NOVEL

週末は命懸け5「抱擁」 -2-

 中原は呆然としたように、俺を見つめた。
「どうして!? よりによってあなたが!?」
 ……何で今、急に出て来たりするんだよ!! この男!! まだ何も攻略法考えてないのに!!
「……よお」
 ぎこちなく、ぎくしゃくしながら俺は強張った笑みを作った。中原は俺を凝視してる。通りすがりの仲居がこちらをちらりと見た。俺は深呼吸して、中原を真っ直ぐ見た。
「……悪い。入って良いか?」
 単刀直入に言った。中原は無言で中へ入った。ドアも襖は開け放したまま。だから俺は後に連れ立って入る。中原の代わりにドア閉めて鍵まで掛けて。
「……貴明様、ですか」
 先程の動揺が嘘みたいに、冷たい顔で。俺は一瞬答えられずに、それが結局返事になって、中原は舌打ちした。
「……俺が『自殺』するとでも?」
 嘲笑うような声で。
「……わざわざご足労でしたね? あなたも色々大変でしょうに。昨日の今日で良くまあ、こんな処まで来たもんですね」
 俺はさすがにムッとした。
「……確かにちょっと『無理』はしたさ」
 中原の許しも得ずに勝手に腰を下ろす。
「さすがに疲れた。……茶の一つくらい入れろよ」
 中原は厭味な笑い方をした。
「……相変わらずですね、郁也様」
「お前もな、中原。昨日の『男』は一体誰かと思うくらいにはな」
 中原が尖った視線を向ける。
「……それで? 俺にどうしろと?」
「お前がどういうつもりか聞いてからには、なるけどな。……俺は『社長』の味方じゃないから、それがお前のためになるってんなら、お前が逃げる協力くらいはしてやっても良い。ただ、くだらない事考えてるようなら止めるつもりで来た」
「俺は骨休めに来ただけですよ」
「……それなら俺が出しゃばる事も無いけどな?……それでその後どうする気だ?」
「どっか適当にぶらぶらして職探しでもしますよ」
「……お前みたいな男がまともに勤められる職種、あるのか?」
「俺を何だと思ってるんです?」
「……今のはお前があまりツンケンしてるんで、言ってみただけだ」
「そりゃどうも」
 物凄く厭味な物言い。神経がギスギスしてきそうだ。俺は溜息つく。
「……俺はただ、心配で来ただけだ」
「それはそれは、とてもお優しい事で。涙が出そうなくらい感謝したくなりますね」
 全然そう思ってない声色で、んな事抜かすし。
「……お前、俺がここに来る為にどんな面倒してきたか、判ってるか? 本来ならまだ病院にいなきゃならない身分だぞ?」
「だから感謝してると申し上げてるでしょう?」
「……嘘をつくなよ。お前の言葉の端々に、棘を感じるぞ。全く可愛げが無いぞ、中原」
「俺にそんなものあってどうするんですか? 郁也様。あなた俺にそんなの、求めてたんですか? そりゃあ初耳ですね。全く知りませんでした」
「あのな!!」
 思わず中原の襟首掴む。
「俺はお前に殺されても仕方ないかもってくらい、覚悟決めてきたんだよ!! 戯れ言は良いから、本音で話せ!! 厭味の応酬なんて聞きたくも無い!!」
 中原は目を細めた。
「……そりゃ立派なご覚悟ですね? ついでに俺の『性欲』解消する為に身でも投げ出してくれる訳で?」
「やれと言うならやってやっても良いけどな!! 俺はお前の『本音』が聞きたいんだ!!」
 中原は俺の腕を振り払って冷笑する。
「昨日俺とヤって病みつきにでもなった? それとも唯の『同情』? お優しい事で、落涙ものですね。不肖中原、今宵は感涙にむせび泣きそうです」
「ふざけるなと言ってるだろうが!! お前と遊ぶ為だったら、こんな身体でわざわざ来ない!! 最初から無視するさ!! 俺が来たのは、放っておけなかったからだろう!!」
「……だからその件に関しては『感謝』すると申し上げてるでしょう?」
 俺は思わず舌打ちした。
「……お前、一体俺に何を望んでるんだ?」
「……何をと言うのは、どういう意味でございましょうか」
 しらりとした厭味口調で。俺はもう良い加減泣きたくなってきた。……疲れてるのに、もうバテそうなくらいへろへろなのに、どうしてこんな事言われなきゃならないんだ!!
「……バカ野郎!! 俺が……俺がお前に応えられないって言ったのが、そんなに恨めしいか!?」
 中原は俺を蔑むような目で見た。
「……何バカな事おっしゃるんで?」
「は!?」
 俺は思わず目が点になった。
「あなたの事なんてどうとも思ってやしませんよ。抱かれたくらいで、その場のノリで言った台詞をまともに受けたんですか? 随分自信過剰ですね?」
 俺は両目を見開いた。中原は冷めた目で俺を見下ろしていた。何の感情も含まない目で。
「……お……前……っ!!」
 愕然とした。思わず腰が抜けそうになった。目の前がぐらぐらする。
「……じゃあ……あの時の台詞……まさか全部……っ!!」
「……その場で言ったでまかせに決まってるでしょう? まさか本気にしたんですか? はっきり言って俺、自分が何言ったかロクに憶えてませんよ。バカですね、郁也様」
 目の前が真っ暗になった。
「……じゃあ何か……? お前……俺の事何とも思ってないのに……あんな事……っ……したのか!?」
 中原は鼻で笑った。
「誰が好きこのんであんな事すると思ってるんです? ただの嫌がらせですよ。良い加減、嫌気が差してたんでね。……あなたもつくづく俺が厭になったでしょう?」
「中原!!」
 思わず激昂した。中原はにやりと笑った。
「恨むんなら貴明様を恨んで下さい。あの人に対する当て付けですから」
「貴様!!」
 思わず掴みかかって……俺は不覚にも涙をこぼしてしまった。中原が眉をひそめる。
「……郁也様?」
「……俺が……っ」
 全身が、震える。
「俺がバカなのは良く判ってるよ!! 一瞬でもお前を信じた俺がバカだった!! ちょっとでもお前に同情したり、良い奴だなんて思った俺がバカだったよ!! 本当、最低だよな!! 俺の心弄んで面白かっただろうよ!! 俺の反応はそんなに面白かったか!? 俺は……っ……俺は本気でお前が……っ!!」
「……郁也……様……?」
 信じられないモノを見るような目で、中原は俺を凝視した。俺は疲れてる所為もあって、涙腺かなり緩くて大泣きしながら怒鳴った。
「嗤うなら嗤えば良いさ!! 嗤えよ!! 俺が……っ……俺がどんな想いでっ……!!」
「……い……くや……さま……っ」
 崩れ込んだ俺を、中原の腕が抱き留めた。疲労とショックで、一瞬身体が言う事聞かなかった。必死で立ち上がろうと試みるけど、力入らない。悔し涙流しながら、中原を睨み付けた。中原は眉間に皺寄せて、哀しげに弱く笑った。俺は震えながら、睨み続けた。中原が俺の髪をそっと掻き上げ、唇を額に押し当てた。
「……中原……っ!!」
 怒りに震えながら、俺は叫んだ。中原は首を振って、そのまま俺を抱きすくめた。何考えてんだよ!! この二重人格男!!
「離せよ!!」
「……あなたを」
 耳元で、甘い声で。
「……あなたを傷付けるつもりは無かった」
 囁くように。
「……俺は……恐くて突き放そうとした……じゃなきゃ一生……逃れられなくなるから……」
 吐息のように。顔を上げて、優しい微笑みで俺を見つめる。
「……こんな俺でも……許してくれますか?」
 ひどく殊勝な声で。騙されそうに甘い顔で。
「……中原……お前……っ!!」
「……あなたがバカなら俺はもっとバカです。俺は……この世でたった一人すら……信じられない」
 そう言って、俺の左手を取り、手の甲にそっとキスした。それでも俺は警戒を緩めなかった。中原は哀しそうに笑う。
「……ごめんなさい。さっき言ったの、全部嘘です。……俺は……最低最悪の男です。救いがたいバカです。……俺は……本当はあなたが好きで……気が狂いそうなくらいあなたが好きで……俺は……そんな資格自分には無いと知りながら……」
 涙を、こぼした。
「……お願いだから、俺を追い詰めないで下さい。これ以上……あなたの傍にいたら……何かとんでもない事しでかしそうで……っ!!」
「俺の傍にいたくないって事か?」
「……違う!! 俺は……っ……」
  中原は頭を振った。子供、みたいに。
「……俺はただっ……もうこれ以上『利用』されたくないだけで……っ!! ……貴明様の事が無ければ……本当は……ずっと……っ!!」
 俺をきつく、抱きしめて。
「……出来る事なら……あなたを密室に閉じ込めて……独り占めにしたかった……」
 ……何だと!?
「……そんな事は『無理』だと判ってる……俺はまともな『愛し方』なんて出来ない……自分が『狂ってる』のなんて……もう随分前から良く判ってる……っ!! ……『終わらせる』には『死ぬ』しか無くて……っ……だけど俺は……っ!!」
 涙ぐんだ瞳で、俺を見上げて。両目から涙、こぼしながら。何処か狂気じみた、熱い瞳で。
「……中原……」
「…………これが俺の『正体』です。……どうします? それでも俺を連れ帰りますか? それとも見なかった事にして、立ち去りますか?」
「……お前……『死ぬ』気か?」
 俺の質問に中原は答えなかった。遠い目で、あらぬ方を見て。
「……『死ぬな』と命令しても『無駄』か?」
 中原は虚ろな笑みを浮かべた。
「……この世に何の『楽しみ』も『希望』も無いのに?」
 中原は耳障りな、くぐもった笑い声を上げた。
「……この世の何も、俺を繋ぎ止めたりしないのに? 『欲しい』と思えるモノが何も無いのに?」
 俺は耳を塞ぎたくなりながら、それでも中原の顎を掴んで自分の方を向かせる。
「『俺』じゃ『駄目』なのか?」
 中原は冷たい目で笑った。
「……『応える』気も無いクセに?」
 俺は自分の肩を思わず抱いた。
「……『努力』すれば良いのか?」
 声が、震えた。中原は冷笑した。
「……要りませんよ、そんなの」
 そう吐き捨てて。まるで『憎悪』の表情で。
「だったら俺にどうしろって言うんだ!!」
 思わず叫んだ。……震えながら。
「俺がお前に『生きていて欲しい』と思うだけじゃ駄目か!? そんなのはただの『迷惑』だってのか!?」
「『迷惑』です」
 そうきっぱりと言い切られて。思わず怒濤のように、涙が溢れる。
「……どうして……っ!!」
 ひどく、歯がゆくて。悔しくて。
「……何にそんな、『絶望』してんだよっ!! お前は!!」
「……あえて言うなら、この世の何もかもに、ですよ」
 中原は冷笑した。
「……判らないでしょう? 判らなくて良いです。放っといてくれませんか? ……確かに『貴明様』は頭が良い。自分じゃなく、あなたを寄越す事で俺にかなりの『動揺』をさせた。……けど、俺はもうそんな事じゃ止まらないくらいのトコまできてるのに……全然判ってない……」
 冥い陰鬱な目で、呻くように笑って。耐えられなくて、俺は目を伏せた。両目から涙が、滴り落ちて畳に染みを作る。
「……中原……っ」
 震えながら、それでも渾身の力、込めて。
「『死にたい』なら『俺を殺して』からにしろ!!」
 叫んで、両目開けると、途方に暮れた中原の顔があった。
「……な……にを……っ」
「……それが出来たら『死ぬ』事を『許可』してやる。別に俺はわざわざ自分から『死ぬ』気無いけど、『命』が何かの役に立つんなら、『利用』させて貰う。……こんな事が、お前の『楔』になるか自信無いけど……それで『駄目』なら仕様が無い。……少なくとも、俺はお前の『死体』見ずに済むからな」
「……何バカな事言ってんですかっ!!」
 中原が激昂する。
「バカな事言ってんのは自分も同様だろ? お前に言われる筋合い無い」
「あなたどっかおかしいんじゃないですか!?」
「……自分もそうな癖に、言うなよ」
「真顔でそういう事言わないで下さい!!」
「本気で物言う時、真顔でなくてどんな顔で言うんだ?」
「やめて下さい!! そういう『冗談』聞きたくありません!!」
「お前だって似たような事言ってるよ。……疲れてんのに、とんでもない事聞かされた俺の身にもなれよ? 気の毒だろ?」
「ふざけてる場合ですか!?」
「……こっちの台詞だ、バカ。少なくとも俺は『本気』だぞ。お前の『気持ち』次第だ」
 中原は呻いて、顔を覆って天井を仰いだ。
「……信じられない……っ!! ……どうしてあなたって人は……っ!!」
 俺は左手ついて、立ち上がる。そして中原の顔を見下ろす。中原の右手を取って、握り締める。中原は左手を下ろして、俺を見た。
「……どうする?」
 『挑発』。目は逸らさない。真っ直ぐに、中原の目を捕らえて。中原は苦しそうに、眉間に皺を寄せて、唇を微かに震わせた。俺と中原の視線が交錯する。中原が俺の指と自分の指を絡み合わせて、しっかりと握り締めてくる。ぐいと引かれて、腰を支えられる。中原はそのまま俺の左手を口元に当てた。苦しげな表情で、吐息をつく。
「……俺に『殺せ』と言うんですか? 酷い人だ。……凄く狡い」
「……返事は?」
 耳元で、囁いてやる。中原は俺を引き寄せ、唇を寄せてきた。俺は拒まない。そのまま押し倒されて、畳の上で中原が覆い被さるように、熱く長いキスをする。舌と舌が絡み合って、お互いを強く貪る。熱に、浮かされて俺は中原を見上げる。中原は俺の唇を貪りながら、熱く見返す。俺は中原の舌を強く吸った。中原の舌が俺の口腔を這う。唾液を滴らせて、中原の唇が俺から離れる。
「……どうかしてるんじゃありませんか?」
 熱に浮かされたような目で、中原は言った。
「……お前もだろ? 人の事、言えるか?」
 熱い息を、吐いて。
「俺の事はどうだって良いんです。……どうして……そんな……平然と……」
「…………」
 見つめられて、思わず視線逸らす。顔を隠すように中原の肩先に、押し付けて。……広い肩幅。しっかりした厚み。熱が、俺にまで伝わってくる。ずきり、と身体の奥が痛んだ。思わず両目を瞑って下唇を噛む。中原の背中に左手回して、そのシャツを掴んだ。
「……郁也様?」
 中原の声が、俺の耳を掠めて、びくりと身が震えた。中原が息を呑む気配を感じた。
「……まさか……」
 中原が俺の頬に手を当てて、肩先から無理矢理引き剥がす。俺は羞恥に赤くなった。中原の目が驚愕に見開かれた。
「……まさか、郁也様……っ!!」
 俺は左手で俺の顔に触れる中原の腕を掴んだ。
「……あんまり見るなよ!!」
 その時、俺の腰に当てられていた中原の手が、するりと下方へ滑った。
「っ!!」
 『快感』に、身を震わす。身体が『熱』を持ち始める。『中原』を求めて、身体の奥が疼き始める。俺は潤んだ瞳で中原を見た。中原が複雑な表情で俺を見ている。
「……どうして『勃って』るんですか」
 溜息でも、つきそうな声で。
「うるさいっ!! そんなの、構うな!!」
 羞恥に身を染めて、俺は怒鳴った。中原が困惑したような顔で、俺を見る。
「……どういうつもりなんですか?」
 聞くなよ!! そんな事!!
「……まさか俺と『したい』とか言わないでしょうね?」
「うるさいんだよっ!! お前はっ!!」
 左手で自分の顔、隠そうとする。けど、中原にあっさり掴まれ、下ろされる。
「……『欲情』してるんですか? 『俺』に?」
「聞くなよっ!! そんな事!! 真顔で!!」
 質悪いよ、お前!! ……泣きたくなる。中原はそっと、ついばむようなキスをする。俺は目を閉じた。中原は手を滑らせて、Tシャツを捲り上げる。そうして胸に、キスする。もう一方の手で、ズボンのボタン外されて、ジッパー下ろされ、下着ごと膝まで下ろされる。舌先で臍を通って、中央で屹立するモノに辿り着き、口に含んだ。俺の身体は反射的にぴくりと『反応』した。俺は腕を伸ばし、中原の髪に触れた。後ろで髪を束ねてるゴムを指に絡ませ、手前に引く。ぱらりと髪が舞って、俺の足の付け根を覆った。中原は自分にまとわりつく髪を掻き上げ、『俺』をしゃぶりしごく。『快感』に呻きながら、俺は中原の髪に指を絡ませ、その首筋に触れた。一瞬、中原が目を細めた気がした。俺は髪から手を離して畳に付き、半身を起こす。中原の頭を抱きしめるように胸に押し付け、中原の顎に手を触れ、耳朶の下を通って、首筋へと回す。中原の後頭部にそっとキスする。中原が不意に顔を上げた。どちらからともなく、互いの唇を合わせ、貪り合った。俺は中原の首の後ろに手を回し、中原は俺の顎を支える。頭の芯が燃えるように熱かった。身体の奥がどろりと溶けて、燃えそうに熱かった。夢中で俺は中原の唇を、舌を貪り、中原も濃厚に応じた。キスだけでイッてしまいそうなくらい、気持ち良くて。
「……中原……」
 キスの合間にそっと呟く。
「……『俺』が欲しいですか?」
 静かな口調で、そう訊ねてくる。
「……中原……っ」
 俺は呻いた。中原の唇を貪った。互いの唾液が絡み合って、滴り落ちる。
「……『返事』は……?」
 中原の唇を、己の唇で塞ぎ、指を這わせる。首筋から背中へ、腰から正面に回って……そそり立つ、『それ』を。
 中原は微かに眉を顰めた。俺は撫で上げ、中原のはいてるスラックスのベルトを外して、ボタンを外し、ジッパーを下ろした。
「……郁也様……」
 中のモノを引きずり出し、そっと握った。俺の手の中で、更に固く、熱く、微かに震えて。
「……中原……っ!!」
 熱に浮かされたように、俺は中原を見上げて。身体の奥が疼く。気が狂いそうに、俺は求めていて。熱い吐息をついて、中原を見つめる。中原は困惑するような笑みを浮かべて、それでも自分でスラックスを脱いで、俺のズボンに手を掛ける。
「……本当に良いんですか?」
「……中原」
「……俺は本気であなたが判らなくなりました。……結構理解してると、自惚れてたのに」
「……『昨日』は何だったんだよ」
 恨みがましい口調になる。
「……嫌がる俺に、無理矢理『した』くせに」
「……だから余計判らないんでしょう?」
 中原は嘆息した。
「『昨日』の『今日』でこの変貌ぶりは一体何です? 俺を混乱させるつもりですか? ここまで『乗り気』だと騙されてるんじゃ無いかって気になります。……確かに『最中』は『別』でしたけど」
「中原っ!!」
 思わず顔に血の気が昇る。中原は苦笑して、俺のズボンを下着ごと引きずり下ろす。俺の『中心』にそっとキスする。
「……一つだけ聞かせて下さい」
「……何だよ?」
  中原は真剣な顔になる。
「……あなた、俺を『好き』なんですか?」
「……そうじゃなきゃ、いけないのか?」
 中原の目に、翳りが宿る。
「……好きでもない男に、こういう事するんですか? あなたは」
「……『やりたい』からじゃ……『駄目』か?」
 中原は失望するかのように、深い溜息をついた。
「……『俺』のせいですか?」
 哀しげな、顔で。
「……昨日、俺がああいう事、したからですか?」
「……『お前』が『欲しい』んだ」
「……俺自身じゃないでしょう?」
 意地悪な口調で。何か厭な笑い方で。
「正直に言ってご覧なさい。あなたが『欲しい』のは俺じゃない。俺じゃなくて……」
「……別に俺は、誰でも彼でもヤりたい訳じゃない。……今のところは『お前』以外には……俺は……その、そういうんじゃ、『駄目』か?」
「ぼかさないで、はっきり言って頂けます?」
 底意地悪い言い方で。苦しくて、涙滲ませながら、それでも俺は見返して。
「……自分でも判らない。良く判らないんだ。俺の身体が、お前を『欲しい』と訴えてる。俺ははっきり言って、そんな『趣味』は無い。今までそんな事は考えた事もなかった。気持ち悪いだけで……事実、俺は……楠木にキスされても気持ち悪いだけだった……」
「……その、頬の痣……楠木だったんですか?」
 俺は頭を振る。
「違う。名前は知らない。……図体だけはデカイろくでもないカスだ。急所に噛み付いて、その後どうしたか知らない」
「……つまり、その男はあなたの『処女』を奪い損ねたって訳だ」
「中原!!」
 カッとした。
「……お前……俺を何だと思ってる……?」
 中原は冷たい表情になった。
「……それはこっちの台詞でしょう? あなたは本当無神経ですよ。……俺の気持ちなんてまるで考えてない」
「悪かったな!! ……だったら、お前の『気持ち』とやらを聞かせろよ!!」
「……言っても『無駄』でしょう? これだけ言っても通じないんだから」
「お前、態度『豹変』しすぎなんだよ!! 俺はどれを『信用』すれば良いか判らない!! どれを『基準』にしろって言うんだ!?」
「……俺が『絶望』するとしたら、貴明様じゃなくてあなたのせい、ですね」
「……中原?」
「……俺は何も『望んで』無い。だけどもし……俺が何か『心残り』があるとするなら……」
 中原の眼差しが、俺を射抜く。
「……俺をどうにも出来ない崖っぷちまで追い込む人間がいるとしたら……『あなた』ですよ、郁也様。貴明様の言葉を借りれば、俺は『真剣に生きて無い』けど、俺の心に『致命傷』与えるとしたら……それは『あなた』だ」
「……俺が!?」
「俺と『する』のをお望みなら、今ここで差し上げても宜しいですけど……今後一切俺には関わらないで頂けます? この『条件』を呑んで下さるなら、幾らでも『して』差し上げますよ?」
 中原は冷たく笑った。俺は思わず身を引いた。
「……中原……」

To be continued...
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