NOVEL

週末は命懸け2 「罪」 -3-

 呼び鈴を鳴らす。午後九時を回った頃だろうか? 腕時計、付けてないから判らない。
〔はぁい〕
「夜分遅くすみません。郁也です」
 言うと、ぱたぱたと音がして、ドアが開かれる。
「いらっしゃい。どうぞ上がって。昭彦は今シャワーだけど、後は全員揃ってるから」
 そう藤岡家の主婦は言った。『藤岡一家』は大家族だ。お祖父ちゃんにお祖母ちゃん、ちょっと気弱なお父さんに、しっかり者の肝っ玉母さん、中学二年のおませな妹に、小学六年の元気な弟。まさに『幸せ家族』そのものだ。この家には『不幸』だとか『確執』だとか、そういったものは無縁だ。俺はいつもここは『別世界』だと思う。
「何? 今日パーティーだった? 誕生日だから? 素敵なお洋服ねぇ」
「はい、そうです」
「こんな日だしどうかとも思ったんだけど、うちでもケーキ用意してるのよ。食べる? 安物だけど」
「喜んで」
 ほっと出来るのはここだけだ。居間へ行くと、全員勢揃いしてケーキを切るのを今か今かと待っていた。
「こんばんは! おめでとう!! 郁也兄ちゃん!!」
「おめでとう! 郁也さん。これ、私が作ったの♥」
 そう言って、浩子[ひろこ]ちゃんが可愛らしいラッピングの包みを差し出す。
「有り難う」
 心から笑って受け取る。
「あっ!! ずるい!! 姉ちゃんっ!! 俺これ!! これっ!! 郁也兄ちゃんに!!」
 今日作ったばかりと思われる、飛行機のプラモを渡される。
「有り難う、[なお]君」
 尚宏[なおひろ]君から受け取る。
「あら、じゃあ私は郁也君にキスもつけて抱擁してあげるわっ♪」
「お母さん、ただのミーハーでしょ!! 迷惑よ!!」
「だって郁也君たら、うちのバカ息子共より全然カワイイんだもん。当ったり前でしょ!」
「……つまり俺は全然可愛くない訳ね」
 そう言って現れたのは、ずぶ濡れの髪にバスタオル巻いた、俺の親友藤岡昭彦だった。
「……お前、雫垂れてるぞ?」
「……母さんがとんでもない事しでかさないか、心配だったんだ」
「心配しなくても、私がいるからちゃんと阻止するわよ」
 浩子ちゃんが言うと、
「……それはそれで、また別の心配があるんだよ」
 と、げっそりした顔で昭彦は言った。
「……皆、何でそんなに郁也の事好きかな?」
「俺の人望だろ?」
「……自分で言うな」
 俺は笑う。藤岡家のお父さん、お祖父ちゃんお祖母ちゃんも、にこにこ笑ってる。
「今、部活から帰ったのか?」
「そう、丁度今、メシ時」
「俺も何か食わせて貰えるかな?」
「……また何も食べてないの? うちよりよっぽどイイ物出るだろう?」
「だって我が家の料理はおいしいものね?」
 お母さんがすかさずにっこり言う。
「その通り! 奈津子[なつこ]さんの手料理は本当、天下一品です」
「まあ! 本当の事言ってくれちゃって!! ほら、皆も見習いなさいよ!!」
 と、台所の方へ行く。
「……郁也、お前な」
「何?」
「……うちの母親誑し込むのやめてくれ」
「人聞きの悪い。おいしい物をおいしいと言って何が悪い」
「お前のおかげでうちの母親と妹は、すっかりお前のシンパだぞ? どうしてくれる」
「……俺は何もしてない」
「しかもうちの悪ガキまで洗脳して」
「言い掛かり付けるな」
「……どうでも良いけど、俺がいない時までタダメシ食いに来るの、やめてくれ。時々俺の夕飯が無くなってるんだからな」
「そりゃ悪かったな」
「……本気で悪いと思ってないだろ?」
「そんな事無いさ」
「いーや、反省なんか絶対してない!!」
「兄ちゃん!! 郁也兄ちゃんをいじめるな!!」
「お兄ちゃん言い掛かりよ!!」
 昭彦は疲れた、と言わんばかりに大仰な溜息をついた。
「ほら、見ろ。これだ」
「それはお前の普段の所業の結果だろう」
「……それをお前が言うか?」
 うんざりしたように昭彦が言う。
「……今日は良いぞ? 皆、お前が来ると期待して待っていたからな。でもな? ちゃんと事前に電話するとか、予告するとか何かあってしかるべきだろ? 普通は、さ」
「安心しろ。俺は普通じゃない」
「そういう事を真顔で言うなっての!! いきなり来ていきなりメシ食って泊まってくってのは、普通はそうしょっちゅうしないんだよ!!」
「……何だよ、迷惑か?」
「……あのな、迷惑とかそういう事じゃなくてな? 勿論、頼って来てくれるのは嬉しいんだが、そういう問題じゃなくて、何て言うの? 常識とかそういう事と照らし合わせて、だな……」
「じゃ、問題無いな」
「何処が問題無いの!」
「……お前、俺のげぼ……もとい親友だろ? イイじゃん、そんなの。気にするな」
「俺は気にするの!! ……何か今、『下僕』って言い掛けなかったか!? お前、俺を一体何だと思ってんの!!」
「俺はお前を信用してるからさ」
 にっこり笑うと、昭彦はぐっと詰まる。
「ずるいぞ!! 絶対ずるいぞ!! お前!!」
「何が?」
「……お前の笑顔に俺が逆らえないの知っててやってるだろ!!」
「この俺がそんな性格悪い事する訳無いじゃないか。信用無いな?」
「……くっそぉ!! 悪人!!」
「何の事やら」
 悔しがる昭彦としらっとする俺の前に、お母さんが夕食を持ってやって来る。
「ハッピー・バースデー、郁也君♪」
「有り難うございます」
 にっこり笑って返す。ここはとても居心地が良い。『自分』を作らずに済む。ここには『敵』がいない。ただ、ここは俺の本当の『居場所』ではないけど。
  夕食の後、皆が待ちに待ったケーキの出番となった。ハッピー・バースデーの歌と共に、十六本の蝋燭が吹き消され、ケーキが切り分けられた。俺はその日、そのまま昭彦の部屋に泊まった。

「やあ、朝帰りかい?」
 わざとらしく、玄関までお出迎えだ。
「……具合が悪かったので『近く』で泊めて頂きました」
「……『藤岡邸』はホテルから行くと、我が家とは逆方向のようだけれどね?」
「……そうでしたか?」
 俺は空惚けた。判ってるだろうに、この狸は。
「……昨夜、君が帰った頃に、『白神』のお嬢さんも具合が悪くなったとかでね、帰られたんだよ。詳しい事情は知っているかい?」
「さあ?」
「……そうかい。ま、着替えてきたまえ。学校に遅刻する」
「……朝食は要りません。食べてきました」
 身を翻す。くすりと忍び笑いが聞こえた。
「……そうそう、『白神』さんがね、今度君に会いたいそうだよ。来週にでも、先方へ来ないかと誘われたよ。……どうする?」
「……お任せします」
「……そうかい。では、決まり次第知らせるよ」
 そのまま俺は二階へ向かった。自室前には中原がいた。
「おかえりなさいませ、郁也様」
「……そこを退け」
「……ご報告は宜しいのですか?」
「遅刻させる気か?」
「車で行けば良いでしょうに」
「退け」
「……つれないですね。あなたの為に余計な仕事までしているのに」
「そんなのはお前の『趣味』でチャラだろ?」
「そんなので良いんですか?」
「……だからといってわざわざ面倒は起こすな」
「それでご報告は?」
「……帰ったら聞く」
「判りました。……お早いお帰りを」
 ようやく中原は退いた。舌打ちしつつ、自室に入り制服に着替え、鞄を手に取る。ポケットに財布と定期を確かめて。
 部屋を出ると、まだ中原がいた。
「……そう、一つだけ」
「まだ何かあるのか?」
「……あのお嬢さん、郁也様を知っておられるようですよ」
「!?」
「……お遊びも程々になさいませ」
「……何を……」
「……『西条香奈[さいじょうかな]』、ご存じですか?」
「っ!!」
 昔、片想いした相手。悲惨なフラレ方、した。
「『ご学友』らしいですよ」
 ご愁傷様、とでも言いたげな。
「……判った」
 そう告げて、足早に。……知られてた。知られていた!! ……悔しい、と思った。早く忘れたい、悪夢のような記憶。『近寄らないで!!』と悲鳴上げられた事。天使のように愛らしい容貌の少女。中学一年の頃。何かを望んだ訳じゃない。俺は誰にも何も望まない。ただ、見ていたかっただけだ。彼女の見る物全てを見ていたかっただけ。それがストーカーと呼ばれる行為に酷似していた事など、理解の範疇外だった。彼女には指一本触れる気は無かった。俺にその資格など無かった。声を掛けるなど思いも寄らなかった。俺は『父親』の『道具』でそれ以外の何物でもなかった。そんな人間がごく普通の恋愛などどうやって出来るだろう。相手を不幸にするだけだ。だから、確固たる『意志』を持って、一言も声を掛けたりしなかったし、触れようともしなかった。自分では相手を付け回してるつもりなど毛頭無かった。ただ、奇跡のように美しい少女の、一挙一動をこの目に収め焼き付けたかった。それが相手に恐怖を与えるなど、当時の俺には理解し難い事だった。
 『現在』ならバカな事だったと思えるけれど。

 俺はバス通学だ。昭彦は自転車で俺より二時間ほど早く行く。俺の通う八剣浜高校の生徒の多くはバス通か自転車だ。バイクは認められてない。確かめた事は無いが、自家用車も駄目な筈だ。
 俺はそのバスの中で、見覚えのある顔を見つけた。……美少女と呼ぶのに相応しい、見事な黒髪の少女。中西聡美。何処かぼんやりとした顔で宙を見ている。何だろう、と思って良く見ると、彼女の背後で怪しい動きをしている男がいた。そっと近付き、男の腕を捻り上げた。男は派手な悲鳴を上げた。
「……悲鳴を上げるぐらいなら、最初からそういう事するなよ。痴漢野郎」
「……っ!!」
 中西聡美はその場を離れようとした。
「待てよ」
 反射的に俺は彼女の腕を掴んだ。……この時、俺の腹は決まっていたのかも知れない。
「……この痴漢野郎に文句の一つも言ってやりなよ。そのくらいの権利、あるだろ?」
「っ!!」
 この少女は目立ちたくなかったのだ。俺は判っててわざとそう言った。少女の顔は見る間に真っ赤になった。握ったままの腕がふるふると震える。俺は意地悪く笑った。
「……それとも、こういう事には慣れてて何も感じないとか?」
「ふざけないでよ!!」
 真っ赤になって、それでも少女は反抗した。
「こんな事されて、平気な女の子なんている訳ないじゃない!!」
 それは、初めて聞いた中西聡美の声だった。普段、校内で彼女の声など聞いた事無い。それもこんな激昂する声など。
「……それなら良い。俺はこれはまた、余計な事をしたかと思うからね」
 そう言ってにっこり笑う。
「何のつもりなの!? あなた!!」
 余程頭に血が昇ってるらしい。普段の態度からすると随分饒舌だ。
「君が好きなんだ。もっと君の事が知りたくて」
 にっこり笑うと、少女は叫んだ。
「あなたどうかしてるんじゃないの!?」
 俺も実際どうかしてると思った。
「まあ、そう邪険にしないでくれよ。俺は君を痴漢から救ってやった恩人だぜ?」
「……信っ……じられない……っ!!」
 彼女の目は、自分が痴漢よりよっぽど悪いものに捕まったと言っていた。
「そういう訳で、今日の放課後辺り、俺とデートしない?」
 にっこり言うと、少女は叫んだ。
「冗談でしょ!?」
 周りの八剣浜高生達は騒然とした。……俺も本当、イイ性格してる。
「……何、断るの?」
 じいっと相手の目を見る。
「何のお礼も無し? ……冷たいなぁ、中西聡美さん。お茶や珈琲の一杯くらい付き合ってくれて良いんじゃない? 同じ学校のよしみで」
 わざとらしく嘆いて見せた。
「……あなた……わざとね」
「当たり前だろ? ああ、でも俺あの痴漢とは今日初めて会ったばかりだから。そこだけは勘違いして欲しくないんだけどね」
「……相当性格悪いわね」
「でも、ここで君が即答で断ったりすると、君の方がもっと性格悪いって言われると思うね。何せ、俺、凄くモテるらしいから」
「……知ってるわよ、久本郁也」
「あ、光栄。俺の名前、知ってた?」
「……校内一のタラシだって、ね」
「それはひどいなぁ。俺、良い加減なつもりで女の子と付き合った事無いんだぜ?」
 大嘘つきだ、俺は。
「私はあなたの事、大嫌いよ」
「そういう事、公衆の面前で言う? 傷付いちゃうなぁ。でも、これから知り合えば良いんだよ。君はまだ俺の事、何も判ってないんだからさ」
「本気には聞こえないわ」
「何言ってるんだよ。本気も本気。超本気。じゃなきゃこんな事、真顔でこんな処で言える訳無いじゃない?」
「……随分自分に自信があるのね」
「そんな事無いよ。内心、断られたらどうしようって心臓バクバクだよ」
「嘘つき」
「……ま、噂だけじゃなくて実物大の俺を確かめてみてよ。それからでも遅くないだろ?」
「……何考えてるの?」
「言っただろう? 君が好きなんだ。君ともっと知り合いたいんだ。深く。ね?」
「……そんな台詞、信じろって言うの?」
「君の為に命でも懸けて欲しい? 何ならこれからその窓から飛び降りて見せるけど」
「……冗談でしょ?」
「こんなに本気なのに、何故判ってくれないかな? どうしたら、俺の誠意、判って貰える? やっぱり形で見せなきゃ駄目かい?」
 そう言って、失礼、と断って車内の窓から無理矢理身体を外に出そうとした。たちまち車内はパニックに陥った。当然、バスの運転手にはメチャメチャ怒られた。ただ、収穫としては、中西聡美が放課後俺に付き合う事になった。
 ……本当、俺、何やってるんだか。

 たぶん、俺のクラスで中西聡美との事を知らなかったのは、藤岡昭彦一人だろう。あいつはそういう奴だ。部活に熱中する、熱血青春野郎でクソ真面目で噂話に縁が無い。そういう奴だ。そして、俺が言わないのに昭彦にそういう話をわざわざする人間もいない。昭彦が、ではなく俺が、恐れられているからだ。何故なら、俺は昭彦以外にはひどく愛想が悪いから。
 昭彦が珍しく購買へパンを買いに行った昼休み。俺は珍しくクラスメイトに声掛けられた。
「何?」
 すると、相手はびくりと脅えた顔をした。俺は顔をしかめた。
「……わ、悪い。その……邪魔するつもりはなかったんだけど、久本を訪ねて来た子が……」
 そちらを見ると、案の定というかやっぱりというか、太田知子が憤然と立っていた。その姿を見て、俺はこれがきっと見たかったんだな、と自覚した。殊更ゆっくり立ち上がって、相手を焦らすようにゆっくりと近付いて行く。
「……何?」
 出来るだけ、気のない素振りで。情けない事に、心臓の方はバクバクしていた。
「……あんた、聡美にちょっかい出してるんだって?」
 いきなり『あんた』呼ばわりか。俺は思わず苦笑した。
「……何? 君、彼女の保護者?」
「言っとくけど、あの子、あんたなんかに絶対オチないわよ」
 絶対、ときたか。
「君に他人の恋愛に足踏み入れる権利あるの? 馬に蹴られても知らないよ?」
「無駄よ。あの子、もう好きな人いるもの」
「どうしてそれを君が言うのかな?」
「あの子に公衆の面前でこんな事言える訳無いでしょ!?」
「でも、そういう事は本人の口から直接聞かなきゃ。もっとも、それくらいで諦めるくらいなら、最初から声掛けないけど」
「……あんたって噂には聞いてたけど、本当態度偉そうね!! 何様のつもり!?」
「……って言うか、君の方こそ初対面から『あんた』呼ばわり? それって失礼じゃない? 俺はちゃんとある程度の礼儀を持って接してるつもりだけど」
 鼻で笑ってみせると、太田知子は激怒した。
「……なっ……!!」
「……他人の事より自分の事はどうなの? 太田サン。そういう態度だと、彼氏イナイでしょ?」
「ぬぁんんですってぇ!?」
 怒髪天を突く、といった感じの太田知子の反応に、思わず笑った。
「……そんな風だと[]き遅れになるよ」
「なっ……!!」
「しかめ面ばかりしてたら、人生面白くないだろう? もっと楽しんだら? 一度きりなんだから」
「あんたに言われたく無いわよ!!」
「……何? 『恋敵』に塩を送るのが君の生き方?」
 途端に太田知子の顔が蒼白になった。瞬間、この切り札はまだ取っておくべきだったかと悔やんだ。静かに、太田知子の顔が憎悪に震え始めた。……醜いのに、何処かぞっとするくらい心掴まれる表情。……最悪。俺はこの女のこんな顔に、惚れたらしい。信じられないくらい悪趣味。
「……知ってるの?」
「……何を?」
 空惚けてみせる。
「あんた、知ってて声掛けたの!? 聡美に!?」
「……悪いけど、何の話か判らないな」
「あんたストーカー!?」
「そりゃ随分な言い分だな。……天下の往来は君一人の物じゃないだろう」
「……っ!!」
 白くなるほど、唇を震わせて。
「……聡美は知ってるの!?」
「何を?」
「……ちょっと来なさいよ!!」
 太田知子に腕引っ掴まれて、教室を出る。連れて来られたのは旧校舎屋上。
「……見たのね!?」
 何を、とは言わなかった。俺は正直に答えた。
「……ま、割と色男だね。俺には負けるけど」
 すると、太田知子は悔しそうに地団駄踏んだ。
「信っじらんないっ!!」
 俺は肩をすくめた。
「……そんな事で責められるのは俺の方が解せないね。良いじゃないか。俺はあれを誰にも言い触らさないし、君は放っておけば、自分の『恋敵』が他に気を取られる。取り引きしても損は無いと思うけどね? 一挙両得じゃないか」
「何を言ってるの!?」
「……俺は中西聡美が好き。君は中西聡美の『彼氏』が好き。ほら、中西が俺を好きになって『彼氏』が振られれば、君にも余地が出てくるじゃないか」
「ふざけた事言わないでよ!! 滝川[たきがわ]さんは本当に心から、聡美の事が好きなのよ!?」
「……へえ、滝川って言うんだ? あの男。今をときめく、新進カメラマン滝川守[たきがわまもる]と同じ名字だね?」
「っ!?」
 何と言うか、本当に迂闊。言われなければあの男がそれに似てるって気付かなかった。
 太田知子は怒りに震えながら、俺を睨み付けている。
「あんた、一体何処まで知ってるの!?」
「……俺は何も。君が教えてくれたんだろ? 何か問題ある?」
 にやりと笑ってやる。これ以上、何も知らないけど、含みは持たせた方が良い。後は相手が勝手に誤解する。
「……随分、君は彼女に肩入れしてるんだね? 弱味でも握られてるの? それとも単にお人好しなだけ? 好きな人も彼女に譲るの? それは大変だね。俺にはとても真似できないよ」
「あんたなんかに絶対聡美は任せられないわよ!! 聡美の幸せの為にも、あんたなんか絶対排除してやる!!」
「……これはまた、随分と嫌われたもんだな」
「聡美の話聞いて、あんたって本当ヤな奴だと思ったけど、あんたの話聞いて絶対ヤな奴だと確信したわよ!! 聡美はあんたの退屈凌ぎの道具じゃないのよ!!」
「随分ひねくれた考え方だな? 俺はただ、彼女の事を好きになっただけだよ?」
「嘘つき!! とてもそうは見えないわよ!! あんたは面白がってるだけよ!! 最低だわ!!」
 余程俺は不誠実な男に見えるらしい。……中西聡美に惚れてない事だけは確かだが。ただ、俺の嘘もかなり年季が入っていて、俺的にはそんなあからさまにばれる程では無いと思うんだが……勘が鋭いのか、俺がやり過ぎなのかどちらかだろうな、きっと。……そう、俺は何でも『過剰』なんだ。判ってる。
「……俺の気持ちを覗いて見た訳じゃないのに、随分な言い種だな? いつもいつも正義面で反吐が出る。さぞや君は立派な優等生なんだろう。例え、親友の『彼氏』に『横恋慕』するような女であってもね」
「っ!!」
 太田知子は蒼白になって黙り込んだ。俺は堪らなくなって、そのままその場を後にした。フォローの言葉一つ無しに。

To be continued...
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