アパショナータ
#3
すごく満たされた時間が終わったときは、すごく寂しい。 暖房は入ってるはずなのに、すごく寒い。 その場にいないあなたを、思い切り抱きしめた。 完全な女の子にはなれない、そんな私を、女の子として扱ってくれた。 あと、優しい。わりと。少なくとも知ってる中では。 それだけでこんなに惚れちゃうのは変。自分でも思うよ。 でもやめられない、止まらない、暴走しがちなのはわかってる、でも止まらない! もしもあなたが私の想いに応えてくれるなら、私何でもする。ほんとに何でもする。 今度こそ絶対大丈夫、きっと大丈夫だから! って自分を励ます。 でも言えない。きっと笑われる。 もしかしたら真剣に聞いてくれるかもしれないけど……。 でもそれも、向こうが飽きるまでの話。 きっとまた私に飽きたら今まで言ったこと全部忘れて逃げちゃうに決まってるんだ。 私が熱くなって、何がなんだか、わかんなくなったとき。 この人は、黙って私を抱きしめた。 力強い。振り払おうとしても、かなわなかった。 でもそれだけ。 押さえつけられるのって、押さえつけるのって、あのときだけだと思い込んでた。 結局何もされてない。 いままで3回も会ってるのにだよ? そんなに、魅力ない? こんなことは思いたくないけど。さすがに失礼とは思うんだけどさ、 はっきりいって、かっこよくない。貧乏じゃないけど、あまり金持ちじゃなさそう。 言っちゃ悪いけど、こういう人と付き合ってると、ちょっと恥ずかしいんですけど。 私だけじゃなく、みんなそう思うはずだよね? 友達に馬鹿にされちゃうかな? だってねえ……冷静に考えると、ちょっと困るよ、やっぱり。 やっぱだめ、こういうこと考えちゃだめだ。 頭痛くなっちゃうくらい振り回して、ダメな考え追い出す。 もしかしたら、幸せが、手の届く場所にあるのかもしれない。 なのに、なんで、手を伸ばせないんだろう? 簡単だ。 だってさ、考えれば考えるほど、この人安いよ? 優しくするのなんか、はっきりいって、タダだし簡単。 他のみんなは、もっともっと、かっこよかったり、お金持ちだったり、そんな人と幸せになってるみたいだよ? 絶対馬鹿にされちゃう。 お前の幸せはそんなに安物なのか、って、絶対言われるよ。 あとやっぱ、一番簡単な理由。 運命って色々残酷だから。私はとっても運が悪いから。 小学生の頃、イタズラされた。 駐車場に連れ込まれて、ひっぱたかれて、転がされて、ズボン脱がされて……。 無理矢理キスされて、腐ったドブみたいなヨダレ流し込まれたんだよ。 吐きそう。 ファーストキスはドブの味。 ちょっとそこらに転がってる、中高生向け恋愛小説の題名みたい。 たまたま通りがかった人が気づいて、何やってんだ! って言って助かった。 なんで声あげる前に、あいつ殺してくれなかったんだろ。隙だらけだっただろうに。 それか、なんで私を殺してくれなかったんだろう? 周りのみんなが幸せにしてるのに、私だけそんな目にあってたんだよ。 それ以上伸びるわけないじゃん。幸せ最大値、頭打ちだよ? そうだよね!? いらない。 同情いらない。ちょっと優しくすれば食えると思ってるんでしょう。 そんなことしないでも食わせてやる。でも用が済んだらどっかいけ!! 男らしくなるということは、きっと、あいつのようになることだ。 間違いない。みんなそうだったもの。 だから私はそうなるのをやめた。 背が低いから華奢だから、男として役に立たないから誤魔化してるだけだ、そんな事言う奴は死んでしまえ。ていうか食いたきゃその間だけは黙ってろ。 まあ、そんな私だから、安い幸せでも、幸せがつかめれば、それが身分相応というものなのかもしれないけど。 うーん。 安い幸せつかんで馬鹿にされるか。 高め狙いで、もっと待ち続けるか。 前者は簡単だけどローリターン。 後者は…失敗したら想像もしたくない事態に。 売れ残って中年になって、なんかきもいホームページ作って、私とデートしませんか、代金は幾らです、なんて、やらないといけなくなりそう。 いや私だったら死ぬな、その前に。だから気にしないでいいか。 幸せについて、考えてみる。 よーくよーく、考えてみる。 嫌な言葉を思い出した。 幸せって、幸せになるに値する人、そうなるため頑張った人にしか、来ないんだ、って。 頑張ってるつもりだけど、まだ足りないの? 熱くなりそうだけど、ぐっとこらえる。 なんで幸せについて考えてるのに、涙が出て、悲しくなるんだろう。 待ってるだけじゃ来ない、招かないといけない。頑張らないといけない。 わかってる。わかってます。 なら、もっと頑張ってみせようじゃない。 親から受けた五体髪膚、あえて毀損するも努力のはじまりなり。 決めた。今度こそ決めた。手術する。 ……決めたのに、なんであなたは、やめろって言うの? どうせ、責任取れないんでしょう? 取る気ないんでしょう? わかってるんだから。みんなそうなんだから。 でも大丈夫、あなたを責めないから。私と別れる理由にすれば? ほらほら。 またそうやって抱きしめる。卑怯者め。 もう騙されない、絶対騙されない、絶対騙されるものか。離せ。 蹴飛ばしてやる頭突きしてやる、噛み付いてやる。いいから嫌っていいから離せ!! なんであんたが先に泣き出すんだ泣きたいのはこっちなのに。本当にずるい人だ。 わかった、じゃあその涙に免じて、あなたが逃げるまでは待ってやる。 ううん、それじゃだめだ、なんて言えばいいんだろう? 「言う事聞くけど、責任取れるの?」 違う。今のなし。間違い。ちょっと意味違う。なしだから、うなずかないの。ちょっと。 どうせ嘘でしょ? 飽きたらいなくなるでしょ? あいつらと同じなんでしょう!? 離せ貧乏人、離せブサイク!! 下から数えたほうが絶対早いんだぞあんた身の程わきまえろ!! 口に出したんだよ、今の。 なんで怒らないの。キンタマついてんの? マゾ? なんでそんな事言われて笑ってるのこいつ。 ちょっとびっくり。もしかして、私を超えるほどのキチガイ? きっと、きもいとか言われ慣れてるんだな。それは手強い。 やめて、キスしないで。いつも言ってるでしょ? 入れても何してもいいから、絶対それだけはやめて! やめろってば! ダメ? ダメなの? 知らないよ? 汚いんだよ? そっちが汚れるよ絶対。あーあ知らないよ? しないでってば。 ……ずっと消えなかったドブの記憶が、煙草とコーヒーで、上書きされた。 煙草もコーヒーも大嫌いなのに、なんで、ちょっと嬉しいんだろう? まあ、ドブよりは、だいぶましといえばましなのかな。 一応は嗜好品と飲み物だ。そうだよね。 あーあ、もうダメだ。 泣くよ私。最後の手段だ。引かれるくらい泣き叫んでやる。 私がどれほどダメな人間か、たっぷり時間かけて、全部聞かせてやる。 絶対逃げるよ、あなた。つか逃げてください。もう負けでいいから。 もし逃げなかったら……こっちも死ぬまで逃がしてあげない。 今までは逃げても許したけど、もう絶対許さないよ? 嫌になって私を殺すまで、つきまとってやる……。 |