僕らが知らなくてはいけないこと

最後の作戦会議が行われた。

地脈の森、というネーミングはその土地に埋まったジェノバの遺骸による長寿効果を、土地の人間が地球の血液の恩恵であると考えたゆえに出来たものだ。実際、この大地の下にはライフストリームが流れていて、それは地脈と言えない事も無く、なかなか的を得た命名だと言える。神羅の影響力がまったく届かず、時流からは取り残された感のあるこの土地は、森の香に包まれ、野菜がおいしい。

空気が良いから動きたくなる、動くから腹が減る。ごく当たり前の事だが、都会の子供というのはその「当たり前」とふれあえる機会が少ないのだろうな、ここの子供たちはみな、木登りが上手で足も早い。ゲームもマンガも無いけれど、この森そのものを玩具にして遊んでいる。

男たちは畑を耕し馬の世話をする。日照時間が少なかろうが雨が降ろうが槍が降ろうが、「地脈」のお陰で彼らの作物は尽きることなく収穫される。だから逆に、彼らは忙しい日々を送る。全ての手順を人力でやっているから男たちの体つきは一様にがっしりしている。この森の外では、例えば米一粒にしたって田植えから収穫、脱穀、そして食卓に上るまで全て機械の手に頼っているが、ここにはトラクターなど一台もない。非合理的だが、ヴィンセントは前置きをして言う。彼らは今のままが一番幸せなのだ、と。我々もそうあるべきだったのに、怠惰になれば人間止めど無い。百年後二百年後に今を思い起こしてきっと、「何と未開な」と笑うのだろう。

この森の大根は旨い。にんじんも……初めて生で食べたが、こんなに甘いものだとは知らなかった。ここのお米は何でこんなにつやがあるのと、ユフィが目を丸くしていた。

「みんなこの森を大切に思っています」

アルバートは泥の付いた大根を手に、言う。

「この森で生まれた者は、『地脈』の恵みを一身に受けて育ち、そしてこの森で一生を終えます。そして、その身体はこの大地の下に眠り、またいつか生まれてくる……。この土地は私たちにとって遥か昔からの、ふるさとなのです」

星命学の変形版とでも言うべきものがこの森にも根づいていた。

「だから、誰もがこの森を愛し慈しんでいます。私たちドラグーンは代々この森を守り続けてきました。……私たちが居なければこの森は……」

アルバートの手にはウィングドスピアタイプの長槍が握られている。誰もいない畑に向かって深々と礼をし、そしてその土を握った。実際の王様ではない、自分はそんな器ではないし、この森にそんなものは必要ないのだと彼は言う、しかし……こんな王様だったら民衆は大歓迎だろう。

「一歩も踏み入らせないわ。……この、森の、空域にも」

無愛想なのは生まれつきよ、とロゼは言っていた。ではずーっとこの無愛想のまま通してきたわけだ。それはそれで結構根性がいる事ではないかと思われる。冷めた態度の下に、彼女はしかしこの森をしっかり愛する心を持っていた。気の遠くなるほど長い時間をこの森で過ごしているわけで、彼女こそこの森の守護者の様なものなのだから、当然の事ではあるのだが。

ヴィンセントは空を見上げた。

「空域か。確かに空の上まで近づけては、上陸される危険性がある。迎え撃つとしたら、この森の外からということになるな」

「どこから来るか解ってるの?」

シェーナが首をかしげる。彼女の白銀竜が司っているのは『聖』、つまり邪、冥、闇、黒といったものを司るヴィンセントとは正反対の性質である。だから聖霊……彼女曰く「月の光に目覚める妖精たち」とのこと。神秘的だ(地縛霊の声が聞こえる、とかと違って)……の声は聞こえるしそっちの世界には明るいけど、ヴィンセントの持っているような知識は全く持って得体が知れないらしい。

「ここから更に北、……北極点の当たりよ」

ヴィンセントに変わってロゼが答える。彼女の暗黒竜はその名の通り、闇のものだから、彼女にもヴィンセントと同じような能力があるようなのだ。

「ボクが敵だったら、いきなり森の中来ちゃうけどなー。来られたら困るけどさ」

メルは巨大とんかち(ハンマーと言って欲しいらしいがどう見たってあれはとんかちだ)の柄をこねくりまわす。ガラーハがうんうんと肯く。

「その方が楽だし早い」

「けどそれは俺たちで一網打尽に出来るって事だ。そこまで馬鹿じゃないさ」

神竜王のドラグーンスピリットを大事そうに首に提げているダートが答えた。

「ボクが馬鹿とでもいいたいの?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「何にせよ、奴らはもうまもなく、北からやってくるという訳じゃな」

シェーナがほんの少しだが表情を和らげた。

「南から、じゃなくてよかったわ。北には誰も住んでいないから」

「本当に」

肯いたのは当然アルバートだ。

「民を危険な目に遭わせる訳にはいきませんから」

科白がないと居るのか居ないのかわからないが、クラウドを肩に乗せてあぐらを書いている『彼』は存在感抜群だ。コンゴールはずっと喋らないでじっとたたずんでいる。無口で渋いとかそういう訳ではなく、あまり話術に長けていないからだ。その無骨な巨体とあいまって、どこかの鶴禿サングラスを思い起こさせる。

広場に集まった、自分で言うのも何だが「勇士」は十二人。ダート、ハッシェル、メル、シェーナ、アルバート、ロゼ、コンゴール、ガラーハ、ヴィンセント、クラウド、ユフィ、そして俺。その種族もドラグーン、ギガント族、有翼人、悪魔、猫耳、人間……と多岐にわたっている。この星に住まう命はみんな兄弟。

「あのさ」

猫耳がコンゴールの肩から身軽く飛び降りる。武装……というほどでもないが一応、「アルテマ」のはめこまれたインペリアルガードとサークレットを身につけた魔道士様は、さほど緊張した様子も無かった。

「俺、どうしてればいいの? 何すればいいの?」

物怖じすることなく、戦いへ向かっていく勇気は俺譲りだ。自分で言うのも変だけど、リーダーの素質有りと見た。

「コルネオを倒すのが、お前たちの役目だ」
「!」

耳がぴんと立ち、尻尾もまっすぐ伸びる。

「ヴァラージやラプスは私たちが片付ける。奴らは当然、私たちがコルネオをも倒しに行くと思っているはずだ。その裏をかいて、地上からお前たちでコルネオを殺る」

「……って。俺とユフィだけでクラウドを護るのか? 奴らに気付かれでもしたら」

「お前たちなら大丈夫だと思うが……、一応ドラグーンを一人ガードに当たらせる必要があると思う。仮に奴が海上に逃げてしまってはお前たちだけでは追えないからな。その場合ももちろん考えた。それに、コルネオが魔物の群れの中心にいた場合は魔法で回りのものを一掃できるほどの力も必要だ」

ヴィンセントはドラグーンに視線を向けた。

「……え?」

「ダート、クラウドたちに付いて行ってくれ」

「俺が……?」

「何言ってるの。神竜王無しで戦えって言うの?」

「そうですよ、神竜王は我々の……」

ヴィンセントは聞く耳を持たない。当惑顔のダートは、呆れ顔のユフィを、ヒーローになるきっかけを与えられ意気があがっているクラウドを、順に見て、最後に俺と目が合う。俺は「頼りにしてるよ」と。

俺は知っていた。事前に聞いていたわけではないが、恐らく俺でもそうするだろうから。ヴィンセントがダートを……神竜王を俺たちに同行させる理由など、一つしかない。別にコルネオを殺るために翼が必要なら、シェーナでも、いっそガラーハでもいい訳だ。そこに何故、地脈の森の面々の精神的支柱とも言える「神竜王」をこちらに組み入れたか。

クラウドを危険な目に合わせないために。

ヴィンセントと俺の行動基準は、くどいようだが全て全て、それだ。それに尽きる。自分の身を割かれようとも、いつでもどんなとでも、クラウドが笑顔で居続けられるならば喜んで。 本当はヴィンセントも、ずっとクラウドを背中に庇っていたいのだ。だが自分が抜ければ戦力はガタ落ちする(つまり、ドラグーンだけでは危険な程敵の数が多いと言う事だ。彼は口に出さなかったが)。しかも、半島での戦いの際、あれだけの強さを見せてしまったから、敵は恐らく彼に殺到する。逆にクラウドを危険に晒す事になってしまう。

「地獄の門を越えて奴らがこの世界にやってくるのは、今日の午後三時過ぎ。この森の北端に差し掛かるのは四時半頃になるだろう。敵の数は多い、が、油断しなければ絶対に勝てる。クラウドたちがコルネオを始末するまで耐え切ればこちらの勝ちだ、難しい話ではない」

ヴィンセントは言い切った。その言葉はその場のドラグーンたちに浸透してゆく。

「では、四時にここに集まりましょう。それまで、ゆっくりと身体を休めてください」

ドラグーンたちはそれぞれの家へ戻ってゆく。現在時刻は午前十一時。たっぷりと昼飯を食べたら風呂に入って、……そうしたらクラウドとヴィンセントと三人で、平穏を願おう、この身を捧げよう。

 

 

 

 

俺が、ユフィが、ヴィンセントが、戦いの直前に緊張の色一つ見せることなく、のほほんと話す事が出来るのは、恐らくあの旅によって、人間に本来備わっている警戒心が削げ落とされてしまったからに違いない。俺たちには、過信と言うほどではないにしろ、戦いの場に対して一般の人間が覚えるほどの恐怖心を抱かなくなった。危地を乗り切る能力と言うか、技術を会得したからだ。死ななければ生きている、そんな当たり前の事を頭に叩き込む、すると、生きている現時点は死とは直結していないことに気付く、途端に強気になれる。正直なところ、大空洞最深部でのあの戦いの時には俺たち、そういう意味ではもっとずっと、慎重で、ある意味弱かった。幸運な事にあの状況から全員が奇跡的に生還してしまったから、矢でも鉄砲でも……という覚悟がこの身の底に備わってしまったのだ。その強さが正しいものであるかどうかは解らないが。 俺たちの余裕は人間らしくなく移るのかもしれないなと思ったのは、意外とドラグーンたちが緊張の面持ちだったからだ。「絶対勝てる」というヴィンセントの暗示があまり効いていない様子で、ウータイで共に戦った三人以外の表情は硬かった。悠然と構えているのはロゼだけだ。

ヴィンセントからの指示にも、それぞれは硬く肯く。彼の戦術は明快だった。 彼自身が囮として敵を引き付け、殺到するラプスの川のような流れを、アルバート・ロゼ・メル、そしてヴィンセント自身の魔法で迎え撃ち、ラプスを生み出すヴァラージはハッシェルとコンゴールが各個撃破、後方からシェーナとガラーハが怪我人の手当てにあたる。

「僕は後方支援、か……。メル、君を守ってあげられなくて残念だ……」

「あからさまにホッとした顔で言わなくてもいいよ」

この少女は彼氏の前でも強気らしい。心無い科白で傷つけておいた後で、しかしにっこり笑って、

「ボクが怪我したら、よろしくね」

と。クラウドの貞操の心配なんて、はじめからする必要のないことだったのだ。

俺はクラウドのマテリアを確認し、そこに「マジカル」も加えてから、ヴィンセントに尋ねた。

「どれくらいの数が?」

「……聞かない方が身のためだぞ」

 彼は声を低くした。

「ヴァラージがおよそ五十」

「ごじゅ……」

「だが、ラプスを生むためには設置して産卵に専念する必要がある、だから実際に向かってくるのはその半数程度になる」

「でも……二十五匹にしたって、そこからぶわーーってラプスが飛んでくるわけだろ?」

「一体ずつ確実に始末してゆけば、そう危険な事もなかろう」

 その言葉は何処まで信じていいのか。「日が落ちると奴らには有利だ。私たちも、三時間四時間持ちこたえられるとは正直思えん。だからお前たちは出来るだけ早くコルネオを始末してくれ」

「ああ……。……五十、か。あんたのあの、半島ごと消す奴で一気に潰せないのか?」

「難しいな。相手の数が多いからそれだけパワーが要る。暴走して地脈の森や、お前たちもろとも消してしまう危険性がある」

それは困る。いくらクラウドと一緒とはいえ、地獄になんて行きたくないぞ俺は(地獄行きは自覚している)。

「敵の数については黙っておいた方が得策だと思っている」

賢明な判断だと言える。過去に嫌な目に遭わされたであろうヴァラージがうようよいるだなんて、ドラグーンにとってはありがたくない話だろうから。

「愛している」

「俺も」

話の最後にこっそりと唇を合わせた後は、何事も無かったかのように離れる。ヴィンセントはもう一度、全員の士気を高める為に言う、私たちは強い、私たちは、負けない。愛する者のために、この大地のために、戦うのだ、と。

「気を付けてね」

「ありがとう、クラウド。……だがそれはこっちの科白だ」

ちゅ、と唇を付けて、しばらく放さない。 クラウドは、場違いに赤らんだ頬でヴィンセントを見つめる。ヴィンセントはクラウドの頬を指で優しく撫でて、肯いた。

「後でまた、可愛がってやる。嫌と言うほど」

「にゃう……」

気障に言われて、純情過ぎるその態度は俺に十分な嫉妬を抱かせる。戻ってきてクラウドを抱きしめるのは俺だ、「ザックス、護ってくれてありがとう」ってキスをしてもらうのだ、そのためには。……生きて戻らなければ。クラウドを愛する権利なんて物はないけれど、敢えて探すならば……、生きる事。生きていさえすれば(そして俺とヴィンセントの承諾を得ていれば)、クラウドを好きなように愛する事が、出来る訳だ。

俺は生きる、……そしてみんな生きる。身体をどうするかは置いといて、心は、みんなで愛でよう、この無邪気な少年の……。

「ダート、準備は良いか?」

「ああ……。いつでもいいけど」

ヴィンセントが時計を見た。

「四時……二十分だ」

「来る……」

「それっぽい雰囲気がしとるのう」

「行きましょう」

ヴィンセントはちらりと、クラウドと俺を見た。応じて肯く。

「……行こう」

既に穴が二つ開いたセーターに翼を大きく広げて、はばたく。彼を先頭に、ドラグーンと有翼人が飛び立つ。戦闘開始、だ。

「うちらも行こう?」

「そうだな。早いところ回り込めるような位置まで……って、どの辺だ?」

「ここから殆ど真北の場所からやってくるんだろう? だったらそこから少し、西か東に反れた場所に身を潜めて、チャンスを伺って倒そう」

「アタシたちの魔法でラプスの数を減らして、見通しよくしたところをダートの神竜砲で、ってのはどう?」

「そうだな、……そうしよう。一番安全で確実だ」

「……にゃーあぅ」

立派な装備はしているものの、蚊帳の外におかれている魔道士様がつまらなそうにそっぽ向いて一声鳴いた。仲間はずれにされてると思ってるのだろう。

仕方ないのだ、クラウドは一応、「マジカル」で強化された「アルテマ」を始め、「シールド」、さらには「大地」まで身につけてはいるが、それははっきり言って、戦闘の為のものではない。クラウドは戦力だと考えていないのだ。クラウドが戦線に加わらなければならないような状況とはつまり、俺たちが戦闘不能に陥った大ピンチという事になるし、そんなことはあってはならないし、ありえない。ヴィンセントだってそれは承知だろうし、その彼に指名されたダートだって心得ているだろう。

「期待しているよ、クラウド」

「カッコイイとこ見せてね」

と、とりあえず機嫌を損ねないようそんな言葉はかけるけれど、いざとなったら背中に庇って、かすり傷一つ作らせないぞという魂胆だ。子供というのは鋭敏な嗅覚を持っているもので、

「にゃ……うぅ」

と、しっかり猜疑の眼を捨てないのだ。クラウドは、心の中に不快な要素がある時は「にゃ」の後に「う」が入る癖があるのだ。

「じゃあ、そこまで運ぼう」

「三人も一度に出来るか?」

「出来るよ。出来なかったら困るだろう。……ユフィ、クラウド、背中に乗って。ザックスは下で構わないよな?」

「下?」

 

 

 

ヴァラージに飛行能力はない。ただ、その重そうな頭を支える体は俺が思っていたよりもずっと丈夫に出来ているようで、蛙のように跳ねることが出来るようだ。予定通りの時刻に北の海岸線から現れたヴァラージの群れが、びよん、びよん、跳ねる様子がに分かる。そしてその数はヴィンセントが言っていたとおり、五十近くいるようだった。そのうちに群れの一部がラプスの産卵を始める事だろう。そして空は蚊柱で覆い尽くされる……。

神竜王の右腕にぶら下がって地上数十メートルの高さ。数分間とはいえ、心臓によくなかった。お蔭様で身を隠すのに適した岩に、上手く辿り着けたわけなのだが。

前方飛び跳ねるヴァラージの数が減った。おおよそ半数が身をかがめる、産卵を始めるのだろう。南では既に戦いが始まっており、カオスの翼撃の鋭い音が耳に届いた。ここからおよそ五百メートル後方、ヴィンセントが巧みにヴァラージの攻撃を集中させ、回り込んだハッシェルとコンゴールに攻撃機会を与える。プチプチと弾ける音がしはじめたかと思うと、産卵に取り掛かっていたヴァラージの頭から一斉にラプスが飛び立つ。蜂か虻のような羽音が不快だ。一斉にヴィンセントにたかりかかる蝿の大群に、メルたちの魔法が襲い掛かる。ヴィンセントがカオスセイバーでヴァラージの強固な外皮を切り裂く。作戦どおり上手く行っている。あとはこちらがコルネオをやってしまえばいい。それだけのことだ、が。

「どこだ……?」

大軍の蝿とヴァラージの無効に身長百六十余のコルネオの身体を見つけるのは困難な作業だった。波のようにうねりながら、テレビの砂嵐のように右から左へ飛んでゆく蚊柱を見ていると、目眩を覚える。

「神竜砲でどかーんとやっちゃえば? 回りのヴァラージごと、さ」

ユフィは目をこすりながら豪快な事を言う。

「それでもいいけど、コルネオに当るかどうかは運次第だろう。リスクが大きい」「だけど、あんまり時間をかけるわけにもな。ヴィンセントたちにだって限界はある訳だから」

「……どーすんのさ」

「やっぱり地道に、でもすばやく探すしかないって事だな。……クラウド、何か匂いとか、しないか? コルネオの酸っぱい匂いとか」

「……犬じゃないもん」

ヴィンセントたちの魔法の流れ弾がアイツに偶然当たって……なんてことがあれば楽なのだが、思ったよりも量の多いラプスと着実に近づいてくるヴァラージを狙うため、彼らの攻撃範囲は近距離に限られていた。今のところ魔物の勢いが変わる事はないようだから、コルネオはまだ集団の中にいると見ていい。あのヴァラージの中のどれか……、竜殺しの剣ドラゴンバスターを手に、嫌味な笑いを浮かべているに違いない。

「ちょっと作戦ミスかもね」

ユフィがいやな事をいう。俺は首を振り、目を凝らした。目眩と吐き気を堪えながら。どこだ、どこだ、……クラクラしながら……。人より視力はずっと良いはずなのだが……どうも俺、観察力は乏しいらしい。

「ねえ、ザックス、あれ」

そして、観察力が優れているものといえば、子供であって、

「あそこだけ、何か違うよ」

クラウドが短い指で指した方向に、三人揃って顔を向ける。蝿の群れの、最も濃いところだった。

U字の中央、ノイズに阻まれうっすらと影を見とめる事しか出来ないが、明らかに、他のヴァラージよりもサイズの大きい個体がいる。そのヴァラージは、まるで他のヴァラージに守られているようにも見える。

「ラプスの大軍とヴァラージでヴィンセントたちを弱らせて、その後ドラゴンバスターでドラグーンにトドメを刺してくって腹積りか。デカブツはヴィンセント用ってことだろうな。最もそんな陳腐な作戦は通用しないが」

俺たちが今から潰すのだから。

「じゃあ、上手く身を隠しながら、集団の中央まで行って一気にやっつけよう。……踏み潰されないようにしないとな。ダート、神竜王になってくれ」

クラウドは、俺が抱っこして守ろう。本当はあの集団の中には連れて行きたくないが、ここに置きっぱなしにしておくと狙い撃ちされるかもしれない。

「ザックス……、あれはただのヴァラージじゃないんだ」

彼は、最初にヴァラージを見たときのような顔をしていた。

「何だよ今更。どんなのが来たって恐くは……」

「あれは、スーパーヴァラージなんだ」

「ベタな名前だねえ」

「そう言えば……良く見ると形が少し違うか? でも多少強くたって俺たちなら平気だよ。神竜王様が付いてるんだし」

ダートは難しい顔をしている。

「ダート。考えたって敵が弱くなるわけじゃない。時間が経てばこちらは不利になるんだ。やるしかないんだぞ」

「……ああ」

ダートは肯くと、神竜王のドラグーンスピリットを取り出し、念じた。あちらに気付かれてしまうんではないかと少し心配になってしまうような光を放って、彼は神々しい竜戦士の姿へと変じた。近くにいるだけでどこか気圧されるような雰囲気が漂う。雰囲気だけなら、カオスヴィンセントに負けてはいない(あちらは多少安っぽくなってしまっているきらいはあるが)。

「始めに俺の神竜砲で見通しをよくする。二人で回りのヴァラージの動きを止めてくれ、それから一気に、スーパーヴァラージとコルネオを叩く」

「にゃー……」

「……クラウドはザックスたちと一緒にいるんだよ」

「ん」

戦闘員の人数としてはやっぱり数えられないが、彼はやる気万々だった。

「行こう」

クラウドを抱っこする。クラウドはぽかんとしていたが、すぐにジタバタしはじめる。

「我慢してくれよ……。まだ俺の方が足早いんだから」

「うー……」

子供扱いされるのが気に食わないらしいが……お前はだから、俺にとっては仮にヴィンセント並みに強くたって、そうせざるを得ない相手なんだってば。

「誰が一番に向こう着くかな」

「そりゃ……ダートだろ?」

「……解らないな。飛んだらばれるから俺も走らなきゃ行けないし」

よーい…… どん!

各馬一斉にスタート、ハナを切ったのはウータイの暴れ馬ユフィ、ユフィ敢然と先頭に立った、その後方一馬身の差で紅き炎ダートが追う、さらにそこから三馬身半切れて、ザックスが……。

「ザックスって、かけっこ弱いんだね……」

クラウドがぼそりと一言。

「お、お前、抱っこ、してっ」

しかも俺は腰痛明けなんだぞ!? 喋るとペースが乱れる。ユフィとダートは既に、ヴァラージの目前まで到達して、こちらを見ている。ユフィがニヤニヤと笑っていた……。

……本気の、俺のスピードをお前らに、見せてやる!

「おおおお!」

ラストスパート……!

昔からかけっこだけは早かった。今なら、本気で走れば五十メートル六秒フラット。プロ球界からスカウトが来ても良いようなものだ。パワーもあるし。フィールディングはイマイチだろうけど。

お陰で息は切れた、肩でぜえはあと。久しぶりに運動で息を切らした。

「やっぱ近づくと、大きいなヴァラージ……」

「スーパーヴァラージはもっと大きいぞ」

「……」

作戦どおりに俺は剣を抜き、ユフィは魔法を構えた。

ラグナロクの、俺の手に馴染んだグリップは手垢と汗にまみれて汚れている、しかし、汚れていればいるだけ、俺と同化していくのだ。相棒……恋人。

ダートが神竜砲のためのエネルギーを溜めはじめた。

……この剣で、ヴァラージたちがどれほど傷つくのかは解らない。だが、どんな強い奴だって足の小指をぶつけたときにはのたうち回るものだ。

「ユフィ、援護頼むぞ」

クラウドを降ろして身軽になって、俺はスタートを切った。 俺は走りながら、スーパーヴァラージを取り囲むヴァラージたちの足……人間の「脛」に当たる部分に、細く深く、長い傷をつけてゆく。果たして効いているのか……、少し不安になって見上げてみる。ラプスの産卵スピードが心持ち、落ちたような気がする。そこに、どうん、爆音とともに衝撃波が。ユフィの放った魔法が一番手前のヴァラージに命中したのだ。そいつの頭からは、蝿が生まれなくなった。 その代わりに、コルネオ周囲のヴァラージには完全に気付かれた。鈍重そうな外見に似ず、足元の俺を鋭く察知するや、どすんと踏みに掛かってくる。俺は間一髪それを躱し、恐らくそいつのアキレス腱に当たるであろう部位を渾身の力でもって切り付けた。グロテスクな色彩の血液が迸り、嫌な匂いがたちこめた。

「来やがったか!」

頭上から唾を撒き散らすコルネオの声がした。恐ろしい、俺はバランスを崩して倒れたヴァラージの影に緊急避難した。ダートの神竜砲はまだか……、見ると、彼の銃口には真っ白いエネルギーがどんどん集まっている。限界まで溜めて、ぶっ放すつもりらしい。ユフィが魔法を連発し、ヴァラージたちの動きを巧みに抑えている……片手で、クラウドがアルテマを使おうとするのを制止しながら。俺はこそこそとヴァラージの巨体の影を回り、また別の一体の足を狙う。蹴っ飛ばされそうになりながら、アキレス腱をぶちりと断つ。ラプスの産卵の勢いが徐々に収まる。依然として離れた場所のヴァラージからの産卵は止まないが、ヴィンセントたちにかかる負担は減っているはずだろう。

俺はちら、と、前線に目をやった。

「何……」

数が足りない。ヴィンセントらしき影が花火を打ち上げる、その後ろから一人、ラプスの集団をブラックホールに吸い込んでいる姿、あれはロゼだろう、さらにその後方から真空波を放っているのはアルバートに違いない。 が……前線で戦っているのは彼ら三人だけだ。メルとハッシェル、そしてコンゴールの姿が見えない。

「俺が手を下すまでもねえみたいだなぁ、変態野郎、テメエの連れのドラグーン、たいしたこと無かったなあ!」

やられた訳じゃない……、きっと一旦退いて、今はシェーナとガラーハの治療を受けているだけに違いない……。

だが、戦線に残っているのは三人だけ。ロゼとアルバートがどれほど保っていられるかは解らない、下手をしたらヴィンセント一人になって……。

俺はそんな事は考えず、U字を形作っていた最後のヴァラージのアキレス腱を切った。ヴァラージからの産卵が完全に止った。そうだ、ここでやってしまえば悪い事など考える必要もない。ダートから、中央のスーパーヴァラージは十分狙えるはずだ。そしてその上で、癪に障る笑い方をしているコルネオも。

「ザックス! 避けろ!!」

俺はヴァラージの下から抜け出しスーパーヴァラージの背後を回り、五十メートル六秒の足でダートの後ろまで一気に走った。そして、クラウドを抱きかかえる。ユフィが、さっと後方に退き、身を低くする。

「にう!」

「捕まってろ、舌噛まないように口閉じてろ」

俺が言い終わらないうちに、ゴゴゴ、と地が揺れる。舌を噛みそうになったのは俺の方だ。

「燃え盛れ……神竜砲!!」

当たりから風景が消える。真っ白な光に包まれて、色を失う。以前、ヴィンセントに向けて放った一発よりも更に高濃度のエネルギー波は太い光線となって、警笛のような甲高い音を立ててスーパーヴァラージを、そしてコルネオを突き抜けてゆく。鼻を突く香ばしい匂いは周囲に転がっていたヴァラージの肉が焦げたためか。俺の肌も焼けてしまいそうなほどに熱くヒリヒリする。直撃を食らえば、肉片すら、灰すら、残らないはずだ。

神竜王恐るべし……。

が、俺は嫌味なその気配を感じて、クラウドを抱いている事も一瞬忘れ、ダートの前目掛けて剣を構えて飛び掛かっていた。

「バーカめ!」
地獄の匂いに吐き気を催し、俺は背中がぞぞっと粟立った。

「ぐ……う……」

光が収まる。目の前の光景を把握するのに、そう時間はかからなかった。

「貴様らのちゃっちい作戦くらいお見通しだ、このバーカどもめ!!」

「……おにいちゃ」

コルネオの丸い胴、そしてそこから伸ばされる短い腕に握られているドラゴンバスター。 その刀身はダートの、神竜王の甲冑に、埋もれていた。

「神竜砲の光が裏目に出たな……。神竜王無しで、ただの人間に何が出来る……? 俺の勝ちだ!」

ず、と音を立てて、奴はドラゴンバスターを引いた。竜の血を呑んで、刀身が妖しく光っているように見えた。

ダートが二三歩、蹈鞴を踏む、右手で胸に刻まれた傷を抑える、唇から一筋血液が溢れる、胸の傷からはどくん、どくん、夥しい量が。 急所は外したらしい。だが、それがどんな問題になる?

「……ぐ……」

「安心しろ神竜王、すぐにあの世に送ってやる」

コルネオが、再びダートを貫くためにドラゴンバスターを構えた。

「させるかよっ」

ユフィが後方から、その猫の跳躍で躍り出る。不倶戴天の刃でドラゴンバスターを押さえると、短身ながら細長い足で思い切りコルネオを蹴っ飛ばした。

「げっ」

そんな声を上げて、ぶっ飛んだコルネオは尻からもろに着地。

「ダート……」

「……酷い傷……、早く手当て、しないと……」

ユフィが即座にポケットからマテリアを取り出し、「回復」を填め込む。ケアルガの光で彼の身体を包む。シェーナたちのどちらかが来てくれれば心強いのだけど、……あっちも怪我人続出、致命傷を負った奴が居なければいいけれど……。もう一度見やると、もう既に、上空にはヴィンセントとロゼの姿しか見えない……。

「おにい……ちゃん……」

クラウドが震えている。放してやると、膝を付いて、目に一杯涙を浮かべて。何をしたらいいのかわかんないけどとにかく焦っている。

「うひひひひ……」

コルネオは尻餅から立ち上がり、そんな奇怪な声で笑った。

「泣け……もっと泣け、悲しめ、恐れろ」

癪に障る……。

「黙れ」
「たまんねえな、ひひひ、いい気味だ……、カマ野郎、テメエの宝を壊したら、テメエはどんな顔をするんだろうなあ?」

「……黙れ」

「溜まり溜まった俺の怨みはこんなもんじゃねえ……思い知らせてやるよ、俺の平穏を奪った罰を……その罪の大きさをな。その餓鬼は八つに裂いて、地獄の魍鬼どもの餌にして……いや、この俺が直々に犯してからだ、餓鬼の中を散々に汚してからだ。そして貴様にその様子を見せてやる……、貴様が死ぬのは、それからだ」

「最初から、やっぱりそれが目的だったのか。ドラグーンはヴァラージたちを扇動するための口実に過ぎなかったんだな」

ヴィンセントの言っていた、まさにその通りだった。

「そうとも。俺の狙いはその餓鬼一人だ。その餓鬼を殺せば貴様らは悲しむ……。貴様らは俺の全てを奪い去った! だから俺も貴様らから宝を奪ってやるのさあ!」

唾が飛んできそうで、俺は向かい合っているのも嫌だった。

全身の血液が沸騰しそうなほど、俺は怒っていた。しかしリミットをとうの昔に通り過ぎていたからか、俺の感情は異様なほどに穏やかだった。体温が一度くらい、すっと下がったような気分を味わっていた。

「クラウドには指一本触れさせない」

「ひひひ……、人間ふぜいが俺に……そしてスーパーヴァラージに敵うと思ったか! 神竜王抜きで何が出来る、しかももう一人のカマ野郎はいねえ、テメエはただの役立たずのエセソルジャーだ!」

「……何とでも言え。……殺したければ俺を殺せばいい。だが、クラウドには、指一本、触れさせない」

「威勢だけは認めてやろう、それに免じて、死なない程度に苦しめてやる……」

コルネオはくるりとジャンプして、スーパーヴァラージの頭部に乗っかった。

「ひひ、まず……テメエの喉笛を切り裂いて、もう二度と餓鬼の名を呼べなくしてやる、それから耳だ、もう餓鬼の声は聞こえん、そしたら目を潰して……」

「……」

俺は何も言わず、剣を構えた。ちら、と後ろを見る。クラウドは青い顔で俺を見ている。その顔は、俺が二度とさせないと誓った表情を浮かべていた。

「貴様は二度と、その餓鬼に触れられない見る事が出来ない声を聞くとも許さねえ! どうだ、悲しいか、苦しいか、悔しいか!!」

息を吐くと、気持ちが良かった。身体から余計な力が抜けていくようで。

おぞましい事かもしれないが、俺はクラウドを守るためという理由抜きで、身体が戦いに、久しぶりに覚醒してしまった事を感じた。

「……ゴチャゴチャと煩いな」

「強がりを……」

「試してみればいいだろ……、強がりかどうか。何度も言いたくないんだがな。俺はクラウドに、もう二度と……貴様の汚らわしい指一本触れさせない。そしてクラウドをここまで苦しめた罪を償ってもらうぜ」

コルネオの顔が真っ赤に腫れた。奴はまさか、俺が土下座でもして「そんなことはお止め下さい」などと言うとでも思ったのだろうか。奴の趣味嗜好から推すに俺が下手に出たところでクラウドの扱いは変わらないだろうが。

「……相手は俺だけじゃねえ、まわりのヴァラージも、ラプスも、テメエの餓鬼を狙ってるんだ。この大軍を相手に何処まで立ち回れる? 素直に謝れば餓鬼と引き換えにテメエらの命だけは助けてやる……」

「馬鹿だなお前は」

俺は久しぶりに、汚い言葉を吐いた。クラウドの前では、こういう態度をする俺を見せたくはなかったのだが。

「何だと……」

更に真っ赤になったコルネオを見て、俺は半ば、愉快だとすら考えていた。

「謝るなら今のうちだぞ……その餓鬼の命さえ俺に寄越せば、テメエらが俺にした罪は大目に見てやる、と言ってるんだ」

俺は口元に皮肉な笑いを浮かべて剣を下ろし、肩を竦めて見せた。

「興味無いね」

紅くなりすぎて破裂してしまうのではないかと思うほどコルネオは腫れた。

「悪いが、俺はもうクラウドのいない人生に価値を見出せない。クラウドがいないなら、死んだ方がまだマシだ。……俺はな、この星が死ぬまで、クラウドの傍を離れないと決めたから」

言ってみるとなかなか、スッキリする科白だった。

余韻に浸る暇もなく、俺に照準を定めたスーパーヴァラージの光弾が降ってきた。俺は剣でそれを弾き、上空から襲い掛かるラプスはまとめて切り飛ばす。クラウドを狙ってくる奴は、俺と、ユフィがダートの回復の片手間に放つ魔法とで打ち落とす。さて……。

また一体ヴァラージがこちらに近づいてくる。囲まれないように片っ端から攻撃してゆくのだが。 いつまで保つかな。

「後悔させてやる後悔させてやる!! 俺様に対してそんな無礼な口を聞いた事を後悔させてやるぞ!!」

「まだしないな、残念ながら」

馬鹿にしたように笑いながら、ラプスを五匹切り裂いたその勢いのままスーパーヴァラージの土手っ腹に七回目の剣撃を加える。

一体どれくらいで死ぬんだろう、このデカブツ。

ヴィンセントに、出来れば早く気付いて欲しいのだけど。

「う……っ」

ダートが声を上げた。胸の傷は六割程度塞がっただろうか。命は助かりそうだ。ほっとしている暇などないけれど……。考えながら……いや実際には考えるより早く、クラウドの背中を狙って飛んできたラプスを踏んづける。クラウドは頭を低くして、もう声も出せない、膨らんでぶるぶる震える尻尾が痛々しい。俺は、身の中に新たな力が宿るのを感じていた。

「クラウド」俺は彼の傍に止り、左手を肩に置いて、飛んでくる蝿どもを叩き落としながら語り掛けた。

「怖がるな。俺がいる、おねえちゃんだっている。ダートも無事だ。もうすぐヴィンセントが来る。俺は強い、ヴィンセントはもっと強い、あんな奴ら敵じゃない、俺たちはお前を愛してる、お前も俺たちを愛してる、だから怖がる事なんて何もない」

頭をぐしゃっと撫でて、クラウドに当たらないよう用心しつつ、……トルネド。風のバリアで、ラプスたちが一気に上空へ弾き飛ばされる。汚らわしい肉片や体液がクラウドに掛からないよう、俺は身を呈して守った。

「たかだか人間一人相手に何を愚図愚図やってやがんだ!!」

未だ大した傷を負っていない俺に、コルネオが怒りを爆発させた。

「殺せ! 殺せ!」

コルネオの怒りに呼応してか、やってくるラプスやヴァラージの数が増えたように感じられる。ユフィはもう、クラウドを守るのに手いっぱいだ。ダートの回復まで手が廻らなくなっている。

「……ヴィンセント、早く来いっ」

彼女がそう呟く、俺たち四人の想いを代弁していた。

そろそろ、ちょっと、しんどいかもしれない。この数相手だと。ラプスは一撃で逝くけれど数が圧倒的に多い、ヴァラージはまだ十匹程度だが、四五回切っても倒れない、動きを止めるのがせいぜいだ。さらにそこに、スーパーヴァラージの触手や光弾が飛んでくる。 じゅっ、と焼ける音がした。それから俺はたかるラプスの群れをまとめて蹴散らした。痛がるのはそれからだ。

「……」

けれど、声には出さない、表情も崩さない。その瞬間に萎えてしまいそうだったからだ。クラウドを守るために……絶対にこの戦いから逃げるわけにはいかないのだ。傷に目をやっている暇などない。左肩らしい、避けたと思った光弾が掠ったらしい。……自分が思っているよりも、身体が動かなくなってきている。それが本人の意識の裡だけのことで済んでいればいいのだが。

「ひっひひひひ、ひっ……いいぞいいぞ殺れ殺れ、奴はもう虫の息だ!!」

傘に掛かって攻めてこられると非常に厄介だ。鼓舞された魔物たちはクラウドを後回しに、まず俺から始末してゆっくりそのあと、と心を決めたらしく、一斉に俺に照準を合わせる。クラウドたちから少ない歩数で極力離れて、一、二、三……、

「超究……武神覇斬ッ」

暴れまわる剣閃で鼻先まで近づいていた魔物を一気に退ける。ただしこの技は酷く疲れる。気付かないうちに負っていたらしい別の場所の傷が広がって、そこから鮮血が吹き出した。最後の一撃でヴァラージを葬ると同時に、俺は不覚にも膝を突いてしまった。だが、倒れるわけにはいかない。 そのまま、剣を振る。光弾も、触手も、蝿どもも、全て払い落とすつもりだ。

「ひ、ひ、ひ、やっちまえやっちまえ、八つ裂きにしちまえぇ!」

倒しても倒しても、魔物は無尽蔵に襲い掛かってくる。 死の予感……という絶望的なものは感じなかった、理由はまだクラウドの傍にいたいからそんなの信じないんだ馬鹿野郎という、わがままな気持ち。しかしそれが案外強くて、俺を奮い立たせていた。

いつ止むとも知れぬ、大軍との戦い。 ヴィンセントか、ダートか……どっちか一人、個人的には前者希望……、でもダートでもいいから、早い所来てくれないと、……うん、ちょっとしんどい、いや、かなり……。

「テメエら、そいつをこっちに来させんじゃねえぞ! 動きを止めろ!」

大軍の向こうからコルネオが怒鳴った。奴はスーパーヴァラージから飛び降りる。まっすぐ、クラウドに向かって歩いてゆく。

「アタシだってザックスと同意見だよ」

ユフィが立ち上がり、不倶戴天を構える。

「クラウドには触れさせない」

「小娘が。何が出来る!」

スーパーヴァラージが、五匹のヴァラージと数え切れない程のラプスにたかられて身動きの取れない俺から、ユフィへと照準を移した。
「死ね!!」

魔物に遮られて良く見えないし、見ている余裕などないけれど、コルネオの放った魔法が、ユフィに命中してしまったらしい気配がする。

「ッ……くっ」

「くひひひひひひぃ、どうしたどうした、ええ?」

俺は怒りと苛立ちと焦りと徒労感で、とうとう戦意が萎えはじめてゆくのを感じはじめていた。いけない、自分を奮い起こし、剣を渾身の力で振るう、魔物が絶命する、しかしそれは……巨大な生命の蠢きの、ほんの一部分を削り取ったに過ぎないのだ。 もう……ふざけんなよ。 いつのまにか、傷が増えてゆく。あちらこちらを気付かぬうちに切り裂かれている、服が血で重たくなっている。血の匂いに、魔物たちは一層猛る。

「糞餓鬼が……、テメエを殺したら、アイツらどんな顔をするんだろうなあ?」

アルテマを……。 クラウド、アルテマを使え。 俺は叫んだ、喉がカラカラで声が通らない。

「あ……あ……」

クラウドが恐怖に戦慄いているのを感じて、俺は再び、芯に一本入った。

「ああア!」

悪鬼のような声を発して、剣をぶうんと大きく振り回す。真っ二つになった魔物が、俺の回りに落っこちた。クラウドを守るためなら……死んだって構わない、俺の命を繋げているのはその想いだけだ。

……そして、その想いを抱いているもう一人。

俺の頭上に、大量の魔物が雨のように降り注いだ。雨といっても一体五十キロからの体重があるわけで、それがどんどん折り重なって落ちてくる、俺は下敷きになって死ぬかと思った。素で焦って、ほうほうの体で死骸から這い出し、どろどろになってしまった顔を手で拭った。クラウドを、見る、まだ生きてる、ただ真っ青な顔で、自分の腕輪にマテリアがはまってるなんてことはもう、頭の中にはなかろう。

俺のすぐとなりに、いつもよりずっとスマートじゃない飛び方で、ヴィンセントが降り……いや、落ちてきた。

「遅くなったな」

彼も全身血みどろだった。前線「だった」方向を見かえすと、そこには何もなくなっている。飛んでいるもの、跳ねているもの、はじめから何もなかったかのように。だが目を凝らすと、森の所々が微妙に盛り上がっている。……全て、ヴァラージの死骸か。

一人で……やってのけたのか。

だがその代償に、彼は疲弊しきっていた。コルネオを見据える視線はどこか空ろで、肩で息をしている、いつものすらりと綺麗な立ち姿ではない、腰を折り曲げ、右足で身体を支えている、左足を見ると、魔物に食いつかれたか、惨い傷痕があった。そしてその背中の羽根も激しく損傷していた。

魔法で数メートル吹き飛ばされていたユフィが起き上がる、肩をやられたらしく、右手は既に不倶戴天を取り落としていた。俺も似たようなものだ。肌が肌色をしている部分が少ないことだろう。

傷だらけだ。

しかし、それでもヴィンセントがこちらに合流した事によって、戦況は一気にこちらに傾いたといっていい。

コルネオの表情もそれを代弁していた。

「貴様……また邪魔だてする気か!」

「クラウドから離れろ」

ヴィンセントの声は、そのくたびれ果てた外見からは想像できないほどに澄んではっきりしていた。

「クラウドから離れろ、コルネオ。貴様の負けだ、そこまでクラウドに精神的苦痛を与えた罪は大きいぞ」

淀みなく言って、彼は唾を吐き棄てた、赤かった。

「化け物め……」

「化け物、はアンタだよ」

彼女は立ち上がる事も出来ない、だが、左手に不倶戴天を光らせている。

「いい加減にしろよ。人の国で、人様の世界で、こんな迷惑かけてさ。……どうオトシマエつけてくれるワケ? ふざけんじゃないよ」

コルネオは醜く顔を歪めた。

「お前の負けだ」

俺は言い放った。

「解っただろう。お前は、どんな手段をもってしても俺たちには勝てない」

虚勢もあった、実際今切られれば俺は死ぬ。だけど、クラウドを守る事が俺たちの勝利なら、間違いなく。

「俺たちの前にもう二度と、その顔を見せるな」

「ぉ、の……」

コルネオの唇から震える言葉が漏れる。

「おのれ、おのれ、おのれ、おのれぇえ! 貴様らが、貴様らさえいなければ!! 俺は今ごろ生きていられたのに! 貴様らさえ現れなければ俺は今ごろ! 今ごろ!!」

「悪事で私腹を肥やして落ちた先が地獄だったのだ。地獄で悔い改め、再び人の形で生まれてくればよい。貴様は死する事によって遣り直す機会を与えられたのだ」

「黙れ黙れ黙れ!! 俺が稼いだ金は、俺の女は、俺の権力は、どうなる!! 死んでしまっては意味がない、……貴様らさえ、貴様らさえ現れなければ俺はあの闇帝都で君臨し続けられたのだ!! なのに貴様らが……!」

「だからってクラウドを狙うのはお門違いってヤツだよ」

「うるさい! 貴様らは俺から全てを奪った! だから俺は貴様らの全てを奪うのだ!」

普通に考えれば想像できてたはずなのに。

追いつめられた悪役がどうするか……って。

 

 

 

 

「……ッ、クラウド!」

奴は、未だ起き上がる事すら叶わないダートの傍らで跪いているクラウドの背中に、ドラゴンバスターを突きつけた。

「動くな!」
「コルネオ貴様……」

「動くなと言ってんだろ!! 動いたらコイツでブスリだ!」

クラウドは、ぴくりとも動かない、動けない。背中を丸めてへたりこみ、俺たちの方に呆然とした視線を向けるばかりだ。涙すら流せないで、ただ、小刻みに震えている。

「見ていろ……、俺は再び地獄から這い上がって見せる。もっともっと多くの魔物を率いて、貴様らを、そしてこの餓鬼を殺すためにな……、俺は、一度地獄に戻る……そしてまた力を貯えてな……ひひひひ、貴様らを……ひひ、殺してやる、この餓鬼を、貴様らから……」

精神が壊れはじめているようだった。激しく興奮しているようだ。

ちょっとの事でクラウドを殺しかねない。

俺は今日一番、背筋が凍り付いた。

「……ザックス……」

クラウドは声にならない声で、俺を呼んだ。

「クラウド……、大丈夫だから、大丈夫、……俺が、助けてやるから……」

「ザックス……」

クラウドが俺を、呼んでいる求めている俺の事を。

なのに俺は動けない。俺は目眩を起こしそうになった。

「ひひ……ひひひひひ……今日のところは、退いてやる……だが、だがなあ、ただでは退かんぞ……ただでは、……この餓鬼を犯して……ひひひ、犯してから、それからだ……見せしめだ、目に焼き付けるがいい、そして自分の犯した罪を悔いるがいい、ひひひ……ひっ、ひっ」

俺はヴィンセントを見た。

「……無理だ」

彼は喉から絞り出すような声になった。

「……今の私では……、奴を消したとしても、クラウドに被害が及ぶ。……それに、奴が消えるより先にクラウドが傷つく可能性もある……」

「け……、けひひ……」

いよいよ常軌を逸した笑い方になって、コルネオはクラウドに悪臭の吐息をかけはじめた。クラウドはがくがくと震えて、必死に身を捩る、が、コルネオはその汚らわしい手で、クラウドの腕を掴んだ。

「い、や、だ……」

「泣け……泣けよ、喚けよ、ひひ……そして奴らを苦しめろ……、俺を満足させろ、ひひひ……」

「嫌、……いや、だ……」

俺たちは、見ている事しか……出来ない?

そんな馬鹿な。

「クラウド!」

「動くんじゃねえって言ってんだろお!」

コルネオはぐんっと腕を動かした。クラウドの身体がびくっと強ばる……クラウドの背中に突き刺さってしまったのではないかと思ったが、コルネオはすぐにドラゴンバスターを振り上げて見せた。

「テメエらはそこでおとなしく、立って、だまって、見てればいいんだよ!」

クラウドの背中に唾を撒き散らしながらそう喚く。

助けてくれ、俺は心底叫びたくなった。いっそ俺を殺してくれ。クラウドを助けてやってくれ……と。

もう、頼みの綱はクラウドのマテリアしか無いように思われた。

クラウド、……お願いだから、お前の腕輪に気付いてくれよ。なあ、魔法使い、なんだろ? 勇者様なんだろ? 自分で戦うんだと言ってたじゃないか……。その手に力を込めて、アルテマ、と。爆発のどさくさで、お前を抱いて安全なところまで……。

「ヴィンセント……クラウドに、伝えてくれよ」

俺は内心で叫んだ、マテリアを、アルテマを、と。

だがヴィンセントは首を振る。

「無理だ。……ダートが巻き込まれる。クラウドにそれをやれと?」

「だけど……!」

「クラウドに十字架を背負わせるつもりか」

そんな事言ったって……!

クラウドが、汚される。俺は本当に、死んだほうがマシだと思う。それは自己中心的な性欲によっての感情では決してなくて、クラウドがこれから持っていかなければならない恐怖心、そして屈辱、それを思うと、この身を切り裂いた方が幾分楽に思えてならないのだ。
クラウドが……。

「クラウド……」

クラウドが、そんな目に遭う、考えただけでも、俺は精神崩壊一歩手前まで逝ってしまう。

コルネオ、俺が悪いなら、俺を殺せばいい、俺を犯せばいい、お前の好きなようにすればいい、だから、どうかお願いだから、クラウドだけは。

ぽろり、と俺の目から涙が零れ落ちた。
「ひ、ひっ、ひっひっ、愉快だ! 愉快だ!! もっと悲しめ、カマ野郎、もっともっと悲しめ、叫べ! 泣き喚け!!」

泣いた事によってクラウドが更なる絶望に打ちひしがれるであろう事など理解できていた。しかし俺の涙は止らなかった。クラウド、クラウド、クラウド……、俺の涙の原因は、クラウド。俺の大好きな大切な愛する、クラウド……。

クラウドは俺を見ていた。涙の流れる俺の顔を見ていた。俺の目はクラウドが俺を見ているところまでしか、捕らえる事が出きなかった。涙で視界が揺らぎ、クラウドが一体どんな表情を浮かべているか、判別できなくなってしまった。それは考え様によっては幸せだとも言えたが。

「……ザックス……」

クラウドが、俺の名を呼んだ。

「ザックス……、ザックス」

「ごめん、クラウド……ごめん、ごめん……ごめんよ……クラウド」

俺はただ、跪いて、頭をたれて、泣きながら謝る事しか出来なかった。 俺がいたから、お前がそんな辛い目に遭ってしまう。俺がいなければコルネオがお前を狙う事だってなかったのに……。

「ザックス……」

「ひゃひゃひゃ、ひぃやひゃっ、ああ、こんな愉快な事があるか!? ひゃひゃ……腹がよじれるわ!! 俺は満足したぞ、カマ野郎、この餓鬼のケツにブチ込んだらどんな顔を見せてくれる!?」

「許さない」

 

 

 

コルネオの下劣な言葉の語尾に、小さな声がかき消された。

「……許さない」

「な、んだと……?」

コルネオが怯んだような声を上げた。俺は涙を拭って、顔を上げた。クラウドがダートの身体を挟んで、コルネオとは反対側へ身を躱していた。尻尾をまっすぐ伸ばし、膨らまして、彼は跪いてまっすぐコルネオに対面していた。

「動くんじゃねえ糞餓鬼、テメエは今から俺に犯されるんだ」

コルネオは不愉快そうに言い放った。

クラウドがその言葉を聞いた様子はない。

「ザックスを……泣かせたな」

「ああ?」

「許さない……。俺の大事な、ザックスを、ヴィンセントを、おねえちゃんを……、苛めたな」

コルネオがニィと唇を歪めた。

おぞましい笑いだった。
「……気が変わったぞ、この糞餓鬼めが。テメエのチンコ切り落としてやろうか、この俺様にそんな口を利いたらどうなるか思い知らせてやる」

「俺の……俺の、命よりも大切なみんなを、傷つけた。お前を絶対に許さない」

「馬鹿めが……テメエに何が出来る? 糞餓鬼が。テメエみてえなのはケツにブツ突っ込まれてヒイヒイ泣いてりゃいいんだよ!」

「……クラウドの奴」

ヴィンセントがうめいた。

「アルテマを使うつもりか……」

「……今ならあんたの魔法で何とか……」

「ならぬこともない……が」

クラウドは、なおも雄々しく、言葉を続ける。

「……ザックスの、ヴィンセントの血を、……償え。傷つけたことを謝れ。俺の大切な人たちを危険な目に遭わせて、辛い思いをさせた事を……今ここで、ごめんなさいって言え!」

俺の頬の涙が乾いた。

「さもないとお前を殺す」

クラウドの口から『殺す』なんて言葉が出るとは。

「きひひひ、テメエごときに何が出来るんだ、ああ?」

「出来るよ。……お前を殺す事くらい。お前こそ、俺を殺したきゃ殺せばいいだろ、だけど俺はザックスたちを守る、この身にかえても、ザックスたちに指一本触れさせない、その汚い指一本、触れさせたりはしないからな!」

「ほう、殺されたいか、そんなに殺されたいか。……じゃあ俺が地獄につれてってやる。奴らの手の届かないところで貴様の骨までしゃぶりつくしてくれるわ」

「好きにしろよ……。お前なんか恐くない」

クラウドはなおも言い放つ。

「お前なんか、ぜんぜん弱いじゃないか。弱虫、悔しかったらザックスやヴィンセントと一対一で戦ってみろよ、一瞬でやられるくせに」

男らしく、そして強気な科白が続く。 だけど、……やっぱり恐いのだろうか。立たないのは腰が抜けてるからなのだろうか。クラウドはずっと跪いて、そしてその手で倒れたダートの右手に触れていた。

「お前は……俺よりも弱い。魔物たちの力を借りなきゃやってけないような弱虫だ、お前なんかに負けないぞ」

「……餓鬼が……、言わせておけば」

コルネオが、また見る見るうちに真っ赤になる。

「動くな」

「何だと」

「お前を、地獄へ送り返す」

「生意気もいい加減にしろ」

コルネオは沸騰寸前まで加熱されている。

「……気が変わった……ひひ……、餓鬼、やっぱり殺す。俺様は何度死のうと変わらねえんだ、そうだ……いいこと考えたぞ、テメエを道連れに死んで、テメエをベースにした魔物を作ってやる。そして……そいつらに奴らを殺らせる……ひひひ、ひ、ひ……」

「だけど、俺は死なないぞ」

クラウドは言い放つ。

「俺は、ザックスたちを残しては死なない」

「死ぬんだ、テメエは今ここですぐ死ぬんだ! この俺の手によってな!!」

コルネオが、ゆらりとドラゴンバスターを振り上げた。

「死ね」

俺は目を閉じた、ヴィンセントが無理を承知で踏み切りを切った、ユフィが左腕で不倶戴天を放った。

ああああああああ。

絶叫した俺の瞼の裏に。

パチン、と火花が飛んだ。

「な……」

目を開けても、そこには明るい闇しかなかった。

 

 

 

 

「な……に」

コルネオが光の中で仰天しているシルエットが浮かんだ。

「……この光は……神竜砲……!?」

クラウドのすぐ後ろまで辿り着いていたヴィンセントが呟く。しかしクラウドのすぐ前に、ダートは未だぐったりと倒れている。が、光源は紛れもなくダートの右腕だった。

「クラウド……?」

真っ黒いクラウドの影が、俺の目に焼き付いた。クラウドの背中は、怒っていた。輪郭しか解らない影なのに、俺には手に取るように解った。それは彼の心の叫びが、俺の心に伝わってくるからだろうか。クラウドは、怒っていた、ものすごく怒っていた。俺を……傷つけられた、痛みに? でも……。

「何これ……」

ユフィが呆然と呟く。これはアルテマの光ではない、神竜砲の光なのだ。

「俺はみんなを苛めたお前を絶対に許さない!」

光の中クラウドは叫んだ。クラウドが立ち上がって、ようやく俺は全容を掴んだ。 クラウドが両手で掴んだ、ダートの右腕、そこから、今まさに神竜砲が発射されようとしている。しかしダートは意識を失ったままだ。宿主の意志とは関わらず神竜王のドラグーンマジックが働こうとしているのだ。

クラウドの腕輪から、流れるアルテマの魔力によって。

凛と冴え渡るクラウドの声が、俺の耳に、届いた。

 

 

 

 

「……砕け散れ……、焼き尽くせッ、アルテマ神竜砲!!」

 

 

 

この世に存在する全ての光が一本のレーザーに凝縮されたようだった。コルネオの腹を貫いて、その光はどこまでも途切れることなく直進していくように見えた。

コルネオの腹には直径数センチの穴があいた、しかし、光に侵食されるようにその穴は、じわじわと広がっていく。奴は自分の腹を唖然と見て、「馬鹿な……」と呟いた。

が、すぐにまたあの異常な笑いを復活させる。

「ひ、ひひひ、ひひひひ」

ぜいぜいと肩で息をついているクラウドを指差して、汚い唾を撒き散らしながら言う。

「今日の所は、ここまで、だ、ひひ、ひ、ひ、うひひ、……地獄の連中を、引き連れて、貴様を殺しに、そして貴様の愛する者どもを殺しに、来るぞ、俺は、ひひ、ひひひゃひゃ……」

俺は無我夢中でクラウドの元に走っていた。彼の身体は光の塊のように熱かったが、俺は構わず抱きしめた。俺の耳にはダートが意識を取り戻した声が届いていた。

「いつでも……来いよ」

クラウドが立ち上がり、言い放つ。

その背中は、ヴィンセントのみたいに大きく、見えた。

「俺が、ザックスたちを守る」

俺は何だかもう、

「何度来ようと同じだ。俺は俺の大切なひとたちを、絶対に傷つけさせたりはしない」

その胸の中で子供みたいに泣いてしまいたい気分だった。クラウド、クラウド、……俺の大切な世界で唯一のクラウド!

俺とダートと、コルネオの間に細長い影が立ちはだかった。 未だ生々しく血の流れる、ヴィンセントだった。

「……貴様を地獄になど返すものか」

嫌悪感を漂わせながら、右手を伸ばす。

「な、なにをする」

「地獄のような甘い場所にみすみす貴様を送ると思うか。……貴様の行き先は、魔界」

コルネオの表情が引き攣った。

「な、なにを……や、やめ」

「貴様のような者は、無秩序な地獄で野放しにするわけにはいかない。法の支配する魔界において、その罪を償うがいい。どうやら貴様には、人生をやり直す機会など与えられぬようだ」

コルネオの顔色が赤から黄色へ、黄色から青へと変わってゆく。

「二度と私たちの前に姿を現すな」

ヴィンセントが再び振り返って、俺とクラウドを一緒に抱きしめたとき、もうコルネオの姿はそこになかった。


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