NOVEL

週末は命懸け2 「罪」 -6-

「……遅かったんだよ」
 は?
「……昨日、二階から飛び降りて、足挫いたんだって。それくらいで済んで良かったと思うけど……でも……」
「うん?」
「……あのさ、郁也。もしかして、中西さんやそのお友達の太田さんと何かあった?」
「……えっ……!?」
 心臓が、止まるかと思った。
「……いや、太田さんが何か、郁也の事ひどく敵視してて……物凄い剣幕だったから」
「……気の所為だろ? 大体、ああいうタイプの女には俺、嫌われるから」
 ぬけぬけと言ってるよ、俺。
「近寄るなって言われたけどさ、やっぱり俺、心配で。……彼女、どうしてあんな事するのかな?」
「……知るかよ」
「俺さ、彼女、きっと何か心に悩みを抱えてるんだと思うんだ」
「そんなのどうだって良いだろ?」
「何か不安定で危なっかしい感じなんだよね?」
「だからそんな女、構うなって」
「何だよ、郁也。お前、変だぞ?」
「お前が余計な事に首突っ込もうとしてるからだろ? 放っとけって。どうせ他人事だ。迷惑がられるだけだろ?」
「そういう問題じゃないんだよ。彼女はきっと助けを求めてるだけなんだ。……でも、彼女自身それを自覚して無くて……だから、彼女がそれに気付いて自分の内面に目を向ける事が、問題を解く糸口になると思うんだ」
「……だからそんな面倒に首突っ込むなって。相手にも迷惑だし、お前だって面倒な事になるだろうが」
「……郁也、何脅えてんの?」
「は!? 脅えてる!? 誰が!?」
「……何か、お前も太田さんもおかしいんだよな。何か俺に、隠してる?」
「何言ってるんだ。俺達親友だろ? 親友に隠し事なんかするかよ」
「……本当に?」
「俺が信じられないか?」
「……そんな事言われたら、信じない訳にいかないけど……」
「俺を信じろ」
「……信じるからな、郁也」
 俺って本当大嘘つきだ」

「……何でここにいる?」
「お迎えに上がりました、郁也様」
 にっこり笑って立っていたのは、長髪を後ろ一つに束ねた、逆三角体型・身長一九六cmの男。アルマーニのスーツなんか着て、仰々しく学生服姿の俺に向かって、お辞儀して見せたりする、厭味たらしさ。……校門の内側、生徒玄関前、で。
「……よもや忘れてまいと思うが、俺は確かお前に言ったよな? 一度や二度じゃなく、腐るほど。それともお前、トシで忘れたか?」
「おっしゃいましたね。車で迎えに来るな、と」
 にっこり笑って。
「……じゃあ、あれは何だ!?」
 俺は校門の前にドンとデカイ面して止まってる中原龍也所有の赤いフェラーリを指差した。
「……『ベンツ』で来るのはやめろとおっしゃったでしょう?」
「あれじゃベンツより質悪いだろーがっ!!」
 大体何でこんな高級車ばっか持ってんだよ!! この男は!! 派手で目立つ車が好きなのか!?
「……じゃあ、BMWの方が宜しかったですか?」
「そういう問題じゃない!! 車もそうだが、お前が学校に顔出す事自体、迷惑だって言ってんだろ!! 大体、絶対今日もろくな用事の訳無いしな!!」
「……そうそう、今日四時から予定があるんですよ。それに間に合わせなくてはならないので」
「……誰が?」
  物凄く、厭な予感。
「郁也様の予定です。……某ご令嬢が突然、今日を指名されたので、こちらも大慌てなんですよ」
「……いつから『久本』は『ご令嬢』の『下僕』になったんだ? 大体そういう『仲』だったか?」
「……あの方の考えてらっしゃる事など、凡人の私などには到底理解できませんよ」
「……で? 俺は『トップ』の命令に逆らう権利など無いって訳か?」
「……あなたはその権利を放棄なさったんでしょう?」
 何か言いたげな笑みを浮かべて。
「……別にどうだって良いさ。ただ、お前、予告無しにこういう事するの、本気でやめろ。何の為に携帯持ってると思ってるんだ。『仕事』なら俺はちゃんとやるぜ? ……嫌がらせか?」
「そう思われるとは心外ですね」
 しらりとした顔で言うし。この男。
「でも、そう言っていつも、お逃げになるじゃないですか」
「……『持病』の所為だからな」
「……ははあ、『持病』ですか。それに、俺の見逃しがある事も忘れずにお願いしますね」
 ……本当、ヤな野郎。
「……行くから……あの迷惑な車。あそこに止めとくなよ」
「……妙に弱気ですね?」
「……うるせぇよ。とにかく、BMWでもベンツでも乗ってやるから、退かせよアレ。……校門以外の処なら乗ってやる」
「……て言うかもう、既に悪目立ちしてますが」
「……うるせぇな。俺のケジメだよ、ケジメ。ただでさえやっかまれんだから、そういう派手な真似したくねぇんだよ。それくらい言わなくても、理解しろよ」
「……熱でもあるんですか?」
「お前俺を何だと思ってる?」
 中原は鼻で笑うような声を上げて。
「いや、別に。ただ、珍しい発言だと思って」
「……激昂でもして欲しかったか? 時間が無いんだろ? さっさと車出せよ。そこの角にいろ、すぐ行くから」
「……妙に素直ですね?」
「……文句あるのか?」
「いいえ、お待ちしてます」
 そう言うと、中原は車に戻り、発進させる。視線感じる。鬱陶しくて目を伏せる。好奇の視線。ぞっとする。
「くそっ!!」
 苛々として校門、蹴り付ける。通りすがりの誰かがヒッとかいう悲鳴上げたけど、知らない。耳障りなひそひそ声。
「……畜生……っ」
 俺は吐き捨てた。

 従順な猫の皮被って俺は『白神邸』に招待された。いつものごとく、運転手付きの車で、護衛陣引き連れて。当然中原も伴って。
「ご招待、有り難うございます」
 得意の作り笑顔、振りまいて。
「いやいや、こちらこそ娘の我儘で申し訳ない。余程君を気に入ったのか、今朝になって突然君に会いたいと言い出して。先方の都合もあると申しましたが聞かなくて。……実に申し訳ない」
「いえ、こちらも本日は特に予定はございませんでしたので、お構いなく」
「……娘は庭の温室です。今、ご案内します。私は少々立て込んでおりまして、これで失礼させて頂きます。お会いできて良かった」
「こちらこそ。それでは」
「では、また」
 白神由雪はそう言い残し、立ち去った。入れ替わりに執事がやって来て、俺達を案内した。中庭で護衛陣は引き留められ、俺一人が温室に入った。
 一歩踏み込んだ途端、甘ったるいくらいの芳香に身を包まれた。むっとするような湿気と気温。ぶるりと思わず身を震わせた。一面に咲き乱れる蘭の花。知ってるものから知らないものまで、見渡す限り蘭だ。これだけあると悪趣味なくらいだ。俺は蘭が形がグロテスクで嫌いだ。花は百合が良い。凛と立つ白い百合。俺の『母親』 のような、純白の。蘭みたく自己主張の強い花は、中味は腐ってドロドロの癖に、外側だけで飾り付けて、美しいつもりでいる勘違い女のようで、吐き気がする。……そういう花を愛好する女も。
「……こんにちは、お元気ですか? 多可子さん」
「……随分わざとらしい挨拶するのね、郁也さん」
 にっこり厭味っぽく笑う見事な黒髪のご令嬢、多可子は開口一番、そう言った。
「……俺の聞き間違いだったんでしょうかね? 由雪氏の口振りでは、あなたは俺と友好を深めたがっているようだったのですが」
「……『父』の意向はね」
「あなたの『意向』と聞きましたが?」
「……嫌がらせしたかったのよ。約束ぴったりに来るなんてどういう神経なの?」
「『久本』はどんな不可能でも可能にしますよ。人間に出来得る事ならね」
「……あなた、一体何考えてるの!?」
「それはこちらの台詞でしょう」
「……あなたの態度見てると、私に媚び売ろうとしてるようには見えないんだけど」
「……俺には『白神』と組むメリットなんてどうだって良い。だけどそれが『仕事』ならどれだけでも甘い顔してやるさ。……我儘なお嬢さんの愚痴だって無料で聞くし。時間も割いて相手しても良い。……ただし、それが『有益』ならね」
「なっ……!?」
 『ご令嬢』は耳まで赤くして、こちらを睨み付ける。……楽しい、と感じる自分に気付いて舌打ちした。俺は余程性格悪いらしい。
「多可子嬢はこの前の口喧嘩の続きがしたくて、わざわざ『忙しい』俺をご指名なさった? それはとても『お暇』なお話ですね。有り難くて感動で涙が出ます」
「ふざけるのも良い加減にしてよ!!」
 多可子嬢は激昂した。
「ふざけてるのは君じゃなくて? 俺を不愉快な奴と思っているなら、呼ばなきゃ良いだろう。最初から」
 多可子嬢はますます真っ赤になった。
「信じられない人ね!! 聞いてたのと全然違うじゃない!!」
「は?」
 何の事か判らない。
「香奈の話じゃ……っ!!」
 全身が冷たくなったのを感じた。
「……何を……」
「っ!?」
 多可子嬢は硬直し、俺を凝視する。
「……何を聞いたって……?」
 『西条香奈』は俺の『厭な記憶』だ。俺の惨めな『初恋』と『結果』。叶う事なら全て忘れ去りたい──『汚点』。『天使』ではないものを『天使』と見誤り、挙げ句の果て『母さん』の面影すら重ねて見て……そしてその結果が。
 知ってる。本当に汚れない存在なんてこの世に無い。そんなもの、この世の何処にも存在しない。世の中の全ての存在は、世俗の垢にまみれ、救いよう無いくらい汚れきってて、例え神にだってどうにも出来ないくらい堕落している。俺自身も含めてこの世の何もかもが、腐りきっていて耐え難い腐臭を放っている。……その中にも僅かばかり、輝きを放ち続けるものもあるけど……だけど全く清らかなものなどこの世には存在しない。それは全てまやかしに過ぎない。
「……くだらない用件なら帰るぜ」
 俺はどうかしている。これは『仕事』なのに。もっと愛想振りまいて、気に入られなきゃならないのに。……それが『奴』の望みなら。今、『切られる』訳に行かない。今の俺には何の力も無い。欲しいものを手に入れる力も、大切なもの守る力も、憎む相手を倒す力も。何も。
「……待って!!」
 温室を出ようとして、背後から急に腕を引かれた。油断していて、迂闊にも足を滑らせてバランス崩した。
「!?」
 頭に柔らかい感触。思わず、手をやると甲高い悲鳴。……げ。慌てて飛び起きる。
「何処触んのよ!! 変態!!」
「俺のせいかよ!!」
 思わず怒鳴り返す。
「大体、誰のせいで転んだと思ってんだよ!! このバカ娘!!」
「だからって人の胸触らないでよ!!」
「不可抗力だろうが!!」
「何言ってるのよ!! 思い切り触ったじゃない!!」
「ふざけるなよ。誰がそんなペチャパイ触りたくて触るかよ。この前のドレス、パッドでも入ってたんじゃねぇの? それじゃBないだろ、絶対」
「ひどいっ!! あなたにそんな事言われる筋合い無いわよ!! スケベ変態!!」
「悪いけど、俺にも選ぶ権利あるんでね。どうせ触るならCカップ以上が良かったな」
「そこまで言う!? 最っ低!!」
「……ふざけるなよ。俺は被害者だ。元はと言えば、そっちが急に腕引いたから転んで、その上触りたくもないモン触らせられたんだろーが」
 『ご令嬢』は怒りにひくひく引きつっている。
「……転ばせといて、ごめんなさいの一言も言えねぇの? 『白神』の『ご令嬢』も随分礼儀がなってないんだな?」
「……謝れば良い訳?」
 怒りに震えてる声で。
「……あんたは私に謝る必要は無いっての?」
「普通はそうだろ? 俺は被害者なんだから」
「あんた、ちょっとどうかしてない!? どうしてそんな偉そうな態度出来る訳!? あんたそんなに偉い人なの!? 何その勝ち誇ったような態度!!」
「……言っとくけど、俺の名前は『あんた』じゃないぜ、多可子嬢。そんな事も忘れるくらい頭悪いの? 一回病院行ったら? 治るかどうか保証しないけど。それから俺は勝ち誇ってない」
「…………っ!!」
「で? 謝る気は無いの?」
「……悪かったわね!! 迷惑掛けて!!」
「……もっと誠意が欲しかったけど仕方ないか。……じゃ、俺は帰るぜ」
「待ちなさいよっ!!」
 物凄い形相で、多可子嬢は俺の腕を掴んだ。俺は思わず顔をしかめた。
「……何?」
「あんた何様なの!?」
「……久本郁也
「誰があんたの名前なんか聞いてるのよ!!」
「何様って言うから」
「冗談言ってる場合じゃないでしょうが!!」
 そう怒鳴って、襟元を掴んでくる。
「……男を襲うなよ、『ご令嬢』が」
 すると目を丸く引ん剥いた。
「なぁんですってぇ!?」
 間近で大声で叫ばれ、思わず耳を塞いだ。……なんつーバカ声。耳がキンキンする。そう言えばこの前はこんな目の前じゃなかった。そう、こんなキス出来そうなくらい間近では……。
「……どうかなさいました?」
 聞き慣れた声に、温室の入り口に目を向け、俺はその瞬間とても厭な予感がした。中原はわざとらしく眉を顰めた。
「……郁也様。『白神家』の『ご令嬢』とお近付きになるのは結構ですが、そういう事はよそでなされた方が……」
「俺は色情狂か!? 良く見ろ!! 一方的に抱きつかれてるのは俺だ!!」
「何よ!! その言い種!! それじゃまるで私が……っ!!」
「……少なくとも、俺は何もしてない」
「っ!!」
「……あの……お嬢様……?」
「じいやっ!!」
 『白神家』の執事やメイドまでいる。物凄く厭な予感。
「……ここは申し開きをして置いた方が宜しいと思いますよ?」
 中原の言葉に俺はげんなりした。
「……申し開きも何も、俺は何もしていない」
「……多可子様、それで宜しいですか?」
「…………」
 多可子嬢はじろりと俺を睨み付ける。……おいおい、それじゃまるで……。
「……失礼しますわ!!」
 ぷいとそのまま温室を出て行ってしまった。
「……やはり、申し開きが必要なようですよ?」
「…………」
 俺は女難か!? 叫び出したくなったが、そんな事をしても何にもならない。俺は掻い摘んで事実を説明したが、納得したとは思えなかった。
 俺は物凄く厭な予感が募ってくるのを感じていた……。

To be continued...
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