NOVEL

週末は命懸け4「慟哭」 -4-

「……どうして急に静かになったんだ? お前達……何してる?」
 入って来たのは楠木だった。理解しかねる、という顔で連中を見る。
「……ああ、すんません。あのバカ、返り討ちにされたんで仕方ないからジャンケンで『代役』を」
 楠木は大仰に溜息ついた。
「……元々、やりたいって言ったのは『奴』だけだろうが。別にやりたくもないのにやる事無い。それで? 使えそうな『絵』は撮れたか?」
「……どうですかね? 『編集』次第では使えるかもしれませんが」
 カメラ回してた男が、カメラ下ろしてそう言った。馬鹿馬鹿しい、という顔をしてる。
「……まあ、良い。どうにかしよう。……誰かそのバカ、引きずって来い」
 楠木はそう言って、カメラの男と部屋を出て行った。残りの連中はまだ呻き悶え苦しんでる大男を、手分けして両手両足掴んで、引きずるように外へ出て行った。
 急に静かになり、俺は思わずホッと溜息ついた。気付くと、全身びっしょり汗をかいていた。薬効いて熱は下がってきてる感じするから、たぶん今の一件のせいか。……冗談じゃねぇよ。どうして俺があんな連中の慰み者や暇つぶしにされなきゃいけないんだ。憮然とする。連中、おかしくないか? 絶対『変』だ。ジャンケンで『代役』決める? 冗談だろ? どっかおかしいとしか思えない。何考えてんだか、俺には全然判らない。絶対判らない。額から、汗が滴り落ちた。その時、バラバラという音が頭上に遠くから聞こえてきた。
 何の音だ? 一瞬、考えて……ヘリのプロペラ音だと気付いた。ヘリ!? 何で!? 考える間もなく、慌ただしく人の駆け回る音と、銃声が鳴り響いた。頭上で。俺はぎょっとして跳ね起きようとして、失敗した。……たぶん、この状況は……考える間もない。『親父』かその手の連中だ。『奪還』に来た? ……有り難い事だな。こうやって『心配』して貰える内は。思わず自嘲の笑みを洩らした。足音と銃声はどんどん近付いてくる。部屋の扉が開いて、入って来たのは楠木だった。俺は舌打ちした。
「……残念でしたね、中原さんじゃなくて」
 そう言ってナイフで俺の両手首の縛めを切って、自分の胸元に俺の背中押し付けて、喉元にナイフ突き付けて立ち上がり、身構える。そこへ乱暴にドア蹴り破って侵入してきたのは、中原龍也だった。……久し振りに見た奴の顔は、無精髭が生えていて髪も少し伸びていた。中原はチッと舌打ちした。……悪かったな。俺も好きで『人質』してる訳じゃねぇよ。
「……随分『迅速』でしたね?」
 楠木の台詞に、中原は大仰な溜息をついて、手に持った拳銃をくるりと一回転させた。
「武器を捨てて下さい」
 楠木の台詞に、中原は大仰に肩をすくめた。
「……俺だけで良いのか? 外にはいっぱいいるんだぜ?」
 ……どうしたんだ? 暫く見ない間に随分と喋り口調と印象が……。何て言うか、ひどく『ガラ』が悪い。まるでチンピラだ。
「……随分酷い目に遭ったらしいですね、中原さん」
「お前も一ペン経験してみるか? 『人間社会』の有り難さが良く判るぜ?」
「遠慮します。……大体、私はそんなに気に入られてませんから」
「ははっ、言うな? ……お前の『ボス』は知れてるんだぜ?」
「……でしょうね。ここが知られるくらいですから。それより、このナイフが見えないんですか? 武器を捨てて下さい」
 不意に、中原の手の中の銃が火を噴いて、天井に黒い穴を開けた。火薬の焼ける臭いがする。
「順序が逆だな? ……お前の方こそ、死にたくなけりゃ武器を捨てろ」
 楠木はやれやれという風に首を振った。
「……ますますクレイジーですね。これじゃ何の為の『人質』だか」
「ぐだぐだ言わずに武器を捨てろ。今度はその眉間に当てるぜ? 俺の腕は知ってるだろう?」
「……参りましたね。ナイフじゃなく銃にしておけば良かった。そうすれば標的をあなたに変える事も出来たのに」
「……出来ると思うか?」
 中原がせせら笑った。……根性の悪さに、ますます磨きが掛かってる。一体、何があったんだ? 俺は眉間に皺を寄せる。楠木は眉間に照準合わせられて、ナイフを落とし、俺を解放する。俺は中原に駆け寄った。中原はにこりともしない。声すら掛けてこない。俺は楠木に向き直った。
「楠木……弁明があるなら言って見ろ。今なら聞いてやる」
 俺の言葉に楠木は笑った。
「……甘い、ですね。郁也様……」
 楠木は俺の背後の中原を見る。
「……どうしてとどめを刺さないんですか? らしくありませんよ、中原さん」
 中原は返事をしない。代わりに俺を押し退けて、楠木に近付く。しかし、一定の距離を開けて、それ以上近付かない。眉間の照準はそのままに。
「以前のあなたならこういう場面、必ずすぐに始末したでしょう?」
 中原は答えない。
「楠木!! 他人の質問に答えろ!! どうしてこんな事をした!!」
「……私の『主人』はあなたじゃありませんよ。潜入したのはあくまで『久本貴明』の弱点を究明する為です」
「っ!!」
「……あなたと中原さんは、あの男の『切り札』です。使いようで弱点にも強みにもなる」
「……随分ベラベラ喋るんだな?」
 中原が口を開いた。
「お前こそ、この場を上手く切り抜けられる、『切り札』を持って要るんじゃないのか? 楠木」
 中原の言葉に、楠木は笑った。
「……それを私が言うと思いますか?」
 中原は鼻で笑った。次の瞬間、俺は目を疑った。
「っ!?」
 中原は不意に、楠木の身体を押し倒して、強引に唇に舌を割り込ませ、『ディープキス』をした。
「……なっ……!!」
 抵抗しようとする楠木を、ものともせずに中原は、楠木の口内を蹂躙した。俺は呆気に取られて、何も言えない。ひときわ楠木が抵抗して、やがて観念したかのように全身の力を抜いた時、ようやく中原は顔を上げた。中原の舌の上に何か乗ってる。中原はそれを自分の左手の平に乗せた。
「……小型のプラスチック爆弾。随分イヤな真似するんだな?」
「っ!!」
 楠木は悔しそうに、下唇を噛む。俺は目を見開いていた。口の中に爆弾!? それを探すのにあんな事したのか!?
「……本当、動物的ですね。そんなに私はあからさまでしたか?」
「カンだよ」
 楠木が自嘲の笑みを洩らした。
「……カンね。そんなもので……」
 カンって中原……外れてたらただの『変態』だろう……。
「これで心おきなく私が殺せますか?」
 楠木は淡々とした口調で言った。
「……その判断は『貴明様』がする。俺の『仕事』じゃない」
 そう言って、中原は楠木の鳩尾に拳を入れた。楠木は気絶した。……気付くと、外の気配は大分沈静化してる。中原はぼんやりと楠木を見下ろしていた。
「……中原……」
 何か……『違和感』を感じた。中原は笑った。
「……『律』のおかげで俺はもう『人』は殺せない。満足でしょう? あなたも。……あなたは『人殺し』の俺が嫌いだった」
「中原!?」
 中原は自嘲の笑みを洩らす。
「……殺せなくなった俺は、もう何の役にも立たない。俺はそう貴明様に申し上げてるのに、あの人は俺を許してくれない。……『解放』なんてしてくれない」
「……中原……」
「……俺から『暴力』を取り上げたら、『性欲』しか残らない。それすらも俺は……『普通』じゃいられないのに……これ以上『生きて』いて一体何になる?」
「中原!!」
 中原は笑った。
「……俺は『人殺し』以外、出来る事が無いんです」
「中原!! やめろ!!」
「……俺は『人間』なんかでいられない。けれど、『獣』にもなりきれない……。一体どうすれば……俺は満足に生きられる……?」
「お前は『お前』だろうが!! 人間とか獣とかそうんなのどうだって良い!! 『お前』は『中原龍也』でそれ以外の何者でもないだろう!!」
 中原は目を見開いた。
「……こんな俺を……受け入れてくれるんですか?」
 俺は眉根を寄せた。何言ってるんだ、コイツ。
「受け入れるとかそういう問題じゃないだろう。お前は中原龍也。それ以外の何者でも無い。それ以外の何者にも、お前はなる必要なんて無い。そういう事だ」
「……何者にもなる必要がない?」
「そうだ」
 俺は頷いた。
「お前はお前だろう? それ以外の何だって言うんだ?」
「……有りのままの俺で良い……そういう事ですか?」
「そのくらい自分で考えろ。自分の事だろう?」
 俺が言うと、中原は笑った。俺がぎょっとするくらい……鮮やかな笑み。俺が今まで見た事無い、素直な喜びの笑みで。
「……有り難うございます、郁也様」
 それはこれまで聞いた、中原のどんな言葉よりも、感謝の念に満ちていて。俺は面食らった。
「……おい!?」
「……誰も肯定してくれなかった。甘えてると言われたって良い。俺は……ずっと……誰かに俺自身を認めて貰いたがっていた……」
「……中原?」
 物凄く、厭な予感がした。
「……郁也様」
 真っ直ぐに、中原は俺を見た。眩しいくらい、強い瞳で。
「俺は本気であなたの事が好きになりました」
 何っ!? 俺は心の中で悲鳴を上げた。
「何バカな事言ってんだ!?中原!!」
 思わず声が上擦った。中原はコイツ誰だと思わんばかりの穏やかな笑みで、にっこり笑った。
「一生付いていきますよ」
 やめろ!! 俺の悲鳴は声にならなかった。中原はいきなり俺の唇を塞いだ。己の唇で。
「っ!!」
 俺は涙が滲んでくるのを自覚した。中原の舌が強硬に俺の口腔に侵入してくる。抗っても何の効果もない。ぞわりと背中に寒気が走った。俺の抵抗をやんわりいなして、ますます激しく蹂躙する中原。やめてくれ!! 必死で抵抗するけど、抗い切れない。
「……っ!!」
 ぞくりとする。中原の舌が俺の舌を撫でて、俺の唇を強く吸う。強く、時に弱く。……ヤケに何だか気持ち良くなって、思わず流されそうになる。身体の力、抜けてへなへなになる。それを良い事に、中原は俺の身体をしっかり抱き止め、腰の辺りに手をやる。それからその指がそっと太股をなぞって正面の方へ回り込んで……!!
「っ!!」
 咄嗟に正気に返り、渾身の力で振り払う。
「何すんだよっ!! 変態っ!!」
「……喜んでいるのかと思いましたが?」
「誰が!!」
 俺は力一杯叫んだ。
「けど、気持ち良かったでしょう?」
「気色悪い事言うなっ!!」
 俺は真っ赤になって怒鳴った。
「だってほら……」
 中原は俺の股間に手を当てる。
「!?」
「……こんなにも『反応』してる……」
「やめろっ!! この変態!!」
 中原は人の言う事、まるで気にもしないで、ズボンの上からそれを撫でる。俺は渾身の力でそれを払い除ける。中原はにっと笑って、もう一度俺にキスする。逆らったけど、物凄い力でベッドに押し倒される。
「っ!!」
 中原の舌が縦横無尽に俺を嬲り、中原の手が、指先が、俺の下着の中まで侵入して、直立する分身を掴み上げて、上へとしごき上げる。
「……やっ……!!」
 ぞくりとした。気が狂いそうだった。こんな感覚は初めてだった。中原の触れた部分が、舌に蹂躙された部分が、熱を持ち、疼く。中原の太い指が、早く、遅く、『俺』を天へとしごき上げる。
「……なかはっ……!!」
 思わず悲鳴を上げる。大きなうねりが俺を押し包む。荒い息を吐きながら、俺は高みへと登り詰める。中原の熱い吐息が、耳に掛かる。至近距離の中原の顔を、俺は熱に浮かされたようにぼんやり見る。朦朧として、何も考えられない。中原が微笑んで、俺に口づける。先程よりも、ずっとソフトな甘いキス。俺は両目を瞑った。頂点に達して、それがほとばしり出た瞬間、中原の唇が俺の分身を押し包む。びくん、びくんと震えるそれを、中原はしっかりくわえ、喉を鳴らして嚥下する。俺は軽い倦怠が押し寄せるのを感じると同時に、羞恥と眩暈に襲われた。
「……ひでぇ……中原……」
 中原は舌なめずりをしながら、顔を上げた。
「何が酷いんです?」
 中原は笑った。
「あなた、以前俺に言った事忘れてません?」
「……だからってこんな不意打ち……!!」
 中原は悪気なげに笑った。
「仕方ないでしょう? ……我慢出来なかったんだから」
「お前……一言くらい何かあるだろう!!」
「イレなかっただけマシだと思って下さい。それだけは今、ここでじゃマズイと思って自制したんですから」
「……っ!!」
 思わず中原を凝視した。
「最悪っ!! お前!!」
「何とでも」
 中原はにやりと笑った。
「罵声浴びるだけで済むのなら、安いものでしょう?」
 思わずカッとする。
「……バカ野郎っ……!!」
 涙が、滲みそうになる。中原は静かに笑って、頬にキスした。
「……あなたが好きです。誰にも渡したくない」
 強い、声で。俺は泣きそうだった。
「……俺はお前なんか好きじゃない」
「いずれ『好き』だと言わせますよ。その唇で」
 眩暈がした。……何でこんな事に。俺には全然判らない。頭痛い。
「……何でよりによって『俺』だよ? お前、女の方が好きとか言ってなかったか!?」
「男より女の方が良いに決まってるけど、あなたは『特別』ですよ」
 にやりと結構『魅力的』に笑って見せたりするこの男……俺はそんな顔、今まで絶対見た事無いぞ、中原。
「……『迷惑』だ」
 中原は声を上げて笑った。
「……照れて言ってるようにしか、聞こえませんよ」
「冗談やめろよ!! 俺はノーマルだ!! 自分と一緒にすんなっ!!」
「……そんな事言って、本当はどの女の子も『同じ』にしか見えてないんじゃないですか?」
「ふざけんなっ!! 俺にだって好きな女の一人や二人……っ!!」
「じゃあ、俺に紹介して見せて下さいよ」
 そう言って笑う顔に、俺はぞっとした。何か企んでる顔だ。絶対。
「……冗談だろ? お前なんかに紹介したら、翌月には孕ませられるだろうが」
「厭ですね? 俺をそんな風に見てるんですか?」
「……今のはそういう『顔』だった」
 俺はきっぱり断言する。
「そういう決め付けは良くないですよ」
 にやにやと笑って言う。
「……俺の悪い予感は外れないんだ。お前……一体何が『望み』だ?」
「『あなた』ですよ。……あなたさえいれば、他に何も要らない」
「ふざけた事言ってんじゃねぇよっ!!」
「……惜しいですね。状況さえ違ってたら、我慢なんてしないんですが」
「……中原……てめぇ……っ!!」
 ぞくりとして身を震わす。中原は唇だけで笑って、俺の耳たぶを軽く噛んだ。
「っ!!」
 唇を、這わす。鎖骨辺りまで降りて、強く吸う。
「バカ野郎っ!! 何て事っ……!!」
 キス・マーク付ける気だ!! このバカ!!
「やめろよ!! 人に見られでもしたらどうすんだ!!」
「……見せなきゃ良いでしょう? 大丈夫。誰にも見せたりしませんよ。俺が今日から二十四時間付き添って差し上げます」
「ゴメンだ!! お前なんかと四六時中いたらロクな事ない!!」
「……大丈夫。楽しい日々になりますよ。『保証』します」
 にっこり穏やかな笑みで言ったりするけど、この男!! 絶対!! ろくでもない事企んでるぞ!!
「……お前……何考えてる?」
「楽しみですね。……楽しみでしょう?」
「厭だ!! 絶対嫌だ!! お前に比べたら、曽我部や楠木の方が絶対マシだった!! お前、性格悪くなってないか!? 人格少し変わっただろう!!」
「厭ですね。前より『素直』になっただけですよ」
「何処が『素直』だ!! 俺には尚更質悪くなっただけに見えるぞ!!」
「そんなに照れなくても良いんですよ? 郁也様」
「何がだっ!!」
 激昂する。
「……どんなに俺の事『嫌い』って言っても、『好き』っていってる風にしか見えませんから」
「やめろ!! 冗談じゃない!! こんなに真剣に嫌ってるのに、どうしてそんな事言われなきゃならないんだっ!!」
「……だって結局、『いざ』って時は俺を頼って下さるんでしょう? 俺の為に貴明様に『お願い』の電話わざわざなさったり」
「どうしてそう『曲解』する!! それは勘違いだ!! ただの思い込みだから気にするな!! じゃなきゃ自信過剰変態男とこれから呼ぶぞ!! 良いのか!?」
「……それで?」
 そう真顔で聞き返して。
「……それとも『ジジイ』の方が良いか?」
 俺も真顔で言い返す。中原は笑った。明るい笑顔で。……どうしたんだ、コイツ。どうかしたとしか思えない。
「何でも良いですけどね? 愛情込めて呼んで下さるなら」
 にっこりと。俺は一瞬、絶句する。
「……何言ってんだ……?」
 中原は笑って俺にキスをする。一瞬抵抗し損ねて、抗おうとした時、既に中原は身を引いていた。
「……駄目だ。……止まりそうにない」
「おい!?」
「……もう気が狂いそうだ」
 熱っぽい瞳で俺を見返して。
「待てよ!! ……こらっ!!」
 いきなりズボン下ろされてくわえられて、俺は動揺する。
「バカ野郎!! んな事すんなっ!! 離せっ!! ボケっ!!」
 涙目で抵抗するけど、中原はしっかりしがみついて離れない。この、筋肉デブ!! 馬鹿力!! 巨体!! 思いつく限りの罵詈雑言浴びせるけど、全然気にした風もない。一心不乱にしゃぶり、舐め回す。端正な顔を苦しげに歪めながら、『俺』を舌と唇で愛撫する。指が俺の膝から太股へと触れられた。ぞくりとして、全身に震えが走る。ぞくぞくと官能が這い昇る。熱っぽい目の中原が俺の目を見上げてくる。
「……なかは……ら……っ!!」
 中原は俺の左手を掴んだ。そして手の平に口づける。それから手の甲へ。そして手首へと。
 ガチャリ、と扉が開いた。
「……あの……中原さん!! この館は全て制圧……っ!?」
 入って来た中原の部下らしき男が硬直する。俺は固まったまま、動けない。中原はゆっくり後方を振り返る。
「……判った。証拠隠滅と撤収準備をしてくれ。指揮はお前に任す」
「……あの……その……中原さんは?」
 しどろもどろの口調で、男は言った。
「後で屋上に行く。……そんなに時間は掛からない。夕方までには向かうさ」
「……あ……はい……その……」
 中原はひどく穏やかな口調で言った。
「……ここで見た事は迂闊に喋るなよ? お前の首が飛ぶどころじゃ済まなくなるからな」
「はいっ!! 判りました!!」
 そう言って男は慌てて回れ右して、部屋を出て行った。……俺は涙目になっていた。
「……さて、続きをしますか?」
「冗談やめろ!!」
 俺は思わず中原に蹴りを入れた。中原はにっこり笑って、強引なキスをしてくる。呼吸困難になりそうなくらい、激しいディープ。全身まさぐられるような、内臓まで掻き回されるような、心臓にまで届きそうな。思わず俺は身を逸らした。けど、執拗に中原の唇と舌は追ってきて、俺を蹂躙する。苦しくて、朦朧として、快感なのか苦痛なのか判らなくなって。涙がこぼれ落ちる。中原は一度唇を離して、涙を舌で舐め取った。それから耳元へ口を寄せる。
「……大丈夫。他へ洩れたりしませんよ」
 ……バカ野郎、中原。そういう問題じゃないだろう!!
「……ところで……挿入[インサート]しても良いですか?」
「良い訳あるかっ!! バカ野郎!!」
 俺は涙目で怒鳴りつけた。
「じゃあ、口で良いから俺をイカせて下さい。さっきからもう、気が狂いそうなんです」
「やるかっ!! ボケ!!」
「最悪、手でも良いですから」
「そんなにヤりたきゃ一人でヤれ!! 俺を巻き込むな!!」
「……自分だけイッといてそれは無いでしょう?」
「誰がやったんだ!! 誰が!! 俺はそんな事お前に頼んだか!? 絶対頼んでないぞ!?」
「判りました。……その気にさせれば良いんですね?」
「待てよ!! バカ!! ……やめろって!!」
 俺は懸命に逃れようとする。中原は俺を組み敷いて、足を持ち上げ、開かせようとする。
「お前の『趣味』に俺を巻き込むな!! 『迷惑』だって言ってんだろうがっ!!」
「『責任』くらい取って下さい!!」
「冗談やめろ!! この変態!!」
 中原は俺の足の間に顔を埋める。舌が股間から後方へと滑っていく。中原の指が巧妙に『俺』をしごき上げていく。快感の波に押されて、俺はだんだん力を無くしていく。……情けない。嫌悪感が一時の性欲に支配されてく。気持ち良くて、何も考えられなくなる。……最低。これが中原だろうが、何だろうが、どうだって構わなくなってくる。何処までも流されて……俺が俺で無くなっていく。今まで感じた事の無かった強烈な快感。中原の舌が臀部の割れ目に到達した時でさえ、俺は不快を感じなかった。中原の舌が、唇が、俺の『快感』を後から後から、汲み出してくる。吸い付くような感触に、俺はどろどろに溺れる。中原は俺の身体を後ろ向きにひっくり返す。後方の割れ目に舌を這わせながら、屹立する『俺』をしごき上げる。苦しくて、熱くて、俺は喘ぎながら、もっと中原を求めていた。気が狂いそうなほど、中原を求めていた。……嫌いな男、の筈なのに。
「……力、抜いて下さい」
 中原の唾液が、シーツへと滴り落ちる。俺は呻いた。中原はそっと臀部に口づける。
「……もっとリラックスして。身体の力、抜いて。良いですか? ……もっと。そのまま……」
 ゆっくりと、『挿入』される。激しい痛みに、俺は身体の痛みも忘れて仰け反った。
「力、入れないで」
 あくまでも穏やかな、声で。俺の分身をゆっくりとしごきながら。
「……大丈夫。ゆっくりしますから」
 そう言って、背に口づける。背中を、唇で愛撫される。中原はゆっくりと、少しずつ侵入してくる。痛みと、熱い疼きと、泉のようにわき上がる、欲望と。……熱に浮かされたように、俺は中原の名を呼んだ。……どうかしていた。どうかしてる。気が狂いそうに……イキたくて。身体が、中原を激しく欲していて。涙が、こぼれ落ちる。中原がゆっくりと静かに、俺に負担掛けないように蠕動[ぜんどう]運動をする。それと同じ動きで、俺の股間に当てられた指が動く。背中から臀部へと、舌を這わせながら。
「……な……かはら……っ!!」
 俺は思わずシーツを掴む。
「……力まないで。力入れると、ますます痛みが増しますよ。絶対出来うる限り痛まないように、やりますから」
「……中原っ!!」
 俺は歯を食いしばった。出来るだけリラックス……しようとは思うけど、気が狂いそうで上手くいかない。涙が次から次へと溢れ、こぼれ落ちる。
「……大丈夫。郁也様……俺を信じて」
 その台詞が一番信用ならないクセに……バカ……。それでもほんの少し、力抜けて……中原が右手腰に回して抱きつくように身体密着させて。左手で『俺』をしごきながら、俺の内部をゆっくりと浸食する。中原の動きと俺の腰がぴったりと密着して、同調[シンクロ]する。うねりがだんだんに大きくなり、俺は痛みとも快感とも付かぬ感覚に、眩暈を覚えながら溺れ込み、呑み込まれていく。中原の荒い息が俺の背に吹き掛かる。
「……中原……っ!!」
 俺は両目を瞑って、思わず叫び声を上げる。俺の放出と中原の放出は、殆ど同時だった。
 中原はすぐに俺を抱きすくめて、背後から俺の顎を掴んで口づけた。俺は拒まなかった。中原は俺を正面に返して、もう一度キスした。俺は目を開いたまま、中原を見つめた。中原はこれまで見たどんな表情よりも、嬉しそうに満足そうに、無邪気とすら言える顔で笑っていた。俺はひどく動揺していた。……コイツは『知らない』奴だ。俺の今まで知らなかった男だ。

To be continued...
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