気を配れる程器用な人間じゃない!! 聞いてしまった事を、聞かなかったフリすら出来ないのに!! 何もかも知らなかった事に出来やしないのに!!
「俺が……俺が悪かったと言えば、お前の気は済むのか!?」
 涙が、こぼれ落ちていた。
 楠木は笑った。
「……済む訳ないでしょう?」
 絶望的に。
「あなたを虐めて苦しめてみたいだけですよ」
 楽しそうに、穏やかに言った。
 他にもまぁ、理由はありますけど。と、小さく囁く声も、聞こえたけど。俺の全身から、力が抜けた。
「……そんなに泣いてくれるとは思いませんでしたね」
 楠木の言葉が、耳を、素通りした。

To be continued...
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