NOVEL

週末は命懸け -2-

 用意されていたのはジーンズとTシャツとキャップとサングラス。普段の俺なら絶対着ない悪趣味な物だ。『闘魂』などという金色のロゴと昇竜の描かれた派手なシャツ。一瞬硬直した。
「おい!! 中原!!」
 文句言いに、バスルーム出たら、中原の姿が無かった。
「……中原?」
 嘘だろ? あんな馬鹿デカイの、消えてしまう訳が無い。
「……なかは……」
 するとベッドの隙間から中原が顔を出す。
「……何してんだよ」
「……随分色っぽい格好ですね。誘ってるんですか?」
「んな訳無いだろっ!?」
 すると中原は唇に人差し指を当てる。
「?」
 くいくい、とベッド脇のルームライトを指差す。そっと覗き込む。……盗聴器。中原の顔を見る。頷く。中原の方へ近寄ると、そこにあったのは……『時限爆弾』という奴に非常に酷似した代物で。
「……それで私にキスでもして下さるんですか?」
 中原は上半身裸で、真剣な顔で解体作業をしている。
「……冗談だろ? あの着替えは何だ」
「バニーガールの方が良かったですか?」
「何でバニーガールだよ!!」
「……じゃあ、スッチーと白衣の天使どちらがお好みですか?」
「着てるのが女で美人なら文句は言わないぜ」
「本当、減らず口ですね」
「貴様程じゃないぜ、中原」
「……少なくとも、着替えはあれしか用意していません」
「……そうかよ」
「……ところでこれから何をします?」
「何をさせてくれるって言うんだよ。まさかこの狭い豚小屋に、丸一日以上閉じ込められるんじゃねぇだろーな」
「……少なくとも私はそのつもりですが?」
「男二人こんな処に閉じ込められてろって!?」
「安心して下さい、郁也様。あなたに楽しもうという意志があれば、幾らでも楽しめますよ、二人っきりで」
「っざけた事抜かしてんじゃねぇよ!!」
 中原は苦笑して、唇だけで『演技下手すぎ』と言った。
「…………」
「本当は喜んでるんでしょう? 私とこうやって二人きりになれて」
「んな訳ねぇだろっ!! エロジジイッ!!」
 『その調子』とにっこり笑う。
「ところで、その格好では風邪を引きますよ? それとも私に暖めて欲しいとか」
「ふざけんなっ!!」
「もぉ、照れちゃって♥」
「もう良い!!」
 バスルームの扉を開け、勢い良く閉める。溜息をつく。……冗談じゃない。こんな処であんな奴と爆死なんかしたくない。……これは変装のつもりなんだろうか?不承不承だが着る。もう一度溜息ついて、タオル片手に外へ出る。中原はまだ作業していた。そっと近付いて額の汗を拭ってやる。中原は嬉しそうに笑う。俺はそっぽ向いた。
「……本当はまんざらでもないんでしょう?」
「本当に軽口の好きな男だな!!」
「って言うかそれが私の存在意義でしょう?」
「くだらねぇ事言ってる間に仕事しろ!!」
「何言ってるんですか。仕事なら十分してますよ。私の仕事何か知ってますか? 郁也様」
「俺のボディーガードと監視及び管理」
「……『管理』、ですか。それは難しいですねぇ」
「どうして」
「あなたのような跳ねっ返り、枠の中に納めきれる訳無いじゃないですか」
「……入るつもりもねぇよ。けど、実際してんだろ!? 俺の与り知らぬ処で、着々と俺の『未来』勝手に決めてんだろ!?」
「……貴明様のご希望からは随分外れていますよ。安心して下さい」
「バカ野郎!! お前『親父』の本性知らねぇのかよっ!! アイツは蛇みたいな奴で、自分以外はエサかクズにしか見えないんだ!!」
「……ま、他には冷静沈着な方が、随分あなたには手を焼いているようですがね」
「目障りなら、ガキの内に殺して置けって忠告してやれよ」
「……本気で言ってるなら怒りますよ?」
「何を今更。本当は俺の事なんかどうだって良いクセに。メシのタネくらいにしか思ってないクセしてカッコつけてんじゃねぇよ!!」
 プツン、という音が聞こえた。
「ふざけた事言うのも、良い加減にして下さい!! 本気で怒りますよ!! 俺がどれだけ苦労してるか全然判ってない!! 貴明様の本当の恐ろしさを判ってないのは、あなたの方だ!! あの方はいつでもあなたを消してしまえる!! だけどそうしないのは何故だと思ってるんですか!!」
  激しく頬を叩かれる。熱い痛み。じわりと涙が滲む。口の中でじんわりと鉄の味が広がる。中原は息を荒げていた。
「……お前のせいだとでも言うのかよ?」
 睨み上げる。
「……別に喧嘩するつもりは無かった」
「…………」
 俺を手加減無しに叩いておいて、泣きそうな顔と声で。
「あなたを見ていると、時折無性に腹が立つ」
「……それが本音か」
「……あなたはどうして信じないんですか!? どうして信じようとしない!!」
「……何を……」
「……あなたは何も見えてない!! 何一つ聞こうとしない!!」
「何熱くなってんだよ!! 一人で!! バッカじゃねぇの!? お前!!」
「あなたがそうさせてるんでしょうが!! いちいち説明解説必要ですか!? 俺がどうしてあなたにこんな心乱されなきゃならないんだ!!」
「んなもん知るか!! てめぇが勝手にやってる事、俺に関わりあるか!!」
「あーもー判らず屋!!」
「てめぇの方が訳判んねーんだよ!! 判るように説明してみろ!!」
「ああ!! じゃあ判るように説明しますか!?」
「おお!! そうしろよ!!」
 途端に中原は襟首引っ掴んで、ベッドルームから引きずり出す。バタンとドアを閉める。
「何すんだよっ!!」
 黙って唇に人差し指を当てる。胸元から小型のカセットデッキ取り出して、再生ボタンを押す。流れてくるのは俺と中原のやりとり。無言で会話する。
『……こんなのいつ録ったんだ?』
『いつだって構わないでしょう。それより早く出ますよ』
『……お前さっきの本当に演技か?』
『……郁也様こそ演技ですか?』
『……あのな』
『言い争ってる場合じゃない』
『……お前が……』
『行きましょう』
 中原は無表情で告げ、背を向けて、音を立てずにクローゼットの戸を開ける。二人で中に入って、それをまた音もなく閉める。奥のベニヤを静かに外し、板の繋ぎ目を指で探して抜くと、そこに小さなドアが現れる。
『……何なんだよ? コレ』
『不思議の国のアリス、ですよ』
 そう言って、小さな電球を捻って消す。ドアをくぐるといきなり下へ降りる階段だ。中原は板を填め直し、小さなドアに鍵を掛ける。そしてドアから出たすぐの処の天井の取っ手を掴む。
『もっと奥へ』
 そう言って俺を奥へ押しやって、取っ手の内側へ回ってくる。取っ手を引くと音も無くシャッターを下ろす。
「……防火防音シャッターです」
「…………」
 溜息をついた。
「……で、一体ここは何処なんだ?」
「……貴明様のプライベートの執務室です」
「……何の仕事するんだよ?」
「ま、そんなのはどうだって良い事です。問題なのはここが、ガードマンも防犯システムも完備されているという事です」
「……待て!! じゃあ、ガードマンはどうなっている!!」
「……敵である可能性もあります。そうでなくとも、まんまと盗聴器と時限爆弾仕掛けられるような無能な連中、どうなっても構やしません」
「そういう問題か!? 鬼畜野郎!!」
「……安心なさい。仮に怪我しても、それは彼らの仕事に対する軽率さと怠慢を、身を以て知る絶好の機会です」
「中原!!」
「……残念ながら、は心優しくないので、郁也様に直接・間接に危害を加えようとする連中を許せないんです」
「ガードマンに罪は無いだろう!!」
「……本気でそうお思いですか? この仕事に、怠慢と不注意は許されない。ミスは決して許されるべきじゃない。……もし、ガードマンが無傷で済んだら、が直接手を下しに行きますよ。贖罪させる為に」
 ぞっとする笑みを浮かべる。思わず寒気がして両手で肩を抱える。
「……寒いですか?」
「……お前は本当信用できない」
「して頂かねば困りますね。たとえ嘘でも」
 しらっとした顔で。
「……お前達は自分以外はエサかクズにしか見えないんだ。結局自分だけが大切なんだ」
 すると中原は冷笑した。
「……あなたも同類のクセに」
「俺が!?」
「……あなたはも人間だという事を忘れている。そのおかげでどれだけ傷付けられてきたか……判ってない」
「……何を……」
「行きます。無駄話をさせないで下さい」
「……なっ……!!」
 中原はひょいと俺を担ぎ上げ、階段を非人間的に音も無く駆け下り始める。何処までも続く階段。狭い踊り場を幾つ回ったか判らなくなる。同じ景色。
「……もう下ろせ」
「駄目です。この方が早い」
「このまま降りて、どうにかなるのか?」
「あなたの心配する事じゃない」
 ぶっきらぼうに言い放つ。……怒ってる?
「……どうしたって言うんだ」
「……別に。あなたには関係ありません」
 そう言って、唇をキッと結ぶ。……一体何だって言うんだ。……だが、コイツを本気で怒らせるとかなりヤバイ。そうなるともう手が付けられない。そんな奴と同行する羽目になるのは絶対厭だ。……ここは触らぬ神に祟りなし。……しかし、抱きかかえられてただひたすらに階段を駆け下りるだけ、というのはかなり……拷問だ。……する事も喋る事も無いというのが……辛い。
「……もう少しですから」
 さっきよりは随分マシな声で。
「……俺、重くないか?」
「……何言ってるんですか?今更」
 中原は苦笑する。
「痩せすぎですよ。……その方が私には都合良いですけど」
「……何で」
「……さあね」
 鼻で笑う。
「……元気じゃねぇか」
 心配して損した。中原は笑う。
「……これから暫く黙ってて下さい。何があっても」
 何だか物凄く厭な予感がした。中原は俺を下ろし、壁にぴたりと身を寄せて向こうの様子を伺う。言われなくても声を掛け難い雰囲気だ。中原は頷き、壁を探って繋ぎ目を探してそれを静かに取り外す。そこにはまた、あのドアがあった。それを開くと更に通路が……。俺はげんなりとした。そういや、さっき奴は『不思議の国のアリス』と言ったのだ。唯の階段な筈無い。また壁を元通り填めて、扉に鍵を掛けてその時。
 不意に場違いに鳴り響いた電子音。……だ。俺の携帯。真っ青な顔で物凄い目で睨まれた。慌てて電源を切る。
「……どうして切っておかなかったんです!!」
「んな暇あったかよ!?」
 思わず怒鳴り返して、しまったと思う。中原は舌打ちする。
「……確認しない私のミスですね。済んだ事は仕方無い。全速力で走って下さい」
 急に外が騒がしくなる。目の前がくらくらしそうだ。……悪いのは俺だ。不注意なのも俺。判ってる、そんなの。……くそっ。
「……中原……」
「喋る暇あったら全力で走って下さい。スタミナ消耗します」
「……すまない」
 中原はちらりと俺を見る。が、何も言わない。ただひたすら走る。
「……こっちだ!!」
前方から声がする。ギクリとする。もう判ったのか!? ……不意に突き飛ばされる。壁、かと思ったら穴だったらしくて、そのまま落下……っ!!
 慌てて掴む処探して、手足を振り回す。けど、何も掴めないし、引っ掛かるでこぼこも見つからない。バカ野郎!! 人間高い処から墜落したら、死ぬんだぞ!! ……せめて周りが見えれば……!!
 ぎく、とする。明かり。光の漏れてる穴。慌てて掴む。……成功。……けど。……冷や汗が流れた。これからどうしろって? こう宙ぶらりんじゃ何の解決にも……。
「……何、やってるんですか?」
 頭上から声が降ってくる。首をねじ曲げてみると、『梯子』を降りてくる中原。唖然とした。髪は乱れ、服も乱れ、返り血を浴びている。
「……おかしいと思ったんですよ。随分移動速度が早いから。危ないですよ、落ちたりしたら
 落としたのはお前だ!! ……それより……何で血が……。やめよう、深く追求するのは。
 中原は両足を梯子に絡ませて、空中ブランコの要領で俺の体を抱き上げ、梯子へ引き寄せる。梯子に掴まって、やっと一息つく。
「……梯子があるなら、そう言え」
「言う暇ありませんでしたから」
 ……くそっ。
「……悪かったよ」
「……何が?」
 素知らぬ顔で聞き返してくる。本当ヤな奴。
「……怪我は……」
 と聞きかけて、やめた。この顔じゃ、奴にそんなもんある訳無いな。
「……取り敢えず、追い掛けて来られない状態にしたので、暫く時間は稼げますよ」
「…………」
 それから、胸元から何かを取り出して、操作し壁に貼り付ける。
「……何やってるんだ?」
「取り敢えず、緊急信号です」
「大丈夫なのか?」
「そのうち応援が来る筈です。そんなもの待ってたら、恐らく間に合いませんけど」
「一応知らせとく訳か」
「これで犯人は絞れますからね」
 自嘲気味に。……ふと、感じた。
「……お前、知ってるんじゃないか?」
「……実行犯はね。首謀者は別です。……そんなに顔に出てます?」
カンだよ」
「それはそれは。これで私とあなたがツーカーの仲になる日も近いですね」
「一生無い!!」
 中原は肩をすくめた。
「私怨ではない事を祈りましょう。私怨ってのは本当、タチ悪いですから」
「……お前……何か隠してる?」
「……その口、塞ぎますよ。さっさと降りて下さい」
 問答無用。……仕方ないから口を閉じる。どうもその話題はタブーらしい。しかも、重大な何かを隠している。……やっと床に着いた。中原は又注意深く隠し扉を探し、扉を開けて元に戻す。
 出た処をすぐ右に折れる。俺の方向感覚はもうぐちゃぐちゃだ。けど、中原は把握しているらしい。ちょっとだけ見直した。
 不意に肩を引き寄せられる。背後から足音。ギクリとする。中原は更に強く抱き寄せ、俺は中原の胸に顔を押し付ける格好になった。思わず中原を見上げる。中原は俺の事などまるで見ていなかった。足音の方を見ている。懐中電灯の光がちらちら近付いてくる。中原はそっと俺を柱の影に押しやる。ただ、俺は中原を見つめる。中原は何も言わない。ちらりと俺を見て、そこにいろと手で合図した。そして足音の方へ光を避けて音も無く近付いて行く。何か、不穏なものを強く感じた。
「!?」
 やって来たのは男二人だった。中原は背後から一度に延髄辺りに手刀を加える。二人とも音も無く昏倒する。ぴくりとも動かない。
「……中原?」
「行きましょう」
「……今のっ……」
「気にしないで。気絶させただけです」
 あれが気絶!? 本当に!? ……中原は俺の後頭部を左手で包むように掴み、自分の胸元に引き寄せる。
「……中原?」
「……本当に恐いのは目に見えない敵ですよ。相手が見えなきゃ攻撃の仕様がありませんからね」
「……中原……」
「……初めてでしたか?」
 思わず中原の顔を見上げる。
「……には日常ですよ。ガキの頃から」
「…………」
「……貴明様には色々世話になりました。食わせて貰って住む処貰って、学校行かせて貰って。……ある一時期までは尊敬すらしていました。ただの好意だと信じられた頃までは」
「……中原?」
「……は小学生の頃、空手のジュニア大会で優勝した事あったんですよ。一度だけでしたけど、幸せだった。……本当に」
「……中原?」
「……何、脅えた顔してるんです?は感謝してるんですよ。……少なくとも、あなたに出会えた事だけは、確かに」
「……中原……お前……まさか……」
「……恩人ですよ。少なくとも俺達には」
「!?」
 中原は苦笑した。
「喋りすぎました。動揺しているようです。失礼しました」
「……何を……っ」
「……急ぎましょう。くれぐれも声や音を立てないで。思ったより人数が多い」
「……ここの通路は、出入り口がいっぱいあるのか?」
「……有り過ぎて問題ですね。今度報告しておきます」
 確かに何処からでも入れるというのは問題だ。どの出口が押さえられているのか、判断付かない。だが、そんなに多くの『敵』がいるなら、『味方』の動きが感じられないというのは……どういう事だ?『親父』の会社はいわゆるワンマンで、No.2と呼べる存在が無い。『親父』の親戚の話は聞かないし、前妻には親兄弟はいなかったと思うし……だから『親父』が婿養子に入ったんだし……子供は俺一人で、だからわざわざ、母さん殺して俺を奪い取った訳だし、まさか『親父』が黒幕だなんて事は……。
 中原がふと立ち止まる。壁を指で調べて、隠し扉を見つけ、開く。また梯子だ。今度は上。げんなり。……やはりさっきと同じくらいは昇るんだろうな。……冗談。中原は又元通りにする。と、思い出したように胸の内ポケットを探り、何かを取り出す。携帯食。
「……さっき食事途中でしたから」
 渡される。……忘れてた。言われれば空腹かも。生暖かいそれを受け取る。
「水分が欲しければ言って下さい。唾液しかありませんが」
「……質の悪い冗談だな」
「喋らないで下さい」
 誰が喋ったんだよ!! 先に!! 中原は先に梯子を昇り始める。慌てて携帯食を口へ放り込む。人肌のこーゆーもんてゲロマズ。美人なお姉さんの胸元にあったなら、話は別だが。黙々と昇っていくだけというのはかなり辛い。ま、さっきと違ってどのくらい昇れば良いか判ってる分、マシか。……あんまり慰めにはならないが。ようやく頂上に辿り着く。慎重に中原は扉を開け、壁を取り外す。外へ出て元に戻す。中原に誘導されるままに、右へ折れ左へ折れ、そろそろ音を上げたくなった頃、中原はちらりと振り返る。
「?」
 中原は笑みを向ける。もうすぐ出口って事か? 中原は何も言わない。壁に耳を付けて様子を伺い、壁を探って隠し扉を見つけて外に出る。が、俺も外へ出ようとすると、中原は自分の体で出口を塞いだ。
「!?」
 カツッという靴音が聞こえた。
「……あの坊やも一緒か?」
 知らない男の声。ギクリとする。
「……お前だけなら助けてやるよ、龍也」
 中原は答えない。
「お前だって不本意だろう?」
「……首謀者は誰です?」
  中原が詰問すると、男は舌打ちした。
「……十五年の間に根性まで腐ったか」
「もう一度聞きます、兄さん首謀者は誰です?」
「俺だと言ったらどうする?」
「そんな筈ありません」
「……随分見くびられたものだな」
「……兄さんの所業じゃありません。復讐の為に子供を殺そうなんて考えは、絶対に」
「……成程ね。年中一緒にいて、その子供に情が移ったか」
「……お願いですから兄さん……じゃないと俺は……」
「久本貴明が俺達に何をしたか知っているのか!?」
「……知っています。けれど……には罪は無い。彼もまた被害者なのだから」
「だが、あの男に心痛を与えるには十分だ」
「だったら後妻でも愛人でも良いでしょう!!」
「……ダメージを与えるのが目的だと言っただろう?」
「だから誰の差し金です!!」
「俺の意志だと言ってるだろう」
「嘘だ!!」
「……物判りの悪い奴だな。そう言えばお前、昔から取り柄は運動神経だけだったな」
「っ!!」
「……仕方無い。死んで貰おうか?」
 ジャキッという音がする。……銃!? 出口の穴を覗き込む。何も見えない。足しか。……足!? 辺りを見回す。……コンクリートの破片。二、三個拾う。……外しませんように。スナップ利かせて一個ずつ投げる。一、二、三。全部命中。男は膝から出血しながら倒れ込んだ。
「動くな!!」
 中原の声。
「動くと撃つ!!」
 ほっと一息。やっと外に出る。中原はちらりと俺を見る。助けてやったのにあまり嬉しくなさそうだ。膝から血を流している、どことなく中原に似た男を人質にしている。
「銃を捨てろ!! 早く!!」
 周囲の男達は人質含め五人。バラバラに拳銃を投げ捨てる。俺は周りに気を付けながら、それを集める。持ちきれないから帽子に入れる。帽子でくるんで抱える。俺達は周囲を警戒しながら外へ向かって歩き出す。外にも見張りがいたが、俺が出た時は既に武器を中原が奪っていた。エンジン掛けたままの車が一台あった。
「ただで済むと思うなよ?」
 男は不意に言った。中原は男を見る。
「……次に会った時は容赦なく殺す。お前はもう、俺の弟でも何でも無い。代償は高くつくぞ。……お前がそのガキを気に入ってると言うなら尚更だ。そいつを先に殺す」
「……させませんよ」
「……随分な自信だな?」
の目の黒いうちは決して」
「……良く判ったよ。お前の考えが」
「…………」
「……全面戦争だ。面白くなりそうだな」
「…………」
「……どうした? 蒼い顔して」
「……本当に『裏』に人はいないんですか?」
「そう言ってるだろう」
「それなら何故これ程大掛かりなんです?」
「俺の実力だな」
「……嘘です。幾人も知った顔を見ました。……あれは……」
「……どうして信じられない? 二人きりの兄弟だろう?」
「……裏に誰もいないというなら、兄さんは誰かに騙されてます。でなければ利用されています」
「お前はつくづく兄をバカにしたいらしいな?」
「……どうしても判って貰えないようですね」
「それはこっちの台詞だ」
「……判りました」
 中原は目線で俺に後部座席に乗るよう指示する。俺はその通りにする。
「……さよなら、兄さん」
「……さよなら、龍也」
 男はぞっとするような笑みを浮かべた。中原は男を突き飛ばして滑り込むように運転席に乗り込み、発進させる。
「伏せて」
 途端、銃声が嵐のように鳴り響く。ガラスが粉々になり、雨となって降り注ぐ。
「っ!!」
 両手で頭を庇って座席の下へ俯せになる。中原は追っ手を振り解こうと、左右に車を激しく振って猛スピードでかっ飛ばす。俺は慌てて車体の一部にしがみつく。ここって街中じゃねぇの!?人里離れた僻地かよ!! ここは日本、銃刀法違反の国!!従って武器や護身具としてのナイフ携帯すら違法になるってのにどうしてっ! !どうして銃弾なんか飛び交ってんだよぉっ!! ド畜生っ!!

To be continued...
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