NOVEL

週末は命懸け2 「罪」 -2-

 ホテル前に車が停まる。ボディーガード達が降り、ドアを開ける。俺、中原の順に降りる。また前後左右しっかりガードされて、中へ入る。パーティー会場の準備はもうあらかた済んでいるようだった。
「……やあ、郁也」
 にっこり人の好さげな笑顔を向け、声を掛けてきたのは『久本貴明』──俺の父親だった。隣には後妻の『暁穂』もいる。
「どうだい?会場の感想は」
「…………」
「また、だんまりかい? 仕方ないね。君の為に盛大にしたんだが、まだ足りなかったかい?」
 ……クソ野郎。
「……郁也様は照れ屋なんですよ」
 てめぇが勝手に答えるな、中原。
「ははは、それは困りものだな。次期社長ともあろう者が」
 誰がそんな事望んだよ?
「ま、今はともかく、パーティーの最中くらいはにっこり笑ってくれるんだろうね?」
「……それが俺の『仕事』でしょう」
「ははは、『仕事』ね。まあ、良い。今日は君が主役だ。お客様をもてなしてくれるのは有り難いが、君自身も十分楽しんでくれたまえ。君のファンも結構いるのでね。君が笑ってくれると、それだけで喜んで下さる方々もいらっしゃるからね」
「……米崎に、何か話があると聞きましたが?」
「……ああ、そう。そうだったね。郁也、君ももう十六だ。成人まであと四年、大学卒業までは六年だ。そろそろ君に『久本』の『次期』としての『勉強』をして貰うのも悪くないなと思う訳だ」
「…………」
「それで、今日は主立ったお客様をご家族でご招待したんだ。そういう訳で今回、君と同じくらいの年代の方々も大勢来るんだよ」
「…………」
「勿論、いつもの通り皆様にご挨拶してお世話もするけれど、その若い方々の方をだね、君一人に一任しても良いかなと思ってね。どうだい? 郁也。お願いできるかい?」
「……俺は芸は出来ませんよ」
「厭だなあ、真顔で冗談言わないでよ」
「…………」
「何だい? 厭かい?」
 奴の目がきらりと光った。
「……いえ、やらせていただきます」
「……いつも思うんだけどね、郁也。親子なんだからそう鯱張らなくて良いんだよ。確かに僕達は普通の親子とは違うけど、そんな事気にしなくて良いんだ。血が繋がってるのは、間違いないんだからね」
 そう、この男はわざわざ、俺が本当に自分の子供かどうか、素性調査と血液検査までしたのだ。そこまでしなけりゃ、信用できないくせにこういう事をぬけぬけ言ったりする辺り、実にイイ性格だと思う。
「……『けじめ』ですから」
 そう言い切る俺も相当な性格だとは思うが。
「本当、真面目だねぇ」
 すると、中原がぷっと吹き出す。思わず俺は振り向き睨み付けた。
「……何だい? 龍也君。何かあるのかい?」
「いえ、思い出し笑いです。お気になさらずに」
 にっこり笑って中原は言った。……コイツは。
「……ねえ、郁也君。私に挨拶はないのかしら?」
 それまで黙っていた暁穂が突然そう言った。無言で俺は礼をした。すると、機嫌でも悪くしたような顔をした。
「おやおや、暁穂。拗ねたのかい? 心配しなくても郁也は僕にだってそうだよ。……仕方の無い子だね。照れ屋なのは判るけど」
 ……誰が照れ屋だ。
「だって私が貴明さんと結婚してもう一年近く経つけど、ちっとも郁也君たら懐いてくれないんだもの」
「……郁也を懐かせるのは大変だよ。十年経ってようやく、龍也君だけに心開いてくれるようになったんだから」
 誰がだ!!
「郁也はね、誰とでも喋ってくれないんだよ。本当につれないね。でも、そこがまた可愛いんだ」
 ……嬉しそうに。鬼畜野郎が。……吐き気がする。頭が重い。
「……何? 何処か痛いのかい?」
「いつもの偏頭痛ですよ」
  だからお前が勝手に答えるなっての!! 中原!!
「……おいおい、大丈夫かい? 今日の主役だろう?」
「大丈夫です。……ね、郁也様?」
 そう言って人の顔覗き込んでくる。俺は視線を逸らす。
「……ほら、大丈夫ですって」
 だから!! お前は!!
「へええ、どうやってコミュニケーション取ってるの? 龍也君」
「……色々あるんですが、目を逸らしたら『当たり』です」
 あのな!! ……思わず睨む。
「……これは?」
「照れてるんです」
「成程」
 お前、勝手に……!!
「やっぱり龍也君をスカウトしてきて良かったよ。僕の目は実に良い」
「……そうですか?」
 意味ありげに中原は笑う。
「……人選は間違ってなかったと思うけど?」
「……物は言い様ですね、貴明様」
「根に持つ性格は良くないよ、龍也君」
「蠍座のAB型は根に持つんです。残念ながら」
「……以前に君、占いや性格診断は嫌いだって言ってなかったっけ?」
「ええ、勿論嫌いです。どうせろくな事書いてありませんから」
「ははは、全く君という人は」
 俺はそっとその場を離れた。誰も俺を引き留めなかった。会場外の広間の窓際に立つ。壁そのものが一面ミラーガラス。十六階からの地上。足下の大理石が無ければ、ここが何処か錯覚しそうな光景だ。日は沈み、人口の光が瞬き始めている。どんより曇った空。降り続く雨。黒く濡れたアスファルト。塵のような人影。犇めく車の群。窓に手を付く。今、このガラスが割れたら、俺は転落するんだろうか? あの街灯辺りに叩き付けられて、脳漿や内臓をぶちまけて? 一瞬? それとも激痛に襲われるんだろうか。仮に苦痛があってもすぐ終わるだろう。こんな処から落ちて、助かるとはとても思えない。もし、俺が死んだら昭彦は……俺の唯一の友人藤岡昭彦[ふじおかあきひこ]は泣いてくれるだろうか? 他の奴には期待しない。でも、あいつくらいには期待抱いても良いだろうか?
「……心配しなくても、この窓は開かないし二重構造だし、ついでに言うと防弾仕様ですよ」
 心臓を鷲掴みにされた。ぎょっとして振り返る。気配無くすぐ後ろに、中原龍也が立っていた。心臓がバクバク言っていた。
「……っまえっ……!!」
 すると、中原はにやりと笑った。
「何、深刻な顔して地上なんか見てるんですか? 高所恐怖症? 初めて聞きましたね」
「……高所恐怖症なんかじゃない。……趣味の悪い建物だと思って見ていただけだ」
「……ははあ、趣味が悪い、ですか。それは設計担当が聞いたら泣きますね。このホテル、去年の秋、オープンしたばかりですけど結構人も入ってるんですが」
「……俺は嫌いだ。……悪趣味で」
「大理石がお嫌いですか?」
「全部」
「……そのガラスが?」
全部だ」
「……判りました、郁也様」
 全然信用してない顔で言う。
「……何か用か?」
「いえ、こちらの方へ出て行かれたので来ただけです」
「…………」
「それが私の仕事なので。仕事だけしてろっておっしゃったでしょう?」
「…………」
「郁也様のお尻を追い掛けて、その身の安全を確保する事が私の仕事です。大変でしょう?」
 無言で睨む。
「……いえ、別にいちいち行き先を言えなんて言ってません。そんな事しなくても勝手に付いて行きますから、安心して下さい」
 むかつく、コイツ。つくづく。
「……初めてあなたと会ったのは十年前でしたね」
 答えない。
「……あの頃のあなたはとても可愛かった。まるで狂った『猛獣』のようで」
「…………」
「……もう、噛み付かないんですか?」
にやりと笑って。そしておもむろに腕をまくり上げる。
「……ほら、この噛み傷。まだこんなに残ってるんですよ。……ま、勲章のような物ですが」
 二の腕近くに醜く引きつれた古い傷痕。
「……謝罪しろとでも?」
「まさか。……あの頃は本当、嬉しかったですよ。それに楽しかった。あなたのような生き物を力でねじ伏せるのは、とても心地良かったですよ」
「……変態」
「……まさか将来、あの『獣』がこんなに従順に振る舞ったりするなんて、思ってもみませんでした」
「…………」
「……こんな事なら引き受けなければ良かったと、つくづく思いますよ。……俺はもう二度と、あの美しい『獣』の姿を見られないんですか? 郁也様」
「……何を言ってるんだ?」
「……俺は、騒がしい方が好きなんですよ。いつも血に飢えていて、流血沙汰や暴力沙汰が大好きで。……こんなにおとなしく真面目に仕事してるんですから、ご褒美の一つや二つ、あっても良いでしょう?」
「……お前の『趣味』に俺を巻き込もうとするな」
「仕方ないでしょう? あなたのボディーガード頭なんて『足枷』付けられて、それ以外の事に割く時間すらも与えられないんですから。どうせなら、あなたに『面倒』が起これば、一石二鳥じゃないですか」
「……だから人を巻き込むなと言ってるんだ」
「……退屈してるんです。楽しませて下さいよ」
「迷惑だ。……大体、それは『ボディーガード』の台詞じゃないぞ」
「俺の『天職』はそんな物じゃありませんから」
 にっこり爽やかにそう笑って言ったりするから、コイツはつくづく最悪だ。
「……告げ口係は傍にいないのかよ?」
「いた方が良いじゃないですか。面白くて」
「……だから俺を巻き込むな」
「……じゃあ、クビにして下さい」
「……そう思うんなら、『社長』に言ってくれ」
「無駄だから言ってるんじゃないですか」
「……確かにお前みたいな奴、野に放して置いたら危険だな」
「じゃあ、どうしろとおっしゃるんです?」
「……『自殺』でもしてみりゃどうだ? それなら問題ないだろう?」
「……『自殺』はまだしようと言う気になりませんね。まだ世の中には面白い事がいっぱいありますから」
「……だからといって俺を巻き込むなよ」
「……巻き込むも何も……そんなもの、誰の所為とかそういうものじゃありませんよ? 『不幸』とか『トラブル』とかいうものは、不意に空から降ってくる代物です」
「それは『故意』でない場合に限り、な」
「厭ですね、『故意』だなんてそんな。人聞きの悪い。……ただ『期待』しているだけですよ」
「……知ってるか? 『期待』というのは、何もしない場合に限り、だぞ? 積極的に『行動』したら、それは絶対『故意』だ。判ってるな?」
「……信用ありませんね」
「そうさせてるのはお前自身だろう」
「……俺の所為だけじゃありませんよ。郁也様ご自身の環境も、貴明様の事も全部含めて、『俺』という『要素』が欠けても起こり得る事柄です。ただ、そこに俺の『期待』という『余地』が存在するだけの事です」
「……その『期待』が一番問題だと言ってるんだ、俺は。聞いてるか? 他人の話」
「親身になってお聞きしてますよ、郁也様」
 ぬけぬけと。……頭痛い。
「……そろそろ時間です。お迎えのご準備を」
 もう、『仕事』モードだ。この男ときたら。
「笑って下さい、郁也様。あなたの最大の武器はその『顔』なんですから」
 ……お前なんかに言われるまでもなく、十分承知しているさ。なにせ、『天使』か『聖母』のようだった母譲りの美貌だからな。自分の『顔』の『効能』くらい、俺自身が良く知っている。……『笑顔』が『武器』になるって教えてくれたのは、『久本貴明』だが、な。
 会場の扉は全て開かれた。受付に立つ。招待客がやって来る。受付嬢が招待状を確認し、台帳に署名をさせる。俺はにっこり笑って、相手の胸にコサージュを付ける。
「この度は遠方よりご足労頂き、誠に有り難うございます。どうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さい」
「……ますます凛々しくなったね、郁也君。将来が楽しみだよ、おめでとう」
「有り難うございます。高崎様もますますご壮健で。若輩ではありますが、これからもなにとぞ宜しくお願いいたします」
 そういった具合だ。男性は白、女性は赤の薔薇。ちなみに俺自身は百合と鈴蘭のコサージュを付けさせられている。……と、ふと、見慣れない客に目が止まる。
 ……何故? どうして、ここに『白神[しらがみ]建設』の社長一家が来てる? あそこと『久本建設』は犬猿の仲の筈だろ? ……白神社長、白神由雪[しらがみゆうせつ]は何食わぬ顔でこちらへやって来る。
「……こんばんは、郁也君。久方ぶりだね? 確か七年ぶりじゃなかったかね?」
「……そうでしょうか」
 何しに来たんだとも言い出せずに。すると、相手はおもむろに胸元から招待状を取り出す。俺は思わず目を疑った。
「……こちらへサインすれば良いのかね?」
「……ええ、そうです」
 表情は何とか平静さを保ってはいたが、背中には冷や汗が流れるような思いだった。……こんな事をしたのはたぶん『社長』だ。奴以外の誰も、こんな事しでかしやしない。
「……『白神由雪ご一家』様。確かにご招待となっております。テーブルは正面中央となっております」
 受付嬢の言葉に耳を疑った。そのテーブルは今回一番のVIP席になっている筈だ。……まさか。
 思わず相手を凝視した。白神由雪、那可子[なかこ]夫妻。その一人娘多可子[たかこ]
「……何か?」
 由雪の余裕のある笑みに、きくりとする。
「……失礼いたしました。不躾で申し訳ございません。こちら、ご招待の方々にはコサージュのサービスとなっております。……失礼いたします」
 由雪の視線を感じながら、白薔薇のコサージュを胸元へ付ける。
 ……クソジジイ! 知っていて、わざと言わなかったに違いない。俺に失態させたかったのか!? この男、白神由雪の前で!? 物笑いの種にさせたかったのか!? 自分の息子を!?
 苛々を、懸命に自分の内に押し留めつつ、三人分のコサージュを付ける。娘と会うのは、初めてだ。その娘は何が面白いのか、俺の方を無遠慮にじろじろ見ている。
「それでは、今宵をお楽しみ下さい」
 にっこり笑うと、
「……そう言えば、十六になったんだね。おめでとう、郁也君」
「有り難うございます。白神様もお元気そうで」
「うちの娘も今年十六になるんだよ。是非、宜しく
 ピィンと金属音が頭の内部で弾かれるように鳴った。……つまり……そういう事、か。
「……こちらこそ、宜しくお願いいたします」
 静かに頭を下げる。
「……では、後が詰まっているようだから、これで行くよ。……また、後で
 胃がむかむかする。出来得る事なら今、すぐトイレに駆け込んで嘔吐したいくらいだ。ぞっとする。……何考えてるんだ、あの男!! 確かに『白神』と組んだら、大幅な事業拡大は出来るだろうが……一体なんだってそんな……!!
 ……俺に一任? あれの事をか!? 白神由雪は『曲者』だ。『久本貴明』が『狸』なら由雪は『狐』だ。社交界や財界で、由雪に追い落とされた連中は数多い。うちの『社長』は人の好さげな笑顔で油断させ、相手の弱みを握って操ったり牛耳ったりするクチだが、由雪は『敵』や『獲物』と定めた相手に容赦ない。徹底的に攻撃し、追放したり追い落とし仕留める。
 確か『白神』はつい最近までうちの子会社を圧迫したり、顧客を分捕ったり、曾孫会社を潰したりしていた筈だ。勿論、『久本』側も同等くらいには応戦していたようだが。……それが『和解』? 悪趣味すぎて笑い涙が出そうだ。『俺』と『娘』はその為の『人身御供』か? ……ふざけた話だ。とことんふざけた話だ。
 招待客の列も途切れ、受付嬢が台帳を揃え始める。
「……郁也様、こちらはもう結構ですので、お席の方へ。……もうお時間でございますから」
「……君は『白神』の事は聞いていたのか?」
「……はい」
 受付嬢は真っ赤になって、そう答えた。
「……俺以外全員?」
「……ご存じ無かったのですか?」
 舌打ちした。
「……成程ね」
「……あの……郁也様?」
 受付嬢が脅えたような声になる。
「……君のせいではないだろう? どういうつもりなのかは良く判った。……俺に逃げられないように、とでもか? 中原
 すぐ後ろにやってきた男に、そう言った。受付嬢は気付かなかったらしく、小さい声を上げる。
「……気になさいませぬよう、郁也様。別にわざとではないでしょう。伝え忘れただけですよ。お忙しい方ですから、あの方も」
「お忙しい、ね。都合の良い口実だ。……それで? 中原、お前知ってたんだろう?」
「……警護するのに、招待客の顔と名前は全てインプットしてあります。当然、部下にも」
「で、お前も俺に言わなかったんだ? 同罪だな」
「……俺の仕事じゃないでしょう」
「……そこでその台詞が出て来る訳だ」
「あなたが言ったんですよ。俺の仕事だけしろと」
「都合の良い言い訳だな?」
「……ええ。本当はあなたの慌てふためく姿が拝みたかっただけです。期待通りとは行きませんでしたが」
「で? 我が『社長』は?」
「それはただ、うっかり言い忘れただけでしょう」
「……本当に?」
「この不肖中原ごときにあの方の胸の内など判る筈もございません」
「……逃げたな」
「逃げるなどとはとんでもない。正直に思うままを申し上げただけ。さ、そろそろ会場の方へ。あなたのためにファンファーレが鳴るそうですから」
「……悪趣味だな」
「今夜の主役ですから。……エスコートして差し上げますか?」
「ふざけるな!」
 中原は満足そうに笑った。……ちっ。しまった。コイツを喜ばす気なんて毛頭無かったのに。文句言う相手が今、コイツしかいなかったから……。クソッ。それもコイツの思惑通りか!? むかつく。コイツが俺より頑丈でなけりゃ、蹴り上げてるところだ。
 苛々と、中原を睨み上げた。

「……何かお飲物でも、いかがですか?」
 順当にテーブルを回りながら。一人、窓際に離れて立つ白神多可子へと声を掛ける。俺と同い年というその少女は、鮮やかなグリーンのミニドレスを身に纏い、胸元にはダイヤとルビーのネックレスを飾っている。艶やかな黒髪を少しレトロな大正風に結っている。和洋混合、といった感じだ。少しキツイ感じのする目を、こちらへ向ける。白い顔に紅い口紅がひどく映える。
「……宜しければ、ソフトドリンクもご用意しておりますが」
「……何考えてるの?」
 少女は凛とした声で、言い放った。
「あなたはどう考えているの?」
「……何を?」
 素知らぬ振りをする。にっこりと笑って。
「あなたはただのバカで間抜けなお坊ちゃまなの!?」
「……大分、興奮されておいでですね。アルコールに酔いましたか? それとも人に? ……会場を少し出ましょうか?」
 少女の腕を取って、会場外へ出る。
「何するのよ!!」
「……何も。少しこちらで休めば宜しいでしょう。あなたは少し疲れているようだ」
「ちょっと!! 人の話聞きなさいよ!!」
「……聞けと言うならお聞きしますが、出来れば手短に」
「あなたはこの話、どう思ってる訳!?」
 これはまた、単刀直入な。
「この話とは?」
「ふざけないでよ!! 婚約の話よ!!」
「……そんな話は出ていないようですが?」
「ええ!! 公式にはね!!」
「……こんな処で大声で叫ぶものではありませんよ。あなたのようなレディが」
「あなたが叫ばせてるんでしょうが!!」
「……が? おかしな事をおっしゃいますね。そんな事をした覚えはまるでありませんよ。何かの間違いでは?」
「間違いってあなた……っ!!」
「……お水でもお持ちしましょう。きっと落ち着きますよ」
「言っておくけど、私と婚約したからって『白神』は手に入れられないわよ!! 白神由雪はそんな簡単な男じゃないんだから!!」
「……多可子嬢は何か勘違いをなさっておられるらしい。そういう話は伺っておりませんよ、私は
 こういう面倒を俺一人にさせるなよ。自分にだって納得できない事を、この判らず屋のお嬢さんに納得させろって?
「……あなたは少し、ご自分の立場というものを自覚してらっしゃらないようですね」
「何ですって!?」
「……『飼われる』のが厭なら、自分でどうにかしろって事だ。我儘なお嬢さんの暴言に、どうして俺が付き合ってやらなきゃならない?」
「なっ……!! ……ああああなたっ!! さっきまでの態度とずいぶんな違いじゃない!!」
「……そっちが勝手に俺を誤解しただけだろう? 俺は他人の我儘を笑って許してやれるような広い度量は無い」
「なあんですってぇ!?」
「愚痴を言いたいなら、相手を間違えたな。少なくとも俺は不適当だ」
「……あなたって人は……っ!!」
「……顔の所為か、良く勘違いされるんだ。俺自身はちっとも『優しさ』なんか持ち合わせて無いんだがな」
「最低ね!!」
「……見ず知らずの君にそう言われるほどじゃないがな」
「何よ!! さっきまでの営業スマイルは!! 別人かと思うじゃないの!!」
「その通り。あれは『別人』だ。であってじゃない。あれは『仕事』だ」
「仕事だったら、いけ好かない女とでも婚約するって言うの!?」
「……それが『仕事』ならね」
 少女は震えている。
「……じゃあ……何よ……それが私だとしても!?」
「その通りだ」
「あなた、どうかしてるんじゃない!?」
「どうかしてるのはそっちの方だ。……そんなに厭なら帰ったらどうだ? タクシーを呼ぼう」
「ふざけないでよ!!」
「ふざけてない。大真面目だ。……君は気分が悪いらしい」
「この、二重人格!!」
「……君のヒステリックな喚き声を聞かされる俺の身にもなれよ。気の毒だろう?」
「……なっ……!!」
「幻滅したか? ……悪かったな、俺はどうやら他人の妄想を掻き立てるらしい。好きでこんな顔をしてる訳じゃないんだがな。中味と違ってまるで『聖人君子』のような立派で清楚な顔立ちだろう? 俺も鏡見る度、何かの間違いじゃないかといつも思うよ」
「…………っ!!」
 と他人の気配を感じて口を閉ざす。身構えて、相手が中原と察して少し緩める。
「……失態ですね」
 中原はにやりと笑ってそう言った。
「女の一人も誑し込めないんですか?」
「……お前、暴言吐いてるぞ」
「今更仕方ないでしょう?」
 少女は屈辱で震えている。
「……どうするんです?」
「……帰る」
 すると、中原は大仰に仰け反ってみせる。
「郁也様の『誕生日パーティー』なのに?」
「どっかのバカの仕組んだ事だ。責任取ってそのバカに始末して貰おう」
「そっちこそ随分な暴言じゃないですか。告げ口係に聞かれたらどうするんです?」
「……俺は気分が悪くて、それどころじゃない。お前がどうにかしておけ」
「……私一人置いて、帰られると?」
「……勿論、多可子嬢の面倒も見てくれるんだよな?」
「今、帰ると言っても車はありませんよ」
「……タクシーでも呼ぶさ。チケットかカード、貸せ」
「……どちらへ?」
「……知ってる癖に」
「……仕方ありませんね」
 そう言って中原は胸元から財布を取り出す。
「……カードだけで良い」
 カードを抜き取り、他を返す。
「……甘いな、お前」
「郁也様にだけですよ」
「……くだらない事を」
「……伝えておきますよ。郁也様はまた例の『持病』で気分悪くなって帰った、と」
「……後の事は頼んだ」
 そう言って、多可子嬢に一礼する。
「……数々の暴言、失礼いたしました。あまりの気分の悪さに、つい」
 怒りに震える肩を視界の端で確認しながら、俺はその場を後にした。

To be continued...
Web拍手
[RETURN] [BACK] [NEXT] [UP]