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週末は命懸け5「抱擁」 -6-

 俺が目を開けた時、布団は既に無く、目の前に二人前の朝食が並べられていた。中原はシャツにスラックス身につけて、窓際に立っていた。
「……お目覚めですか?」
「……何時間、寝た?」
「今は八時半……だから三時間ちょっと……ですか?」
「……お前は?」
「二時間、ですかね?」
 にやりと笑った。……『化け物』。
「……その睡眠時間で保つのか? その『巨体』」
 恨めしくぼやくと、中原は笑った。
「あなたと違いますからね。『基本』が」
 ああそりゃそうでしょうとも。良く判ったよ。お前の化け物じみた『体力』は。
「……普段、ちゃんと寝てるのか?」
 嬉しそうに、中原は笑った。
「心配して下さるんですか? ……おかげさまで睡眠薬無しで寝たのは、本当久し振りですよ」
「……お前、昨日あれだけ『して』やつれもしないってどういう事だ?」
「『充実』してますから」
「……『充実』……ね」
「俺は少ない睡眠時間で疲れが取れる体質なんです。じゃないと身体が資本の仕事なんてやってられないでしょう?」
「……でもお前……普段、睡眠薬飲んでるんだろ? それって……」
「俺は普段、ロクな『夢』見ないのでね。『夢』なんて見たら、とても眠れないんです」
「……『病的』じゃないか? それ」
「『医者』なんて要りませんよ。あの『連中』は大体ロクな事言わない。俺が『病気』ならあいつらはもっと『病気』だ」
「……中原……」
 がっくりした。
「……お前、『医者』嫌いか?」
 中原は冷笑した。
「俺だって『原因』も無く嫌ったりしませんよ。奴らの方に『問題』があるだけで」
 余程『医者』に厭な想い出があると見た。この話題はもうよそう。
「……それで、どうしてここに食事が二人前? お前が頼んだのか?」
 中原がにやりと笑った。
「……そりゃ、この状況見ればどういう人間だろうと、ここに二人前必要だって事くらい判るんじゃありません?」
 思わずカッと血の気が昇った。
「……まさか!?」
「……深く詮索してきませんでしたよ。ちゃんと金も握らせましたし。……それより、郁也様、幾ら持ってます? 俺、もう宿代も払えるか怪しいくらいしか残ってないんですけど」
「……金は余分にあるけど……『社長』からの『餞別』もあるし……」
 俺もう泣きそう……。
「旅の恥はかき捨て、と申しますし」
「それは違うぞ!? 別にそれは『推奨』する格言じゃないぞ!! そういう事もあるから『戒めろ』って意味だ!! 大体お前は普段から……っ!!」
「……早く支度しないと、『観光』出来ませんよ?」
 しらっとした顔で言われて、舌打ちした。どうしてコイツ、昨夜から今朝にかけてああいう事しておきながら、こんな『平然』とした顔してんだ? ムカつく。『最中』の顔、写真に撮って目の前引き延ばして見せてやりたい。
「……あっち向いてろよ?」
「……今更?」
 ムッとする。
「……包帯、巻いて差し上げましょうか?」
「……お前、余計な事するから良い」
「しませんよ、朝っぱらから」
 嘘をつけよ、嘘を。憮然とする俺の了承も得ずに傷口のガーゼ剥がして見る。
「……外用薬、あるんですか?」
 言われて出す。中原は両手を洗ってタオルで拭って、薬を傷口に塗る。俺は痛みに顔しかめながら、されるがままになる。外用薬、必要なトコ塗ってガーゼ取り替え、新しい包帯巻く。……確かに『自力』で右腕は無理だ。やけに手慣れた手つきで巻いていく。
「……お前、良く怪我するのか?」
「……最近はしませんけどね」
 淡々と答える。見るとも無しに、俺は俯いてる中原の顔を見る。……記憶にあるより、睫毛が長い気がする。長い前髪を、掻き上げもせず黙々と包帯巻く中原。目、痛くならないんだろうか? 余計な心配してしまう。前髪だけじゃなく、横も後ろも長くて……良く見れば伸ばしっ放しにしたら、こうなりましたって感じの。毛先がバラバラで、全然揃ってない。
「……あれから、切ってないのか?」
「……前髪は多少、切りましたよ」
「……お前、髪伸びるの早くないか?」
「だから困るんでしょうが」
「……困るったって結局、自分で切れば良いんじゃないか? 切れるんだし」
「……だって『不評』だったでしょうが」
「……誰に?」
 憮然とした顔で、中原は俺を見た。
「俺!?」
 溜息つかれた。
「……だから戻したんでしょうが」
「……俺、別に似合わないとは言ってないぞ?」
「厭そうな顔で俺を見てたクセに、何言うんですか?」
「だってそれは……」
 あまりにも『派手』で。見慣れなくて。……それに大体……。
「……それで髪の色戻して、長さも前に戻したのか?」
「……実際、この方があなた落ち着いた顔で見てるでしょう?」
「……それに『慣れてる』からな」
「どういう『意味』です?」
 あんまり言いたく無いな。
「まあ、良いだろう?」
「気になるでしょう? 似合わないって意味じゃないなら、何だって言うんですか? 嫌いだって事?」
 ……くそ。
「……落ち着か無いだろうが。知り合いが、急に今までと違う髪型になったら。ずっとそれに慣れてたんだぞ? 『違う』人間みたいで……」
 中原の目が、見開かれた。
「……それに、『派手』だからヤだったんだ」
「……『派手』だから厭って……どういう意味ですか?」
「……自分より『派手』な奴となんか、並んで歩きたくないだろう」
「……郁也様より……『派手』?」
「判ってないなら良いよ。……気にすんなよ」
「……気にするなって……俺、他にもそういう訳の判らない対応されてるんですけど」
「じゃあ、そっち聞いたらどうだ?」
「教えてくれないから、聞いてるんでしょうが」
 ……しつこい。
「……だから……あんまり言いたく無いんだよ」
「……気になるでしょうが」
「しつこい」
「しつこいですよ? それで?」
「……だから……意外に『似合いすぎた』からだろう?」
 中原はきょとんとした。訳が判らないって顔だ。
「……全然判りませんよ? それじゃ」
「……似合わなきゃ良かったんだけど、意外にも似合ってたからだろう? 『違和感』無く」
「……それでどうして、ああいう反応?」
 ああ、だから絶対これだけは言いたくないっていうのに!!
「……お前が思ってたより、『色男』って事だろうが!!」
 目を丸くして、呆気に取られた顔。
「はあぁっ!?」
 ますます訳判らないって顔で。俺は溜息ついた。
「……俺は確かに『美形』だけど、それは『男』としての『良さ』じゃないだろうが」
「……言ってる『意味』が、ちんぷんかんぷんなんですが」
「……つまりは、『嫉妬』だよ。判ったか?」
「……え?」
「……俺にはああいう自殺的な髪型、似合わないだろう!! 絶対!!」
「……はあ……」
 判ったような、判らないような。
「……別にお前みたくなりたいとか思わないけど、女はそういうの、好きだろうが」
「……そういう事、気にしてたんですか?」
「うるさいな!! 俺はまだ、一七五cmしかないし、身体つきこんなだし!! 伸び盛りだから、まだ伸びるだろうけど!! それにしたってお前ほど、伸びたりしないし、体格良くもならないだろうが!!」
「……それでも悪くないと思いますけど?」
「……もう良いだろ? ちゃんと教えてやったんだから」
「……それで、どっちに嫉妬したんですか?」
 げんなりする。
「……冷静に考えろ。どっちだか判るだろうが。参考までに言っとくと、お前の期待してる方じゃ絶対無いぞ」
 中原は小さく溜息ついた。
「……ま、良いですけどね」
 そう言って真顔で俺を見る。
「……そんなに俺、色男ですか?」
「……真顔で言うなよ」
 溜息ついた。
「だから絶対、言いたくなかったんだ。お前、調子に乗るから」
「郁也様だってますますお美しいですよ?」
「……そんな褒め方、されたくない」
「本当ですって。前から綺麗でしたけど、最近ますます磨きが掛かって。将来が楽しみですよ。……ま、今が一番微妙な時期でその辺がまた麗しいですが」
「……あのな」
「……冗談じゃありませんから」
「余計質悪い」
「……とにかく朝食にいたしましょう」
 俺は溜息ついた。

 中原が手配したレンタカーで東尋坊へ到着した。法定速度完全オーバーで。メーター振り切れる寸前まで飛ばして。俺はつくづく助手席じゃなく後部座席にすれば良かったと思った。
「……風が気持ち良いですね」
 断崖から昇ってくる風は確かに気持ち良い。荒い波飛沫、下方に眺めて。断崖絶壁。石柱が幾つも連なって。……自殺した坊さんの名が、地名になってるというのはどうしたもんかと思うが。
「……島へ、行ってみませんか?」
「……島?」
「『雄島』。神様がいるそうですよ?」
「……いると思うか? 本当に?」
 言うと、中原はにやりと笑った。
「見てみたいと思うのはバカですか?」
 バカというのは簡単だが……それでも、そうだな。一度は見てみても良いかな?
「……『神様』がいるっていうなら綺麗なのか?」
「……あんまり『期待』しないで下さいね? 俺も見た事無いんですから」
「……時間は?」
「十時前です。車で数分。トラブルが生じない限り、心配ないでしょう?」
「判った」
 俺が松葉杖つこうとすると、抱き上げられた。
「……なっ……!!」
「転ぶと危ないですから」
 さっき、そんな事言わなかったじゃないか。と、不意にきゃあ、とかいう歓声が聞こえてぎょっとした。OLかと思われる女連れ三人。思わず俺は中原を見た。
「……お前」
「見なくても良いですよ、郁也様」
 お前……あのなあ……。中原はひょいと俺を担ぎ上げて、横抱きにする。
「……首に、手を回していただけます?」
「……暑苦しいだけだろうが」
 俺はぼやいた。
「……ケチ」
「ケチじゃない!!」
 この男……俺を何だと思ってる? ……あ、でも結構美人。……あのくらいだったら『許容範囲』かな? 二十代前半から半ばくらい。スタイルも結構……。
「……だから見なくても良いって言ってるでしょう?」
 恨みがましい、声で。
「……お前は見なくて良いのか?」
「……俺は不自由してませんから」
「……やっぱお前、ホモ?」
「……怒りますよ」
 ってお前……そうとしか思えないだろうが!! 怒鳴りたくなる気持ちを抑えて、俺は深呼吸した。
「……俺の言ってる事、半分も意味判ってないでしょう? 郁也様」
「……見るだけで『嫉妬』されたってな」
「……厭なモノは厭なんです」
「お前、潔癖性の女みたいな事、言ってんじゃねーよ。……そしたら俺はこれからどうやって生活すりゃ良いんだよ? 世の中の人間の約半数は女なんだぞ?」
「……自然に視界に入る分には文句言いませんよ。ただ、わざわざ見る程の事無いでしょう。どうせ一皮剥きゃ中身は一緒ですよ」
「……お前……女嫌いか?」
「そんな事言いませんけど、あなたが興味持つから気に食わないだけです」
「……中原……」
 げんなりする。お前……年頃の健全な青少年に対してそれは無いだろう。
「……お前、まだ『不足』か?」
 俺はこれ以上、何をやりゃお前は満足するんだよ? 俺は正直、これ以上の譲歩、出来そうに無さそうなんだけど。
「……だから言ってるでしょう? 本当は誰にも見せたくも無いんだって」
「……お前、俺の事『人間』だと思って無いだろ?」
「……そういう事、言います?」
 不服そうに、中原は言うけど……それはこっちの方だ。これ以上求められたって、俺はやれない。『迷惑』どころじゃ済まないだろう。
「……だからお前……考えても見ろ。お前に『意志』があるように、俺にだって『意志』はあるんだ。お前の都合ばっか言われたら、俺だってたまったもんじゃないだろう。そういう事、考慮に入れないで言動するの、やめてくれ」
「……だから言ったでしょう? 俺は狭量だって」
「そういうので片付けるなって!! お前そんな事言ってたら、人間社会で生きてけ無いだろう!! 最低限の努力しろよ!! 理解できなくても良い。理解する努力だけでも見せてみろ!! 俺はやりもしないで『そうだから』とか言われる事ほど、頭クる事無いんだよ!!」
「……ああ、はいはい、そうですか」
「……お前、物凄く誠意篭もってないぞ」
「はははあ、そうですか。そりゃ悪ぅございましたね」
 ……この野郎。滅茶苦茶態度悪い。
「……そんなに気に食わないか?」
「……気に入りませんよ。俺だけ見ててくれなきゃ厭です」
 がっくりした。
「……悪かったと謝れば良いのか?」
「悪いとも思ってない人に、そういう事されたくないです」
「あのなあっ!! じゃあ、どうすりゃ気が済むんだよっ!! お前はっっ!!」
 俺はもう、ぶち切れ寸前で。
「……別に良いですよ。そんな『期待』してないですから。どうせ俺の我儘ですし」
「拗ねてんじゃねぇよ!! おとなげないんだよ!! お前っ!! 可愛げないし!!」
「そうですよ。可愛げなんてありませんよ。だから何です? 俺に可愛げあったら、気持ち悪いだけでしょう?」
「だぁっ!! もうっ!! お前って奴は!! だからっ……俺が言ってんのはっ……!!」
「……『恋人』でも無いのに『束縛』出来ないでしょう。判ってるんですよ。……俺の方が、どう考えたって分が悪い。我儘言える筋合いじゃないし、何てったって、あなたの方がご主人様で俺は命令できる立場じゃない。文句言う位しか出来ないんだから、適当に聞き流しておきゃ良いんです」
「……それで良いのか?」
「……良くないけど、あなたの精神衛生上、そうでも言っとかないと困るでしょう?」
「…………」
「……だから、俺の我儘だと申し上げてるでしょう?」
「……んな事言われたって、聞こえたもんは聞こえないフリ出来ないだろう?」
「あなた、俺の戯言いちいち反応して激怒するつもりですか? そんな事してたら、脳神経あっという間にショートして使い物にならなくなりますよ」
「……中原……」
 俺にどうしろと言うんだ。俺にそういう事要求する? ……聞き流せって……それこそ……だって中には聞き流したらまずい事も、きっと混じってるだろうが。そういう高度なテク要求されたって俺は……っ!!
「……中原、お前本気で質悪い」
「そりゃ、どうも」
 しらりとした顔で平然と返事するし。俺は何だか悔しくて……負けてる感じで。凄く。
「……俺をそんな怒らせて楽しいかよ?」
「あなたが勝手に怒るんでしょう?」
「お前が怒るような事、言ったりしたりするからだろうが!!」
「……じゃあ、どうすれば喜んでくれるんですか? キスでもすれば良い? 人前でも? ……俺はあなたのまともな笑顔、殆ど見せて貰った事無いですよ」
「……なっ……!!」
「俺だって好きで、あなたの眉間に皺寄った顔ばかり見てる訳じゃありませんよ。俺が何言ってもやっても、そういう顔するのはあなたの方でしょう? ……俺だって、あなたが藤岡君に見せる百分の一の笑顔で良いから見たいと思ってますよ。俺に向けてね」
「……お前……っ……自分の所業棚に上げて、良くまあそういう事……っ!!」
「だから、素直に教えて下さいって言ってるでしょう? どうしたら俺に、笑い掛けて下さるんですか?」
「そんな事言われても!! 咄嗟にそんなの答えられる筈無いだろう!!」
「……即答しないで下さい。即答しろって言ってないんですから。大体、そんな風にすぐ怒るクセして、俺のせいにしないで欲しいですね」
「……っ!!」
 んな事言われたって……お前、俺を怒らせたくて怒らせてるとしか、思えない事ばっかやってるだろう!!
「……もう、下ろせよ。歩けるから」
「……自力で歩けないクセに」
「良いんだよ。……あんまり使わないと、なまるだろうが。ただでさえ、体力無いのに。そしたら復帰に時間掛かる。……足手まといなんか要らないだろ?」
「……俺としてはこっちの方が、良いんですけど」
「……俺は恥ずかしい。甘やかされてるみたいで」
「……甘やかしてるんですよ。当たり前でしょ?」
「良いから下ろせ。キスしてやらないぞ」
渋々中原は俺を下ろした。俺は辺りを見回し、近くに人がいない事を確認してから、中原にジェスチャーを送った。中原は俺に屈み込む。俺は精一杯の羞恥心押し殺して、中原の頬にそっと掠めるようにキスをした。中原は目を丸くして俺を見る。俺は真っ赤になった。
「……屋外でしかもこんな広い明るい処でやるの、かなり恥ずかしいんだぞ?」
 中原は素直に笑った。
「……有り難く受けときますよ」
 楽しそうに。声まで弾んでる。俺は松葉杖ついて、先に歩き出す。中原がすぐにその隣りに追いつく。俺達は駐車場へ辿り着いた。中原の運転で、目的地へ向かう。
 俺達って傍から一体どう見えるんだろう? 正確に言い当てられる人間、いないだろうな。……俺だって、ついこの前まで、こんな風にコイツと仕事関係無しに同行するだなんて、思いもよらなかったし。……到着。降りて歩く。
 朱塗りの橋が、島へと続いている。
「……何か光り輝いてる緑の楽園みたいの想像してたけど、少し違うくないか? 確かに木が生えたりしてるみたいだけど」
「……日本の『神様』の棲んでる島なんてそんなもんじゃありません?」
「……お前が『見たい』って言ったんだろ?」
「……そうですけど……一人だったら見たいなんて思わないですよ、絶対」
 言外に告げた言葉が、聞こえた。俺は中原を見上げた。
「……俺もお前が『見たい』なんて言わなかったら、見に行こうなんて思わなかったぜ?」
 中原は静かに笑った。俺もつられて笑う。涼しい風が吹いてきた。気持ち良くて、目を閉じて潮風を吸う。ばさばさと髪が舞い上がり、風に弄ばれる。俺より長い、中原はうざったそうに掻き上げる。俺は思わず笑った。
「……切れば?」
「……切った方が良いですか?」
「俺に聞くなよ? ……邪魔なら、さ」
「…………」
 自分の前髪を摘んで、中原は暫し考え込んだ。
「……何だよ? 考え込むような事か?」
 聞くと、不思議そうに中原が俺に訊く。
「……俺、どっちの方が似合います?」
「……俺に訊くか?」
 真顔で頷かれる。俺は一瞬、呆気に取られる。それから深い溜息ついた。
「……俺に訊くくらいなら、やめとけ。お前の気の向いた時に考えろ。俺はそこまで責任取れない」
「……責任?」
「俺はお前の髪型なんかどんなだって、お前が好きでそうしてるんなら、全然構わないからさ」
「……それ、別名『興味無い』って言いません?」
「『興味無い』とかそういうんじゃなくて、自分のしたい事くらい自分で考えろ。そこまで依存されても『迷惑』だ。俺はそんな束縛の仕方したくない。俺は束縛されたくないし、それと同等くらいには他人の事も束縛したくない。判ったか?」
「……それは『冷たい』ですね?」
「それはお前の『都合』。まあ? 俺としては、俺より目立つ男が隣りに立つのは滅茶苦茶腹立つから? 出来るだけ地味に装ってくれた方が有り難いけど?」
「……これは『地味』な訳ですか?」
「……って真顔で応対すんなっ!! 言い返すとか何か無いのかよ!!」
「……俺と口喧嘩したかったんですか?」
「……そういう訳じゃないけど、言い返してくると思ったんだ」
 ムッとして、俺は言った。
「……まあ、お前にはどうだって良い事らしいけど?」
「……そんなに目立ちたいですか?」
「目立ちたいとかじゃなくて!! 自尊心の問題だろう!! 目立つのは厭だけど、劣等感刺激されるのはもっと厭なだけ!!」
「……それ、随分我儘じゃないですか?」
「……だって俺、他に『長所』ないだろう」
 憮然としてそう答えたら、爆笑された。
「……本気で言ってます!? 郁也様!!」
 今にも地面へ顔面から突っ込みそうな勢いで、笑われて。俺はかなりムッとした。ゲラゲラと大口開けて腹を抱えて大笑いして、ヒィヒィ喉を鳴らして、咳き込んで。それでようやく笑い止んだ。
「……お前、絶対おかしいよ」
「……郁也様がおかしいんですよ」
 笑い噛み殺しながら言われて。コレで腹立てなかったら絶対嘘だ。
「お前の方が絶対おかしい!!」
 力一杯、そう叫んだ。
「あ、そう。じゃ、そういう事にしておきますか?」
 うわ、コイツ超ムカつく。
「……貴様……っ」
「……郁也様、あなたご自分の『長所』、『顔』だけだと思ってらっしゃるんですか?」
「それ以外に何があるって言うんだよ?」
 中原がいきなり俺を抱きしめた。
「……なっ……!?」
 ぎょっとする。動揺して、つっ転びそうになる。中原に支えられて、そのまま抱き上げられる。力加減無しで、渾身の力で抱きしめられて、息が出来なくて苦しくなる。慌てて、中原を叩いて抗議するけど、中原はますます力一杯俺を抱きしめて、俺に無理矢理キスする。……バカ野郎!! こんな人目ある処で堂々とすんな!! しかもディープ!! 抵抗する俺の事も気に止めずに、激しく濃厚なキスをして。俺の口腔をまさぐり、侵入し、荒々しく蹂躙して、唇を強く吸う。酸欠寸前で、俺は気が遠くなる。中原の髪を、必死で掴む。……バカ野郎……お前怪力で……俺……肋骨骨折の上、右脇腹縫って二週間足らずで……く……るしいっての……判れよ……頼む……から……っ!!
 ぐいと、髪を引っ張る。それでようやく、正気に返ったのか、俺を解放した。
「……痛いじゃないですか」
「……バッ……カ野郎……っ!!」
 げほげほと、咳き込む。ひとしきり、咳き込んで、深呼吸、してから。
「……俺の方が苦しかったっての!! 死ぬかと思うだろうが!!」
 涙目で叫ぶと、中原は軽く目を見開いた。
「……そうでした?」
「『そうでした』じゃねーよ!! 少しは考えろ!! この馬鹿力!! 巨体!! 殺す気かよ!! 呼吸出来ないだろっ!! 肋骨骨折してる怪我人、力一杯やんなっ!! それとっ!! こういう処でそういう……っ!!」
 言い終わらない内に、中原は俺に覆い被さり、俺の唇を自分の唇で塞いだ。
「……っ!!」
 ぞくり、とした。中原の指が、背中を這う。木に、背中押し付けられて、蹂躙される。
「……バ……カ……っ!!」
「……今はこれくらいでやめときますよ」
 そう言って、ようやく解放される。
「……お前……な」
 溜息つく。
「……俺が『注意』しようとした事……」
「……気持ち良かったでしょう?」
「……そういう事、こんな処でするな。気持ち良いとかそういう問題じゃなくてな……」
「……『欲情』しますか?」
 にやりと中原は笑った。
「……あのな、中原」
 ……頭痛い。溜息ついて、辺りを見回す。緑豊かな輝石安山岩で出来た島。空想に思い描くユートピアなんかじゃないけど、それなりに自然豊かな島。
「……『神様』って信じますか?」
 真顔で訊かれる。
「……いたらこんな事にはなって無いだろ?」
 俺は答える。
「……不信心者ですね。それじゃ神社は出入り禁止ですよ」
「……お前は? 『信じてる』か?」
「……信じてたら、『自殺』なんて考えないでしょう」
 遠い目で答える。
「『神様』って何の為に『いる』と思います?」
「……『いない』って事より、『いる』方がマシだからだろ?」
「……あなた自身は信じてないのに?」
「俺だけじゃない。他の連中も大概信じてないだろ? じゃなきゃ、『神様』がいるなんて島に、こんな観光客向けの遊歩道なんて造らない。俺なら、『神様』が本当に『いる』島だったら完全隔離するさ。じゃなきゃ、『汚染』されるからな」
「……随分、悲観的な見方するんですね」
「俺は正直、『人間』には『期待』してない」
 中原を見る。
「……『人間』なんて『信用』に値しない」
 中原は何も言わない。
「……損得無しに、無条件に信じられるのは『自分』だけだ。……勿論『例外』はある。でも、そんなのはごく『少数』だ。世の中、どう考えたって騙される連中が悪い。最低限、自分の身を保護する事考えないで、他人が悪いだなんて、そんなのあまりにも『身勝手』過ぎる。誰だって『自分』が一番可愛い。それ以上に他人を思える人間なんて、本当滅多にいないんだ。なのに、『自分』を救わないからと、『他人』を非難するのは間違ってる。自身がその『立場』に立ってみれば良い。誰だって自分の身を犠牲にして、他人を救うなんて出来ない。……それが出来るのは、保身が出来ないバカか、余程相手を大切に想ってるか、でなけりゃ本当に『強い』人間だけなんだ」
 中原は無言で俺を見てる。
「……俺の『母』は、自分の命を捨ててまで、俺を生き長らえさせようとした」
 波の音を、聞きながら。俺はそっと目を伏せて。
「……俺が助かるなんて保証も無いのにだ。それでも俺を救おうとして……自分は死んだ。俺は……そんな事、望みはしなかった。けど、今更言っても仕方無い。文句言えるなら、どれだけだって言うけど……俺は同じ事、自分が出来るか実は自信が無い。足手まといにしかならないガキ、生きていてもどうにかなるか判らないガキ、そんなものの為に死ねるかどうか、俺は正直、自信が無い」
「……郁也様……」
「……俺は一生敵わない。でも……それはきっと仕方無い事なんだ」
 目を開けた。
「……俺は『彼女』が好きだった。俺は一生、忘れられない。俺にとっては『世界』も同然だったんだ。とても狭くてちっぽけな『世界』。他人からしたら、ひどく小さくてくだらないもの。どうだって良いもので。けど、俺はその『世界』がとても好きで……大切で壊したくない時に……それが壊れたんだ。『自然』でも『自発的』でも無く、『理不尽』に。『暴力』によって」
「……郁也様……」
「……だから、『神様』なんて信じない。『神様』なんていたら、そんな事には絶対ならない筈だろう? 俺達は別に何か許されざる『罪』を犯した訳じゃなかった。俺の『母』が俺を生んだという事が、『罪』だと言うなら、罰せられるべきなのは俺であって、『彼女』じゃなかった」
「……郁也様」
 中原が、俺の腕を取る。
「……俺は『許せない』んだ」
 中原が、俺の身体を抱きしめた。
「……『理屈』じゃない。『理由』も『意味』もどうだって良い。俺は……今も『許せない』んだ。忘れられない。……忘れられる訳がない。アレを忘れたら、俺は俺で無くなるんだ。それが今でも、俺の『存在理由』だ」
「……『罰したい』んですか?」
「……『神』でも無いのに、そんな事出来る訳ないだろう?」
 俺は笑った。自嘲的に。
「……だから、俺がするのはただの『復讐』だ。やられたからやり返す。……単純だろう?」
「……その後はどうするんです?」
 ……随分厭な事、聞くんだな? 中原。
「……それはどうしても今、聞かなきゃならない事か?」
「……聞いちゃ『駄目』ですか?」
 笑った。……笑うしか、無かった。
「……その先の事まで考えてたら、自分の『未来』が無いなんて言える筈無いだろう?」
 深い、溜息つかれた。
「……それって虚しくないですか?」
「……お前に言われたくないよ」
 俺は水平線の彼方へと目を遣る。中原は更に溜息ついた。
「……そんな事の為に『生きてる』んですか? あなたは」
「……失望したか?」
「……『他』の生き方は出来ない?」
「言ったろ? ……それじゃ今までの『俺』自身を否定する事になる。俺は正直、自信が無い。それ以外の生き方する『自信』が無いんだ。……だって俺はそのための生き方、してこなかった」
「……『疑問』感じませんか?」
「……言うなよ。俺は……」
 『今』の『俺』が揺らいだら……『俺』はきっと『崩壊』する。『俺』の信じるモノ失くしたら……『俺』は何処にも行けなくなる……。『俺』は『恐い』んだ。今の『指標』失くした『俺』が何処へ行くか判らなくて……。『逃げ』かもしれない。諦める事で『救われ』ようとしてるのかもしれない。『卑怯』な手段と判っていて。
「……バカな事だなんて判ってる。確かに『久本』の力は強大だ。それが俺の『味方』である限りは、『利用』した方が絶対『得』だ。いずれ『親父』の後を継ぐのが『確定的』なら、じっと息を潜めて『時期』を待って、手に入れて自分のモノにした方が絶対『得』だろうよ。……けど、俺はそんな『汚れた』モノなんて要らない。俺にとってこの世で最も『神聖』だった『母』を殺した『汚れた』力なんて要らない。『妄執』と『陰謀』を内包した『巨大』なだけの『空虚』な『組織』なんて……俺には必要ないんだ」
「……『要らない』と言うんですか……誰もが羨む環境を?」
「……俺が『望む』と思うか? あんなモノを? アレは……『久本貴明』という男の作り上げた『帝国』だ。あの男の『妄執』と『執念』と『血の汗』だ。あんな『化け物』じみた『空虚』な『居城』欲しがるの……脳味噌空っぽな、物欲過剰なボケ野郎共だけだろ?」
「……本当に要らないんですか? 『富』も『名声』も『地位』も?」
「……俺の欲しかったのは、『母』の『笑顔』だ。それ以外なんて、要らなかった。あの『瓦礫』の山が『財宝』に見えるなんて連中、本当お気楽で幸せだよ。……俺にはただの『がらくた』だ。そんなくだらないモノの為に、『壊され』て……二度と、失われて手に入らない……。俺が『恨む』のは筋違いか?」
「……郁也様……」

To be continued...
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