無名兵士の見たORCA
第2話
#1 「やりすぎだな。障害だけを排除しろと言ったはずだが?」 メルツェルは、かなり厳しい口調でオールドキングに言った。 「お言葉を返すようで悪いが、俺に言わせりゃ、あんたらが温すぎだよ」 事の起こりは、こういう事らしい。 オールドキングが、企業連の物資輸送部隊に襲撃をかけたらしい。そして任務は成功、相手側の生存者、ゼロ。武装車両やMT、ノーマルだけでなく、非武装のトラック乗組員や、降服した者までも、皆殺しにしてしまったようだ。 「俺だって鬼じゃねえから、奴等が最初から白旗上げて、物資を差し出してりゃあ、殺しはしなかったぜ。だが、豆鉄砲でも、先に手を出してきたのはあっちだ。だからいたって真っ当に反撃をしたし、脅威になると思われるものは全部排除した。それだけだ」 「非武装の運転手や整備員が、君のネクストにとっては脅威なのか?」 メルツェルは、ため息をついた後で、挑発するような口調で言った。 対するオールドキングの言葉は、もっとシンプルな挑発だった。 「あんた、自分で思ってるほど、頭良くねえな」 「何だと……」 「組織にとっての脅威だよ。ORCAに喧嘩を売っても謝ったら許してもらえる、なんて吹聴されて舐められるのと、ORCAに刃向ったら命は無い、と恐れられるのと、どっちの方が、革命とやらを順調に進めるには都合がいいかね」 「まあ、任務は成功した。革命とは何か、についての議論は平行線をたどるだろうから、やめておこう。御苦労だったな」 テルミドールがこう仕切って、この事態は何とかおさまった。 任務に成功したのに説教されちゃたまんねえぜ、と捨て台詞を残して、オールドキングは会議室を出て行った。 「どう思う?」 テルミドールが、珍しく俺に話を振って来た。 「やりすぎだとは思うな」 「……いや、言葉足らずだった。あの男が言った二つのケース、舐められるのと恐れられるのと、どちらが革命にとって都合がいいか、だ」 「難しいところだな。恐れられた方が都合がいいかもだが、革命が成功した後でまた革命を起こされる危険は大きい気がするな」 ほう、と言って、メルツェルは感心したような顔をしている。 「その通りだ。そして君が言った事は、今現在起きている」 テルミドールは、大きく息を吸い込んだ。これが演説を始めるときの癖だと言う事は、最近やっと分かってきた。 「企業は国家解体戦争時、圧倒的な力で、恐怖をもって革命を成功させた。それに対してさらに革命を起こそうとしているのが我々というわけだが、そこでまた恐怖のみをもってすれば、同じ轍を踏むだけだ。私はそう思っている」 テルミドールはメルツェルの方を見て、今度はそっちに話題を振った。 「彼には、どこまで話している?」 「我々は野蛮人ではない、という所までは」 「クローズプランについて、説明しておいてくれ」 メルツェルは少し逡巡してる風だったが、黙ってうなずいた。 途方もない話だ。すぐには、その内容の全てを飲み込めるわけがない。 衛星掃射砲にあれだけこだわった理由についても、それで察する事ができたし、何を交渉しているのかも、分かった。 「納得はしづらいだろうな」 メルツェルは俺の心中を読んだかのように言った。 「黙認される事が、革命の前提だなどとは。しかし我々は、老人達に全てを話してはいないし、現状では、彼らを欺いている事になる」 「欺いている事がわかったら?」 「相応の答えを、用意してくるだろうな。」 俺はまだ話を飲みこみ切れないままだったが、自分の部屋に戻る事にした。そのうち分かってくるんだろう、多分……。 #2 「よう。ノーマルに乗れるらしいが、空中でドンパチやった事はあるかい?」 数時間後、オールドキングが話しかけてきた。 「ないな……乗れると言っても、講習は受けた、って程度だしな」 「そりゃ残念だ。面白い事をやろうと思ってんだが、飛べなきゃ楽しめねえからな」 「何をやろうとしてるんだ?」 「革命さ。強烈なパンチをくれてやるんだよ、あの坊やが言う所の貴族さん達にな」 どこかの施設でも襲うんだろうか。指令を受けている様子はないが……。 「どっちにとっても、いい刺激になると思うぜ。連れて行ってやれねえのは残念だが、結果を楽しみにしてな」 オールドキングはそれだけ言うと、格納庫の方へ歩いて行った。 「リザと、ノーマル数機が出撃しました。指令は出ていませんよね?」 いつもレーダーや計器に張り付いてるオペレーターが、珍しく少し焦ったような声で言った。 「何もないが……?」 「独断で、何かしようとしているのだろうな」 メルツェルは苦虫を噛み潰したような顔をしている。 「こういった行動を続けるようなら、放逐する他ないと思うが」 「そうだな」 テルミドールも、複雑な表情をしてる。俺は、さっきオールドキングと話した内容を伝えた。 「まさか……リザの針路予測は!?」 「上、です。リザとノーマルは、上昇を続けています! 直上には、クレイドル03!!」 「何と言う事だ……アンサングを出せ! 私が行く」 「やめろ、テルミドール」 メルツェルが口を挟んだ。 「皆にも言っておくが、決して追いかけるな。その場にいるだけで、共犯と扱われるだろう」 「じゃあどうすりゃいいんだ、メルツェル!? 黙って見てろって言うのかよ!」 「ハリ」 「了解」 なにも指示されないうちに、ハリは何かを悟ったようで、部屋から駆け出て行った。 「すぐに、第三者を通じて、企業連とカラードに情報が行くだろう」 クレイドル03には、家族がいる。 そんな悠長な事してる場合か、とメルツェルに食ってかかりそうになったが、何故か、俺はそうしなかった。 理由は自分でも分からない。 リザは、クレイドルを数機落としたが、企業連から派遣されたネクストの攻撃を受けて退却したようだ。 そしてすぐに、行動を掴んでいたORCA部隊に捕まった。リザは抵抗はしたようだが、やはりかなりのダメージを負っていたらしく、予想外にあっけなく投降したらしい。 不謹慎だとは思うが、俺は安堵してた。家族の乗った機体に攻撃が向く前に、ノーマルは撃墜され、リザも退却したようだったから。 「クレイドル03には、家族が乗っていたらしいな」 緊急招集がかかって指令室に向かっている時、メルツェルが急ぎ足で後ろから追い付いて来て、言った。 「後手に回った私を恨むなら恨んでくれ。殴りたいならば、殴ってくれ。しかし私は、事前にそれを知っていたとしても、行動は変えなかった……」 勝手に話が進んでる。 「乗ってはいたが、落とされてない4号機だ。さすがに素直に喜ぶわけにもいかないけどな」 「確かに喜べんが、それは何よりだ」 メルツェルは大きく深呼吸した。 「さて、私情を挟もうと、挟むまいと、選択肢は一つしかない」 司令室に着いた時には、もう始まっていたようだ。電子手錠をかけられたオールドキングは、不敵に笑いながら、テルミドールを見ている。 まるで、自分にやってくる、恐らく最悪の出来事について、気にもかけていないかのように。 「数千万の人を殺した感想はどうだ?」 「楽しかったね。まだまだ、足りないくらいだがな」 即答すると、オールドキングはさらに続けた。 「まさか、反省や後悔なんか期待してねえだろうな? 俺は、俺の考えに基づいて革命をやってるだけだ。てめえらみたいに、ガキが親父に刃向ってみるような、ぬるい遊びやってるわけじゃねえんだ」 オールドキングは不気味に笑っているだけだった。 「連れて行け。この男は、放逐はしない。他のリリアナ残党は全て追い出せ」 「……了解」 真改はオールドキングを連れて部屋を出た。テルミドールは、『放逐はしない』という言葉を、不自然に強く言った……。つまりは、そういう事だろう。 「ふん、悪くねえな。俺の計算だと、大体4000万くらいの命と、俺の命がニアリーイコールで結ばれるわけだ」 それが、俺の聞いた、オールドキングの最後の声、言葉になった。 「老人達は、対話のチャンネルを閉ざしたよ。さすがに、狂人数人の首では、釣り合うはずがあるわけもない」 「……そうか」 諦めにも似た表情と声で、テルミドールは言った。こいつがここまで消沈してるのは、初めてだ。 すぐに、オペレーターが驚きの声を上げた。これも初めて聞く。 「旧ピースシティエリアに、巨大な反応! アームズフォートです。照合不能」 「照合不能である事が、あまりにも雄弁に、その名を物語っているな」 テルミドールはため息をついた。 「その目標を、アンサラーと呼称しろ。それが老人達の答えだ」 「知ってるのか?」 「作られていた事は、知っていた。だが完成していた事は、知らなかった」 「アンサラー周辺に、コジマ反応……反応どころではありません。現在のデータでは、コジマの塊が移動しているとしか、言い表せません。針路は正確にこちらを向いています」 「当然だな。彼らは我々の居場所を知っているのだから」 メルツェルは落ち着き払っている。まるで、諦めてしまったかのように。 「迎撃できないのか?」 俺は面白い事を言ったつもりなどないんだが、皆は苦笑している。 「誰か、少しでも時間を稼ぐために、死んで来てくれないか?」 テルミドールはそう言ったが、すぐに続けた。 「……もし、このような命令を出すとすれば、まず私が実行してからだ」 テルミドールの最初の言葉を聞いて、真改が一歩前に出かかった事に気付いた奴は、何人いるだろうか。俺は気付いた。 #3 「あれはまた、とんでもないのが来とるな……しくじったか、奴等」 「ORCA内のリリアナ残党がクレイドルを襲撃、何機か落とした。それに対する、企業連の答えがあれのようだ」 モニターに映るアンサラーを見ながら、MTの中で、老人と女が話していた。 「あいつらか。私は、ああいう手合いを入れるのには反対したんだがなあ」 「恐らくは本当にリリアナの独走だったのだろうが、排除したから許せるというものでもない」 このMTは、外観からは、「コジマ汚染注意」のマークがでかでかと描かれたタンクを背負った、重量級MTにしか見えない。コクピット部分が重厚にシールドされているように見えるのも、コジマプラント等で作業する機体には、よくある事だ。 間近で見たならば、アンテナやレーダーの質が相当に良いと気付くかもしれないが、特に疑問を抱かれるほどではないだろうし、見るからに危なそうな、こんなMTに近付く者もいない。 しかしその中身は、作業用MTとは全く趣を異にしていた。コクピット部分は、ちょっとした部屋と言っていいレベルに改装され、各種モニターや電子機器が所狭しと並んでいる。 こちらが捕捉しているのだから、当然アンサラーもこちらを捕捉しているはずだが、何もしてくる様子はない。外観からは作業機でしかなく、発しているレーダー波を捉えられたとしても、せいぜい観測機としか判断されないだろう。 何より、針路上におらず、兵器の有効射程からもかなり離れた場所にいるMTに、わざわざ攻撃を加えに来るはずもない。 女の読みは的中し、アンサラーは、この「簡易指令室」との最接近距離をそのまま通り過ぎて行った。 「すまんな、色々と……」 「気にする事はない」 モニター群の中心にある椅子に腰掛け、ヘッドセットを着けながら、女は答えた。 「そもそも、貴方が仲間を弔いたいと言い出してくれなければ、私は奇跡なんて物を見る事もできず、ネクストの最重要パーツも、手に入らなかったのだからな」 老人はしばらく黙っていたが、意を決したように口を開いた。 「あいつは、どうだ?」 「やはり気になるか。この仕事が終わったら、感動の再会でもお膳立てしようか?」 女は表情を変えずに答えたが、その口元が少し緩んでいる。 「会うわけにはいかんよ。どうしてるか教えてくれるだけでいい」 「……旧型のあの機体にこだわり続けてはいるが、まあ良くやってる。こんな大仕事を任せようと思うくらいにはな」 「勝てるのかね」 「勝った後以外の未来を想像しても、意味はない。負ければ全てが終わりなのだから」 女は、今度ははっきりと、いや、むしろ大げさな笑い方をした。 「それにしてもずいぶん弱気だな、ノーライフキング。死ぬ死ぬと言われながらここまで生きて来た化け物も、さすがに本当に死が迫る年頃になると、そういうものなのか?」 「抜かせ。私は百までは生きるつもりでいる」 「王小龍は、その時になっても、まだ生きてるかもしれんな」 ひとしきり笑ってから、女は急に表情を引き締めた。 「さて、仕事にうつるか」 「遠方に見えるアームズフォート、アンサラーを撃破する。目標付近は、近頃の温室育ち連中じゃ卒倒するようなコジマ濃度だが、お前なら問題あるまい。戦闘準備」 「……了解、たっぷり浴びて来ますね。終わったら、抱き合って喜び合いましょうか」 通信機の向こうからの声を聞いて、老人は何とも言えない表情を浮かべた。 「変わったな、あいつも」 その声をマイクが拾ってしまったらしく、通信機の向こうから困惑した声が聞こえた。 「誰か、他にいるんですか?」 「ああ。オーメルから寝返った技術者だ。この任務には必要なので、同行して貰っている」 「そうですか……戦闘モードに移行。肉声通話は終了します」 老人は、女に向かって頭を下げながら、手を合わせるような仕草をした。 #4 「アンサラーに、何かが接近……ネクストです」 「何!?」 テルミドールは報告を待ち切れないと言わんばかりに、オペレーターが見ていたモニターの所まで駆け寄った。メルツェルも後を追う。 「機体識別コード照会……機体名『レイレナードの亡霊』!?」 「ふざけた事をやってくれるな」 テルミドールは笑いをこらえているようだが、眼だけは真剣そのものだ。 「そのネクストと通信は可能か?」 「試しています。届いてはいるようですが、返事はありません」 「届いていればいい」 テルミドールはオペレーターからマイクを奪うと、向こうにいる誰かに向かって、話しはじめた。 「ORCA旅団、マクシリミリアン・テルミドールだ。そちらが何者かは問わない。しかし、あのアームズフォートに立ち向かうのなら、増援を送る用意がある。接敵を少し待ってくれないか」 「増援は不要だ。話がややこしくなる」 返答があった。しかしそれは、ネクストからではなかった。 「今のは、戦闘区域外からの通信です。恐らくは指令車両か、それに類するものもいると思われます」 画面に食いつきながら、オペレーターは言った。 「繰り返す。増援は不要だ。我々は、安眠妨害をする無礼者に制裁を加えに、地獄から蘇って来たに過ぎない。間もなく交戦を開始するので、以後返答はしない」 「……指令車両らしきものの場所は、特定できるか?」 「掴んでいます」 「よし。返事は無くていい。把握しているアンサラーの情報を、指令車両に送りつけろ」 「はい」 オペレーターは大急ぎでキーを叩いている。 「無人偵察機も寄せます。間もなくカメラ映像が入るでしょう」 「これは……」 メルツェルは目を丸くしてる。最近、思わぬ相手の思わぬ姿を、よく見るもんだ。 「どうやら、本物の亡霊のようだな。ふざけているなら、度が過ぎる」 テルミドールは自分の椅子に戻って、腰かけた。 「破壊の化身と亡霊の、この世ならざる戦いだ。確かに我々の出番はないのかもしれん」 やってきたネクストは、ずいぶん健闘しているようだ。カメラを曇らせるほどのコジマの霧の中、全く影響を受けている様子もなく、打撃を与えているように見える。 モニターに映るアンサラーは、だんだん傾いて行き、そして、ついには地上に落ちた。 その衝撃は、かなり離れているはずのここまでも揺らすほどだった。 「アンサラー、活動停止。ネクストと指令車両は、すでに捕捉できる範囲から出ています」 オペレーターが言うと同時に、指令室の外、ノーマル格納庫や居住区からも歓声が上がるのがわかった。皆も、アンサラーが落ちるのを見たんだろう。 外に出て、ORCAの旗を振りまわしている連中までいる。 「水を差すようだが、浮かれてはいられないぞ」 「……分かっている。クローズプランを次の段階に進める」 テルミドールが言うなり、指令室にいた皆は、まるで水を打ったように静かになった。 「明日だ。全リンクスは、明朝0900に集合」 「明日のブリーフィングは特別だから、君は出席できない。だが、終了後に呼ぶので、自室待機していてほしい」 指令室を出ると、メルツェルが話しかけてきた。 「わかった。そもそも、今まで同席させてもらえてたのが不思議だったからな」 「その理由も、明日話すつもりだ。よろしく頼む」 それだけ言って、メルツェルは自分の部屋の方向へ向かった。いつも何か考えているような顔はしてるが、今に関しては、まるで、思い詰めているかのようだった。 今日に限り、多少羽目を外してもいい。しかし明日まで引きずるな。 テルミドールの声で、そんな放送があった。俺は、ささやかながらも宴会をはじめるらしい、ノーマル乗りグループに合流する事にした。 |