アパショナータ


#1


 もう、慣れたはずなのに。
 こういうことは、何度も何度も、あったはずなのに。

 身も心も、焼け焦げるような日々だったのに。
 ……比喩じゃなく、本当に焼け死んでしまえば良かったのかな?
 そうすれば、悲しまないで済んだかもしれないから。

 電話を置いたとき、私はなぜか、笑ってた。
 悲しくてしかたがないはずなのに、笑ってた。

 どれだけ笑い続けたかわからないほど笑って、それから、やっと涙が出てきた。
 きっと薬のせいで頭おかしいんだな、私。
 飲み続けてれば、もしかしたらいつのまにか子宮できて、本当に子供生めるかも。
 そんなバカな事考えながら、飲んでたんだけど。

 あー、やっぱ、ちょっと死んどくかな。
 うんそうだ死んじゃおう。そうだそうだ。
 睡眠薬いっぱい飲んでも、何時間たったか知らないけど、目はさめちゃった。
 電車にでも飛び込むか。いや他人に迷惑だよね。
 どうせ私なんか存在するだけで迷惑なんだから別にいいのかな、でもいるだけで迷惑ならこれ以上迷惑かけるべきじゃないか、ううんいっそのこと最後に大迷惑かけてやれ飛び降りたらどうだろうそうだ私のこの汚い体の破片ぶちまけてやるそれとも首切って血まみれになって走り回ってやろうかどうしてくれようかガソリンかぶってライター持ってできるだけ幸せそうなカップルの前で点火してやる幸せな奴は敵だお前らも一緒に燃えてしまえざまみろちくしょうそうだところで神様最後のお願いどうか私の死亡記事を彼が見ますようにそして少しでも後悔しますようにそして彼が一生その重荷に苦しんでくれますように

 …疲れた。
 でも少しは気が晴れた。我ながら、なんて激安なんだろう。
 ところで黙れ外の軽トラ。傷心の私に間延びした声を聞かせるな。
 激安勝負か。貴様がそのつもりならこっちは丈夫で切れない人肉製、一発千円、二十年前のお値段ですときたもんだ。相場知らないけどさ。
 あーもう寝る、眠剤でさんざ寝たけど寝る。寝まくる。
 せめて夢の中ではどなたかと、幸せラブラブでありますように!

 さて目がさめたけど、楽しい夢は見なかった。夢自体見てないかもね。
 でも、寝る前よりもまた少しは気が晴れてるから、いいかな。

 自分の顔を鏡で見て、軽く自己嫌悪。
 こんなのほんとの自分じゃない。この人誰? ていうか人?
 メイクも落とさず泣きまくって顔こすりまくって寝て起きて、泣いて騒いでまた寝たんだった。
 直す気にも落とす気にもならない。なるもんか。
 私は、心にぽっかり穴があいたまま、ここで一人で生きるのかな。
 寂しいよ。
 誰かに、抱きしめてほしい…。

 もう恋なんてしないなんて、言いまくるよ絶対。

 あはははは。こんなつまらない冗談に笑ってくれる人は、自分しか今はいない。
 そうだ、この薄寒い部屋で、一人で生きていけばいいんだ、きっと。
 そうすれば傷つかないんだよね? 悲しくならないんだよね?
 だったらいい。心なんかいらない。恋も愛もいらないや。


 さあ! 世紀の大決戦!
 本日天気ダメダメなれどテンション高し、わたくし奮励努力せよ!
 惚れ惚れするほどバッチリ決めて、Make up & Lift up!
 恋する乙女は全力疾走大暴走!! 恋なんてしない? なんのこと?

「あのー、もしかして?」

 精一杯可愛く見えるように、おどおどしたふりして、そう、出来るだけ可愛くね。
 スタートダッシュから全力投球でしょ、やっぱり。
 そんでビンゴ。待ち合わせの相手でした。

 お姫様は、本日ちょっと積極的でございますわよ。
 もう自ら王子様の手を引いて、愛のお城でしな作り、潤んだお目々で見上げたりなんかしちゃったりして。
 さあ食わせろ早く食わせろ今食わせろ、あらやだはしたない。

 壊れるくらい抱きしめて、もっといっぱい抱きしめて。できたら他にも何かして。

 なんか愛されてる。満たされてる。
 ああ、多分私、この人がいないとだめかも。運命的な出会いって、きっと、こういうことを言うんだよね。
 彼の手の触れた場所全てが、すごく、あったかいよ。
 まるで、あったかい気持ちが流れ込んでくるみたい。伝わってくるよ。
 嬉しいよ、なんだかもう、泣いちゃいそう。

 ああ、ちょっと涙ぐんでる。
 恥ずかしいな。でもいいかな。私はきっと、この人に全てをゆだねて、生きていくから。
 私は彼を強く抱きしめ返して、だいすきだよ、って、言葉と行動で伝え続ける。

 どうか、私を大切にしてね。かわいがってね。
 たぶん幸せって、こういう気持ちになることなんだよね?
 私は彼に愛されながら、自分も、いっぱい彼を愛してあげた。


 ……タイプとちょっと違うなら食うな食われるな、つか死ねバカ!!
 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね今すぐ死ね即死ねできるだけ悲惨に死ね。
 ああ、これまさに悲劇。
 ジュリエットめはロミオの死体の目の玉えぐって顔を切り刻み足の先から寸断し、残骸の上でうんこしてやって、その粗チンもおろし金にかけてすり潰してやるささやかな願いを胸に、毒でもあおってやるでありますわ。
 うん、もちろん、本当にそうする勇気なんか、あるわけもなく。
 いや私に勇気がないわけじゃない。誰かが悲しむかもしれないから。

 もし本当に不幸な人というものが存在するならば。
 きっと私は、それにのしつけて額縁つけて神棚に飾ったような存在に違いない。
 ほんのちょっとの愛さえくれたら、きっと私は大丈夫なのに。

 私は醜いのか? 性格が悪いのか? どこかが、いけないのか?
 いや絶対に違う。断固として全力で違う。なぜだ。
 そうだ明確な理由がある。違うからだ。
 本当に醜ければ、ちょっと誘っただけで抱いてもらえるわけないじゃん。
 性格? そりゃちょっと熱くなりやすいけどさ、好きになったら一途だし、尽くしまくっちゃうほうだよ?

 つまり誰もわかってくれない。
 でも私は諦めない。
 世界には60億人も人間がいる。半分は男、あー外人苦手。1億2000万の半分。
 たぶん年齢でさらに半分、なんかその他もろもろ切り捨てても、少なく見積もって2000万はいるかなきっと。その中に一人もいないはずがあるわけない。

 よし大丈夫。私は大丈夫。
 ぎゅーって拳を握りしめ、体いっぱい力充実。あ、筋肉ついちゃうかも。
 やればできる、やんなきゃできない。
 あきらめたらそこで試合終了! がんばれ私!

To be continued


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