NOVEL

週末は命懸け5「抱擁」 -7-

 痛ましげに、中原は俺を見た。
「『富』や『名声』や『地位』なんかで、『母』が蘇るのなら、幾らでも手に入れようとするさ。そんなモノ欲しくもないし、手に入れたって虚しいだけだ。興味無い。……確かに俺はその『恩恵』受けてるかもしれないけど、それと『同等』くらいには『被害』にも遭ってる。俺は『久本貴明』が『価値』を見出すモノ全てに興味が無い。その『牙城』影も形もないくらい、壊してあの男を『絶望』させてみたいなんて、『身の程知らず』か?」
「……どうやって『壊す』って言うんです? 『久本』は数十の企業から成る『財閥』ですよ? 一つ、二つ潰すのだって容易じゃないのに……影も形も無くすだなんて……無茶も良いトコでしょう?」
「……『外』から潰すのなんて、そりゃ『無茶』だろ? 俺もそんな事は考えてない」
「……ってまさか……」
「『企業』そのものを潰すなんて地道な作業してたら、あの男が生きてる内に終わらないだろ? もっと手っ取り早くやるんだよ」
「……『分裂』させる気ですか!?」
「『手足』をもげば……『頭』が無事でも、『神経系統』が繋がってなければ、『意味』無いだろ? 俺が潰したいのは『トップ』だけなんだ」
「……それにしたって……『無茶』でしょう!! あの人はそんなに『甘い』人じゃありませんよ!?」
「……判ってるさ。だから今はとても『従順』だろう? 『猫』みたいに」
「……だけど……っ!!」
「『今』はまだ『無理』だ。俺にそんな力は無い。十六の子供が『頭脳』になれる程、『久本』は甘い組織じゃない。事実、俺の『護衛』連中ですら主人は『社長』だ。『人望』なんてまだまだ遠い話さ。……精一杯俺は『優等生』やらなきゃ駄目だろう。『将来有望』と見込まれるくらいにはな。……正直、俺には『合ってない』のも確かだが」
「……郁也様……」
「……ここまで話したんだ。今更、俺の『片棒』担げないなんて、言わないよな? 中原」
「……そのために俺に……身を任せたんですか?」
「まさか。……俺はそんな『自虐的』じゃない」
 中原は溜息ついた。
「……『信頼』ですか?」
 俺は笑った。
「『信頼』なんて言わないけどな? ここでお前に『No』と言われるようじゃ、俺には到底無理だろう? ……狡い言い方してる『自覚』はあるけど」
「……確かに『狡い』ですね」
「……『不服』か?」
「……俺が、どう答えるか……判って言ってるとしたら、あなた相当タチ悪いですよ?」
 中原は諦めに似た表情をした。
「……考えようによっては、『貴明様』よりタチ悪いですよ、郁也様」
「別に返事はどっちでも良いぜ? 中原。……お前、『恐い』んだろ? 黙っててくれさえしたら、『味方』してくれなくても文句言わないから安心しろ」
「……『酷い』……ですね」
「……元々、誰も『巻き込まない』つもりだったんだ」
「……俺が断れる筈、無いでしょう?」
「……『無理』しなくて良いんだぜ?」
「……言ったでしょう? 俺はあなたの『敵』にだけはならないって」
 中原に、強く抱きしめられた。
「……俺は……あなたを一目見た時からずっと……俺はずっと……!!」
「……俺はお前を『利用』してるかもしれないぞ? それでも『良い』のか?」
「……それじゃあなた、俺に『嘘』ついてるんですか?」
「……『嘘』は……ついてない」
 ついてるつもりは、毛頭無い。だけど……騙してるんじゃないかって……心の何処か、思っていて。俺の都合良いように……『利用』してる気がして……。
「……『後悔』させるようなら、悪いだろ? どうせこれは……俺の『都合』なんだから」
「……そこまで言われて、俺が断れるとでも? 判ってますか? 郁也様。……俺は何だかんだ言って、あなたにとても『甘い』んです。あなたの『お願い』簡単に『拒絶』出来るようなら、今頃ここにいませんよ」
 真っ直ぐな瞳で。……辛くなるくらい、純粋な瞳で。
「……俺は『卑怯』で『冷たい』人間だぞ?」
「俺はあなたに心底惚れてるから……あなたに殺されたって文句言えないです。バカな事だなんて良く判ってる」
「……そういう事、俺に言うか?」
 俺自身は、中原の事『好き』なんて今に至ってまだ言えやしないのに。
「……お前、『恐い』よ」
 泣きたくなる。
「……俺……お前を傷付けるだけかも知れないんだぞ?」
 ひどく、泣きたくなる。
「俺がお前裏切ったりしたら、どうする気だよ!!」
「……『裏切る』んですか?」
 真顔で訊いて。俺はひどく居たたまれなくなる。
「……お前……っ……どうして……っ!!」
 中原が困ったように笑う。
「……何故そんな事おっしゃるんです? 俺を『必要』としてるんでしょう?」
「……お前、俺なんか『信頼』したりするなよ!! 俺、物凄くヤな奴になった気がするだろ!?」
「……どうして?」
「お前の方が質悪いよ!! 『大人』のクセして急に『子供』みたいな『顔』したりして!! 俺に『罪悪感』抱かせて、そんな『楽しい』か!?」
「……『罪悪感』抱くような事、考えてらっしゃるんですか?」
「……俺は正直、『自信』無いんだよ!! 『勝算』なんて俺は今まで考えなくて……自分一人のつもりだったから……『自滅』しても良いくらいのつもりでいて……っ!!」
 俺一人死んでも、この世の中、何も変わらないと思っていて!! 誰にも何にも支障無いなら、それはどうだって構わないと……!!
「……それでも、俺の『助け』が欲しいんでしょう?」
「そんな真っ直ぐな目されたら、巻き込めなくなるだろうが!!」
「……俺の事なんて考えなくて良いんですよ。俺には『家族』も『しがらみ』も『執着』も無い。あなた、以外は。……どうせ、あなたがいなかったら死んでいた身なんですから」
「そういう言い方するなよ!!」
「……あなただって。『怖じ気付いた』んですか?」
「……『不幸』にしそうだろうが、お前を」
「……あなたにされる『不幸』だったら、甘んじて受けますよ。仕方ありませんからね。……俺が好んで選んだ事ですし。……俺を『選んで』くれて『感謝』しますよ、郁也様」
「そういう言い方するな!!」
「……じゃあ、どういう言い方ならお気に召しますか?」
 意地悪な言い方で。
「……『悪い』と思ってるんだ」
 俺は目を伏せた。中原が顔を寄せてくる。
「……『迷惑』懸けるって……俺はちゃんと判ってて……そのくせこんな……」
「……俺が『良い』って言っても?」
「……本当に『良い』って言えるか?」
「俺が『ここにいる存在理由』は『あなた』ですよ? あなたが俺を『愛してない』のはちゃんと知ってます。……それでも俺は、捨て切れない。無様なのも、バカなのも良く判ってる」
「……中原……っ!!」
 涙が、溢れ落ちた。中原は唇を俺の頬に押し当てる。
「……泣かないで下さい。俺がそんなに『可哀相』なのかと思うでしょう?」
「……恨んで良いぞ」
「……あなたを? ……俺が?」
「……その資格は十分ある」
「……あなたがそう思って下さるなら、俺はまだ『救われ』ますよ。俺の想いも報われる」
「……そういう事、言うか?」
「……俺のために泣いて下さるんでしょう? 随分な『進歩』じゃありませんか」
「……バカ……」
「……俺を連れてって下さい。あなたがいる場所なら、どんな処でも『天国』ですよ?」
 甘い、声で。俺は中原を見た。真顔だった。静かな、顔で。
「……許してくれなんて言わない。俺にそんな資格無い。……必要なら、俺を見捨てても良い」
「……ずっとそばに、いますよ」
「……心の底で、お前を裏切ってても?」
「……それでもあなたはもう、俺を『拒絶』出来ないでしょう?」
 中原は笑った。
「……『チャンス』じゃないですか」
「……お前……」
 苦笑した。
「……やり始めたら、引き返せないぞ?」
「……当たり前でしょう?」
 俺達は、唇を交わした。……密やかに。
「……お前、バカだよ」
「……あなたはそれ以上でしょう?」
 中原は笑った。俺は苦笑する。
「……今まで以上に『自分』を作らないといけないな」
「そうですね。……今のままじゃただの『我儘』な『御曹司』ですからね」
「……そう見えるか?」
「当たり前でしょう? 確かに『成績優秀』で『将来有望』ですけど、『素行』は良くないですよ? 『態度』悪いですし」
「……そんなに『態度』悪いか?」
「……致命的に『愛想』悪いでしょう? 『愛想』良ければきっと、あなた誰からも好かれますよ? 愛らしい『美貌』の持ち主ですからね。まあ、もっとも……『腹心』得る為なら、それだけじゃ『駄目』ですけど」
「……『具体的』にはどうだ?」
「……それに関しては、一言じゃ済みませんよ」
「……焦っても仕様が無いな。じっくりやらないと。……どうせ、一朝一夕には済まない事だし」
「……そろそろ、戻りましょうか?」
「……そうだな」
「ところで、郁也様?」
「何だ?」
「たぶん、貴明様はあなたに『監視』か何か付けてきてると思うんですが……」
「発信器以外は何も付けてねぇよ。盗聴器や何かは無い。そんな暇は無いくらい慌てて出て来たし……自分でも確認した。現地に来てるのは、『笹原』だ。……サラリーマン風の格好してた。……たぶん、あれだ」
 指は差さずに、目線だけで示す。中原はそちらには目を遣らずに、髪を掻き上げながら俺を見た。
「……『笹原』ね」
「……知ってるのか?」
「俺を誰だと思ってるんです? 十年もいれば、殆どの人間把握できますよ。どんなバカでもね」
「……どういう奴?」
 中原は唇だけで笑った。
「……俺は『嫌い』ですよ」
「……誰がそんな事聞いてる?」
「貴明様への忠節度で言えば、No.1じゃないですか? たぶん」
 何だか厭な気分になった。
「俺と同程度には『長い』ですよ」
「……『信奉者』か」
「そんなもんじゃないでしょう? 更にタチが悪いですね」
「更に質悪いってお前……」
「しかし、あの方も随分な『人選』なさるもんだ。……よりによってアイツ、とはね」
「……そんなに仲悪いのか?」
「俺と同程度にはアイツも俺を嫌いでしょう。目の前にナイフ突き付けられた事もありましたっけ」
「おい!?」
「大丈夫。切り付けたりしませんでしたよ。そんな事する程バカじゃないでしょう。そんな事したら、『大切な』貴明様に怒られますからね」
「…………」
「……貴明様を敵に回すなら、あの男も敵にするって事ですよ? 気を付けて下さいね。アイツは『久本』じゃなくて『貴明様個人』に『心酔』してるようですから」
「……まともそうに見えたんだがな」
 溜息ついた。
「はっきり言って『まとも』なら、こんな『職業』してないでしょう? きっと『まとも』で『堅気』な仕事してるんじゃありません?」
「……お前……それ『同業』に言ったら嫌われるぞ?」
「……言ってるから嫌われてるんでしょう」
 ……うわ、最悪。頭痛い。
「……お前、少しは『敵』作らない『努力』しろ。お前、行く先々で『喧嘩』売ってるんだろう」
「あなたに言われたくありませんよ。それに俺は、誰でも彼でも喧嘩売る訳じゃありませんから」
「売ってるだろうが!!」
「『好き』な相手と『嫌い』な連中だけですよ」
「…………っ!!」
 ……コイツ……は。
「どうでも良い相手には喧嘩なんて売ったりしないで、『穏和』に接しますよ」
 ……普通、どうでも良い相手は、どうでも良い対応しかしないんじゃないだろうか?
「それじゃ、どうでも良い相手には好かれるんじゃないのか?」
「……どうでしょうね? 俺はそこまで深く、考えた事もありませんから」
 ……ははは、最低。この男。『眼中』に無いから『知らない』ってか。
「……『好き』な相手に嫌われるのは良いのか?」
「郁也様は、俺が嫌いですか?」
 そういう事、面と向かって聞くか? 憮然とする。
「……以前は、大嫌いだったぞ」
「だったら、良いです」
 何が『良い』んだ!! 何が!!
「以前は、『嫌われ』ようとしてましたから」
「……は!?」
 何だって!? コイツ……今……っ!!
「……あなたに『好かれたい』なんて、あなたが俺にそう思わせたんですよ?」
「……え……?」
「責任取れなんて言いませんけど……俺の勝手ですから。でも、『覚悟』して下さいね?」
「……何でっ!! 俺が!!」
 中原は楽しそうに、笑った。
「……あなたが、俺の『未練』掻き立てて『誘惑』したんでしょう? もう少しで、逃れられそうだったのに、あなたが俺を引き戻したんでしょう? その上更に、俺に『夢』なんて見せた。あなたと『愛し合う』事が可能かもしれないなんて思わせたの、あなたでしょう? だから俺は、二度と諦めない。あなたを手に入れるまで」
「……なっ……!!」
「……吹っ切れたんです。くだらない事で悩むのはよそう、と。幸いあなたの『許容範囲』は広そうだから……つけ込ませて頂こうかと」
「……中原……っ……お前……!!」
 頭痛がする。中原はにっこり爽やかに笑う。
「……そうじゃなきゃ、報われないでしょう?」
「……お前、最悪っ!!」
「……あなたもね、郁也様」
 この男がとんでもない『疫病神』なのは十分承知してる筈だった。だけど、やっぱりこんな奴、背負い込むんじゃなかったと思う俺は、我儘なんだろうか? ……俺が悪いのか? ……頭が痛い。信じられない。……最悪。
「……戻りますか?」
 俺は溜息ついた。

To be continued...
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