無名兵士の見たORCA
第3話
#1 男は、狭い部屋の中でソファに腰掛け、ただ宙を見上げていた。 目線の先には、天井しかない。天井にあるのはライトだけだが、それを見ているわけでもない。 男の隣には、寄り添うように一人の女が座っている。 「大丈夫?」 女は言ったが、男は返事をしない。女はそれが分かっていたかのように、また黙り込んだ。 しばらく時間がたってから、やっと男は返事をした。 「いくらか、調子はいい」 「良かった」 女は微笑んだように見える。 またしばらく時間がたってから、男は続けた。 「平穏に暮らす事なんて、できずじまいだったな」 「いいのよ」 どちらも何も言わないまま、長い時間が過ぎた。 女はその間、ずっと複雑な表情をしていたが、やはて、意を決したように言った。 「……逃げよう?」 「駄目だ」 男は、今度は即答した。 「どこまで逃げても、逃げきれない速さで追いつかれてきた。戦いに」 「……」 「だが、次で最後だろう」 「この前も、そう言ったよね!? でも、なんでまだ戦うの!?」 女は声を張り上げた。 「負ける時が来るまで、死ぬ時まで、戦い続けるつもりなの……?」 「次で最後だ。負けない」 もう一度、男は言った。 #2 翌日、思ったよりもだいぶ早く、メルツェルに呼ばれた。皆相当深刻な顔をしてたから、てっきりブリーフィングは長引くだろうと想像してたんだが……。 「2時間後に、すべてのリンクスは出撃する」 ずいぶんな大作戦なんだな、そう思ってると、メルツェルは続けた。 「ほとんどは、いや、恐らくは全員、帰って来れないだろうな」 「おい……」 「自殺しに行くわけではないさ。生き残れれば、それに越した事はない」 「どこに出撃するんだ?」 「私とヴァオーはビッグボックスを占拠し、テルミドールと真改は、アルテリア・クラニアムに襲撃をかける」 「ハリは?」 「最後の任務を果たしに、あちらへ戻っている」 「最後の任務?」 「この襲撃計画をあちらにリークして貰う事で、戦力の分散をはかれる。そして彼には、『情報収集のため、ORCAに潜入していた』という位置付けを固めてもらうわけだ。責めを受ける事はないだろうし、もしあっても、軽いものだろう」 「なるほどね」 メルツェルはしばらく黙ってたが、何か思い出したような顔になった。 「そして、君にも重要な仕事がある」 「何だい」 「今ではなく、先の仕事だ。この作戦の結果がどうなったとしても、それで世界は終わりはしない。君には、未来を託したいという事だ」 「おい……」 俺はそこまでの大物じゃないぞ、そう言いかけたが、メルツェルは続けた。 「旅団内では、君は『テルミドールかメルツェルの腹心』という認識をされている。そうなるように、君を司令室にいつも置いていたからな。その人物が仕事を引き継ぐ事に、異論を差し挟む者もそうはいないだろう」 「……」 「未来を託すために、今与える任務がある。私が出撃してから、これらの書類、資料全てに目を通してくれ」 メルツェルは、自分のデスクの上の、そびえ立つ書類の山に手を置いた。 「これだけの量だ、読み終えた頃には趨勢は決しているだろうが、どちらに転んでいても、それに対応できるような情報が詰まっている」 「……途方もない量だな」 「だが、頑張って読んでおいてくれ。部屋の鍵は開けたまま出撃するので、頼んだぞ」 わかった、と俺は言って、一度自分の部屋へ帰る事にした。 資料を一冊くらい持って戻ろうと思ったが、「出撃してからにしてくれ」と言われたので、やめた。 #3 「あなたが出るとは、思っていませんでした」 ビッグボックスへ向かうメリーゲートから、随伴するフィードバックに向け、通信が入る。 「テロリストに古巣が占拠されたと聞いては、黙ってはいられないさ」 「元GA本社、だそうですね……」 「グリンフィールド、いつも言っているが、決して敵を甘く見るな。常に相手は自分より強いと思え」 「はい、気に留めています」 ビッグボックスに、フィードバックとメリーゲートが着地した。双方の位置から、フィードバック対グレディッツィア、メリーゲート対オープニング、という形が自然とできた。 「堅牢な機体だな。火力もいい。自社製品に苦しめられるというのは、良いのか悪いのか」 フィードバックは、グレディッツィアに向けてハイアクトミサイルを放ち、そして、バズーカを射出した。 これだけで、やってきた。ワンパターンだとか、粗製リンクスだとか呼ばれても、ずっと長い間、これだけでやってきた。勝ち抜いて、生き抜いて来た。 そして今後も、それだけでやっていく。 「今ここにいるのは、一人のリンクスだ。企業の重役などではない……」 心に思った事が、つい口に出た。 「いい事言うじゃねえか、『ローディー』さんよぉ」 音声を拾われたようで、グレディッツィアから返答があった。 もちろん交戦は止まらない。どちらも、自分がそう決めた戦術をもって、全力で相手を叩き伏せるための戦いを続けている。 グレディッツィアの攻撃は、荒削りなどという次元ではなく、豊富な装弾数をもって脅威的な弾幕を展開するのみ、という乱暴なものだが、だからこそ脅威だ。 セオリーというものが通じない。バズーカの直撃にも怯まず、弾が止まる事がない。一度捉えられれば、プライマルアーマーは消し飛ばされ、装甲の薄い機体なら深刻な打撃を受けるだろう。 装甲が硬いとはいえ、フィードバックも何度か捉えられ、無視できるレベルではない打撃をこうむっている。 しかしフィードバックは、回避運動はするが、逃げ回りはせず、当てる事を優先に動く。 これは、意地だ。戦いに身を置き、自分のやり方を貫き続ける事でのし上がった男として、同じく自分のやり方を貫こうとする相手に対しての、意地だった。 「悔いはねえ……楽しかったぜ!」 グレディッツィアは沈黙した。次はオープニングか、と思った時には、そちらの戦闘も収束しつつあった。 メリーゲートの戦い方については、まだ荒削りという表現がよく似合う。 機体の耐久力を信頼し、正面から重い打撃を叩き込むと言う、重量機のセオリーに合ったものだ。 この相手の動きは、良いとは言えない。参謀だと聞いているから、そういうものなのか。メイはそう思ったが、先程も言われたように、相手を舐めてかかる事はしない。 脅威となりそうなものは、大型ミサイルか。これはさすがに、まともに受け止めるのはぞっとしない。 その大型ミサイル発射装置が動き、スタンバイの態勢になったのを、メイは見逃しはしなかった。撃つつもりだ。自分にではなく、グレディッツィアと交戦中の、ローディーに向けて。 メイは火力を集中した。ミサイル発射装置に向けて。 たちまち、大爆発が起こる。やったか、と思ったが、オープニングはまだ沈黙していない。しかし恐らくは最大の兵器であろう大型ミサイルを破壊され、そして相当なダメージを受けている。畳み掛けるなら、今だ。 距離を取ろうとするオープニングを追いかけるメリーゲートは、強烈な衝撃を受けた。 「砲台!? しまった……」 一瞬怯んだ間に、何発か被弾した。しかしまだ、致命傷とはならない。 態勢を立て直したメリーゲートは、全火力をオープニングに集中した。 オープニングも、沈黙した。 「グリンフィールド、少し気を抜いたようだな。固定砲台の存在については教えたはずだが」 「す、済みません……」 「まあ、これもいい経験だ。生き残れたのだから、次はもっと良くなるだろう」 突然フィードバックが跳び上がった。メリーゲートも、それとほぼ同時に跳び上がった。 直後、二機がいた場所を、砲弾が通り過ぎて行った。 「無駄弾を撃ちたくはないが、まだやるなら相手になるぞ」 フィードバックの外部スピーカーから声が響くと、周囲の砲台は動きを止めた。 「話がわかるな。武装を解除し、投降してくれ。悪いようにはしない」 「さて、我々の仕事は、後続部隊が彼らを逮捕しに来るまで、見張るだけだ。終わったら帰還する」 「主力を撃破したわけでしょう? 敵本部への攻撃は……?」 「割り当てられていない。他の連中の仕事だ」 #4 男は、複雑な表情をして、異形のACを見上げていた。 「プロトタイプネクスト」 そう呼ばれている、禍々しいまでの存在感を誇るもの。 「運命の悪戯、か。まだまだ、あいつとは縁は切れないんだな」 「……」 常にこの男と一緒にいる女は、黙っている。 「こいつの能力がどれほどかは、戦った俺がよく知ってる……負けはしないさ」 「搭乗者にどれほどの負荷がかかるかも、知ってるの!?」 女は大声を張り上げた。 「だが、今度こそ最後だ……終わったら、帰ろう」 「どこに? どこに行っても、戦いばかり……。どこに行けばいいの?」 「今度は……逃げるために戦うんじゃない。戦いを終わらせるために、戦う」 逃げて、逃げて、ここまで来た。 ORCAとの取引に応じたのも、ラインアークから逃げるためだった。自分に頼りきった連中が無言で与えてくる重圧から、逃げるためだった。 彼らに理想はなかった。あったのかもしれないが、どこまでも薄れ、消えかけていた。 「逃げ場がもうなくなった、とも言えるんじゃないの?」 女は自嘲的に笑いながら言った。 「もう賽は投げられた。銃で撃ち抜いて目を操作してでも、勝つしかないさ」 「ちょっと縁起が悪いわね……」 二人は、以前ORCAに与し、そして斃れた、お調子者の独立傭兵の事を思い出していた。 しばらくの間、どちらも何も言わなかったが、女は突然、男に抱きついた。 「負けないで……お願いだから」 「大丈夫だ」 直後、そばに置いていた携帯端末から、着信音がした。 女は男から離れると端末を見ると、気持ちを切り替えたかのように、冷静な声で言った。 「アンサングとスプリットムーンが撃破された、という連絡が来たわ。そして、敵ネクスト二機はそのままこちらに向かっている、との事」 「……出番か」 男はまた、異形のACを見上げた。 |