※ 辻褄合わせのため、動画コメの小話と食い違っています。
   ・ 例の人はイクリプスに乗ってなかった。あのミッションもまだ発生してない。
   ・ クレイドル03襲撃は発生していない。
   ・ 普通にオーメルやめてGAに転職し、ギガベース沈められて救出された。

無名兵士の見たORCA


第一話


  #1

「アステリズムとグレイグルームの反応が消失、連絡も途絶しました」
 オペレーターが、無感動に言った。
「斃れたか……」
 メルツェルは、まるでそれがどうでもいい事であるかのように、一言だけ言った。
 俺には、まるでわからない。仲間が死んだのに、なんでこいつらは、こんなに平静を保っていられるんだろうか。
 次に続いたテルミドールの言葉が、俺の疑念をさらに深いものにした。
「カーパルスは失敗か。損失は大きいが、企業側も無傷ではあるまい。前進と思っても構わないだろうな」
「……損失? 前進?」
 つい俺は口に出してしまった。本来ならこの場所は、ORCA幹部であるリンクス達の詰め所なわけで、俺は故あって、そこにいさせてもらっているに過ぎないのに、だ。
「仲間が死んだのに、損失の一言でいいのか!? 人を駒としか思ってない企業連中と、大して変わらないんじゃないのか!?」
 ふん、とテルミドールは鼻で笑うような仕草をした。
「悼んでやれば、ジュリアスやトーティエントがあの世から帰ってくるなら、幾らでもそうするつもりだが、現実はそうではないからな」
 追い出されても構わないから一発位殴ってやろうと思って、俺は立ち上がろうとしたが……いつのまにか後ろにいた真改が、俺を止めた。
 真改は俺と目を合わせると、黙って首を振って、俺を押さえていた手を離した。
「今回は解散だ。次回召集は、明日1400」


「お前さんも、若いのう」
 外を見ていたら、ネオニダスに声をかけられた。俺が知ってる中では、人間的にはかなりまともそうな分類に入る。
 ただ、このおっさん……というより、爺さんのネクストを見せてもらった時に、やっぱりどこかおかしいという印象は抱いたが。
「若者から先に死んで行くというのは、辛いもんだ。トーティエントも、生き急ぎ過ぎたよ。度合いで言えば足元にも及ばんほどコジマ漬けの、この爺いをさしおいて……」
 俺はコジマ汚染については、ある程度の覚悟はしてる。地上にいるというだけでも、大なり小なり汚染されてしまうからな。そして重度汚染者とも、四六時中一緒にいなければ大した影響を受ける事はない、とも習ってはいる。だからリンクスと話したり、一緒にいる事にそれほど抵抗はない。
「まあ、私は死ぬのは怖い。だから生き延びてきて、余計死ぬのが怖くなって、いつのまにか年寄りになってしまった」
 突っ込むべきだろうか、俺は少し悩んだが、その必要はなかった。
「こう言うと、皆にいつも言われるよ。リンクスを引退しろだとか、せめてコジマ汚染の低い機体に変えろ、とかな。お前さんも、きっとそう思っただろうよ」
 俺はつい笑ってしまったが、ネオニダスは別に気分を悪くした様子はない。
「年寄りの頭は固いものだよ。私はネクストなんて化け物が生まれた頃からリンクスだし、死ぬまでリンクスでいたい。そして負けないために、自分で思う最良の機体を使い続けるさ」
 少し間を置いて、ネオニダスは続けた。
「あとは、意地かね。王小龍めの葬式を盛大にあげてやるまでは、死なんよ」
 ネオニダスと王小龍の間に何があるのか、あったのか、少し気になるんだが、聞いていいものかどうか。
 そんな事を考えてるうちに、「年寄りの長話に付き合わせてすまんな」と言って、ネオニダスは去って行った。



  #2

「メルツェル、なんでいつも、あの男を同席させるんだ?」
 司令室、と言えば聞こえはいいが、廃棄されたビルの地下室をそれなりに改造した程度の部屋には、メルツェルとヴァオーだけが残っていた。
「リンクスじゃねえし、戦力外だろ?」
「戦力だよ。今はまだ使う時ではないが、重要な戦力になるんだ」
 メルツェルは、そう言い切った。
「わけわかんねえな。まあそう言うんなら、いいんだけどよ……」
 ヴァオーが退出した後も、メルツェルは思案を巡らせていた。一週間ほど前の事だ。

 あの男は、自分のAMS適性を正確に知りたいと言っていた。オーメルでは適性なしとみなされ、GAではリンクス育成過程入りを勧められたと言う。
 企業のスタンスを端的に示しているな、そうメルツェルは思いつつ、ここで出来る事は限られているが、その時暇だったリンクスも何人か集め、それなりのテストを行った。

 結果としては、「一般人の水準をやや超えているが、標準的リンクスの数値よりは大きく下がる」だった。口の悪い連中が揃っていたのだが、しかし誰も、あの男を馬鹿にはしなかった。
 メルツェルは複雑な思いを噛み締めつつ、男に結果を伝えた。
 男はかなり悔しそうにしていたが、メルツェルは、
「AMS適性など、なくて良かったと思う時が来るはずだ。いずれわかるだろう」
 と言っただけだった。
 気を落とすな、私よりはよほどましな数値だ……そんな慰めの言葉も思いつきはしたが、言う意味はない。狐につままれたような表情の男をそのままにして、メルツェルは男の元を離れた。

 あの男が私の言葉の意味を理解した時には、私はこの世にはいないだろうな。残念だ。
 メルツェルはそう思って、苦笑した。



  #3

「あんなものを用意しておくとは、そこまで、この年寄りを信用できんか?」
 今日のネオニダスは、ずいぶん機嫌が悪そうだ。
「あなたを信用していないわけではない。しかし、何事も万全を期さないといけない」
 あんなもの、が何かは、俺にはわからないし、聞くつもりもない。昨日の事を少しは反省してるから、あまり余計な口は挟まないように、気を付けてる。
「面白い。むしろ私があれに乗って出るとしようか。一度操ってみたいと思っていた」
「銀翁」
 テルミドールが口を挟んだ。
「我々にとって衛星掃射砲がどれほどまでに重要か、あなたには説明するまでもないだろう。思うところはあるだろうが、こらえてほしい。お願いする」
 俺は少し、いや、かなり驚いた。テルミドールがここまで下手に出るとは。そう思ってたら、メルツェルが続ける。
「銀翁に一人で出てもらうという作戦そのものには、変わりはない。あれを最初から見せるわけにはいかないし、出来れば、奴等があれを見る機会はないに越した事はない」
「つまり、私が負けなければいいと」
「その通り」
 ネオニダスは凄腕らしいが、本当に一人で出すんだろうか。そして、「あんなもの」って言うのは、そこまでやばい物なのか……?
「まあ、そうだな。戦闘中に老衰で死ぬかも知れん。その時は仕方がないか」
 さすがに老衰というほどの歳でもないだろう。もちろん冗談なんだろうが。
「で、敵戦力の予想はついてるのかね」
「情報が入っている。イクリプスが一機、ネクストが二機向かっているようだ」
「ほう」
 ほうじゃないぞ、爺さん。二対一、AFのおまけつきじゃないか。
「ネクストはどちらもBFF所属。アンビエント、及び、ストリクス・クアドロ」
「ほう」
 また「ほう」だったが、今度は爺さん、やけに嬉しそうだ。


「イクリプス中破、掃射砲区域から退却しました」
 オペレーターがそう言い終わってから、数分もしないうちに、次の報告が上がった。
「月輪、アンビエントを撃破」

「流石だな、銀翁は……。備えの策も、杞憂だったか」
 メルツェルが、呆れとも感嘆ともつかない口調で言う。
「月輪、ストリクス・クアドロに向けて進行」
 そしてオペレーターは、いつも通り無感動な口調だ。職業上、そういうものなのかね?



    #4

「尻尾を巻いて逃げるなら今のうちだぞ、王小龍。追いかけはせんでやる」
 月輪が進路を横にずらすと、大口径弾が通り過ぎた。
「逃げんさ。むしろ逃がさぬよ。このままでは帰れないからな」
 月輪は、不規則に蛇行しながら前進して行く。相手の戦術を知っているかのように。
 ストリクス・クアドロを視認するまでに、プライマルアーマーを突き抜けて何発かの弾を受けたが、さほどの打撃ではないようだ。
「逃がさぬと言いながら、コソコソと気が小さいのう、だからこそ生き永らえたか」
「私のやり方は、知っているだろうよ」
 月輪のサイドブースターが大きく光った数瞬後、月輪がいた場所を、衝撃波がかすめた。
「お主もよくやるわ、骨の一つも折れてはおらんか?」
「心配無用。誰かのように、豪華な椅子に座って怠けていないぞ」
 「月輪」の名を象徴する背部兵装が大きく動き、それは閃光を放った。
 閃光はストリクス・クアドロを直撃こそしなかったが、そのプライマルアーマーを瞬時に消し飛ばした。
 衝撃で動きの止まったストリクス・クアドロに、レーザーが突き刺さる。さらに追撃を加えんと迫る月輪に、今度は銃弾が突き刺さる。
 どちらも丸裸だ。まるで申し合わせたかのように、二機は同時に距離を離した。
「楽しいな、王小龍」
 機体の負荷も、肉体的な負荷も限界に達しつつある中、ネオニダスは言った。
「楽しめんな。抱えるものがここまで大きくなると」
 そう言いながら、王小龍はかすかに笑っていた。
「そりゃあ、老いぼれには重すぎる荷物だろうよ。楽になったらどうだ」
「抜かせ」

 バチン、という音と振動。プライマルアーマーが復帰した感触だ。
 月輪は再びストリクス・クアドロに迫る。ストリクス・クアドロは退きながら、確実に銃弾を突き刺して行く。
「いい的だ」
「お互いにな」
 王小龍は、背後から衝撃を感じた。
 崖の岩肌に後脚が衝突している。その一瞬の隙に、月輪は間合いを詰めた。
「そこまで老いたか。陰謀にばかり頭を使いすぎておったか?」
 ストリクス・クアドロが横に跳ぶまでに、月輪は二射撃ち込んだ。敵機にではなく、地面に。
 二分の一の賭けだった。いや、それ以下だ。ストリクス・クアドロが横に跳び、それが予想通りの方向で、しかも、跳躍距離の予測が正しくなくてはいけない、分の悪い賭けだった。
 また、王小龍は衝撃を感じた。地面に空いた穴に、脚の一本が引っ掛かったのだ。
 態勢を立て直し、銃を月輪に向けた王小龍が見たものは、月輪の周囲でコジマ収縮が起きている光景。
「ああ、楽しいぞ!!」
 状況にはまるでそぐわない、王小龍の言葉。
 ストリクス・クアドロは再び横に跳ぼうとしたが、閃光が届く方が、わずかに早かった。

 月輪は動かない。プライマルアーマー整波装置から、コジマ粒子を噴出していない。
 ストリクス・クアドロは、腕と肩を消し飛ばされ、甚大な被害は被っているものの、かろうじて動けたようで、そのまま撤退して行った。
 月輪に止めを刺さなかったのは、余力が無かったのか、別の理由からかは、分からない。



    #5

 ストリクス・クアドロとほぼ相討ちになった月輪は、回収された。ネオニダスの爺さんは、てっきり死んじまったかと思ったが、なんと、ぴんぴんしてやがった。
「まあいわば、息を止めて、死んだふりをしていたようなものだな。まだやる気だったら、容赦なく潰してやったさ」
「銀翁」
「何かね」
「そのまま、死んでいてもらえないかな」
 テルミドールは、いきなりとんでもない事を言った。言われたネオニダスはと言えば、別に気にする風でもなく、うなずいた。
 俺には意味がわからない。そんな時は、メルツェルだ。後で聞いてみよう。

「……質問があるのだろう? 二人目だ。一人目は、わかるな」
 私室に行くなり、俺の考えを見透かしていたように、メルツェルは言った。
「決定事項として、銀翁は死んだ。王小龍は、主要任務こそ果たせなかったが、大打撃を負いながらもORCAの重鎮を仕留めた。最低限の面子だけは、どうにか保てただろうな」
 俺が何か言う前に、メルツェルは続けてきた。
「王を逃がしたのは彼の独断だが、結果としてプラスだ。企業連の重鎮が倒されれば、弔い合戦、総力戦となるのが自然だが、王はどうにか生きて帰った」
 まだ、根っこの部分では、意味がよくわからない。
「ナンバー2は倒され、AFは落とされ、命からがら逃げ帰った仲間を見れば、老人たちは当分の間、掃射砲に手を出そうとはしないだろうな。そして交渉の余地が生まれる」
「交渉……?」
 意外な言葉だった。そもそも、交渉のチャンネルがあるんだろうか?
「もしも、ORCAの目標が、最後の一兵となるまで、企業を根絶するまでの殲滅戦だと思っているのなら、または、我々が闘争しか知らない野蛮人だと思っているなら、考えを改めてくれ」
 何を交渉するのかは、たぶん聞いても教えてくれないだろう。メルツェルは、どこかで線を引いて、そこまでの情報しか、俺には教えてくれない。
「ちなみに銀翁に『死んでもらう』のは、戦略的な意味があるだけでなく、テルミドールの温情でもある。元気そうに振舞ってはいるが、銀翁はさすがにそろそろ限界だろうからな」
「あいつに温情なんてあったのかい」
 つい口をついてしまったが、メルツェルは苦笑しただけで、話を続けた。

「ジュリアスとトーティエントが斃れた日の夜、彼は拳から血が出るまで壁を殴り続けていた。それは事実として伝えておこう。私とともに止めに入った真改も、証人だ」
 ちょっと複雑な気分だ。ある意味、ますますわからない奴だな。
「殴られていた壁の向こうで、何も気付かずに寝続けていたのが、君の前に私に質問をしに来た者だ。まあこれは、余談でしかないが……」



    #6

「頑張れよ、若いの。また会えるかもしれんし、会えんかもしれんが」
 別れの挨拶を済ますと、ネオニダスはトラックに乗った。
 トラックが走り去った後、俺はテルミドールに聞いてみた。
「どこに行ったんだ?」
「リッチランドまで送る約束だが、後は知らん。そして餞別としてMTを一台欲しいと言うから、積み込んだが……」
「農業でもはじめるのかね。あの爺さんが農作業なんて想像もつかねえな」
 ヴァオーはいつものように大声で笑った。

 死ぬまでリンクスでいたい、と聞いたが、気が変わったのだろうか。
 または、何か考えがあるんだろうか。それは、わからない。

「また一人、減ったか。しまいにゃ、誰もいなくなったりしてな」
 会議でもあまり発言せず、いつも何か企んでいそうな印象の男……オールドキングは、意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。
 元々は過激派集団の頭目だったようだが、組織ごとORCAにやってきたらしい。
「計算通り、目論見通り……あんたらはいつもそうだな。だが時には、頭でっかちに詰め込んだ公式も定理も通じねえ、まったく想定外の事態も起きるもんだぜ」
 挑発と思われる言葉には誰も反応しなかったが、オールドキングは気にする様子もなく、不気味に笑いながら立ち去って行った。

<続く>

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