僕らが知らなくてはいけないこと

火は人間の野性を蘇らせる。獣性ならばしょっちゅう蘇らせているけれど、焚火にあがるささやかな炎を凝視していると、やはり身体の奥底で、血が騒ぐ。ヴィンセントは「神経が昂ぶる」という表現をしたが、「命を賭ける」という非常識なギャンブルに身を投じようとする時には誰だって、心が笑い出すのだ。微笑みとか爆笑とかではなくて、気が触れてしまったかのような、妙な、微妙な、引き攣った笑い。焚火を見つめる俺は無表情の中にそんな異質な笑いをひそめていた。

クラウドはやや緊張して、さっきから焚火の周りをぐるぐると、あてもなく歩いている。たまに立ち止まっては、空を見上げて、ふーっ息を吐いたり、腕輪と頭環の存在を確認したり。ロングバケーションがとんだ風に形を変えてしまった事を、彼はどう思っているだろうか? 彼の底にはずっと、男らしくありたい、という願望が眠っている。それは俺とヴィンセントが彼を女の子を扱うようにしているからという理由が大きいだろうが、「男子たるもの」的な、その外見には不似合いな思想を持っているから、きっとこの戦いに勝てば、彼にとっては最高の誇りになるとは思う。いや、クラウドを戦線に加えたりは、しないだろう。不倶戴天を炎に怪しく光らせる忍者娘だって頼りになる。俺たちだけで。……悪いけど、お前は見てて、クラウド。町外れに散じた他の四人は、闇にとけてしまって、もう見えない。立春過ぎて少しずつ陽も長くなってきたけれど、空はもう重厚な群青色で、星が瞬く。今日一日は雪は降らなかったが、あちこちに残った雪の塊が冷ややかな色をたたえている。ヴィンセントの発した睡眠音波で、街の人間は一人残らず眠りに落ちているから、冬の夜は薪のはぜる音とクラウドの鈴の音以外、全くの無音だ。

敵がやってくれば瞬時に分かる。ヴィンセントが言っていた「千」のラプスはきっと、やかましくギイギイわめきたてながらやってくる事だろう。わざわざ俺たちに、葬られに。

「にゃー……」

クラウドがぽてんと俺とユフィの間にしゃがみこんだ。

「トイレは大丈夫か?」

「んー……一応、行っとく」

俺たちは立ち上がり、草叢へ入った。クラウドが用を足してる間、もう一度マテリアを確認しておく。「隕石」「封印」、こういう貴重なマテリアは換金せずに、いざというときのために手元においてあったのだ。どこでも手に入るようなものは、全部売り払って生活費に充当。生活費といっても、それはおよそ百年先までもの。 空の上、すーっとヴィンセントが通り過ぎた。

「済んだか?」

「うん」

「よし。じゃあ、行こう」

ヴィンセントの後ろをダートが追う、メルとハッシェルは、やや遅れ気味に続く。俺はクラウドの社会の窓を上げて、焚火まで戻った。

「来たみたい」

ユフィが、適度な緊張感を漂わせた顔で言った。俺は肯き、座った。

「まだここからは見えてこないけど……でも気配は、なんとなく分かるな。山の向こうの方だな」

ヴィンセントとダートは、街から南に広がるささやかな山脈と相対し、俺たちの真上の空、だいたい二三十メートルといった当たりで停止した。闇に、その黒い翼を広げる。俺たちはまるで電車かバスが来るのを待つみたいに、魔物の群れの襲来を待っていた。もったいぶらないで、早くおいで。

開戦の合図は、ヴィンセントの放った、サーチライトがわりの閃光だった。南の空がぱっと明るくなる。その光の中を突っ切って、細かな、夥しい影がざわめきながら近づいてくる。蚊柱が立っているようにも見える。羽音まではさすがに聞こえてこないが、心地よい響きではないことだろう。ヴィンセントは右手で空を鋭く、なぎ払う。彼の目の前で、ラプスたちは生命を燃やす花火になった。赤く燃え上がり、弾け飛ぶ、パン、と癇癪玉が弾ける音が続く、パパパパパパ、パン。火の粉は真冬の夜空に、鮮やかに飛び散り、煌いた。ダートは呆然としたように、少しの間その花火を見ていたが、やがて気を取り直して、手のひらから炎の龍を生み出す。龍は乾いた酸素の中、太く長く成長し、彼の手から勢いよく飛び出すと、目に付くラプスを片っ端から飲み込んでいった。焦げ臭い匂いが、ここまで流れてくる。 ヴィンセントの花火とダートの火龍を、クラウドが隣でぽかーんと見ている。そう……覚えておきな、ヴィンセントはね、世界で一番強いんだ。お前を護るときには。

いや、俺だって、強いんだよ? お前に見せられないのが残念だ、本気の俺の剣閃を。

「アタシたちいる意味あんの?」

ユフィは戦況に背を向け、焚火に枯れ木を投じながら聞いてきた。

「無いにこしたこと無いよ。……どう足掻いてもヴィンセントよりは弱いんだから」

花火の音は続く、火龍の食欲は止まらない。一度に数十匹もの命を奪う。地獄から生まれ出てきた魔物たちを再び地獄へと帰す。目の前で広がる殺戮に、クラウドはただ見惚れていた。カッコイイよな? でもホントはカッコイイって思ったら多分いけないんだ。あれはね……「殺戮」。

だけど俺も同意するそれはお前のために。

なんとなく性行為を彷彿とさせる。

炎は上がる、延々と上がる。ラプスは脆弱な羽虫のように、面白いように焼かれてゆく。

だが。

「何か……数えてるわけじゃないんだけどさ」

「ああ」

「……もう千は超してるんじゃない?」

彼らの後方から、ハッシェルとメルがそれぞれ、雷球と吹雪を発する。炎・稲妻・冷気、三属性が炸裂し、空間が切り裂かれる。熱くも冷たくもない青白い炎がめらめらと上がり、爆心地にいたラプスから周囲に飛び火する。それだけで、百近くが昇天する。

しかし、蚊柱は消えないのだ。勢いも緩まらない、臆することなくヴィンセントたち目掛けて飛んでくる。彼らが負けるかも、なんて微塵も考えない。ただ、あんまり長く続くようだと、やっぱり疲れてしまうのは間違いない。

迎撃して、相手のネタ切れを待つのは得策ではないんじゃないか。ヴィンセントは二千三千、一万、コルネオはいくらだって魔物を召喚できる可能性があると漏らしていた。もし、本当にそうだとしたら?

「奴ら、南の方から来てるんだよな……、ってことはコルネオも向こうか」

「多分ね。どうすんの?」

「……あんまり時間かけたくないだろ、クラウドだってお腹すいてきたよな」

「おにぎりあるよクラウド、食べる?」

「にゃん」

中はかつおぶしなのだそうだ。クラウドの好物だ、気が利いている。ユフィは「勝つって意味もあるのさ」と付け加えた。俺はヴィンセントを呼んだ。彼の耳に、俺の声は、爆音とか関係無く届く。クラウドの声が俺に届いたように、強い強い信頼関係ゆえのマジック。

ヴィンセントは一度ドラグーン三人を後ろに下げると、空中で身体を大きく逸らした。鮮明に見えるわけではないがその姿は、ありえないほど艶めかしく思える。彼は、そう、こんな非常時にも浴衣一枚なのだ。身軽が一番いいんだろうけれど……。

一斉に殺到するラプスにも、ヴィンセントは微動だにしない。クラウドがおにぎりをぽろりと取り落とす。ユフィが慌ててキャッチした。

ヴィンセントは、俺たちからはもう、影が重なりそうに見えるところまでタメを作り、ひょっとしたら鼻先にかすり傷くらい作ってくるんじゃないか、そうしたら綺麗な顔に傷が……なんて余計な心配までさせて、ひゅんっ、と翼を前に羽ばたいた。 空中を乱舞する刃が肉眼ではっきりと見えた。『カオスセイバー』、悪魔の翼撃は時間までも切り裂く。切り裂かれた時間は、永久に止る。秒針を止められた百以上の命が、ぼたぼたと落下してゆく。真っ二つに切断された命、百なら二百、二百なら四百の塊となって。 一瞬生まれた襲撃の空白を縫ってヴィンセントが降りてくる。すぐにまた現れる群れに、メルが放った氷の円月輪がつぎつぎと命中していった。

「山脈の向こうにいるのだ、親玉が」

「親玉……コルネオか」

「いや……コルネオだけでは恐らく、無い。……クラウド、一口くれ」

「にゃ……いいよ」

「コルネオだけじゃないって」

「コルネオが直接召喚しているのではなく、何か……召喚士か何かを使役しているのだと思う。元を叩かぬことにはきりがない。味が濃いぞ」

「文句言うなら食うなっ」

「なら、俺たちが行くよ。山脈の向こうだろ?」

「陸路で行くのは不可能だろう。恐らく見付け次第襲い掛かってくるはずだ。……しかし私がここを離れては街を守りきれん。ドラグーンは破壊力は十二分だが、連射性に欠けるように見えるのだ」

「じゃあ……」

ヴィンセントは、文句を言いつつ一口以上かじったおにぎりをクラウドに返して、再び飛び上がった。ハッシェルとダートに伝達しながら、身体はもう既にラプスに向いている。再び花火を連発させる。降り際に一発ずつ魔法を放って、ドラグーン二人が降りてくる。近づくと、空気がひずむような感じを受ける。二人の身体から放熱放電、しているのだ。

「乗れ、山脈の向こうへ回り込む!」

俺はダート、ユフィはハッシェル、その背にすばやく乗った。思ったよりも暑くない。

「あの、ザックス、俺は?」

おにぎりの最後の一口を頬張りながら、クラウドが心細そうに尋ねてきた。俺は一旦背中から降りると、ぐい、と抱き寄せた。そして二秒たっぷりキス。

「ちょっと行ってくるから。すぐ戻るよ」

「……」

「そんな顔するな、男の子だろう? いざとなったらお前が、おねえちゃんの街を護るんだ。そのマテリアで」

「……ん。……ザックスも、気をつけて、ね?」

「キスしてもらったもの、大丈夫だよ」

じゃあ、またあとで。頭をぐりぐりぐりと撫でて、もう一度、飛び乗る。すぐに、ダートは飛び立った。

「ふぉふぉふぉ……、こんな若いお嬢ちゃんを乗せて飛ぶなんて、イカスのう」

不真面目にハッシェルは笑う。ダートは咎めたが、その余裕は年の功というやつだろう。 飛び立った俺たちを、ヴィンセントが見る。俺はクラウドを指差す、彼ははっきり肯いた。そして再び、花火を打ち上げる。

「飛ばすぞ、どうせすぐ見つかるだろうけど……」

ダートの言葉どおり、時速百キロ近くで飛ぶ光の弾丸は目立ちすぎた。脇に流れる魔物の大河はすぐに支流を生み出し、その何割かが俺たちに向かってくる。

「……ダート、俺が落ちたら拾ってくれるか?」

「……努力する」

俺は背中の上で苦労してバランスを取りながら、体勢を後ろ向きに変えた。

「おい……気を付けろよ、ほんとに落ちたら保証は……」

手のひらに思念を集中、隕石群のイメージ、ざわざわと皮膚が粟立ち、その矛先は、後ろに迫った流れ。コメテオ。

「っ、っ、おい!」

ダートが声を上げた、手のひらから放たれた魔法の衝撃で、ぐらりとバランスが崩れ、俺は冗談抜きで落ちるかと思った、ダートの右足にしがみついて、一命を取り留める。振り落とさないでくれダート、必死に這い上がって、元の通り背中に。虚空に生じた小隕石は狙いどおり、近くに迫っていたラプス数体に直撃、流れを押し戻すことに成功!

「さっすがぁ」

ユフィが笑う。

「すごいのう、大したもんじゃな」

ハッシェルも感心したように後ろを顧みる。ダートは溜まったものじゃないだろう。

「ダート、もっと飛ばして、引き離せ!」

「……わかったよ」

ダートは疲れたように呟くと、ぐん、と加速した。後ろを見る、再び追いすがろうとするラプスの影が少し、小さくなった。やればできるじゃないか。眼下、橋をいくつも飛ばし、ラプスの流れから大きく逸れる。俺たちを追っていた一群はどうやら撒く事が出来たらしい。 濃厚な魔物の気配がさらに濃くなってゆくのを、俺たちは感じはじめていた。

「とりあえず、降りよう。ここからは歩いて近づこう」

最後の崖の下に回り込み、ラプスの流れからはまったく目に付かない場所に着地。

「酔うかなーと思ったけど、意外と乗り心地よかったよハッシェル。また乗せてね」

「ユフィちゃんならいつでも歓迎じゃ」

崖の向こうから漂うおどろおどろしい気配。恐らく、コルネオはこの向こう側だ。

「さて、どうやって料理する?」

「……問題はコルネオよりも、コルネオが呼び出した、ラプスを召喚してる奴だ。そいつを叩かないと、コルネオもやれないし、ラプスも止まらない」

「……ふむ。じゃが、ラプスとやらのあの数の多さ、容易に近づく事は出来まい。ワシらが大軍を引き付けておくから、その間にお主ら二人の魔法で片づけるというのはどうじゃ?」

「そうだね、とにかく、ラプスの流れを止めなきゃ。……多分もう、一万くらい出ちゃってるんじゃない?」

「……メルとクラウドのためにここまでやるのか……。いったいどういう奴なんだコルネオって」

「見れば分かるさ。……反吐が出る」

単純明快な作戦は、その分うまく行く確率が高い。下手に一杯小細工するより、パワーもスピードも秀でているからだ。俺たちは崖を駆け上り、ラプスの群れに見つからないよう頭を低くして進んだ。真っ黒な水平線が見える、そして俺たちが初めてこの大陸に来たとき、タイニーブロンコで上陸したあたりが見え始める。予想していた通り、ラプスはそのあたりから発生していた。そしてその付近は、怪しい色の光が立ち込めていた。地獄が近いのだ。進むにつれて、「元栓」が明らかになってゆく。ラプスを召喚しているのは、人間でも、コルネオでもなく、灰色の身体をした巨大な、魔物だった。

アンバランスに巨大なその頭部はチェンジアップの握りの手のような形で、ラプスどもは頭の後ろから発生している。何かが弾ける、プチプチという音が間断なく聞こえてくる。恐らくは、あの頭の裏に護られたラプスの卵が次々と孵化する音……おぞましい。巨大な頭の下には、二本の長い触手と、押しつぶされたような形の身体があった。

「あれか。……手強そうだな、魔法だけで何とか出来るかな」

「やるしかないでしょ。ヴィンセントたちがんばってるんだし。それに、あんまり機敏じゃなさそうだよ」

久々だから腕が鳴るね、ユフィがニッと笑う。十六歳の彼女に戻っている。

よし、行こうよ、みんな。

振り返ってそう言おうとして、ダートとハッシェルが呆然と、頭を低くするのも忘れてラプスを召喚する魔物に見入っているのに気づいた。

「見つかったらどうするんだ、おい!」

俺の声に、はっとして二人は頭を下げた。だが、その顔には大いなる驚きが浮かんだままだった。

「ヴァラージ」

ダートがうめいた。

「奴は、ヴァラージ……、何故?」

「何……?」

「アイツのこと、知ってんの?」

ハッシェルがこくっ、と肯いた。

「ありゃあ、ヴァラージじゃ」

「名前は分かった。あれは、何だ?」

「……ドラゴンを絶滅に追い込んだ悪魔じゃ。太古に天空の月から、竜を滅ぼすために遣わされたという」

天空から……。ジェノバとかメテオみたいだ。

「最後の一匹はワシらがこの手で葬ったのじゃ。なのに……」

「コルネオが、地獄から呼び出した……ってわけか」

「しかし、解せぬ。……コルネオとやらは、只の人間じゃろう……、ヴァラージを知っとるはずがない。あの魔物は、ドラゴンとドラグーンを殺戮するために存在する、人間の前には現れん。ましてや、都会に現れるような魔物ではないんじゃ、竜が棲息する場所にしか……」

「地獄にはいるんでしょ。竜」

「考えたって仕方がない。……いつ見つかるか分からないんだ、手っ取り早く片づけるぞ。あのヴァラージって奴の、弱点あるなら教えてくれ」

「……頭だ。腕は切ってもつぶしても、蜥蜴の尻尾みたいに再生する。頭さえ壊せば、ヴァラージは死ぬ」

「ラプスが生まれてきてるのも頭だから、一石二鳥だな」

「だがヴァラージ自身も当然、自分の弱点を知っている。そう簡単には……」

「だから、さっき言ったとおり、あんたたちで何とか、引き付けておいてくれ。死角に回って俺たちがやるから途中で合流してくれよ……って、そんな顔するなよ、俺たちは一応、只の人間なんだから」

何か言いたげなダートの肩を、ハッシェルがぽんぽんと叩いた。

「では、行こうかの。……ヴァラージは手強い、気をつけるんじゃぞ」

「うん。そっちも」

五分間、痛む腰を叱咤しながら、こそこそ音を立てないように、茂みに身を隠し、海岸線を大きく回り込んで、ヴァラージの背後に回る。地獄の気配が漂う。何というか……、空気の分子がやたら重たく感じられる。鉄の匂いは血と刃の馨りか。潮風よりもさらに濃い。
五十メートルほどの距離まで近づいて見上げると、ヴァラージはやはり鈍重そうに見える。頭の裏側の窪みから、今もなお、プチプチと弾ける音を立ててラプスを生み出す。そして、その裏側に小さく丸く、人の影があった。

コルネオだ。

右手に、偉そうに、杖なんか持っている。いっちょまえに地獄帰りの英雄気取りか? あのヴァラージなしでは何も出来ないくせに

「……やっぱ、やだねアイツ」

ユフィが忌々しげに吐き捨てた。脳天をひっくり返されたあの記憶が蘇ったのだろう。俺も、またあの香水の甘ったるい体臭と、引き攣った笑い声を思い出してしまい、一瞬だが吐き気を催した。コルネオはラプスの産卵地を見上げているだけで、こちらには気づいていない。産卵に専念しているヴァラージもだ。

「したら、行きますか。準備オッケー?」
「もちろんだ」

マテリア最終確認終了、

「ただ俺、走れないからな」

「じじくさ」

「仕方がないだろう!」

「おっきい声出すとバレるよ」

アタシ先に行くねっ、と言い残し、ユフィはたったか走り出す。俺は仕方なく、歩いてその後を追う。我ながら、危機感というものに乏しい戦いぶりだとは思うけれど、もう子供じゃない、戦いというものをそう、特別視しなくなった。もちろん、命はかかってる、恐ろしいギャンブルだ。だけど、それだって人生の一部でしかないんだから。

「頭、って言ってたな……」

ユフィはどうやって攻撃するつもりなんだろう? 上空、ラプスの流れが先刻までとは変わった。北方面にまっすぐではなく、やや西寄りに進路を変えた。ダートとハッシェルがおびき寄せているのだ。つまり、俺たちの出番がきたってこと。

まあいいや。

手のひらを掲げ、大気に語り掛ける。地獄からの空気の流れすら乱して、潮風を流し込んで、法則を越えて。トルネド……。

あんまり使わなかった魔法だから、うまく行くかどうかちょっと不安だったけど……それらしいのはちゃんと出た。一つの小さな渦巻きに、四方八方から風が集まる。暴走する風力エネルギーは中空に冷気と熱気を真っ二つに分断し、その温度変化で渦巻きが一気に巨大化し、竜巻となる。生まれたばかりのラプスの群れと、今し方生み出されたばかりの卵が空中に舞い上がり、真空の刃で切り刻まれる。 こちらに気づいたらしいコルネオは、手のひらから……氷の魔法、真っ直ぐ俺に向かってくる、だけどよけない、ユフィがファイガで横やりを入れて潰す。彼女はそのまま、ヴァラージに向かってまっすぐ走り、その猫並のバネで、ヴァラージクライミング、頭を目指して上ってく。もちろん、そうすばやくという訳にもいかないから、コルネオが魔法の照準を合わせる。彼女は上りながら、片手でもう一発ファイガを放ち、それを妨害。

「なあ、お前迷惑かけるなよ。俺たちに敵うわけないんだから」

俺はてくてくと歩いて、ヴァラージの足元にたどり着いた。

「また邪魔しに来たか! このカマ野郎!」

「やかましい変態」

「ヘンタイだと!? その言葉そのまま貴様に返してくれる! 女装して男に抱かれる奴こそヘンタイだ!」

そんな子供じみた言葉にカチン、と来てしまった。

「同性愛否定するのかこの野郎! お前だってショタコンのくせに!」

「それはお相子だろうお前なんか自分と同じカッコの子供抱いてるくせに!」

「うるさい! 愛もなく誰でも彼でも抱くお前とは違うんだ!」

「ええい黙れ黙れッ、俺の邪魔を、するなぁっ」

周囲に闇の気配が漂う。ちりちりと肌が焼けるようだ。俺の周囲に暗黒臭の球体が浮遊しはじめ、ぶわぶわ音を立てながら、俺に襲い掛かってくる。情けない理由だが腰痛で、あまり思うように動けない。七つあったうちの五つまでは避けきったが、二つはかすってしまった。擦り傷が両腕に生じる。じわっと血が滲む。 この野郎、風呂に入るとき染みて痛いじゃないか。

「地獄から這い上がった俺の力を舐めるな!」

コルネオはそう言い放ち、ユフィに向けても同じ魔法を放つ。ヴァラージの身体にへばりついていたため思うように避けられない彼女は、いっそ諦めて、手を離した。暗黒の球は彼女を追いきれずに消滅、彼女は三メートルほど下に、再びへばりついていた。

「ヴァラージ! 奴をやれ!」

その言葉に呼応して、灰色の魔物は巨体をのっそりと、こちらへ向ける。額に填め込まれたグリーンの、眼球のようにも見える水晶質の球体ににらまれて、俺は一瞬すくんだ。見た事のない魔物に対しての、本能的な警戒心が働いたのだ。ユフィ、早く上ってやっちまってくれよ。 俺はコルネオを引き受けた!

「死んじゃえよお前、クラウドに嫌な思いさせる奴は許さない」

血液がかっと熱くなる、沸騰する、耳の奥で闘争心が暴走を始める。それらは全て、血管を通じて手のひらへと向かい、そして核爆発。フレア。 ユフィに当たらないように、少し小規模に調整した紅蓮の炎は的確にヴァラージの頭を包んだ。コルネオの表情が引き攣る。闇雲に放ってきた暗黒球を、俺はスウェーバックで全て躱した。その間に、ユフィは動きが鈍ったヴァラージの顔の目の前までたどり着いていた。不倶戴天を背中から抜くと、気合一閃、硬質そうなその肌に深々と傷をつけた。ヴァラージは身の毛のよだつような声を上げ、ぐぐぐっと身体を震わせた。ユフィは反撃に備え、バックステップ、虚空にそれこそ猫のようにくるりと身を翻し、魔法を一発、ヴァラージ頭部目掛けて放ちつつ落下、器用に地面に向けてもう一発魔法を発し、その衝撃を利用して軟着陸。彼女がつけた傷痕から、どす黒い血がどぼどぼ溢れ出て、ヴァラージの身体がまみれてゆく。

「馬鹿めが! この程度の事でヴァラージがくたばると思ったか」

「思うわけないだろ」

ヴァラージの巨体はプラウド・クラッドを思わせた。あの、でかいだけが能というような、最後の神羅式機械兵ラジコン。あれ、ちっとも強くないくせに、馬鹿みたいに丈夫だった、まさにウドの大木。踏み潰されさえしなければ、安心。

といっても俺はあんまり動けないんだった。やっぱり油断は禁物だ。もう一度フレア、それから退く、後ろ歩きでずずずっと。ユフィはたったかと後方へ下がってしまう。怪我人に肩を貸す気などさらさら無いらしい。相変わらず薄情だ。俺は何発かコメットを放って相手の動きを牽制しながら退き、相手と十分離れ、隠れた。 あとはダートたちが何とかしてくれるだろ。俺たちよりもヴァラージには慣れているんだし、上手くやってくれるはずだ。

「ふん、隠れやがったか、腰抜けめ!」

聞こえてくるコルネオの科白に再びかちんと来て、俺は飛び出しかかった。だが負け犬の遠吠えと思おう。それに普段のヴィンセントの言葉に比べればいくらか楽だ。

「何か、あったよね映画」

「映画?」

「腰抜けって言葉で、キレる主人公……アタシあの映画結構好きなんだけどな」

「バック・トゥ・ザ・フューチャーだろ。好きな映画ならタイトル忘れるなよ」

「ああ、そうそうそれそれ。あの主人公の子がねー、カッコイイってか可愛くて好き」

ユフィはヘラヘラ笑う。それに普通に相手してやる俺。何か、本当に戦い慣れを通り越して戦いズレをしているよな。 俺はダートとハッシェルがやってくるのを待ちながら少しの空腹感を感じはじめていた。早いところ二人で片づけておくれよなんて思う。一分間待った、二分間待った、岩陰からひょいと顔を出してみる、ヴァラージは殆ど動かず、そこにいる、回りにダートとハッシェルの姿は見えない、コルネオはヴァラージの頭部に立ち、キョロキョロと何かを探して見回している。ラプスが生まれてくる気配はなく、察するにコルネオはダートたちがやってくるのを待ち構えているのかもしれない。

「ダートたち、なにやってるん? コルネオなんて一発じゃん」

俺は肯いた。ダートの剣、ハッシェルの拳、どんなふうにやったって、勝負は一瞬でつくと思うんだけど。ヴァラージだって、二人で叩けばそんなキツくないだろうに。そう思って、俺は上空にダートたちを探した。東西南北、闇夜の空に彼らの光は見当たらない。どこかの岩陰から一瞬の隙を狙っているのかも知れない、だから……あんたたちならそんな用心しなくても。

そんな事を思い、もう一度空を見上げた。

「……ん?」

「ヴィンセントだ」

浴衣一枚の魔人が、北の空から飛んできた。メルとクラウドはいない、彼一人だ。

「……チッ、お前までいやがったか!」

「クラウドのいるところ、私は必ずいる」

「フン、まあ都合がいい。ドラグーンを出せ! 一人ずつ血祭りに上げてくれるわ」

俺とユフィは顔を見合わせた。

「……ドラグーン?」

何でアイツが知っている?

「……生憎だが都合が悪いそうだ。彼らのかわりはこの私だ」

「都合が悪い、そうかそうか」

コルネオはクックッと笑った。あの「ほひ〜」という常軌を逸したそれではなく、邪で、どこか精神の安定を感じさせる笑いかただ。さっきから感じていたが、どことなく、コルネオがマトモな人間になっているような気がする。それは彼の、スラムのドンとしての一面であり、そして地獄で磨かれた人格なのかもしれなかった。

「分かっているぞ、この杖の為だろうが!」

奴は、右手の杖を掲げた。改めて観察しても、古ぼけた、何の変哲も無い杖に見える。目に付くのは、手元の部分に球体が填め込まれている事くらいか。ただ、あれを突いて階段を上るには少し不便に感じられる。

ヴィンセントは反応を示さなかった。

「お前も知っているかもしれないな、これなるは竜封じの杖。奴らは俺には近づけまい」

「ドラゴンバスターと、竜封じの杖……、地獄に忘られた二つのうちの一つか。魔界からそれが消失して久しいが、いつの間にか地獄へとその存在を移ろわせたか」

「地獄にもドラグーンや貴様らジェノバを次ぐものの存在を快く思わない連中がいるのさ。貴様らへの俺の怨みを晴らすついでに、俺はドラグーンを滅ぼすという契約を結んだ」

「成程、貴様がこれほどの魔物を召喚する能力を得ているのはその為か」

「そうさ。俺が手を振ればいくらだってヴァラージはやってくるぜ……。ドラグーンは戦えない、貴様らをヴァラージの餌にした後、ゆっくりドラグーンをいたぶってやるのさ」

俺とユフィはぼーっと二人の会話に聞き入っていた。

何話してるんだろう……?

「心を食われたか、コルネオ。貴様人間として最後の誇りすら捨てたようだな」

「何言ってやがる、テメエこそ、その心は邪に染まっているくせに」

「かも知れんな。だが私の心は私が決める。カオスは私の一部に過ぎん。二人のクラウドを護るための力の補足でしかない。そして今、その力は貴様を地獄に帰す為に存在する」

「馬鹿め、俺の本体は……」

「地獄の底なのだろう? 分かっている、だが安心しろ、貴様は幻だけでも十分目障りだ。それに、実体がそこにあったら今ごろ握りつぶしている」

「なんだと……」
「竜封じの杖とヴァラージがいなくなればとりあえず、私の愛しい者たちは夕食にありつけるのでな。
……一応聞こう、私たちの前に二度と、貴様の幻影さえも現れないと誓うのなら、見逃してやっても良い」

「誰が! 俺は貴様らを八つ裂きにするために」

「失せろ」

瞬きも出来なかった。していたら多分、今隣のユフィがしてるみたいに、「へ!?」っていう間抜けな声を上げていただろうから。いや、してなくても……。

そこから、何も無くなって、いたのだ。

あったのは黒々と海。俺たちが身を潜ませていた岩の回りも、海。回り二個所も、同じようにほんの小さな足場になっていて、そこにはハッシェルとダートがいた。海。 海、そう、陸地が消えていた。ヴァラージと、コルネオもいっしょに。 上空、ヴィンセントは冷たい表情でコルネオたちがいたはずの虚空を睨んでいた。訳のわかんない俺たちは顔を見合わせ、すぐそばに打ち寄せるさざなみが明らかにしょっぱいことを確認し、遠くのダートたちも俺らと似たようなリアクションをしているのを見て、やっぱり訳が分からなかった。 ただ、すぐ目の前に降りてきたヴィンセントは、大掛かりな手品をやって退けたような顔で、

「戻ろう。クラウドが腹を空かせてるはずだ」

「クラウドは……」

「擦り傷一つしていない。今ごろメルと二人で焚火にあたっているはずだ」

彼はそして俺たちを乗せ、時速八十キロで北上。悪魔の背中は涼しく、広く、そして乗り心地の点では優しさに欠けた。

 

 

 

 

クラウドは食事中も入浴中もおおはしゃぎだった。

「あのねっ、すごかったんだよっ、魔法っ、アルテマっ」

自分の発した魔法で、魔物を蹴散らしたのがよっぽど嬉しかったらしい。いや、正確を期して書くなら「自分の発した魔法で、街の人たちを男らしく護った上に、ヴィンセントの役に立った」というのが嬉しい理由だろう。一人前の戦士なわけだ。

ただし、気軽にアルテマなんて使われてはたまったものではない。ヴィンセントはアルテマを取り上げるのを忘れなかった。

それほど体力を消耗したわけではなかったが、温泉の湯は体に染みた。相変わらず水着を買う事の許されない俺とヴィンセントは神経を消耗しながらの入浴になってしまったが、それはそれで、ゆったりした。全員怪我なし、無事でよかったと労いながら。風呂から上がると、体力は全く使っていないものの、やはり緊張感はかなりのものがあったのだろう、クラウドは歩きながらうつらうつらと。おんぶされて部屋に付く頃にはよだれまでたらしてぐうすかと眠りに落ちていた。「勇者クラウドとその仲間たち」なんて夢を見ているであろう事は容易に察しがついた。部屋の隅に敷いた布団で、時折寝返りを打ちながら「うにゃ……」と寝言を漏らす。

「それで……、整理すると」

残りの全員は睡魔と闘いながら今後の作戦を立てなければならない。濃い目の緑茶で目を覚まし、クラウドのために明かりを小さくした部屋で、会議を始める。

「奴の狙いはクラウドでもメルでもなく、ドラグーンと、ジェノバ細胞を継ぐ者を消す事だった。地獄の連中にとって、私たちは地獄、つまり冥界へ運ばれるはずの精神エネルギーの数を減らす厄介者だったという訳だ。ここまで質問は?」

俺以外の全員が一斉に手を挙げた。メルが代表して質問。

「あのさ、地獄って、なに」

ヴィンセントはぽかんとした表情を浮かべ、理解したように、「ああ」と肯いた。

「地獄は地獄だ。死者の魂が運ばれる場所で、極楽、天国の一つ手前にある世界だ。生前に悪行を重ねた人間は……いや、人間のみならず全ての生き物は、天国への門をくぐる事を許されない。ゆえに、地獄は常に悪人の欲望の溜まり場となる。そこにはコルネオのような悪人や、生活維持以外の理由で殺戮を行った魔物たちに満ち溢れ」

「いや、そーじゃなくてさ、ボクが聞きたいのは。そんなとこほんとにあるの? あるってことを、何でヴィンちゃ知ってるの?」

うんうんと、ダート、ハッシェル、共に肯く。ユフィはなんとなく察しがつくらしく、じっと聞いていた。

「……私の身体の中には、カオスという魔界の王が巣食っている。その理由については割愛するが……、カオスの記憶、知識、能力、そういったものは全て、私にも流れ込んでくる。カオスは、地獄とは性質を異にする魔界の住人だが、地獄と同じ次元の世界だから、そこに関しての知識もある。地獄という存在を証明するには、私の羽根を見てもらえれば分かる。君たちの見えない世界が在るという事を理解してもらうには、私の、あるはずのない羽根さえ見てもらえれば」

「……うーん?」

メルは首をかしげる。

「人間って……死んだらライフストリームの中に入るって……」

「確かに、死した人間の記憶はライフストリームの中へと吸収される。しかし、そこに吸収されない、つまり選別される記憶もある。それはつまり、破壊や、憎悪といった、平和的秩序を乱す類の物だ。ライフストリームとはすなわち天国、次に生き直す可能性を秘めた命の流れだ。死した命は例外無く一度、ふるいにかけられ、ライフストリームへと同化するか、それとも地獄に止まるか、そのいずれかなのだ。悪しき魂は更正の為に、地獄へと送られる。……ちなみに、補足しておくとさっき私が言った『魂』とは、人間が持っていた命そのものだ。死する事によって身体は消え、記憶はふるいにかけられる。最後に、失われた『命』が残るのだ。そしてその命が、地獄の生き物の餌となる」

ヴィンセントは話題を元に戻した。

「奴等の狙いはドラグーンと我々だ。合計してもたったの十人。だがその十人を葬るためなら、コルネオをはじめとする地獄の連中はいくらでも魔物を召喚してくる可能性がある。死してなお、欲望に駆られ利己に溺れた者ども……、地獄に浮遊する魂の量は常に十分すぎるほどで、戦争があればその量はパンク寸前にまで溢れる。しかし亡者たちは満足するという事を知らない、永遠に飽くことなく、時にこうして、自ら争いを作り出す」

「……でも、何故俺たちがいるだけで……その、地獄の連中は迷惑するんだ?」

「まず、私たちは人間に天寿を全うさせる力があるという事だ」

「??」

「目の前に、魔物に食われそうな人間がいたとする。……ユフィ、お前ならどうする?」

「そりゃ……その人守るよ、当たり前じゃん」

「そう。だが、何故?」

「なぜ、って……」

「お前がただの人間であっても、そう出来るだろうか?」

ヴィンセントの問いに、ユフィは答えに窮した。

「……だろう? だがユフィ、お前の目から見ても危険だと感じる相手に対しては退くときも在るだろう。お前もやはり生身の人間だからな。だが、私やザックス、そしてドラグーンは、人間ではない。戦闘能力において人間を超越した存在だ。そういう人間は、どんな状況であっても、不条理な死に直面した人間を護れる、護る能力がある。つまりそれは、私たちが“魂”の数を減らす原因になっているということになる。魂を食って生きる者たちにとって、ジェノバ、ドラグーン、そして有翼人、それらを生み出す地脈の森は、非常に邪魔な存在なのだ」

だが。ヴィンセントは言う。今回のように地獄から直接、魔物を寄越して現世へ喧嘩を売ってくるという事は、まず、ルール違反なのだ。地獄は地獄、天国は天国、魔界は魔界、そしてここ現世は現世と、いきものの生きるべき世界は決まっていて、その境界線を越える事は許されていない。

コルネオが扇動したのだ。

「でも、コルネオはどうやってドラグーンの事なんて知ったのかな? ジェノバ細胞の事だって」

「地獄に止まる事を余儀なくされた悪人たちの中には、当然ドラグーンによって堕とされた者もいただろう。そして、ジェノバを知る物なら……」

「宝条……とか」

「まあ、他にもいるだろうが、そう、例えば宝条のような者たちがそうだな。地獄にはありとあらゆる類の悪人が集まるから、知識は偏りもあるがライフストリーム並のものがある訳で……」

「なら、別にコルネオじゃなくたって、俺たちや、あるいは今生きてる人間に怨みを持つ奴らがもっとこの世に来たっておかしくないよな?」

「その意志があったとしても、それを実現する能力がある者はまずいない。力のあるもの、財力のあるもの、地獄にはそういった有力者たちもたくさんいる。しかし、地獄に落ちるような者が互いの能力を認め合い、力を合わせる事を考えると思うか?」

「……そうか」

「それに、一応地獄にも取りまとめる者がいるのだ」

「……閻魔大王、ってやつ?」

「その通り。閻魔大王、そしてその配下の門番たちが、地獄から亡者が流出する事を防いでいるのだ。ただ……門番といってもやはり元は罪人、さほど殊勝であるとは言い難く、金に溺れたり、現世に強い怨みを持ったりしている者もいると聞く。そういった連中はコルネオの誘いにも乗ってしまうという訳だ。そういった者たちを上手に利用し、またドラグーンとジェノバ細胞を継ぐ者の抹殺を建前に、今回コルネオは我々に多大なる迷惑をかけてきているわけだ」

ヴィンセントはため息を一つ、

「迷惑極まりない」

「……お主今、建前と言うたが、本音が在るという事かの?」

「ああ……。恐らく、本音は単純に私怨に過ぎないだろう。幾度と無く奴の目的の妨げとなった上に、命を落とす原因となった私たちに対しての怨みを晴らすために、無い知恵を振り絞って、魔物たちにさっき言ったような目的を話したのだろう」

ふむぅ、ハッシェルは腕組みをし、眉間に皺。

「申し訳ない、君たちにまで迷惑を……」

「いやいや、気にするな。地獄の中にワシらに対して反感を抱いている連中がいるという以上、コルネオでなくとも、ワシらを狙う者どもが現れるのはそう遠い話ではなかったじゃろう。今回ワシらの力をとくと見せ付けてやりゃあ、今後はおとなしくなるもんじゃろうて」

俺は、話を聞いててずっと気になってた事を、聞いてみた。

「地獄の連中って、どんな感じなんだ?」

「……具体的に」

「いや、だから……あんた昼間、一万以上の数がいるって言ったよな。さっき戦ったのは結局、殆どヴァラージの卵から生まれたラプスだったわけで。実際のところ、魔物は一万くらいって考えていいのか?」

ヴィンセントは少し考えた。それから、首を振った。

「数は……今日をはるかに越えるだろう、恐らくはな。今日現れたコルネオは幻に過ぎぬし、ヴァラージも一体のみ。本気であったとは考えにくい、自分の存在を誇示する目的の方が大きかったのではないか。……加えて……、今日よりも更に厳しい戦いになることが予想される。……コルネオは竜封じの杖を持っていた」

ハッシェルが肯いた。

「そうそう! ワシも書物で読んだだけじゃったが……本当にあるとは。いったいどこからあの様な物を持ち出したのか……」

ワシらが近づけなかったのはあれのせいで、決して怖じ気づいた訳ではないぞ、と不要な言い訳をした。

「あれは魔界に安置されていたはずなのだ。だが……恐らく今回の計画に参加しているコルネオ一派の者が盗み出したのだろう。竜封じの杖はすでに魔界へと戻したが、竜封じの杖を持っていたという事はドラゴンバスターも奴の手元にあると考えて間違いないだろう」

「とすると、ボクたちヤバいってこと?」

「……より危険度は高い、ということに間違いはないだろうな」

ヴィンセントの言葉は重たかった。

「でもさ、ドラゴンバスターって、剣なんでしょ? ならそれにあたんなきゃいいんじゃん。ボクらそんなノロマじゃないよ」

「それは、そうだが……」

俺はクラウドの寝顔を省みた。平和そうな寝顔、でも彼は夢の中ではドラグーンよりもカオスよりもずっと強い。なんてったって最強の魔法を操る勇者だから。

ただ、もうちょっとこのイレギュラーな休みの期間を延ばさなきゃならないらしい。だから、どんなに魔法を使いこなせるようになっても、国語算数理科社会……そういったものの勉強はお留守になってしまう。

けど、まあ……。

「地脈の森に行こう」

俺の言葉に、ヴィンセントは頷いた。

「コルネオ以外の連中の狙いはドラグーンと私たちだ。一個所にまとまってやったほうが、関係の無い人間を巻き込む事も無い。……もちろん、森を戦火から守る意味でも、戦力は多い方がいい」

ダートたちも肯く。メルはあくびをかみ殺していた。

「では……出発は早い方がいい。またいつ奴らが来るかわからないからな。ザックスの腰もだいぶよくなったようだし、明朝にでも発とう」

ユフィ世話になったなという科白を、ユフィは完全無視した。ポケットからいくつもマテリアを取り出してニヤリと笑う。

「置いてく気?」

「お前、そりゃ……ジェノバも入ってないしドラグーンでもないんだし」

「マテリア貸してほしくないの?」

「お前……」

「アタシもついてくよ。ただ人間だけどさ、やっぱり困ってる人たち見捨てらんないよ。それに、いれば何かの役に立つでしょ。飯炊きくらい出来るし、足手まといにはなんないからさ」

この娘の性格は、昔とさほど変わっていない。言っても無駄なようだ。

「すまない……森を守るために」

ダートがかしこまる。かしこまるような相手じゃない……、と言った後のことを考えて、やめた。

「お互い様だ。こちらにもクラウドを守るという命題がある。協力しよう」

ヴィンセントの言葉に、ドラグーンたちはしっかり頷いた。

 

 

 

 

みんなが自分の部屋に戻ってから、俺はヴィンセントと抱き合っていた。

「何か、すごいことになってきたな」

クラウドを起こすのは申し訳ない。せっかく勇者様になった夢を見ているのに、いきなり現実に戻してしまうのは気の毒すぎる。とはいえ、自分がちゃんと生きている証がほしい体温がほしい、だから、裸で抱きしめあった。

「あんた、あの時何したんだ?」

「あの時?」

「ヴァラージとコルネオと、あと海岸そのまま全部消しただろう」

「ああ」

ヴィンセントは俺の耳を噛んだ。

「竜封じの杖を奪い取り魔界へと移送し、奴らを、奴らの居た場所ごと消した。といっても実際に消えたのはヴァラージだけで、コルネオは地獄の出口でこちらへ出てくる機会を探っている事だろうな」

「んん……そう。あんた、やっぱり強いよな……」

肌と肌が擦れ合う感触、とりわけ、その脇腹にまわされた手に、俺は震える。

「お前たちを守るためなら私は、どんなことだって出来るよ」

俺の想いを知ってて、彼は俺の欲求には答えない。不満の声を塞ぎ、ひんやりとした畳の上に寝かせ、心臓に耳を当ててきた。動いている、彼は囁く、動いている、心臓が、ちゃんと。この鼓動を私は永遠に止めさせはしない、そして悲しみや不安でこのリズムを乱させもしない。そのために私は、お前を形作る全てを守ろう。

「ヴィンセント……、もう、いやだ」

「嫌? 何が嫌なのだ?」

「……こんな、見てるだけじゃなくて、触ってほしい」

「もう少し……、嗅がせてくれ、お前の香りを、楽しみたい」

「にゃ……」

「!!」

言葉を失って、ヴィンセントは脱いだ浴衣で身を覆う。もぞもぞと、部屋の隅の布団が動き、にゅにゅっと盛り上がったと思うと、クラウドが顔を出した。

「……にゃー……」

「おきた、のか?」

「うー……なんで、はだか?」

「…………」

俺は上手く言い訳が出来なかった。クラウドは目をこすり、飲み込まれそうな欠伸をひとつ。ヴィンセントはふっと苦笑いすると、クラウドのそばに歩み寄り、するりと彼の浴衣を脱がせた。

「お前もおいで」

「にゃあ?」

「一緒にいよう」

寝起きのクラウドは俺の胸の中に墜落した。無意識的に、すんすんと身体の匂いを嗅いで、ぐるるると喉を鳴らす。暖かいのが気持ちいいのだろう、俺の身体に、ぴったりと密着した。それだけで満足、というか、それ以上妙な要素が加わるのは歓迎していないのだろう。

ヴィンセントは、クラウドごと俺を抱きしめた。

「守るよ」

そして、愛すよ。クラウドの肩に口付ける。歓迎していなくとも欲している身体に、肉の形をとった愛を注ごう。

「んにゅ……ひゅ!」

細く白い首は暗闇でも眩しい。俺に腕を回し、尻まで達したヴィンセントの舌に感じる。クラウドは徐々にその顔を下げ、熱い物体に辿り着くと、ぱくんと食いついた。そして、音を立てて吸い始める。俺の体温を感じながら。

「……」

今こんな風にすごせる事のかけがえの無さを感じながら。生きていてよかったと、人間は死にそうにならないと、気づく事が出来ない? お金や健康と同じで。手を変え品を変え、単純な事をもう一度思い知らせるために、いつだって目の前に降りて来ているのに俺たちは、すぐにそれを忘れ去る。


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