アパショナータ


#2


 元気出せ、君ならできる、大丈夫、頑張れ……ふーん。きっとあなた幸せなんだ。よかったねー幸せで。よかったよかった。
 あなたみたいなお気楽な人が、少しでも私の気持ちがわかるように、ちょっとはひどい目にあうように、心の底から願っています。

 はぁ。

 あーやだやだ。なんでみんな、そんなに幸せそうなんだろ。
 いつ不幸に襲われるか、わかんないのにね。

 考えれば考えるほど不幸だ、本当に不幸だ。
 だって私、間違えて生まれちゃったんだもん。
 本当は女の子のはずなのに、間違って男に生まれちゃったんだもん。
 生まれた瞬間からそんな不運に襲われたこともない奴がうるせーんだクソ野郎!!お前らに何がわかる!!私はお前らとは違うんだ!!わかったような事言うんじゃねえ!!ふざけんな!!何が自分を見ろだ見えてるからこうやって悩んでんだろバーカ!!何も知らないくせに偉そうに!!

 ……本当に誰もわかってくれないや。
 しょうがないのかな。こういう気持ちって、経験したことない人にはわかんないよね。
 光の差す暖かい世界に住む人と、私は違うんだから。
 今日はお薬を飲んで寝よう。そうしよう。
 みんな死んでしまえ。いや私が死ねばいいんだろうか。
 どうせ、できやしないと思ってるんでしょう。できないんじゃなくて、しないだけなのに。
 いざ本当にやって見せたら、きっと驚いて言葉もなくすでしょうね。
 やはり早く手術をしよう。生まれ変わろう。
 そうすればきっと、私はもっと幸せになれるはずだもん……。


 生きていくためにはお金がいります。
 だから働かないといけません。

 本当はお嫁さんになって、毎日大好きな人にご飯を作って、二人のお部屋をお掃除して、そんな生活がしたいんだけどね。
 でもあまりそれ想像すると、今の境遇とどうしても比べて、悲しくなるから。
 そんな、心に描く幸せを現実にするためにも、今は乗り越えないとね。

 普通の仕事はできない。病気だから。
 だからしかたない。私にたった一つだけあるものを使ってお金を稼がないと。

 ……何度かお世話になってる、ちょっとSM好きな人。
 恥ずかしいけど、そういうのキライじゃないから、いいかな。

 ああ、あなたが触れる、わたくしが本当は男の子である証、とってもとっても、気持ちようございます。
 そんなに見ないで恥ずかしいから、でも恥ずかしいからもっと見て。
 私は卑しい卑しい奴隷、あなたは大事なご主人様。
 あなたにとって私は奴隷、飽きたら捨てればいいだけね、きっと私は泣きまする。
 あなたの姿を思い出しては泣き暮らす事でしょう。

 もっと恥ずかしいこと言ってください、もっともっと、いじめてください。
 都合のいい道具でもいいの。こんな私を少しでも愛してくれたら。
 猫や犬を見る目でいいんです。可愛いペットになりますから。

 だ か ら 私 相 手 に 愛 な ど さ さ や く な 糞 野 郎。

 ものすごく萎えた。約束が違う。黙ってお金だけよこせばいいのに。
 これだけがんばったのに最初の約束の額しかくれないし。
 あーむかつく。金で繋がった相手に愛語るって恥ずかしくない?
 ただ乗りしたいだけか?
 仕事でなければ誰がお前なんかと会うもんか鏡見ろ体重計れ。
 さっさと帰れバカ。もう今後は会いたくない。

 そんなこと思ってもおくびにも出さず、ニコニコして見送る私。
 もちろんその後は、どーっと疲れに襲われる。
 やっぱり不幸せだよ、神様不公平。こんなことしないと食べていけないなんて。
 私はただ、誰か私を本当に愛してくれる恋人と、ささやかに幸せになりたいだけなのに。

 愛がほしい、それだけなのに、なんで、そんなこともかなわないんだろう?
 どこかに私をわかってくれる人もいるかも、なんて思ったけど、やっぱり難しいのかな。
 わかったふりして、ただHしたいだけ。男なんてみんなそうなんだ。
 間違ったといえそんなものに一応は生まれてしまった自分が恨めしい。

 毒婦になってやる悪女になってやる。
 ちゃんと女の子になれたら、綺麗になって可愛くなって、私をボロクズのようにした奴らに仕返ししてやるんだ。それから帰ってきても遅いよ門前払いだよ。
 私相手にくだらない説教なんかした奴もそうだ。何が元気になってだ落ち着いてだ私はいつだって冷静だそりゃ少し熱くなることもあるけどついカッとなって殺人とかする連中よりよっぽどましなはずだふざけんな何も知らないお前が私を支えられると思っているのか何が支えになりたいだ相談しろだ医者にでもなったつもりか高卒の分際で私は一応大学には入ったんだ身の程知らずが上から物言いやがってムカつくきっと綺麗になったらお前みたいなクズも舞い戻って来るんだろうな寄るな汚らわしい。

 どうせそんなもんでしょう? 私がもっと綺麗になれば、幸せなんか向こうからやってくるに決まってる。

 うん、絶対に、幸せになってやる。
 私はそう誓った。

To be continued


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