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週末は命懸け5「抱擁」 -3-

 俺は中原を凝視した。中原は俺を見てるけど、見ていない。何処か遠くを、見つめていて。俺は中原の下から這い出した。ズボンを手に取り、はこうとする。その腕を、中原が掴んだ。
「……宜しいんですか?」
「……お前に関わるな、なんて俺は約束できない」
「『嬉しい』事をおっしゃって下さいますね?」
 全然嬉しくもない顔で。俺は思わず睨み上げる。
「『嘘』だと判る言い方するな!」
 中原は長い髪を掻き上げた。
「……じゃ、どう申し上げたらお気に召します?」
「……お前、俺の事『嫌い』なのか?」
 中原は深い溜息ついた。
「……この期に及んでそういう事、おっしゃいますか?」
 中原の両眼がきらりと鋭く光る。
「……俺を怒らせたいんですか?」
「だって俺は、お前の言ってる事、百分の一も判りゃしない!! ……俺に『何』を望んでるんだよ!!」
 大仰なくらい、大きな溜息をつかれる。
「……鈍すぎるのも、良い加減にしてくれません? 俺もあんまり気が長くないんで。狭量ですしね? ついでに言うと嫉妬深くて執念深いんです。悪いけど」
「……だって俺は……」
 泣きたくなる。
「……どうしたら良いか判らないんだ……」
 中原の胸元を掴む。
「……俺は……ずっとお前を『嫌い』だと思ってた……でも……俺は……」
 下唇を噛んで。頭が痛い。
「……お前が本気で『久本』を離れるつもりだって聞いて、心底『厭だ』と思った」
 言いたい事がうまくまとまらない。何か違う。ひどく、もどかしくて。
「それがお前の為ならとか色々考えたけど……お前が『自殺』する気じゃないかとか……だけど……俺が……一番に思ったのは……」
 『嫌い』な男の筈、なのに。
「……お前の顔を、見られなくなるのは『厭だ』と……まるで……」
 中原の表情に変化が現れた。
「……おかしいんだ……俺は……ずっと……」
 望んでいた事、なのに。こんな奴とさっさと離れたいと、思ってた筈なのに。疫病神だと思ってたのに。
「……大体、お前のせいで俺は生きてるんだぞ?」
「…………俺のせい?」
「……言っただろう? 『死にたければ死ねば良い』って」
「……そういう事も……ありましたね」
 遠い昔のように、呟いた。
「……だから俺は『生きる』事を選択したんだ」
 真っ直ぐに、中原を見つめて。中原は静かに俺を見返した。
「……あの時、ああ言われなかったら、俺は今ここにはいなかった」
「……俺のせいですか?」
「そうだ。最後まで責任取れよ。……我儘は言わない。何かしろとは言わない。強制はしない。けど、先に死ぬのは許さない。俺の傍で、俺の行く末を見つめてろ」
 中原は溜息ついた。
「……それの何処が『我儘』じゃないんですか」
「それとも俺の傍にいるのは『不満』か? 俺なんか『死んだ方がマシ』か?」
 嘆くような溜息をつかれた。
「……酷い方ですね」
「そもそも、どういう意味でそれ、言ってる?」
「……判ってないんですか?」
 中原は憮然とした顔になる。
「判らないから聞いてるんだろう?」
 おかしな事言うな。
「……『酷い』でしょう? 俺の『気持ち』には『応えられない』けど、『傍にいろ』って言うんでしょう? 俺じゃなくても途方に暮れるでしょうが」
「『応える』って……俺に『実際』何をしろと言うんだ?」
「何をするとかそういう問題じゃないでしょう? そりゃナニはするかもしれないですけど、俺の言ってるのは……」
「?」
 わざとらしいくらい深い溜息つかれた。
「……ひょっとして、郁也様ってかなり『子供』じゃありません?」
「失礼な事言うな!!」
「……今の今まで気付かない俺も、俺ですけど……ちょっと『異常』ですよ? 一応GFもいるようだから、そういう『心配』はした事なかったんですけど……『確認』はしなかったんですけど……『処女』で『童貞』は確かでしょうけど……郁也様、『欲情』ってした事あります?」
「それくらいある!! 当たり前だろ!!」
 思わず真っ赤になって言い返す。
「……好きな女、押し倒してヤりたいって思った事、あります?」
「……えっ……!?」
 思わず動揺した。
「なっ……何を言い出すんだよ!! 急に!!」
 すると、中原は心底嘆くように溜息ついた。
「……俺は鋼鉄の『処女』と性交した訳ですね?」
「なっ……!!」
「好きな女をオカズにマスターベーションした事あります?」
「……どうしてお前にそんな事、言わなきゃならないんだっ!!」
「……その顔、無いでしょう? どうして?」
「バカ野郎!! そんなっ……そんなのっ……!!」
 頭に血の気が昇る。
「……そんな事、出来る訳無いだろう!!」
 中原は心底厭そうな顔になった。俺の頬を軽く指で突いた。
「……それって普通『異常』って言うんですよ」
「……なっ……!?」
「普通、十五や六にもなれば、当たり前でしょう? あなたおかしいですよ。……それって本当、『好き』なんですか?」
「……なっ……!!」
「言っときますけど、『憧憬』と『恋愛』は別物ですよ?」
「っ!!」
「……これは『私事』ですが、俺はあなたをネタにオナニーくらいした事あります。……他の誰かにそれを重ねた事も」
「……っ!!」
「……本当に欲しかったら、それくらい普通するでしょう?」
「……お前っ……自分『基準』に……っ!!」
 中原は溜息ついた。
「あなたね? 戦前の清らかな『乙女』ならともかくね? 二十一世紀の、ごく真っ当な男子高生は普通、そんなもんです。律だって俺と『そう』なる前は……」
「聞きたくない!! 言うな!! んな事!!」
 思わず中原の口を押さえつけた。中原は複雑な表情をしている。
「……やっぱりおかしいですよ」
「おかしくねぇよ!!」
「……そのクセ、俺とは『したい』んですか?」
 カッと血の気が昇る。中原は面白そうに、俺を眺める。……そして、笑った。俺はムッとする。
「……何だよ?」
「……別に?」
 にやにやと笑いを刻んで。
「何か言いたい事があるなら、言ってみろよ?」
「……相手が『子供』なら仕様が無いでしょう?」
「……中原……お前……っ!!」
 ふるふると、震える。
「……相手が熟すまで、待つより他に無いでしょうが」
「中原!!」
「……いちいち嫉妬するのもバカらしいですしね」
「……中原……っ!!」
 中原はにやりと笑って、唇を重ねてくる。俺はあとじさって逃れようとするけど、押し倒される。中原の舌が絶妙な動きで、俺の舌に触れる。俺の舌を絡め取り、撫で上げ、吸う。身体の奥に、カッと熱が生じる。中原の舌の動きに反応して、ぞくぞくと身体に震えが走り、陶酔し、翻弄される。力無く見上げた俺を、楽しそうに中原は見下ろす。
「……『大人』にしてあげますよ?」
「……中原……お前……っ」
 中原は俺の足の間に顔を埋めた。びくん、として思わず腰を反らす。痛みが走る。中原は俺の腰を抱いて、持ち上げる。舌と唇で『俺』を舐め、しゃぶり、啜る。思わず俺は呻いた。中原の唾液が滴り落ちて、後方にまで伝ってそれから畳に落ちて濡らす。
「……んっ……」
 中原の舌が、てっぺんから根本まで滑り落ち、そのまま一気にその奥に到達する。舌先でゆっくりと、執拗に舐め回し、唇を押し当てて吸い、中原の指が俺の両太股をさすり、撫で回す。
「……な……かはらっ……!!」
 俺は呻き、喘いだ。中原の吐息が、臀部にかかる。俺は熱い息を吐いて仰け反り、天を仰いだ。中原が俺を抱き上げ、布団の上へ下ろす。見上げる俺に口づけて、それから俺の両足を持ち上げて、ゆっくりと『挿入』する。……昨日ほどじゃないけど、痛みが伴う。俺は苦痛に眉を寄せる。身体の内部に、中原の鼓動を感じる。
「……行きますよ」
 中原を見上げた。熱い眼差しで、俺を見つめてる。ゆっくり、頷いた。中原はゆっくり腰を動かし始める。苦痛と、快感の入り交じった不思議な感覚。『中原』が俺の『内部』を押し開き、『刺激』し、まさぐり掻き回して、『浸食』する。熱が俺達二人を包み、吐息が洩れる。内臓を掻き回すような、深い『快感』。込み上げてくるエクスタシー。波が寄せては返し、寄せては返して、大きなうねりを作り上げていく。俺は快感に、ぞくりと背中刺激されて、仰け反りながら宙を掻いた。中原の髪に触れる。汗に濡れた、黒い髪。雫にまみれて。俺も全身汗だくになりながら、中原の名を呼んだ。
「……郁也……様……っ」
「……中原っ……俺……もうっ……!」
 中原の腰が、勢いを増した。俺は飛び上がりそうなくらい、痛みともつかない『感覚』に襲われ、気が狂いそうになる。頭の中、混濁して、靄が掛かったようになる。
「……イキますよ」
「中原……っ!!」
 俺は喘いだ。中原は激しく腰を振った。そして、『到達』する。『内部』で『放出』されて、体の中で、踊るのを感じた。中原は俺の腕を取り、口づける。全部『放出』してからゆっくり、抜いた。中原は指を絡ませしっかり握り、俺を静かに床に寝かせて、左手で俺の顎を支えて唇を交わす。俺は震えていた。静かに、震えていた。涙が、こぼれ落ちた。中原の唇がその雫を吸い取る。
「……布団……汚れるぞ?」
「……朝までこうしてましょうか?」
「……バカ……」
 中原は笑って、口づける。俺は中原の手を振り解いて、中原の首の後ろに手を回す。そうして、中原の少し厚めの唇を貪った。俺と中原はしばらくそうして、互いの唇を、舌を欲した。不意に、俺の携帯のコールが鳴り響いた。俺が手を伸ばすより先に、中原が手に取って電源をオフした。
「……中原っ!!」
 思わず睨むと、中原は笑った。
「俺より電話が大事ですか?」
「……バカな事言うなよ!! 大切な電話だったらどうする気だ!?」
「大切な用件だったらまた掛かってきますよ」
「勝手に人の電話、切るなよ!!」
 取り返そうとすると、ぽいと窓際のソファの上に放り投げる。
「……あっ!!」
 手を伸ばすけど、一瞬間に合わない。
「……構わないでしょう? どうせ留守電に接続されるんですから」
 俺は憮然とした。
「……勝手な男だな」
「郁也様にだけです」
「……ひでぇ言い種」
 不意に、身体の中心部をくわえられる。
「……なっ……!!」
 熱い口腔に包まれ、しゃぶり、舐められて、思わずぞくりとする。一心不乱に中原は、唇と舌を存分にフル活用して、俺を高みへとのし上げる。思わず呻いた。中原はちっとも容赦しない。一気に俺は『到達』して、『放出』した。中原は熱く荒い呼吸で俺を見る。
「……中原……」
 俺の息も荒かった。イッたばかりなのに、まだ『欲しい』と思う。中原の頬を撫で、胸に触れ、はだけられたシャツの中に顔を埋め、そのまま鍛えられた腹筋を通ってその下へ行き着く。熱い『それ』をそっと口に含む。……気持ち悪さはなかった。俺の口の中で僅かに跳ね上がる。俺は見様見真似で、しゃぶり吸って、舌を這わせる。中原が呻くような声を上げた。
「……何て事……してんですか……っ」
 思わず顔を上げて、中原を見る。中原は僅かながら、頬を紅潮させていた。
「……お前がやってる事だろ?」
 真顔で言うと、溜息つかれた。
「……似合わない事やめて下さい」
 俺は呆気に取られた。
「……似合わない事ってお前……自分のやってる事棚に上げて良くまあ……」
 中原は自分の口元を、手で覆う。
「……やめて下さい。恥ずかしいから」
「恥ずかしいってお前な!!」
「良いんですよ、あなたは。そんな事しなくても」
「……何だよ、それ」
 何でそんな……。
「そりゃ初めてでいきなりプロ並みにやられたら、それはそれで俺も『動揺』しますけど……お願いだから、郁也様……」
「……それは何か? 『下手くそ』だって意味か?」
 中原は真っ赤になった。
「……いや、それはそれで構わないんですって! 問題はそういう事じゃなくて……!!」
「……『下手』なんだからやるなって事だろ?」
「……人の話は良く聞いて下さい。俺は正直、まだちょっとだけあなたに夢見てるところがあるんで、そういう事は俺の『夢』の中だけならともかく、現実にはまだされたくないんですよ」
「……お前何か恐ろしくとんでもないバカな事、言ってないか?」
 俺が憮然としたのは無理ないだろう。
「良いじゃないですか。『夢』の一つや二つ」
「……俺はそんなもの、要らない。考えて欲しくも無い」
「……仕方ないでしょう? 十年越しなんだから」
「ちょっと待てっ!!」
 思わず声を荒げた。
「中原お前……っ!! ……まさか十年も前から俺にこんな事やりたがってたなんて抜かすんじゃないだろうなっっ!!」
 するとあろう事か、奴は明後日の方を向いた。
「お前待てよっっ!!」
 俺は真っ赤になった。何と言ってやったら良いか、咄嗟に混乱して、なかなか口から出て来ない。
「……お前、物凄い『鬼畜』じゃないか!?」
 中原はしらりとした顔をする。
「あなたにだけは言われたくない台詞です」
「俺の何処が『鬼畜』だっ!!」
「……『鬼畜』とまでは行かなくても、かなり『性格悪い』のは確かですよ」
「お前の方がずっと性格悪いのに、んな事言われたくないっ!!」
「確かに俺は『性格悪い』ですけど、郁也様も相当です。自覚無い方がよっぽど訳悪いと思いますけど?」
「……なっ……!!」
 絶句して、中原を凝視して固まった。中原はにやりと笑った。
「でも、俺はそういうところも含めて好きですけどね」
 油断してて、思わずカッと血の気が昇る。
「……良くまあそんな台詞、真顔で言えるよな?」
 言い捨てると、嬉しそうに笑った。
「……それは郁也様のおかげでしょう?」
「あのな、中原……っ」
 溜息ついた。中原は俺の顎に手を掛ける。
「……悪いけど、俺は嫉妬深い上に心狭くて、我儘で意地っ張りなんです。だから本当言うと、一瞬たりとも自分の腕の中から離したくなくて、自分の見えない場所にも行かれたくないんです」
「……おい!?」
「……勿論郁也様はたぶんそういうの、嫌いでしょうがね」
「……判ってるんならお前……っ」
「だからって手加減はしませんけどね?」
「やめろよ!! 冗談じゃない!!」
 半分悲鳴のような声になる。
「厭なら、こんなトコまで追い掛けて来なけりゃ良かったんですよ。それにあなた、さっき何て言って俺を脅したんでしたっけ?」
「……お前……まさか今まで四六時中俺を観察してた……?」
 中原は苦い顔になった。
「……まあ、空き時間に関してはそうとも言えるんでしょうが……さすがに学校の中だけは、無理があって……」
「……お前……まさか……っ」
 俺は物凄く厭な予感になった。
「……まさか『律』にやらせたりしなかっただろうな……?」
 中原は再度明後日の方向を向いた。俺は思わず激昂した。
「中原!!」
 中原は苦虫を噛み潰したみたいな顔になった。
「……俺が言い出した訳じゃありませんよ。律がやるって言ってきたんです。俺はちゃんと『報酬』を払ってたし……」
「……それがお前の金の掛かる『趣味』?」
「……いや、べつにそうじゃありませんけど……」
「……じゃあ、何だよ?一体」
「……それ、どうしても答えなきゃいけません?」
「まさかもっと『犯罪的』な事してるんじゃないだろうな?」
「『犯罪的』な事をしてないとは言いませんが、別にあなたに心配して頂くような事は一切、ありませんよ」
「中原ぁっっ!!」
 俺はもう、泣きたくなった。中原はクソ真面目な顔で俺を見る。
「大丈夫。今は特にしてない筈ですから」
「……『してない筈』ってのは何だよ?」
「だからたぶんですね……」
「『たぶん』って何だよ!! 『たぶん』って!! 頼むからやめろよ!!」
「……いや、郁也様って十八歳未満でしょう?」
「は!?」
 俺は目を丸くした。
「……これも十分『犯罪的行為』かなとも思うので」
「……っ!!」
 思わず真っ赤になった。中原は嬉しそうに笑う。
「……まあ? 日本の法律では十四歳未満にこういう事すると、同意があろうが無かろうが、問答無用で『犯罪』扱いされるようですけど?」
「……中原っ……お前……っ!!」
「……ところで一応『確認』しますけど、これって『合意』ですよね?」
「…………っ!!」
 わざと言ってるな、コイツ。質悪い。
「……どうなんですか? 郁也様」
「……バカ」
 俺は言い捨てて、中原に背を向ける。中原は背中から俺の頬と顎に手を掛け、自分の方へ向かせた。そしてにっこりと笑う。思わず俺は視線を逸らす。中原はそのまま顔を近付けてくる。俺は両目を閉じた。……けど、それ以上近寄って来ない。暫く待ったけど、反応無し。俺はムッとして、目を開けた。中原の顔が、驚くほど近くで、真剣な顔で俺を見ていた。……どきりとした。
「……中原」
「……キスして欲しかったですか?」
 半ば揶揄するように。俺は赤面する。
「……性格悪いぞ」
  中原がにっこり笑った。
「……あなたの顔が、あまりにも綺麗だったから、思わず見惚れてました」
「……あのなっ!!」
 耳まで熱くなる。嬉しそうに、中原が笑った。確かに俺は自他共に認める『美少年』だけどっ!! んな事言われて喜ぶ趣味、無いぞ!!絶対っ!!
「……俺は……少しは自惚れていても良いんですか?」
「……は?」
 俺はきょとんとした。
「……あなたに『必要』とされてる、と」
 真摯な、瞳で。見つめられて、どきんとした。
「……中原……」
「……はぐらかさないで、答えて頂けますか? 俺は……あなたに俺を愛して欲しいなんて言わない。愛してると、言われたい訳でもない。唯一つ……『必要』とされてるかどうかだけ……今は、それだけで良いです。……懲りましたから」
 真剣な、表情で。俺はゆっくり、頷いた。中原は、嬉しそうに……ひどく嬉しそうに、笑った。
「……今はそれだけで、『我慢』しておきます。それ以上望んだら、『罰』が当たりそうだから」
 俺は真っ赤に、顔を染めた。幸せそうに、中原は笑って、キスをした。
「……中原……」
 俺は困惑して、中原を見る。
「……あなたに愛してると言われたら、たぶん俺はとても幸せになれるけど……今はそこまで求めたら、あなたには『迷惑』でしょう?」
 俺は耳まで熱くなって、視線逸らす。中原は俺の肩をそっと抱く。
「……多くを求めたら、逆に失いかねないから……待ちますよ、あなたを」
「……中原……っ」
「……嫌われても良いと思っていたけど……やっぱり嫌われるのは厭だ。俺は……やっぱり諦め悪い。いざという時……振り解けない。俺の『決心』なんて脆いものですよ、本当」
「……中原」
「……二度と顔なんて見たくないと思ったのに……顔を見た途端、あっさり揺らいで……」
「……『迷惑』だったか?」
「今更言いますか? ……俺が、心の底から『抱きたい』と思うのは、あなたですよ? 郁也様」
「っ!?」
 カッと血の気が昇る。中原は笑った。
「……俺に『迷惑』なんて有りはしない。本当は『身体』なんかより、『心』が欲しいけれど……そこまで望むのは、現段階では『身の程知らず』も良いところでしょう?」
「……なっ……!!」
「……あなたには、全然想われてないようですからね?」
「……中原っ!!」
 思わず、耳を塞ぎたくなった。
「……それでも、あなたに触らせて貰えるだけ、マシなんでしょうよ。あなたが他人に触れられるのが大嫌いだって、俺はとても良く知っている。手を取って握っただけで、睨まれるくらいだったんですからね?」
「……中原っっ!!」
 俺はひどく泣きたくなった。中原はひどく自嘲的な声で。『原因』が俺だと言外に告げながら、淡々と言葉紡いで。
「……泣きたくなるのは、俺の方ですよ?」
「……そんなに俺を責めるなよ!!」
 思わず叫んだ。
「だって仕様が無いだろ!? 俺は……っ……そんな風には俺は……っ!!」
「……どうせ、あなたには『変態』にしか見えないんでしょうけど?」
「そんな事、もう思ってない!! 本当だ!! 中原!!」
 意地悪な口調に、本気で涙出そうになる。
「お前が『変態』なら、俺もとっくにそうだ!! だって俺は……お前が欲しくて欲しくて、たまらなくて……っ!! 『嫌悪』なんて感じられる筈も無いっ!! 俺は……っ……気が狂いそうなくらい……お前を求めていて……っ!!」
 涙が、こぼれ落ちて。
「お前の事をどう思ってるとか、そういう事は考えられない!! けど、お前がいないと不安なんだ!! こんな事、どうかしてると思うけど……『律』がお前とどうだったかとか……俺は……っ!!」
 中原の目が、見開かれる。
「……何ですって?」
 俺は真っ赤になる。
「……お前、『律』を抱いたって言ったよな? ……そんなの、聞きたくないけど……答えなくて良いぞ? 聞きたくないからな。……例えば……」
 中原が嬉しそうに笑った。俺は思わず口ごもる。中原がキスしてくる。俺は目を閉じてそれに応じた。熱烈なキスの嵐。その奔流に俺は呑み込まれる。中原の指が俺の顎から首、肩先から胸、背中へと伝っていく。俺は『熱』に包まれて、ぼうっとする。目を開けて、中原を見上げる。中原は笑っていた。静かに、穏やかに、幸せそうに。壊れそうなくらい『純粋』な笑み。俺は思わず胸が痛くなった。俺の『知ってる』中原を思うと、コイツが今までどれだけ『無理』してたのか……。子供のように『無邪気』で……『真っ直ぐ』で。
「……中原……」
 胸が、痛い。とても、痛くて。
「……中原……あの……な……?」
 中原が少し強張った顔で俺を見た。
「……何です?」
 何か構えてる……緊張が、指からほんの少し、伝わる。……俺が中原を脅えさせてる。それに気付いて、俺は胸がひどく痛くなった。
「……ごめん……な。今まで……俺……っ」
 中原の両目から、涙がこぼれ落ちた。声も無く、表情の変化も無く、静かに、怒濤のように。中原は両目を閉じて、顔を背けた。俺は起き上がり、中原の首に腕を絡めた。そっと抱きしめる。
「……悪かった」
 中原は声を上げずに、泣いた。俺を両手で掻き抱いて、俺の肩先から背中へと顔を埋めて。俺は中原の肩先に顔を埋めて、背中で啜り上げるのを聞きながら、これまでの事をぼんやり思い返した。俺は今まで、中原に冷たかった。それは自覚してる。けど、中原の態度だって相当のものだった。俺を怒らせる程度には、とんでも無かった。事情なんか知らない俺には、滅茶苦茶で最低最悪で、極悪で鬼畜だった。俺も優しくなかったけど、中原だって俺に全然優しくなかった。俺達は互いに突き放したり、挑発し合ったり、喧嘩──ってよりは一方的に俺が怒ってた気もする──したりして。言い争いやドツキ合いも半端じゃなかった。本当、出会い始めの頃なんて、顔を見る度に喧嘩してた気がする。その度に問答無用で押さえ付けられて、叩きのめされて、……唇なんて何度奪われたか判りゃしない。そうだよ。……とんでもないけど、俺のファースト・キスは中原で。しかもそれがディープだったんだ。五歳の幼児に冗談でもそういう事するなよ、中原。……もっとも荒っぽいだけの、ただ単に黙らせるだけってそれだけの。あれに深い意味があるなんて、思いもしなかった。普通、そうだろう。五歳でそんな事に頭回る奴いたら、おかしいだろう。余程の天才か、でなかったら色情狂かとんでもないマセガキだ。……あのキスに愛情なんて感じられなかった。力ずくで押し倒されても、そんな性的なモノ、微塵も感じられなかった。俺は必死で抵抗して、全て受け流されて何の役にも立たない事を知って、腹立たしかった。コイツをいつかギャフンと言わせたいと、思っていた。子供の俺に、おとなげなく腕力と体力と体格差でねじ伏せる、十四歳年上のこの男に。……俺はずっと望んでいた。反発しながら、この男に『勝つ』事を。……何も知らずに。
「……中原」
 中原は答えない。静かに啜り泣いている。
「……一つ、恨み言言って良いか?」
 中原の肩がぴくりと動いた。けれど、何の返事も帰ってこない。中原の顔が俺の背に押し付けられた。俺は溜息つく。
「……五歳のガキにディープキスなんてすんなよ。……意味なんて判らないだろ?」
「……『意味』や『理由』なんかじゃありません」
 中原は掠れた声で、そう言った。震えながら。
「……俺が『したかった』からです」
 俺は思わず溜息ついた。
「……だからそれが『問題』だって言うんだろ?」
「……言われなくたってそれくらい、知ってます」
 俺は憮然とする。
「……それが『普通』と思うだろうが?」
 中原は俺から身を離して、濡れた目で愕然としたように俺を見た。

To be continued...
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