NOVEL

一滴の水 -3-

 水の音が聞こえる。ぱしゃん、たぷん、ぱしゃり。俺は水の上に浮かんでいた。何故、こんなところにいるのか、なんて考える必要なかった。泳ぐんだ。泳ぐために、俺はたぶんここにいる。
 キレイなエメラルド・ブルーの海。空は眩しいくらいのターコイズ。きらきらと乱反射してる光が眩しい。俺は一人、海に浮いていた。不意に、身の周囲を包み込む潮の香り。誰かに呼ばれたような気がして、俺は辺りを見回した。
『ここだよ』
 柔らかく、甘い、ハスキーな声。真っ白な小舟の上に、千堂さんが座っていた。
『千堂さん?』
 声が何故か微かにエコーする。千堂さんは柔らかく笑う。
『ほら、こっちへ来いよ』
 親しげにそう言って。俺はその笑顔の眩しさに一瞬目を細めて。茶色い髪が陽光を受けて、きらきらと輝いている。細い髪がさらさらと風を受けて、揺れている。俺はくるりと方向転換して、平泳ぎで小舟へと泳ぎ寄った。小舟の縁を掴んで、顔を上げると、間近に千堂さんの顔があった。
 千堂さんは腕を差し伸べる。その時になって、俺はようやく彼が何も着ていない事に気付いた。
 途端、溺れた。がぼがぼと沈んで、もがいて、足が引きつった。
『どうしたんだよ?』
 水の上から、千堂さんの声が聞こえる。俺は必死で水を掻く。
『早く来いよ?』
 笑みを含んだ声。俺はぶくぶくと沈みながら、水を掻くけど、身体はどんどん沈んで行く。水面が、光がどんどん遠くなる。
『……が…………なら、……は、……ない……だろ……?』

 冷や汗びっしょりかいて、飛び起きた。チチ・チチ・チチ……と、目覚ましが鳴っていた。喉がカラカラだ。頭がガンガンする。目覚ましを止めた。
 溺れる夢だなんて。溜息をついた。……夢で良かった。あんな格好悪いとこ、千堂さんに見られたら恥ずかしい。
 バスルームへと向かった。ワンルームに申し訳程度に付いた狭苦しいユニットバス。着ていた物を脱ぎ捨て、シャワーのコックをひねった。出て来たのは水。水が、頬を、肩を、胸を叩き付け、雫を作る。
「あ……付けるの忘れた」
 温水器のスイッチ。ま、いいか。水シャワーは慣れてる。ぶるりと頭を振った。汗が流せればそれでいい。ざっと流してコックをひねる。バスタオルで髪をがしがしと拭い、身体を簡単に拭くと、バスルームの外に出た。フォームを付け、髭を剃る。洗い流す。そり残しが無いのをチェックしてから、顔を洗い、歯を磨いた。
 箪笥の中から、ジャージを取り出し身に付けて、鍵と財布を拾ってジャージのポケットに放り込む。朝のジョギング。ついでに朝食を買ってくる。住んでるのは二階。一階はコンビニ。階段を早足で駆け下りて、公園の方へ歩道を走る。リズミカルに、腿を上げて。手の振りは小さめに。天気が良い。公園をぐるりと一周して、駅前を回って、最初とは逆方向から家へと戻る。最終点がコンビニ前。
 朝食用の、野菜ジュースとサンドイッチ、ヤキソバパンにカロリーメイトを買って、部屋へと戻る。テーブルに置いて、今度は忘れずに温水器のスイッチを入れる。ジャージを脱ぎ捨てて、今度はもう少しゆっくりシャワーを浴びる。筋肉をマッサージするように、少し強めにして、全身に浴びる。気持ちが良くて、目を閉じた。
 バスルームを出た後、ジーンズ、Tシャツに着替えて、食事を取った。本当はちゃんと作って食べた方が良いのだろうけど……ワンルームの流し台は、食事を作るのに不向きだ。それ以前に、料理なんてどうやって作ったら出来上がるものなのか、あまり良く判ってない。そう言えば、瀬川に以前、呆れられたな。目玉焼き一つ、作れないのかよ?って。
 瀬川。……どうしよう。考えてなかった。そう言えば、今日、学校行ったら瀬川に会うよな。瀬川に会ったら何て言えば良いだろう?
 噛みかけのサンドイッチを、野菜ジュースで流し込む。
 答えは決まってるんだ。瀬川は好きだ。でも、俺が好きなのは千堂さんで。瀬川への好意は、友人として、仲間として、ライバルとして、同級生としてのもの。だからそれ以外のものとして、扱う事など出来ない。俺は千堂さんが好きだ。瀬川が友人でなくなるのは厭だ。でも欲しいのは千堂さんだけ。……昨夜の光景が脳裏に浮かび上がった。俺は何故慌てて帰って来てしまったんだろう? 昨日はとにかく家へ帰らないと、と思っていたけど。折角会えたんだから、もう少し傍にいれば良かった。どんなにいたたまれなくても。電話番号も仕事先も何も聞かなかった。そもそも、まともに会話してないじゃないか。何の為に昨日会ったのか判らない。バカみたいだ。俺は混乱している。
 ふと、ごちゃごちゃ考えるのは、俺の趣味じゃないな、と思った。結果は行動に付いてくる。それは持論だった筈だ。立ち上がる。
 そうだ。為せば成る。やらずにどうこうってのは、俺の主義じゃない筈だろ? 朝一でプールに行こう。それから、授業が終わったら筋トレを。それ以外は、後で考えればいい。
 立ち上がって、支度をする。支度ったって、Tシャツとジーンズに替えて、いつものスポーツバッグ抱えて行くだけなんだけど。今日の講義に必要なものをそろえて、放り込んだ。
 定期と財布をジーンズのポケットに突っ込むと、スポーツバッグを抱え上げて玄関へ向かった。不意に、携帯の呼び出し音が響き渡る。あ、しまった。携帯忘れた。……タイミング良いな、と思いながら、携帯を取りに戻った。
「はい、野間崎です」
〔……野間崎〕
 どくん、と心臓が脈打った。……瀬川。
「あ……瀬川?」
 鼓動が急に早くなる。
〔今、目の前まで来てるんだ。行っても良い?〕
 めっ……目の前まで来てるって!!
「あ……丁度今、家を出ようと思ったところで……」
 どうした。歯切れが悪いぞ、俺。
〔そうなんだ? じゃ、一緒に歩かないか?〕
 断る理由は無い。無いんだけど……。
「……瀬川」
 うじうじぐずぐずするのはやめだ。
「俺、好きなひとがいるんだ」
〔……別に構わない〕
 妙にきっぱりとした、瀬川の声。
〔俺のこと、嫌いになった?〕
 ……そんな。そんなこと……。
「……なる訳無い。そういう問題じゃなくて、俺はお前の事……」
〔だったら俺が傍にいると迷惑?〕
「お前は俺の大切な友人なんだ」
 俺の、数少ない、友人。親友。俺はずっとそう思っていた。
「お前の事は好きだよ。だけど、俺はお前を友人としてしか……」
〔すぐに答えが欲しいとは思ってないんだ〕
 瀬川は俺の言葉を遮るように言った。
〔迷惑じゃないなら、別に良いだろ?〕
 畳みかけるように。
〔傍にいても、良いだろ?〕
 切実な、響き。マズイと思いながら──それでも拒めなかった。
〔それくらい、いいだろ?〕
 気持ちは良く判るから。俺だって──俺だって、千堂さんに迷惑だって言われたらすごく傷付くから。
「……判った」
〔本当に!?〕
 瀬川の声が嬉しそうに跳ね上がった。
「でも俺はお前の事、特別には思えな……」
〔嬉しい……!!〕
 幸せそうに。ずきん、と胸に痛みを覚えた。
「瀬川……」
〔俺、野間崎を好きになって良かった〕
「…………」
 俺は、返答が出来なかった。
〔最初、野間崎はとても遠い存在だったんだ〕
 瀬川は懐かしむような声で言った。
〔今でも忘れない。高校二年の夏、お前の隣で初めて泳いだ日のこと〕
「……え?」
 初耳だ。
〔あの時のお前は、まるで水生動物みたいで。キレイでクールで、格好良かった。俺はあの時からずっと──お前のこと、好きだったんだ。一目惚れ、で〕
 そんな。そんなの……。
「俺は格好良くなんかない」
 それどころか情けなくて格好悪くて。キレイでクール? 冗談じゃない。俺は、『水泳』以外何の取り柄も無くて。その『水泳』ですら、今は人並み以下だ。
「美化しすぎだ」
〔そんなこと無いよ〕
 瀬川は言った。
〔俺には最高に格好良くみえるよ〕
 思わず、頬が熱くなった。
「……褒めすぎだ」
 俺は自分が格好良いとはとても思えない。そんな風に思って貰う資格無い。
「俺はそんな風に言って貰える人間じゃない」
 格好悪くて。自分でも情けなくなるほど、どうしようもなく。
〔最高に格好良いよ。好きだ、野間崎〕
 その言葉の気持ちよさに、どきりとした。
「でも、俺は……」
 揺れてる。
〔……出て来てくれないか?〕
 瀬川は言った。
〔お前の顔を見て話したいんだ〕
 だけど、俺が好きなのは千堂さんなのに。
〔お願いだから〕
 切なげな、甘い囁き声。
 その瞬間に我に返った。
「……ごめん」
〔……っ!?〕
 回線の向こう側で、息を呑む音が聞こえた。
「残酷な言葉だって判っている。それでも、俺はお前を友人としか扱えない。……それでもいいか。俺を許せるか? 瀬川」
 酷い事を言ってる。それでも、俺の聞きたいのは──瀬川のそういう声じゃない。俺が聞きたいのは──。
〔……野間崎……っ〕
 泣きそうな、声。胸に、ちりりと痛みを覚える。
「俺が許せなかったら、このまま立ち去ってくれ」
 そう言って、通話を一方的に切った。鼓動が、早い。胸が痛くて。俺も泣きそうだった。何故こんな事になったんだ、と思う。俺にはあまり友人がいない。瀬川は大学に入ってから出来た、初めて心が通じ合う親友だ。そうなのだと、俺はずっと思っていた。瀬川が俺に合わせてくれていたのかも知れない。だけど、俺は気付かずにいた。俺はまるで気付かなかった。
 大学に入る前から、俺の事を好きだった? ──俺はそんなこと、ちっとも知らなかった。気付きもしなかった。瀬川はそんなこと、微塵も感じさせなかった。最初から好意的で親切で──俺の好きな音楽の事も、映画の事も、何もかも知っているような──日だまりのような、心地よさに甘えていた。趣味や好みのあまりの共通点の多さに、俺は感激したものだ。あまり感情が表に出るタイプではないけれど、瀬川だけは判ってくれた。悲しい時や、苦しい時も。心が通じ合っているのだと──他の誰が判ってくれなくても、瀬川だけはきっと俺を理解してくれるのだと、俺は思っていた。
 大切な『聖域』。失いたくないもの。心地よい友人関係。今まで、俺の周囲の人間は、俺にあまり近付いて来なかった。水泳選手として活躍している時も、やめてからも。やめてからはそれまで以上に、俺に近付こうとする奴はいなかった。皆腫れ物に触るように、遠巻きにするだけだった。俺に近付くのは、瀬川と、それから同じゼミを取ってる塩谷くらいだった。
 瀬川は俺を親身になって心配してくれた。入院中、毎日見舞いに来てくれたし、リハビリにも付き合ってくれた。日常生活に不自由しなくなってからも、色々心配してくれた。折角入った大学だけど、やめようかと思った時に止めてくれたのも瀬川だ。出られなかった講義のコピーを集めたり、過去の試験問題を手に入れてくれたり、俺は感謝するばかりだった。
 瀬川の気持ちに報いたい。……だけど、俺は瀬川を、瀬川が俺を思ってくれるようには思えないんだ。だって、俺は千堂水穂さんに出会ってしまったから。
 千堂さんは綺麗だ。涼やかな二重瞼、長い睫毛、少し憂いを含んだ瞳、さらさらと風に揺れる鳶色の髪。華奢で繊細で、折れそうなイメージなのに、結構気が強かったりとかして。俺はまだまだ、何も知らないけど。それでも、新たな一面を見つける度に、ひどく嬉しくて。気持ちよくて、また好きだと思ってしまう。
 だから、瀬川を好きでも、千堂さんを思うように瀬川を見る事なんか出来ない。それは瀬川にも、千堂さんにも失礼だ。比べられる訳が無い。
 瀬川に嫌われたかも知れない。恩知らずな奴だと呆れられたかも知れない。それでも受け入れられないものを、受け入れたフリなんて出来ない。あった事を無かった事にして口を拭ったり出来ない。俺は基本的に、バカなんだ。
 立ち上がって、靴を履き、ドアを開ける。恐る恐る外を見る。……誰もいない。悄然としながら、外に出る。エレベーターの前へ行き、ボタンを押す。チン、と音がして扉が開いた。
「……瀬川」
「傍にいたいんだ」
 そう言って、瀬川は俺の胸に飛び込んできた。
「瀬川!?」
「迷惑でも、傍にいたいんだよ、野間崎」
 瀬川の腕が、首の後ろに回される。
「好きなんだ」
 胸を、突かれた。どくん、と心臓が大きく脈打った。涙に濡れた瞳が、俺を真っ直ぐに見上げていた。
「頼むから俺を拒まないで」
 必死な瞳で。足下の地面がぐらり、と傾いだ気がした。
「……瀬川……」
「何でもするから」
 そう言うと、瀬川はぐっと腕に力を篭めてしがみついた。
「野間崎が望む事なら何でもするから」
「……瀬川……俺は……!!」
「好きなんだ」
 瀬川の両手が俺の両頬に触れた。ぐいと引き寄せられる。
「っ!!」
 エレベーターの中に引きずり込まれ、強引に口づけられた。
「せが……っ!!」
「俺の事、好きにしていいから。ボロボロにしても良いから」
 そんな事、言われても。
「出来る訳無いだろ」
「俺、野間崎のためだったら何でもしたいんだ」
 引きずられそうに、強い瞳。真っ直ぐな。僅かな狂気を帯びた瞳。
「させてよ?」
「……俺は……」
 更に、瀬川は俺の唇を塞いだ。瀬川の舌が、滑り込んでくる。切実な吐息を洩らしながら、瀬川は俺の唇を、舌を求めてきた。俺は拒む事も出来ず、受け入れる事も出来ず、ただ呆然としていた。されるがままになっていた。舌の上を、歯茎の裏を、上顎を撫でていく瀬川に、恍惚としながらも、理性がこれはマズイだろ、と警告をしていた。
「野間崎」
 掠れた声で、瀬川が呟いた。俺は瀬川の両肩を、そっと押しやった。
「……野間崎?」
 理性を総動員させて。震える心を懸命に抑えて。
「……ごめん」
 瀬川は真剣だ。この上なく真摯だ。それが判っているだけに──受け入れる訳には行かないんだ。このままだと、引きずられる。
「ごめん」
 瀬川は泣きそうな顔で、俺を見上げた。
「……どうしても、駄目……?」
 俺は視線を逸らした。
「ごめん」
 瀬川の想いに応えられないのに、引きずられてしまいそうだから。俺は卑怯な人間だ。
「ごめん」
 謝る事しか、出来ない。
「俺の事が我慢できない?」
「そんなのは……」
 そんなことは無い。だけど──受け入れる訳にはいかない。それだけは確かだ。
「俺は……お前の気持ちが一生懸命だから、俺もそうでありたいんだ」
 苦しい。
「俺はお前を裏切る事が出来ない」
 自分の気持ちにも。
「嘘はつけない」
「……野間崎……」
「ごめん」
 瀬川の両目から、涙がこぼれた。胸が、痛んだ。俺は、酷い奴だ。もっと他に、言いようは無かったのか? 自問自答しても、今更言葉は取り消せない。
 スポーツバックの中からタオルを取りだした。
「瀬川」
 瀬川は俺の胸にしがみついてきた。
「瀬川……!?」
「……しばらくで、……いいから……ごめ……っ!!」
 俺は途方に暮れた。その時、ガクン、と揺れてエレベーターが下降し始めた。
「せ、瀬川……っ」
 どうしよう……。取りあえず、瀬川を背に庇うように立ってみるけど──一階まで止まらずに降りた。扉が開く。
「あれ? 瀬川と野間崎?」
 ギクリ、とした。塩谷だ。
「あー、そういや、お前ここ住んでるって前聞いたな」
「あ、ああ。どうした? 塩谷」
 塩谷から瀬川の顔が見えないように、位置を変える。
「どうしたもこうしたも! 女友達に呼び出されてな。ほら、俺、モテるだろ?」
 そんな事は初めて聞いた。
「そうか」
「って、野間崎俺に何か聞く事ねぇの?」
「……聞く事?」
「ほら、どんな美人な彼女なのかとか、一体相手は誰なんだとか」
「興味無い」
「聞けよ! 友達甲斐の無い男だな。俺がお前のフォローでどれだけ苦労したか判ってるのか? くそ、今度お前おごれ!!」
「悪い」
「悪いと思ってる風に見えないんだよ。お前の仏頂面は。……って瀬川ぁ、お前大丈夫か? 気分悪いとか?」
「あっ、いや瀬川は今……!」
 瀬川の顔を覗き込もうとする塩谷から、瀬川をガードする。
「何? お前ら。……何隠してんだ? アヤシイぞ、こら」
「俺、じゃあもう、先行く。悪かったな、野間崎」
 瀬川はうつむき加減に言うと、俺を押しのけてそのまま走り去った。
「……瀬川」
 ぐい、と腕を引かれた。
「……野間崎?」
 振り向くと、塩谷が真剣な表情で俺を見ていた。
「お前ら、何があった?」
 ……言える訳が無い。
「塩谷には関係ない」
 塩谷の眉間に皺が寄った。
「お前、俺に迷惑かけてるって自覚、薄くない?」
「悪いけど、勘弁してくれないか?」
「……お前ら、付き合ってるんじゃないの?」
「!?」
 ぎょっとした。驚いて、塩谷を凝視した。
「何言ってるんだ!?」
「てっきり俺は、お前ら付き合ってるんだと思ったけど」
「つ……付き合ってるって……友人同士でって事か?」
 まじまじと塩谷を見る。塩谷は真顔だ。
「ボケかますな。恋人同士じゃねーのかっつってんだよ」
「男同士だぞ!?」
 言うと、塩谷は舌打ちした。
「……あー……そっかお前『天然』だった」
「何を言ってるんだ?」
「つまり、可哀想に瀬川は振られたってとこか?」
 なっ……!! ななな……何で!!
 塩谷は溜息をついた。
「瀬川も報われねーなぁ。誰がどう見たってラブラブだったのに」
「何が……?」
「一発殴らせろ」
「……え? ……っ!!」
聞き返した時には、塩谷のパンチが腹に食い込んでいた。油断していて、一瞬息が詰まった。
「おらおら、腹筋の鍛え方足んねーぞ? 入院してからだらけまくってんじゃねーのか? おい」
「……なっ……塩谷っ……!!」
 けほ、と咳き込んだ。
「一体何で……」
「今まで加減してたんだよ」
 ……何を?
「これからは本気で行かせて貰う」
「……何を?」
「瀬川は俺が貰う」
 俺は眩暈に襲われて、思わず壁に手を付いた。

To be continued...
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