NOVEL

週末は命懸け3「観察者」 -2-

「お帰りなさいませ」
 いつも通りの無表情。執事の米崎。返事もせずに通り過ぎる。自室へ行こうと階段へ向かう。
「お帰りなさいませ、郁也様」
 中原龍也。俺のボディーガード。俺は無言で頷き、通り過ぎようとした。
「期末考査、学年三位。いつもの事ながら、おめでとうございます」
「……三位なんて中途半端な数字で、んな事言ってんじゃねぇよ」
「……不機嫌ですね」
「……お前の顔見たからな。大体、今日発表だってのに、何でお前が知ってるんだよ?」
「郁也様の事ですから」
「……俺にはプライバシーの一つも無いのか?」
「無いでしょう?」
「……………」
「今更な事、言わないで下さい」
「……ストーカー野郎」
「誤解を招くような事、言わないで下さい。大体、私はストーカー行為なんてしていませんから」
「じゃあ、どうして知ってんだよ?」
「……それは顔が広いですから」
「…………」
「……何ですか? その疑いの目は」
「……別に」
 言い捨てて、自室へと戻る。……今、気付いたんだが……だとすると、金山との件もバレてるのか? でも、中原の性格上……俺に釘刺すか厭味の一つくらい言うような気も……それよりも、金山が今どういう状況かって……。しまった。電話番号一つ、聞きやしなかった。おおよその住所すら。迂闊って言うか……。とにかく、明日一番で金山に接触しよう。『無事』なら良いんだ。それから、連絡先くらい聞いておこう。俺の所為で迷惑掛けるのは……これ以上は、やめときたい。今以上、負担掛けるのは気の毒だから。金山は良い奴だから……これ以上は、絶対に。
 表に出しちゃいけない。けど、ひどく落ち着かなかった。不安を感じながら、どうしようもなくて。こんなに不安になった事、無かった。苛々した。自分の無力さに歯噛みした。いっそ、中原に聞こうかとも思った。けど、あいつが素直に俺に教えるとは思えない。無性に不安で、確かなものが欲しくて、見えないものに脅えていた。
 俺自身なんて、今この次の一瞬に何がどうなっても構わない。『俺』以外の誰かに危害を加えられるかも知れない、という『恐怖』はとてつもなかった。俺は俺がそんなお人好しな事考える人間だなんて、思った事無かった。それはたぶん、機会が無かっただけじゃないかと初めて気付いた。俺は昭彦が『不幸』になる訳無いと思っていた。だから、何がどうなろうとあいつの心配なんかした事無い。あいつは俺なんかいなくたって十分幸せだから。……俺のせいで誰かが不幸になるかも知れないなんて、今まで一度も思った事が無かった。傲慢? そうかも知れない。俺は会って間もない金山律に好印象を抱いた。必要かどうかなんてのは、どうだって良い。すっと溶け込むように快く感じた。ああいう奴が、俺なんかの所為で酷い目に遭うなんて、厭だ。金山は幸せになるべき人間だ。俺なんかの犠牲になんかなっちゃ駄目だ。絶対に。……だから、それが金山の為になるなら、何だってしようと、そう思った。

「おはよう」
 いつもより一時間も早く家を出て、靴箱の前で待ち伏せた。金山は目を丸くした。
「……おはよう」
 はにかむように微笑して、それから目線でちらりと俺に促す。俺達は付かず離れずの距離で、体育館通路から裏庭へと出た。樹木が多くて、死角が多い。本当は内履きで外に出ちゃいけないらしいが、コンクリートのとこだけ歩くならそう差し障りは無いだろう。喫煙者の隠れスポットにでもなりそうなロケーションだ。雨水用の側溝まである。
「……どうしたんですか?」
「……いや、あれからどうだったかと思って」
「心配してくれたんですか?」
 目を真ん丸くして、目を輝かせて金山が俺を見る。あんまり素直な顔するから、思わず顔が赤くなる。
「……いや、その……何かあったら悪いと思って……何もなけりゃそれで良いんだ」
「有り難う、久本さん」
 嬉しそうに、金山は言う。
「……あのさ、同い年なんだから、その『さん』付けやめない? 昨日呼び捨てで良いって言っただろ? それと敬語もやめようぜ? その……何かさ」
「……何です?」
「……変だろ? そういうの」
 金山は目を丸くした。
「そういう事、言うんですか!? 久本さんて!!」
 本気で驚いた、って顔した。
「……世間の風評と大分違いますよ!?」
「……あのな? お前俺の何を見てる? 大体その『風評』っての何?」
「……久本さんは絶対、藤岡さん以外の人は敬語じゃないと口利いてくれないと思ってました!!」
「どういう了見だよ!! そりゃ!!」
 思わず怒鳴った。
「あんまり変な事言うんじゃねーよ!! 敬語なんて『学校』来てまで聞きたくねぇって!! まともなのはここだけなんだから、勘弁してくれよ!!」
「……ええっとそれは……」
「……誰が『特別』扱いされたいと思う? そんなもん嬉しいの、ナルシシストの勘違い野郎だけだろーが」
「……本当、口悪いですね」
 感心したように、金山が言ったから焦る。
「……えっ……あっ……すまない、俺……ちょっと悪い……癖で」
「……あ、いえ、別にそういう意味じゃなくて……噂通り本当口が悪いんだなあってつくづく感心して……何です?」
 思わずあんぐりと口を開けた。
「……金山って変だな?」
「ええっ!? 変ですか!?」
 金山は大仰なくらい驚く。
「……あ、いや悪い意味じゃなくて。その……良いと思うよ。そういうの。……えーと、そうじゃなくて……とにかく普通に喋ってくれ。タメ口で、普通に」
「……普通……ですか……」
 溜息つくように言われて、思わずぎょっとする。
「え? 何!?」
「……いや、どういうのが普通か判らなくて。僕、同年代と喋った事、殆ど無くて」
「……それって俺のせい!?」
「どうして久本さんのせいですか?」
「……だって俺の『影武者』なんかやってるからその所為で……」
「……厭だなぁ。考えすぎですよ。僕、こう見えて人見知りするんです。構えちゃって、まともに話せないから。それで友達いないんです」
「……え?」
「久本さんは長年見てて、ずっと以前から『友達』みたいな気がしてて。あっ!!これはただ、僕が勝手に思ってただけで!! そのっ……!!」
「良いよ!! 金山だったら良いから!! ……俺も『友達』になりたいから」
「本当ですか!?」
「本当だよ。……あのさ、金山は携帯持ってる?」
「持ってますよ。一人暮らしだと必需品です」
「じゃ、俺の番号教えるから、金山のも教えてよ」
「良いですよ」
「本当!? あ、いつでも掛けて良いから」
「……良いんですか?」
「ああ。俺、あんまり他人に教えてないから、たぶん大抵大丈夫」
 掛けてくるのって昭彦くらいだし。あいつは青春野郎だから部活中は絶対掛けて来ない。夜朝共に早いし。
「……え? でも『彼女』とかは?」
 がくう、と力抜けた。
「……俺がいつ、『彼女』なんか作ったよ?」
「え!? だって時々、いろんな女の子とデートしてるじゃないですか!!」
「……また語弊のある事を……」
「……『語弊』……ですか?」
「『時々』じゃなくて『たまに』。それからデートじゃなくて、ちょっと食事して映画行ったりするだけ。それ以上の事してないから」
「……えっと……僕、良く判らないんですが、それってどの辺がデートじゃないんですか?」
「それくらいでデート呼ばわりされたら、こっちが困る。だから『デート』はたまにしかしてないって」
「……つまりデートと言ったら『それ以上』の事するんですか!?」
「大きい声で言うな!! ……ったって別にそんな変な事しないって!! ちょっと会話して手ェ握ったり軽くキスしたりする程度だって!!」
「……久本さんって……」
「ってそんな大袈裟な……」
 何か言い方悪かったか? 俺。
「……だからさ、無理矢理とかはしないし、キスとかだって『イイな』と思った時だけだし……今のトコまだ五・六人くらいしかした事無いし……何てーの? そういう雰囲気になった時だけだから。まあ、そういう時は最初から意識してるけど……って俺、昭彦にですらこういう話した事無いのに、何言わせんだよ!!」
「……僕は話してくれなんて言ってませんよ」
「……俺が好きでお前に話したって?」
「違うんですか?」
 ごく真面目にそう訊かれて、俺は絶句する。今のは俺の墓穴なのか!?俺自身が掘った!?
 唸っていると、金山は苦笑した。
「……とにかく『彼女』はいないんですね?」
「そうだよ。GFはいるけど」
「……知りませんでした。お友達だったんですか」
「携帯は教えて無いから、絶対掛かって来ない」
「じゃ、どうやって連絡取るんですか?」
「俺から取るから問題無い」
「…………え〜と」
「……何?」
「……いや、凄いなと思って」
「……何が?」
「……あ、僕はその……女友達はおろか男友達もいないので」
 何か問題発言な気が。
「……でもな、正確には『友達』じゃないぜ。だってあいつら、俺の『顔』しか好きじゃないし」
「…………」
「ま、俺も『顔』しか好きじゃないから、お互い様だけど」
「…………」
 金山は困ったような顔をした。
「……ええと、それで良いんですか?」
「良いだろ? 同じなんだし」
「……そういうもんですか……」
「その、さ。敬語は……」
「あっ!! そうでし……いや、そうだったね。忘れてまし……っ……ん……すっかり忘れてたよ」
「…………」
 何か頭痛が……。
「……どうし……っ……たの?」
「……あ、いや。喋りやすいように喋ってくれ。強制しない事にした」
「あ、本当? それは良かったです」
 にっこり金山は笑った。こういう、素直な笑い方はイイと思う。
「……そういう顔、教室でもすれば良いのに」
「え?」
「そしたら友達なんかすぐ、出来るぜ? きっと」
「そんな……無理ですよ。僕なんか」
 はにかむように、笑う。
「そんな事無いって。金山の笑顔、凄くイイから。絶対、誰だって好きになる」
「えええっ!?」
 金山はこっちが思わず真っ赤になるくらい、大慌てで顔を真っ赤にして動揺した。
「……ああっ……そんな……っ……僕っ……久本さんにそんな事言われたら……っ!!」
 うわ、こいつ、こっちが恥ずかしくなるくらいの純情少年。そんな照れまくられたら、こっちの方が照れるって!!
 潤んだ目でキラキラさせて、真っ赤な顔で俺を見上げてきたりするし!!
「……その……これからもこうやって……僕とお喋りして下さいますか?」
「いつだって良いさ」
「有り難うございます!! 僕、今夜電話掛けますから!!」
「ああ。じゃあ、待ってる」
「ふふ、絶対ですよ!!」
 子供のように笑う。
「じゃあ、もうそろそろ授業だから」
「……ああ。じゃあな、金山」
 そしてその場で別れた。

 それからというもの、合同授業でも移動教室でも、機会さえあれば金山を目で捜した。本人が言った通り、金山は大抵俺の視界の何処かに必ずいた。いや、その逆かも知れないが。俺が笑い掛けても、周囲に人がいる状況では、必ず金山はそっと視線を外した。だから金山に声を掛ける時、必ず周りに誰もいない状況じゃなきゃいけなかった。自然と集まる場所は決まってた。あの例の裏庭か旧校舎屋上。俺達は人目を忍んで、良く二人で話をした。暇さえあれば。
「……最近、郁也、何か良い事あった?」
 昭彦にそう、訊かれた。
「……そう見える?」
 言うと、頷かれる。
「何だか毎日楽しそう」
「お前は? 夏休み近いだろ?」
「……郁也のおかげでかろうじて『補講』は避けられそうだよ」
「そりゃ良かった。俺の労力が無駄になるのは避けられた訳だな?」
「……まあね」
 憮然とした顔で昭彦は言った。
「……何? どうした? 昭彦」
「いや? ……何でもない」
 ぶすっとした顔で。
「……何だよ?」
「……別に。ただ、ちょっと嫉妬してるだけ」
「……何で?」
「判ってないなら、良いから」
「……は?」
「……毎日楽しそうで羨ましいねってそういう事」
「何だよ、愚痴か? 珍しいな」
「……俺はどうせ部長にしごかれてるけど、レギュラー入りはまだまだだからね!」
「良いじゃねぇか。見込み無いって言われるより」
「……ここのところ、家帰ってばたんきゅーだもん。お前、最近家来ないな? 何かうちの連中、心配してたぞ? ……兄の心配はしてくれないがな」
 ぷっと吹き出した。
「……何、それ。それで嫉妬?」
「……本当楽しそうだね、郁也。……毎日幸せそうで羨ましい事っ。『彼女』でも出来た?」
「んなもん出来るか。それよりお前こそどうよ? 中西と上手くいってるか?」
「だからぁっ!! 俺と中西はそういうんじゃないって!! どうしてお前と言い、太田さんと言い、俺と中西くっつけたがるの!!」
「……そりゃお前ら、見てて苛々してくるからだろう。くっつくんならさっさとくっつきゃ良いのに、どっちも奥手で優柔不断でどっちつかずで。お前、男ならさっさと決めろよ? ここぞってトコでぶちかまして、モノにしろ。じゃないとトンビに油揚げかっさらわれるぞ? そうなってから地団駄踏んだって仕様がねぇぞ?」
「……何か……物凄く語弊のある事口走ってんだけど……郁也……」
「何? 昭彦、中西の事嫌い?」
「……j嫌いってそういう問題じゃ……」
「昭彦が要らないんなら、俺が手ェ出すぞ? それでも良いなら頂くけど?」
「……郁也……そういう事真顔で……っ」
「俺は中西の顔と身体しか好みじゃないけど、それでもまあ放っとくには惜しいと思うし。ま、嫌われてさえいなけりゃ、どうにか出来る自信あるし?」
「あのなあっ!! 郁也!! 怒るぞ!!」
「それが厭なら、自分で手ェ出してみろよ?」
「……あのな……だからそれがそもそも誤解だって言ってるんだよ……」
「誤解もクソもへったくれあるか!! お前な、それがただの『友情』なら、俺が中西に手ェ出そうが何しようが、お前、腹立つ訳無いんだよ。それで腹立つのは、それ以上の感情があるからなんだって!! あのな、男と女の関係ってある程度『勢い』が要るんだ。俺は偉そうな事あんまり言えないけど、『勢い』に乗って突っ走るトコなきゃ、いつまで経っても平行線だよ。お前、一生中西とは縁無いぞ? そんな風じゃ」
「……っておまっ……!!」
「終業式まであと十日か。じゃ、その十日間で何とかしろ。じゃないと俺にも考えがあるぞ? 良いか?俺に中西どうこうされたくなきゃ、十日で決めろ。俺は短気だから、それ以上待てないぞ?」
「何言ってんだよ!! 郁也!!」
「簡単な事だ。お前が中西の事どうでも良いなら、十日間静観していれば良いし、俺に手ェ出されたくないくらい大切なら、その間にどうにかすれば良いんだ。そうすりゃ、さすがの俺だって親友の『彼女』になんか手ェ出さないし、全て丸く収まるだろう?」
「……それ何か『脅迫』って言わないか?」
「それくらいしないと、お前、重い腰上げないだろう? ま、じっくり考えるんだな。、この前は『私情』入ってたから失敗したけど、二度と同じ失敗はしないから」
「……って郁也!!」
「考えてみろよ? 考えるだけでも良い。ま、決着出さなかったら俺の出番になるけど」
「……郁也ぁ……っ!!」
「情けない声出すなよ。……大体、元はと言えば昭彦がはっきりしないのが悪い。ただでさえ、中西は美少女なのに、ここのところ『昭彦効果』で無愛想が返上されて、可愛くなってて有望株で競争率上がってるのに」
「……俺効果?」
「知らないか? 俺でさえ時々くらりと来るような笑顔見せるんだぜ?」
「……っ!!」
「奪われたくないなら、どうにかしろ。俺って親切だろ? 十日も期限やるんだからな」
「……郁也っっ!!」
「俺、そう気は長くないんだからな?」
 にやりと笑ってみせると、昭彦は呻くような声を上げた。……悩め悩め、青少年。お前なんか良い薬だ。こうでもしないと、絶対どうにかしようなんて思わないだろ? 他の奴に取られて泣くより、今どうにかしといた方が良いだろうが。もっとも、昭彦がバカで何もしなかった時が、ちょっと恐いが。……たぶん、太田がなぁ……。頼むから、俺の身の安全の為にもどうにかしろよ? 昭彦。お前がボケでバカなの知ってるけど、俺の気持ちもちゃんと汲めよ? 頼むからな?
 目の前の廊下を、金山が通って行った。ちらり、と俺を見てすっと上を見た。……今日は屋上。
「……悪い。俺ちょっと出て来る」
「え? 何処?」
「野暮用。……次、地学室だろ? 悪いけど持ってってくれるか?」
「……またそうやって人を使う。一体何? 最近」
「俺に干渉すんの? 何、それ」
「……逢い引き?」
「んな訳あるか。お前、それ死語だぞ?」
「……っ!!」
「じゃあな、よろしく」
「……こっそり会う相手いるなら、中西に手ェ出さなくったって……」
「中西はAランクだぜ? 良いか? 俺のAは普通の奴のAメジャーくらいだぞ?」
「Aメジャー?」
「AからEのランクにそれぞれメジャー・マイナー付けて合計十ランクの内の一番トップ」
「……もっと簡単に言ってくれ、郁也」
「要するに手放しですっごい美少女。褒める言葉なんて一つも要らない。判ったか?」
「……手放しですっごい美少女?」
「……惜しむらくは中身が俺好みじゃないってところか」
「……郁也っ!!」
「あ、悪い悪い。ここに中身も好きな奴がいたんだったな。悪かった」
「お前良くそんなんでっ……!!」
「……俺は本気で好きな女に手ェ出す『趣味』無いぜ?」
「…………っ!!」
「だから、そういう良い加減な奴に、どうにかされたくなかったら何とかしろ。良いな?」
「お前って奴はっ!!」
「じゃ、俺は行くから」
 さっさと逃げる。本気で怒るなよ、昭彦。おとなげないぞ。ま、煽ったのは俺だが。
 慌てて旧校舎屋上へと向かう。昭彦と遊んでたから、ちょっと手間取った。走って行く。

To be continued...
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