NOVEL

週末は命懸け7「追憶」 -5-

 朝、目覚めると、中原が幸せそうな笑顔で俺を見ていた。どきりとして、思わず身じろぎした。
「……おはようございます、郁也様」
 明るい声で。幸せそうに。緩みきって。甘ったるい顔で。……まともに見られなくて、目を逸らす。
「……どうでも良いけど、その顔、『仕事』始め前に、直しておけよ」
 溜息つきながら、言った。
「え!? まだ緩んでます!?」
「…………」
 ……こいつ、マジか? ……って言うか、俺、こんな奴知らない。俺の知ってる『中原龍也』はこういう男だったか? なぁ。呆れながら……それでも、突き放せない。と言うより……俺……『重症』。
「……バカ……本当お前……恥ずかしいんだよ。すげぇ、格好悪い」
「……呆れ……ました……?」
 心配そうな顔で、俺を見つめる。
「呆れてるけど……」
 言うと絶対、こいつ調子に乗りそうで。でも、言わなかったら言わなかったで悶々としそうだし──何をどう考えたってこいつ、絶対質悪いぞ。物凄く、質が悪い。なんで俺、こんな奴が好きなんだ? 自分の趣味の悪さに、本当呆れ果てて。情けなくって。それでもこいつの事、切り捨てられなくて。……一番質悪いのは、俺の神経じゃないか。救いがたい。……本当に救えない。趣味悪すぎ。
「……呆れてるけど、そんな事はもう『今更』だろ?」
「……じゃあ、『良い』んですか?」
 真っ直ぐな目で。……思わず目を逸らしてしまう。
「……しっかりしろよ、中原龍也。お前、本当そんなんじゃ『駄目』になるぞ? はっきり言って、『久本』は弛んだ顔と意識で『仕事』する奴は飛ばされるか首切られるか、体よく利用されてポイ、だぜ? 『会社』の方ならもうちょい人道的だろうが、ここは『帝王』のお膝元だぞ。どいつもこいつも、相手よりのし上がりたくて目立ちたくて、手ぐすね引いて相手の失態・失脚待ってる連中ばっかりなんだから、ちったぁ気を付けろよ。俺が言わなくたって、お前良く知ってるだろ? ここにいるのがどんなに鬼畜で、極悪非道か」
「……心配して下さるんですか?」
 目を輝かせて、嬉しそうに。俺はその額をつんと指でつついた。
「……それが『駄目』だって言ってるだろ?」
 その途端、滅茶苦茶嬉しそうに破顔する。……駄目だ、こいつ。重症。喜色満面、至福の笑みを浮かべて、幸せそうに中原は言った。
「大丈夫。俺、人見知り激しいから、郁也様の前でだけですよ。こんな顔」
 『にやけ顔』としか言いようのない顔で。
「……ってその情けねぇ面見せられたら、俺がヤんなるんだよっ!!」
 こいつには絶対キツく言っておいた方が良い。甘やかすと、絶対ろくな事無い。はっきり言ってだ。こいつの『大丈夫』ほど安心できないものは無いんだから!!
「……えっ……!?」
「にやにやにやにや、にやけてんじゃねぇよ!! みっともねぇんだよ!! ちったぁ顔の筋肉引き締めろよ!! 弛みきって皺が出来てるぞ!! この年寄り!! 腑抜けた顔してんじゃねぇよ!! 格好悪ぃ……!!」
 暫く、呆然としたように俺を見つめて。それから、不意に中原はにやりと笑った。
「……失礼。じゃあ、あなたの前でも恰好つけろって? そういう事? 俺の情けないところが好きとか以前おっしゃってましたけど、カッコイイ俺が見たいんですね?」
「……お前……」
 暖簾に腕押し。糠に釘。……付ける薬無しか? おい。
「……すげぇヤな奴」
「そういう事言いますか?」
 そう言って、中原はひどく魅力的に笑った。どきん、として思わず見惚れた。柔らかく笑って、両手で俺の頬を覆った。
「あなたの前なら、どんな『俺』だって見せられますよ。あなたの望みならば、何でも。俺は……心底、あなたに惚れてますから」
 耳元に、甘い声で囁いて。耳をくすぐる。俺は思わず目を細めた。
「あなたが『しろ』と言う事ならば、何だって出来ます。俺は一人じゃ何処にも行けないけど、あなたと一緒なら何処にだって行けます。俺は……あなたのためならば何だってします。あなたの『望み』を叶える事が、俺の『望み』です。あなたが笑って傍にいてくれたら──それだけでとても、幸せになれるんです……」
「……お前……そんなんで良いのかよ……?」
 俺は、不安になった。
「どうして?」
 真顔で、尋ねてくる。
「……だって……それじゃ……『お前自身』はどうなるんだ? お前の『主体性』って奴は? 俺の『望み』が、お前の『倫理』や『論理』に反したものだったらどうするんだよ? 俺は、お前がやりたくないのに強制する気は無いぜ? そんな事、出来る筈も無い。俺は……」
「俺に『やりたい事』なんて何もありませんよ。あなたを抱きしめて、キスして、愛して、セックスして、求めて、求められて。それだけあれば俺は十分です。あなたが俺を愛してくれるなら、それだけでもう、俺は幸せです。強制なんかじゃありません。あなたの『望み』ならば何だって叶えたい。あなたのために何だって、俺が──俺自身がやりたいと思うんです。それじゃ駄目ですか?」
 強烈な、不安。予感、にも似た。
「……お前を何だか……不幸にしてしまいそうな気がする」
 そんな事は望まないのに。俺は、中原を引きずり込んでしまう。きっと。いつか。……このままだと絶対。今以上に。
「俺は『不幸』になんてなりませんよ」
 中原は笑った。
「俺は『不幸』になんてなりません」
 そう言って、鮮やかに笑うから。俺は、ひどく眩しくて。眩しくて、目を細めて閉じた。中原が額に唇を落とす。
「……絶対に『不幸』になんか、なりませんよ。あなたが、傍にいてくれるなら」
 俺は、何だかひどく遠い場所へ来てしまった気がする。そんな事は今更だけど。引き返す事も、何も無かった事にも出来ない。たった一人の方が気が楽だった。誰も何も巻き添えにする事無く、一人でひっそりと戦って散っていく想像ばかりしていた。
 『報復』。今はもう、この世の何処にも存在しないものの為に。俺自身の心を、救う為に。俺の荒廃した心を、満たす為に。この静かに沸々とたぎる想いをぶつけ、四散させる為に。俺の内部を満たし埋め尽くし溢れそうな『憎悪』の為に。
 『八つ当たり』かも知れない。愚かな事なのは判ってる。無理で無茶で難題な事も。自分で自分の首を絞める事になっても。先にあるのが『破滅』でしか無くても。それでも『久本貴明』を許す事など出来そうにない。あの男の存在を、その所業を、認める事は絶対に出来ない。バカな事なのは良く判ってる。それでも俺は、俺を止められない。中原を『不幸』にするかも知れないのに。中原を俺の『道連れ』にするかも知れないのに。
 強烈な不安。今、目の前にあるものを失ってしまう恐怖。壊してしまうかも知れないという恐怖。……俺は、本当にこんな気持ちで、こんな状態のまま、中原を引きずり込んで、生きていて良いのか?
「……お前さ、……『恐い』よ」
 ぽつりと言った。驚いたように、中原が俺を見た。
「……すげぇ『恐い』よ。俺……滅茶苦茶『不幸』にしそうだ、お前の事。お前はそれでも『不幸じゃない』って言うかも知れないけど……俺は……っ!!」
「……郁也様」
「俺には判らねぇよ。たぶん、俺はお前にとってこれ以上無い『疫病神』だぜ? きっと俺はお前を傷付け、不幸にする。そんな俺の言う事そのまま従う気か? 退くなら今だぞ。今ならまだ……俺はお前の手を離してやれる」
「郁也様!!」
 中原が、俺を非難するような、何か言いたげな目で見る。胸が、ひどく痛い。痛くなる。苦しくて。
「……俺は厭なんだよ。俺がお前を『不幸』にするのは。俺がお前にとどめ刺す羽目になるのは。お前を致命的に傷付けて、立ち直れなくしそうで──俺がお前を壊してしまいそうで……!!」
 強烈な不安。物凄く。
「郁也様!!」
 中原の腕が、俺を強烈な力で抱きしめ、窒息しそうに苦しくなる。
「……ぅっ……!!」
「郁也様!! 俺はっ……俺は凄く……っ!!」
 ……くっ……苦しい……って……!!
「……俺は凄く幸せです!! 俺は……っ!!」
 だからっ!! 良い加減にっ!! 腕のっ……力……を……っ!!
「離せよっ!! バカ!!」
 渾身の力で叫んで、蹴り付けた。驚いた顔で中原は俺を解放した。……ようやく、まともに呼吸できる。深呼吸する。
「……え……あ……?」
 睨み付ける。苦しくて涙が出てる。視界が滲む。
「加減くらいしろよ!! 馬鹿力!! ……俺を殺す気か!?」
「あ……すみません」
 中原は、大きな体を縮み込ませるように恐縮した。
「すみませんじゃねぇよ!! バカっ!!」
「……ごめんなさい……」
「言葉変えれば良いってもんじゃ……っ!!」
 言いかけて、涙が、不意にこぼれ落ちて──俺は慌てて拭った。
「郁也様……」
 途方に暮れたような目で、中原が俺を見る。不安そうな目で。悲しそうな目で。
「……俺は……」
 泣きそうな、顔で。真っ直ぐに、俺を見て。
「俺は、あなたが好きなんです。とてもひどく好きなんです。あなたじゃなきゃ、駄目なんです。他の誰にも感じない。……俺は……あなた以外何も欲しくないんです。他に何をやると言われても駄目なんです。俺はあなたが好きで……あなただけが好きで……なのに、あなたの傍を離れるなんて、あなたの腕を離すだなんて、そんな事をしたら、俺は一体何処へ行けば良いんですか? あなたに拒まれたら、俺はもうこの世の何処にも、居場所が無いのに──何処へも行けやしないのに、何処にも行きたい場所が無いのに。俺は、あなたの傍にいたいんです。あなたの心が欲しいんです。あなたのいない世界なんて、冷たくて真っ暗で苦しくて恐くて──俺は、中原龍也という男は、あなた無しで生きていけないんです。あなたのいない場所で生きるなんて──そんなの、死んだ方がずっとマシだ。死んだら何も感じずにいられるから。消えてしまえば、何も考えずに、何もせずにいられるから。俺の手を離すくらいなら──俺を見捨てて逃げたいなら、いっそ俺を殺して下さい、郁也様。じゃないと俺は気が狂う。気が狂って、考えたくもない事をしてしまう。俺は……俺を捨てるくらいなら、あなたの手で俺を殺して下さい。あなたに殺されるなら俺は……!!」
「お前を殺せる訳があるかよ!! 中原!!」
 涙が、溢れ落ちた。……止まらない。
「俺にお前を殺せる筈、無いだろ!? だって……俺は……っ!!」
 俺はお前が、好きなのに。俺はお前に、幸せになって欲しいのに。お前の苦しむ姿なんか見たくないのに。
「……お前を……傷付けたくないんだ……」
 どうでも良い男の筈だったのに。
「……お前の苦しむところを見たくないんだ」
 いつだって切り捨てても良い男の筈だったのに。俺のために死んだとしても、心痛まないと思っていた筈だったのに。こいつの行く末がどうなろうと知った事じゃないと思っていたのに。
「……だってお前……っ……何も感じないとか言って……そんなの全部『嘘』じゃないか!! お前、ひどい嘘つきで……!! 本当は……本当のお前は……全然鈍感でも冷酷でもなくて……っ!!」
 ──そうだ。俺は、ついこの前まで、お前の『表面』しか見ていなかった。お前の上っ面だけを見て。それがお前だと──『中原龍也』だと思い込んでいた。そう思い込まされていた。極悪で冷酷で、卑猥な事言う下品で乱暴で過激なボディーガード。酷い奴で、俺をからかうのが趣味で、怒らせるのが趣味で──弄ぶのが好き。そうなんだと俺はてっきり思ってた。こいつが無茶苦茶な事するのは、こいつの『趣味』だと思ってた。それが『自殺願望』に繋がってただなんて、俺は全く知らなかった。こいつが自分自身に物凄い嫌悪感を抱いていて、何か『救い』や『目的』が無いと、生きていけないくらい、この世に絶望してる事なんて、まるで知らなかった。
 そう。こいつは──中原龍也は『絶望』している。この世の何もかもに。自分自身に。こいつはちゃんと自力で生きていけるのに。本当は何処へだって行けるくせに。やろうと思えば何だって出来るだけの力があるのに、『何処へも行けない』だなんて思ってる。『何処へも行きたくない』と思ってる。本当は、俺と違って、自力で羽ばたけるだけの『力』を持っているのに。いつだって『自由』になるだけの『能力』が備わっているのに。こいつ自身が何処へも行こうとしないだけだ。そのための『力』があるのに、そのための『意志』が、『希望』だけが致命的に欠けている。生きるために一番必要なものが、致命的に欠けてるんだ。
「……お前は……本当はお前は、俺なんかいなくても生きていけるんだよ!! お前が、お前自身がそうしようとしないだけじゃないか!! そんなのっ……そんなのただのバカじゃないか!! 中原!!」
 俺は、お前が羨ましいのに。いつだってそうしようとすれば、自由に羽ばたいて行けるお前がひどく羨ましいのに。やろうと思えば何だって出来るその実行力が、凄く羨ましいのに。俺みたいに復讐を心の糧にしなくても生きていける、お前がとても羨ましいのに。
「自分の『傷』を受け止めろよ!! 自分の痛みを自覚しろよ!! ちゃんと受け止めて、自覚して、認めて許容出来たら……お前は、本当はお前は、俺なんか捨てて何処にだって行けるんだから!!」
「……酷い事、言いますね」
 中原が、ひどく痛い顔で俺を見つめた。悲しげな、傷付いたような顔。どきん、とした。
「……本当の事だろ?」
 中原は頭を振った。
「……俺は、あなた以外、欲しくない。あなたは俺に、傍にいて欲しくないんですか? 俺はあなたの傍にいたいのに。誰より近くにいたいのに。あなたはそうじゃないんですか? 俺なんかいなくても平気なんですか? そんなに俺に傍にいられるのが厭ですか?」
「そんなっ……そんな事、言ってないだろ!! 俺は……だって……!!」
 苦しい。
「……俺をあんまり甘やかせるなよ!! 俺の望む事がお前の望みだなんて言うなよ!! じゃないと俺……俺、お前に酷い事してしまいそうで……物凄い我儘言って、お前をボロボロに傷付けてしまいそうで……どうにも救えないくらい、滅茶苦茶にしそうで……不安なんだよ!! お前が、あまりにも無防備だから!! お前が俺にガード甘すぎるから!! はっきり言って俺なんか信用したら、お前、絶対不幸になるぞ!! 以前みたいに、俺にガードキツけりゃ良かったんだ!! 俺に何も自分見せないで、何もかも押し隠して、俺に対して『何も知らないくせに』って顔してカッコつけて!! そうすりゃ俺は、こんな事考えずに済んだんだ!! こんな余計な事っ……全部……全部、お前のせいじゃないか!! お前のせいなんじゃないか!! バカ!! 自分の身くらい、自分で守ろうとしろよ!! それくらい当たり前だろ!! それくらいちゃんとしろよ!! 俺が、こんなに不安になるの、全部お前のせいじゃないか!! お前、本気で質悪いよ!! 全然素直じゃなくて、善良でも無くて、なのにそのくせ、俺に無防備な姿晒したりして……!!」
 大嘘つきなくせして!! 今だって、本当は嘘つき続けてるくせに!!
「……郁也様……」
 困ったように、中原が俺を見つめる。
「性格悪くて、嘘つきで、二重人格で、最悪で、なのにお前……っ!!」
 どうしよう、止まらない。
「俺のためなら何だってする、だなんて言うなよ!! 俺、酷い奴なんだぞ!! お前の事利用するだけ利用して、利用価値が無くなったらお前の事、酷く傷付けて捨てちまうかも知れないだろ!?」
「……別に構いませんよ」
 苦笑するように、中原は言った。
「なっ……!?」
「……あなたにされる事だったら、どんな痛みも『快感』ですよ。俺、あなた以外に感じないんです。あなたにされる事なら、どんな事でも俺の『幸せ』ですよ。それが、どんな苦痛でも。俺は……感覚が麻痺してしまって……ナイフを喉元に突き付けられても、銃口を向けられても、何も感じないんです。誰に何を言われても、殴られたって、腕を折られたって、何も感じない。俺は『狂犬』で、近寄る相手全部噛み付いて傷付けて、それでも何も感じなくて。俺は、あなたに出会うまでただの『抜け殻』だったんです。生きてなかった。かろうじて呼吸して自力で動いて、『生活』していましたけど、全然生きてなかった。俺はあなたに出会って、ようやく希望が見えたんですよ。あなたの目を初めて見た時、心囚われた。俺は……あの時から、あなたが『欲しい』と思い続けてきたんです。あなたを手に入れるためなら何だってする。あなたの我儘のためじゃない。俺自身のためだ。これは俺の我儘なんです。あなたが俺を必要としてくれて、あなたが俺を愛してくれるなら、俺は何だってします。何だって出来ます。だけど、裏を返せば、あなたが手に入らないなら、あなたが俺を愛してくれないなら、そうと判りきっているなら、俺は自分が信用出来ない。誰よりも愛している筈のあなたを、誰より大切なあなたに、俺は何をしでかすか判らない。……本当は、あなたの方がずっと『危険』ですよ。今の俺は『契約』にすら、縛られていない。俺は既に『契約』違反をしでかしている。『契約』はもう、俺の心を縛らない。縛れないんです。俺には、価値の無いものに成り下がってしまったから。今、俺がここにいるのは、あなたへの気持ちだけですよ。これを失くしたら、俺は何処にも行けない。やりたい事も、希望も未来も、何も無い。あなたのためなんかじゃない。俺がそうしたいと望むから──これは、俺の我儘なんですよ。俺が、そうしたいと思うからなんです。あなたの『望み』は何でも叶えたい。そうする事によって、俺はあなたを繋ぎ止めようとしてる。俺は……そんな綺麗な男じゃないですよ。欲望の塊で、あなたとヤる事ばっかり考えてて、あなたの心を射止める事ばかり考えてる。どうしようもなく下品で低俗で、卑猥な人間ですよ」
「……中原……っ」
「ここが無人島で、他に誰もいなくて、俺とあなた二人きりだったら、あなたがどんなに厭がって抗っても、毎日セックスし続けますよ。一日中。擦り切れて神経切れるまで。限界ぎりぎりまで。他に何もしなくて良いなら、俺はその事ばっかり考えて、あなたをずっと犯し続けますよ。指で、目で、ペニスで、口で。どんなにキスしても、セックスしても、全然足りない。俺は妄想の中で、いつもあなたを犯し続けてる。現実のあなただったら、許さないやり方ででも」
「中原っ……!!」
 カッと頬が熱くなった。
「今だって俺は、目であなたを犯してる。涙に濡れたあなたの瞳は、魅惑的でぞくぞくして、『あの時』の事を彷彿とさせる……」
 思わず耳を塞ぎたくなった。
「中原っ!!」
「……はっきり言って、俺は『病気』ですよ。正気の沙汰じゃない。判ってるけど、止められない。今だってあなたを押し倒して、唇塞いで、あなたの身体を貫きたい。あなたにあられもない悲鳴上げさせて、陶酔と懇願の表情を浮かべさせたい。あなたを泣かせて、むしゃぶりつくしたい。いつでも、何処でも。あなたが厭がる場所でも」
「もう、やめろよ!! 中原!!」
 耐えられない。そんな事、聞かされ続けたら──俺、絶対おかしくなる。おかしくなって、バカになって、まともな事何も考えられなくなって……!!
「それくらい俺はあなたの事が好きなんです」
 胸を射抜く言葉。……ひどく無防備な無邪気な笑顔見せたりするかと思えば、突然朝っぱらから卑猥な事言い出したり、俺の足下掬ってさらって、俺の心射抜いたりする。
 お前、本当質悪いよ。俺なんかじゃ、全然歯が立たないじゃないか。俺はお前に振り回されてばっかりで。
「……中原……」
 中原は苦笑した。
「そんな熱い目で見ないで下さい、郁也様。犯したくなるでしょう?」
 誰のせいだと思ってんだ。バカ。朝っぱらからヤラしい事、言ったりして。俺の身体の奥の熱、一体誰のせいだと思ってるんだ。
 答える代わりに、キスをして。甘い、甘い、フレンチ・キス。ディープで濃くて、長い奴。
「……誘ってるんですか? 郁也様」
「……バカ」
 真顔で聞くなよ、中原。
「今日は学校だよ」
 休みだったら、どうなってたか判らないけど。でも今、お前に押し倒されたら、抗い切れるかちょっと自信ない。そうなったら、遅刻は必至だな。下手すりゃ休みだ。昭彦に何言われるやら。……ま、あいつに『本当の事情』なんて奴は絶対判らないだろうけど。それでもきっとサボりだってのはバレるだろうな。妙にあいつ、鋭いとこあるから。生真面目だから、そういうの、ひどくうるさい。勉強は出来ないくせに。しつこいくらい。『言い訳』が面倒。
 ……待てよ? 俺は学校、昭彦に『言い訳』せずに済むよう、毎日無遅刻無欠席してるのか? ……それもどうかと思うぞ。何か……本末転倒って気が……。
「……郁也様?」
 俺はにやりと笑った。
「『続き』は帰ってからな」
「……良いんですか!?」
 中原が大仰に目を見開いて、そう叫んだ。俺は顔をしかめる。
「……何、大袈裟に驚いてるんだ?」
「だって……郁也様、いつもそういうの、自分から言ったりしないじゃないですか!!」
 ……誰のせいだと思ってんだ。……でも、お前に『欲情』したから、なんて絶対言えないな。言ったらこの場で押し倒される。
「……たまには良いだろ?」
 笑って言った。
「楽しみにしますよ?」
「……張り合いある?」
「最強ですよ。今なら無敵です」
 にっこりと中原は笑った。……こいつって、時折ひどく単純だよな。全く。
「じゃあな、中原。俺、もう着替えるから」
 軽く、キスした。
「手伝いますよ?」
 中原がにやりと笑った。
「駄目」
 俺はきっぱり言った。
「……お前、絶対余計な事するから。さっさと出てけ」
「……冷たいですね」
「冷たくない。もうキスしてやんないぞ」
「もう一度、キスして『愛してる』って言って下さい」
「……顔、緩んでるぞ?」
「緩んでいても良いです。じゃないと居座りますよ?」
 笑みを含んだ瞳で。……こいつって。絶対性格悪いって。俺も人の事あんまり言えないけど……一体何でこんな奴、俺好きなんだ?
 中原の頬に両手を添えて。包み込むように。ゆっくりと口づけて。ちゅっと濡れた音を立てて。穏やかな表情の中原の目を見つめた。想いを込めて。
「……愛してる」
 声が、掠れた。トーンが上擦り掛ける手前で。かぁっと頬が熱くなった。……全く、何をやらせんだよ!! この、男は!!
「嬉しい!!」
 そう言って、強く、抱きしめられて。
「なっ……か……!!」
「……ああ、俺……凄く幸せだ……っ!!」
 子供のように、無邪気な表情で。笑って。
「……俺、今、凄く幸せですよ? 郁也様。凄く、ひどく幸せで……今なら何があっても『最強』です。俺、今、世界一幸せですよ!!」
 そ……んなに喜ぶ……か? なあ?
「中原?」
「……じゃあ、今夜」
「……は?」
「楽しみにしてますから♪」
「っ!!」
「失礼します」
 にっこり笑って、中原は出て行った。かあああぁっと、顔が熱くなった。って言うか!! あれは!! 何か絶対!! 企んでないか!? 何か絶対アレは企んでるだろう!! 俺が厭がりそうな、何かを!! あっ……ぁああ、あいつ、一体何を企んでるんだ!? 物凄いヤな予感するんだけど!! 絶対ヤな予感するんだけど!! って言うかコレは俺の墓穴か!? 俺の掘った墓穴なのか!? ……何か、物凄く『今晩』が恐い……。
 俺は厭な予感を感じながらも、取り敢えずシャワーを浴びる事にした。……取り敢えず『今晩』は忘れる。忘れよう。そう心の中、呟きながら。

To be continued...
Web拍手
[RETURN] [BACK] [NEXT] [UP]