俺とメルが二人きり。どういう状況だよと自分でも思う。
コルネオの狙いはクラウドとメルではなかろうか、という結論に達したのだ。奴は骨の髄まで染まった好色家であり、奴がまだ生きているとしたら、まず俺たちに恨みを抱き、そしてクラウドを再び狙ってくるであろう事は自明の理。あの男はとにかくアブノーマルな思想の人物であるし、前例もあるからそのために魔物を持ち出す事は大いに考えられる事で、今まで以上に危険な男に化している。前回確か、「男の子に生きる」だの何だの言っていたが、メルはちょっと男の子みたいなところあるし(っと、失礼)、結局かわいければなんでもいいのかもしれない。ああいう奴に節操なんて無いのだろう。
さらに悪い事には、今回はメルも狙われているようだという事だ。これはダートの仮説なのだが、奴が美少年美少女を狙うんであればそれは別に、「特定の誰か」例えばクラウドでなくてもいいという可能性がある。通りがかった全ての人間を対象にしたって構わないはずで、奴の優先順位は、一番に「遺恨」、二番が「クラウド」、たまたま通りがかったところにメルを見つけてしまったがために、彼女もまた狙われることになってしまったのではないか、というのだ。確かに、「蜜蜂の巣」にはエアリスやティファ、そして俺が、選ばれたように、「見た目がよければとにかく」的なところがあったから、そこはうなずける。ただ、魔物を持ち出すほど執着心の強い男が、そんな目移りするものだろうかという気もする。クラウドが奴の第一目標でなくなるのならそれでいいのだが、とはいえメルが狙われている限り奴は、また魔物をこちらによこす事だろう。迷惑極まりない話だ。
そんな訳で、クラウドとメルからは目が離せなくなった。おとといの作戦会議では、当番制で必ず誰かが側に付くということが決まったのである。当番制ということは、つまり四六時中俺がクラウドといっしょに居るというわけではなくて、クラウドはダートと、メルはヴィンセントと、なんていう組み合わせもあって、だからつまり、こんな風に俺がメルといっしょに風呂に入らなければいけなくなったりも、するわけだ。
「なあ、夜にユフィと入るわけにはいかないのか?」
「いかない。わかってないなぁ、レディはね、キレイ好きなんだよ」
だがそのキレイ好きに突き合わされる方ははなはだごめいわくな話で、相変わらず水着を買っていない俺は、腰からタオルが落ちないように警戒しなければならない。まあ、湯治が俺の本来の目的であるのだから、納得してお付きあいすればいいんだろうけど。
「いいじゃん、男の子なんだから」
「よくない。軽々しく言うな」
「ふーん。じゃあ、取っちゃおうかな、タオル」
「よせバカ……う!」
「じょ〜だんだよ〜、へっへっへっ」
腰がなかなか直らないのは、多分、俺がたびたび自分の症状を忘れて、激しい動きをとろうとしてしまうからだ。だが……そういう動きをとらせようとする方にも原因はあると思うのだが。こんなはるばる温泉に、湯治に来てるんだか悪化させに来てるんだかよくわからない状況だ。時間を浪費するのは嫌いじゃないけれど。そう嫌な浪費のしかたでもないし。外見からはわからないほどだが、体重が少し増えてしまったのがちょっと、気がかりではあったけど。体重計、メルが見てないのを見計らって乗る。七十五キロ、やっぱりここに来てから太った。一キロほどだけど。毎日旨い飯を食い、さしたる運動もせず、寝て起きて風呂に入ってぼーっとして寝て風呂に入って食って寝て……。
でも肌はつやつや卵肌だ。ヴィンセントやクラウドほどではないけど俺も素肌美人になりつつある。セフィロスに突かれた古傷もつるりと、触れただけではわからないほどにきれいに塞がっている。
「温泉って、いいよねぇ」
メルが子供っぽくバタバタ泳ぎながら言う。あんまり遠くへ行くなと言っているのに、湯煙の濃い温泉の中央部へ行ってしまう。俺は仕方なく、ざぶざぶと波を立てながら彼女が消えた方へ向かう。俺を驚かすためにか、煙の中で息を潜めて隠れている頭を遠慮なくばしんと叩く。
「ぅあいだっ」
「何やってんだよ」
腕を引っ張って、縁に連れて行く。
「狙われてるっていう自覚を持て」
「別に〜、だって亜竜の一匹や二匹、ボクの魔法でどか〜んって」
「たいした魔法じゃないだろう、ドラグーンスピリット持ってないお前のなんて」
「シツレイな! ボクだって有翼人なんだから」
「だから? ピンからキリまであるんだろう? どうせお前は『キリ』なんだろうし」
「むき〜〜〜〜」
ハッシェルが教えてくれた事によると、地脈の森に低い確率で生まれる、長命で銀色の髪を持ち、またこれは新事実だが生まれつき魔力を備えた種族は、背中に羽を生じさせ、ドラグーンスピリットを用いなくても大空を飛びまわる事が出来るため、「有翼人」と呼ばれるのだそうだ。ジェノバの力がちょっと形を変えて現れたものだと考えられる。ってことはクラウドにもちっちゃなかわいい羽が生えててもおかしくないし、セフィロスは「有翼人」だったからあれほど強いってことだ。やっぱり人間とはモノが違う。 ひょっとしたら俺の背中にもある日目が覚めたら、羽が生えてたりして。
「でもまあ、そう考えるとやっぱりすごいな、地脈の森。お前たちみたいなのがゴロゴロいるんだろう?」
「ゴロゴロはいないよ。ドラグーンだって七人しかいないし。有翼人だってほんと、ちょっぴりだけなんだから。でもさ、その中でボク、有翼人でドラグーンなんだよ。すごくない?」
そういう科白は適当に受け流す。今は笑ってるけど、こないだは笑える状況じゃなかったんだ、お前のせいで。目を離さないように神経をとがらせるのも仕方の無い事だ。 幸いあれから、ラプスはやってこない。まさかあの男が「諦める」という事を知っているとは考えにくい。今にまた魔物を寄越し、クラウドを、メルを、狙ってくる事だろう。だから気を引き締めて、ちゃんとボディガードをつとめなければならない。 だが、その仕事ぶりはどことなく半信半疑になってしまうのだ。敵の正体は解ってる、そんな強い敵ではないという事も。だから、メルの言葉じゃないけれど、多少の数でかかってこられても、どか〜んってやっつけてしまえるんじゃないかと思うのだ。昨日、ハッシェルとメルの、ドラグーンとしての戦いぶりを見せてもらったけれど、俺や、ヴィンセントと比べても見劣りしないほどのパワーとスピード、そして魔力だったし、ブランクがあるとはいえユフィも、マテリアさえあれば十分戦えるだろう。コルネオごときが、なんて、力が抜けてしまうのも無理の無いことだろう? それでもヴィンセントは、険しい表情でこのところ、いつも考え込んでいる。妙だ、と言うのだ。
「何が?」
「あの男が、こんなまだるっこしい遣り方で目的を達成しようとするだろうか? イリーナとユフィや、クラウドを狙ったときも、ほとんど単独行動で、尖兵を使うなどという慎重な事はしてこなかった。それにあの男が、いくらラプスを飼い慣らしていたとしても、そう何匹も放ってくるものだろうか」
「あんたが言い出したんだろ、コルネオの仕業だ、って」「それはそうだ。しかし、一筋縄に、奴が単独でしている事だと決め付けたわけではない。ことによっては背後に何かあるのかもしれん。もしくは……」
「もしくは?」
「……いや、有り得ない事だ、敢えて言う必要も無い。ただ、やはりクラウドとメルの周囲に魔物を近づけないようにしないと。それだけは怠らないように……」
まあ、俺やユフィだけではそんな風に慎重に考える事は出来ないから、身近にこういう、頭のいい人が一人いるととても助かる。彼の言葉に従って、俺は今こうしてメルと共にいるし、彼はクラウドと卓球でもやってることだろう。
「ねー、ザックスっ、そろそろあがろうよっ」
早くも飽きはじめたメルが騒ぎ出す。
「お前が入りたいって言い出したんだろう」
「いいじゃん。もうのぼせちゃうよ」
「縁に座ってればいいだろ。俺まだ暖まってないんだ」
「やだねー、年寄りは長湯で」
「悪かったな。お前だって中身はもう二十歳過ぎのくせに」
どうも、いけないな、コイツと話してると影響されてしまう。三十才の誕生日を迎えて久しいのだから、もうちょっと大人にならないと……。
そんな事を考えながら、その少女の顔をちらりと盗み見た。彼女は暑さにぼへーっと締まりの無い顔をし、視線を宙にさ迷わせている。どう見ても十六歳かそこらの顔のまま、もうしばらくは年を重ねていくのだろう。彼女の中に、自分を客観視する機会が訪れない限り、あんな風に、いくら時間を経ても心は子供のままでありつづけることだろう。
そしてそれは、俺やクラウドにも、そしてヴィンセントにも同じ事が言えるだろう。ハッシェルとヴィンセントを比べてみるといい。ヴィンセントも確かに、老獪きわまるというか、実年齢ゆえのじいさんっぽさがある。しかし毎日鏡で見る顔がどうしても二十七歳のそれだから、彼の中に知らず知らず、二十七歳としての自覚が生じる。彼はそれでも「大人」だから、六十何歳という年相応の振る舞いをしようと心がけるのだろうが、そうすることの空しさに、いつしかまた心が若返っていく。
クラウドもいつの日か気づき、傷つくことがあるかもしれない。何せ、同級生の中にはすでに、クラウドとさほど変わらない背丈の子も居るのだ。クラウドは十四(見た目は十二)歳。このまま他の子達といっしょに成長していけば、すぐに追い抜かれてしまう。追い抜かれたとき、彼の内面は年と同じ成長をしているのだろうか? 大人になっていくのだろうか? 今から二十年後のクラウドを、俺は、クラウドは、どんな風に受け止めているんだろう?
「なにジロジロ見てるの〜?」
「……別に」
「別にってことないでしょ、あ、ひょっとして、惚れた? ねえ、惚れた?」
俺は風呂の中で腰を伸ばした。温浴効果と大地の恵みが心地よい。湯の中では重力も減少するから、腰にかかる負担も軽減される。
「……何でお前、そういう話が好きなんだ?」
「そういう話?」
「恋愛談義っていうか……。なんか、子供っぽいぞすごく」
そう言うと、明らかに機嫌を損ねた表情を浮かべる。
「大人だよ。大人だから、そーゆーの興味あるの」
「……あんまり大人はそういう事をおおっぴらには話さないと思うけどな」
「そお? でも、ボクは話すの。そういう大人なの」
よく解らん。まあ、子供が大人っぽく振る舞うのはよくある話だから、どうでもいいや。保護者じゃないし。 俺が何も言わないのを、納得と受け取ったらしく、彼女は再び湯の中に飛び込んで、「ねえねえ」と身を寄せてきた。
「あのさあのさ、クラウドと普段、どういうことしてるの?」
ああ、やっぱり、子供だ
「だから。大人はそういうことには首突っ込まないんだよ」
「えー、オトナだもんボク。それに、オトナの話でしょ? こういうのって」
『大人』の定義って何だろう?
「ほらほら、ちゃんとおっぱいだってあるしさー」
「……ふぅん」
「何だよその目っっ、むき〜〜〜〜っ」
「いや、その、冗談はさて置き……そういうのはプライベートな事だから、聞かないでおいた方がカッコいいぞ」
「別にカッコよくなくたっていいもん」
「……何でそんな知りたがるんだ?」
俺がその質問をすると、メルは底意地の悪そうなニヤリ笑いをして、
「知りたい?」
と聞いてきた。
「別にそんな知りたくも無いような気もするな」
「まあ、そう言いなさんなよ……。うふふ」
「じゃあ、教えてくれ。何で知りたがるんだそんなこと」
えへへーそれはねぇ、とわざとらしくもったいぶってから、耳に唇を寄せて、こそこそっとささやいた。
「……クラウドの事がねぇ、好きだから。……びっくりした?」
「びっくりしない。お前の言う好きってのはどうせ、コドモの好き、だからな」
「むき〜〜〜〜〜〜」
「……何をしているんだ?」
ふと見上げると、渦中の猫耳少年を連れて、ヴィンセントが立っていた。卓球でいい汗かいてさわやかといった感じだ。クラウドはタオルもつけず、にこにこして立ってる。その成長途上の羞恥心がいとおしい。
「あ、クラウドっ、こっちおいでこっちっ」
メルはさっさと次の話題へ。本気でクラウドをターゲットにしているのかどうか計り兼ねるが、クラウドはメルの事が嫌いじゃないから、ざばんと入って、メルの腕の中へ。ホントはそれ俺の役割だろう?
クラウドは俺の視線を気にも止めずに、メルに耳を撫でられてさっそくぐるぐる喉を鳴らしはじめる。無邪気なことがお前の罪だよ、本当に。
「今のところ、平和なものだよ。コルネオ、もう攻めてこなかったりして」
仕方なく(失礼)ヴィンセントに会話の矛先を向ける。彼はけだるそうに足を伸ばし、薄雲のかかった空を見上げていた。
「油断は禁物だ」
彼は言い、湯をすくって顔を洗った。
「どんな魔物を持ち出してくるか、解ったものではない」
「魔物って……、ラプスしかいないだろ、どうせ」
「……」
ヴィンセントは上空の薄曇りと同じ表情を浮かべた。なんだか、すっきりしない。
「なんか、嫌な予感でもするのか? 心当たりとか……」
「……」
彼は黙って、遠くの水面を眺めている。湯煙のさらに向こう側を見るような、遠い目つきだ。長いまつげに縁取られた瞳はやっぱり綺麗で、しかも理知を感じさせるその視線は大人っぽくて、ちらりとメルと比べると、申し訳ないとは思うがクラウドにちょっかいを出す彼女の目線はやっぱりコドモのそれなのだった。
ヴィンセントは憂鬱そうに口を開いた。
「お前には話しておいてもいいだろうな」
彼は俺を手招きし、自分のすぐ隣に置いた。休戦協定締約以後はにわかにこの人との接触回数が増えている。彼はメルがクラウドに興味を奪われているのを見計らって、俺に顔を寄せた。
「私は奴を殺した。粉々に……灰にした」
ヴィンセントは苦虫をかみつぶしたような顔で、言った。
「クラウドに危害を加えようとした事が、どうしても許せなかったのだ。粉々にしてやった、二度と我々の前に現れる事のないように」
俺は文脈上当然、するはずの質問を、彼に投げかけはしなかった。彼は先回りをする。
「私は今回の件はコルネオの仕業なのではないかと言った。これにはある程度の確信がある。ラプスは元々あった種の亜竜ではなく、コルネオがペットにするために品種改造を施したドラゴンだ。遺伝子技術に明るい人間、例えば……名前を出すのも嫌だが、宝条のような人間ならば可能だろうが、同じ魔物を全く別の人間が作り出す事など、まずありえない。だから、ラプスはコルネオが放ったものだ。しかし言ったとおり、コルネオは私が殺した。……これも間違いなく、地獄へ落とした。だが」
「だから、黄泉帰ったんだろ?」
ヴィンセントは大真面目に、肯いた。
「そうでないと説明が付かない」
「ホントは殺してなかったとかじゃないのか? まだ生きてたとか」
「灰になってしまっては、いかに私たちのような者でも生きてはおれん、コルネオなどただの人間なのだから……」
「じゃあ……よく分かんないけど何で、コルネオが俺たちにちょっかい出せるんだよ。どうやって生き返ったんだ」
「奴は前回クラウドを狙ったとき、地獄を見たと叫んでいただろう。あれは極限状況で奴が見た幻覚だ。実際の地獄は奴の言うようなところではない。……詳しくは述べないが」
「あんた、死んでもいないのに何で地獄なんて知ってるんだよ」
「カオスの記憶はそのまま私に宿る。カオスは魔界の帝王だ。魔界は地獄とは性質の異なる世界だが、同じ空間に存在する。だからカオスは、地獄を知っている、ゆえに私も地獄を知っている」
彼は湯の中に浸かってるくせに、青白い顔で続ける。
「コルネオは、地獄から戻ってきたのではないかと。その可能性も否定できないのではないかと、私は思うのだ。万に一つも無いがさっきお前がいった通り、私の即死魔法が不完全で、命を奪うにいたらなかったために再び戻ってきたと言えなくも無いが……」
本当に、アニメやマンガやゲームの世界の話だ。この手の話は苦手だ。別に非科学的なものを否定するわけではないけれど、見た事も無い事を具に信じろと言われたって、それは難しい話だ。まあ、カオスを宿したこの男の言う事だから、嘘ではないとは思うけれど、死んだ人間がそうそう生き返ってたまるか。だったら俺が失った友達を全員返しておくれよ。まあ……地獄にはいないんだろうけど。
「けど……な、仮に、地獄がほんとにあったとして、奴がそこから戻ってきたんだとしても……よくわかんないんだけど、地獄って、行って帰ってくるだけでそんな、強くなれるような場所なのか? それに、そう簡単に蘇れるんなら今ごろ、この世は亡者の溜まり場になってると思うんだけど」
「まあ、蘇るためには地獄の中で権力を手にする事が重要だろうな。……奴の場合、現世で働いた悪事で、ずいぶんと蓄えがあっただろう」
地獄の沙汰も金次第ってやつか。
「その金で蘇り、そして魔力を得た、……のではないかと思う」
ヴィンセントは長くため息を吐いて、俺から離れた。
「だから、油断はしてほしくない」
「なら今の話、全員にすればいいだろう」
「誰が信じる。それに、する必要も無い。つまらん話をして不安を煽る必要はない。今のままで私たちは十分強い、どんな魔物にだって太刀打ちが出来るさ」
と言うヴィンセントの口調は何だか暗かった。俺は湯の中を探り、彼の手を握った。
「大丈夫だよ。あんたがどんなもの見たか知らないけど」
彼は苦く笑ってくれた。と、表情を変えてメルとクラウドの方へ視線を向ける。
「にゃぁうん……ねえちゃ、やぁ……」
「あはは、クラウド、硬くなってる〜」
ヴィンセントがばっと立ち上がり、ざっとクラウドを攫う。はひはひと息をするクラウドは顔が真っ赤で目は潤み、勃起していた。はー、とヴィンセントがため息を吐く。
「何をしてるのだお前は……」「何ってー、遊んでただけじゃん」
「今のは遊ぶとは言わんっ、男子の聖域に軽々しく触れるな!」
ぴしゃりと叱り付けて、「先にあがる」と言い残し、彼はクラウドを抱っこし、更衣室に向かっていった。
「なんだー、つまんないのー」
「クラウドを玩具にするなよ」
「玩具になんかしてないよ、可愛がってただけー。だってボク、クラウドのことだぁいすきだもん♪」
……俺はメルを引っ張り、ヴィンセントの後を追ってあがると、もちろんダートにチクった。それからたっぷり三時間続くであろうお説教。いいクスリだ。ホントに、男の子の大切なところに、気安く触れるな、だ。まあ、ダートがどんな風に説教したのか多少聞きたい気持ちもあったが。
部屋では、ヴィンセントがクラウドを可愛がる真っ最中だった。優しい手つきで、そこに触れる。そう、傷つけないように、甘く、そして少し痛めつけるように。クラウドはすぐに痙攣し、到達してしまった。
「女の子に弄られるなんてそうあることじゃないから、すごい感じちゃったんだろ?」
意地悪くそう言うと、クラウドはふるふると首を振る。
「私たちの方が、いいだろう? クラウド……」
クラウドはぐすっと洟を啜って、ささやかに肯いた。
「じゃあ、俺たちの事好きって、言って? 誰より好きだよ、って」
そんなことを、言わせなきゃいけないということはちょっと、どうかしてるけど。 クラウドは喉に絡んだ声で、言った。
「……好きだよ、ざくす、びん……」
ユフィはブラックボードとにらめっこをしている。二月第三週の観光客来客予定は空白、しかし四週目には「観梅と温泉ツアー」客十組ほどが平日に二泊三日で滞在する予定になっている。彼女は舌打ちをして、まいったなあと呟く。
「来るなら早めがいいんだけどなあ……。三月入っちゃうと途端に来るからなあ」
暖かくなってからはどこの土地も観光シーズンだ。春休み、ゴールデンウイークに心を躍らせた後に、六月はしばし落ち着き、七月に入ると再び人々は海へ山へと繰り出す。九月・十月・十一月の紅葉シーズン、十二月のスキーシーズン、一月の初詣、他の季節とは趣を異にし、観光地にも閑古鳥が鳴くのが二月なのであり、もともと不人気なウータイは俺たちのほか湯治客がちらほらいるだけだ。だからそのツアー客は貴重な収入源なのだろう。
魔物が襲来してしまっては、観光どころではなくなってしまう。いや、俺たちがいるから観光客には危害を加えさせはしないけれど、そんな中で梅を見たって温泉につかったって、落ち着けるはずが無い。忍者の実演をしている隣で俺たちが忍術なんか全く用いない方法で戦ったりするのも問題だ。その後の評判も下落するだろう。しかし梅のシーズンなんてそう長いものではないから、ツアーを先延ばしするわけにもいかない。この国を収める身であり、その国の収入源の多くが観光によって賄われている実状を変える事が出来ないユフィとしては、頭の痛いところだ。
「来るなら早く来てくれないかなあ……」
「ドラゴンだって爬虫類の仲間なんだからあったかくならないと来なかったりしてな」
俺の心無くつまらない言葉にキッと睨む。
「困んだよそれじゃあ」
不景気とはいえ暖かくなって人が活動的になる頃にはある程度の客入りは見込んでいるし、定期ツアーもあるのだ。それこそ国がつぶれてしまう。
「……まあ、そうだな、早く来る事を祈るよ、俺も。……あんまり来てほしくないってのが、本音だけどさ」
再びブラックボードとのにらめっこに入る彼女を取り囲む光景は、なんとなく田舎の村の役場を思わせた。一応国を取り仕切っていく仕事に従事するひとたちなのだが、何というか、牧歌的だ。 いつまでも仕事の邪魔(といってもユフィは俺が見てた限りにらめっこしかしてなかったけど)をしていても悪いので、俺は事務所もとい、執務室を後にした。
最初の襲撃から十日が経った。相変わらず交代での警備は続いている。さっきまでクラウドのガードにあたっていたのだが、ダートと交代した。ずっとそのまま側にいてもよかったんだけど、卓球をやる約束があったのだそうで、しばらく眺めた後、雪が止んだのを見計らって、散歩に出てユフィをからかおうと思っていたのだ。湯治の恩恵で、一人で歩くのに不自由しなくなった。ヴィンセントが継続的に、痛みを押さえる魔法を使ってくれているおかげも大いにある。さすがに剣を持って振るうことは無理だが、その場にふんばって魔法を放つことは十分に出来る。クラウドを守るナイトとして、俺も戦う。こちらの準備は、万端だ。今もポケットには「隕石」「封印」を忍ばせてある。腕輪も外さない。来るなら来てみろ、だ。いや、それよりも、出来れば早く来てくれ、だ。ユフィがちょっと気の毒に思える。
土産物街を、ダチャオ像の方へぶらぶら歩く。久しぶりに下から見上げてみるのも悪くないと思い立ったのだ。凍結してつるつるだろうから上るのは自殺行為だが、覆い被さるようにそそり立つ、あの宗教的な彫像の真下は、スリル満点なのだ。 遠くから眺めてみると、相変わらず変な像だよなと思う。ユフィ曰く、守り神なのだそうだが、その割には現在の状況、つまり魔物の襲来や財政難には何もしてくれない。ヴィンセントの方が頼りになる。ちなみに、彼はダチャオ像の一番てっぺん、街を見下ろせる手のひらの上にいた。俺を認めると、何のためらいも無くトンッと踏み切り、ひうーっと落下してくる。確か落下するときの速さは、どんどん二乗になるんだっけか? 覚えてないや……。とにかく、ヴィンセントは俺の目前まで急スピードで落ち、そして地面寸前にふわっと浮き上がってから、軽快に着地した。引力も重力もどんな定理もこの人には通用しない。
「何してたんだ? あんなところで」
彼は落下の際に少し乱れた浴衣を直してから、答えた。
「見ていた。魔物が来ないかどうか」
「そうか、それで、奴らは来てるのか?」
ヴィンセントは首を振る。
「まだだ。だが、風が騒ぎ出した。恐らくそう遠くないところまで群れがやってきているのだろう。皆に伝えてこよう。準備を整えておく必要がある」
ユフィが喜びそうな話だ。不謹慎と言えばそうだが。
「油断するな」
内心の苦笑を、ヴィンセントが俯いて言ったその言葉で吹き消した。彼は思ったよりも深刻な表情を浮かべていたのだ。
「どうして?」彼は街に向かって歩き出していた。俺もその後を追う。
「楽観視は決して出来ない理由についてはすでに話しただろう。……風が騒ぐというのは、魔物の群れのはばたきが空気の流れを乱していることを言うのだ。その乱れが、大きい。数が多いという事だ」
役所もとい、執務室のユフィ、温泉のハッシェルとメルに、一段落したら来るように伝え、宿の中ではダートとクラウドに、試合が終わったら戻るよう言う。
彼は、最後に部屋の扉まで来て、言った。
「現時点では五百……いや、千」
「……?」
「……恐らく千は下らないだろう」
「でもそれくらいなら……あんた一人でも何とかなるような数じゃないか」
ヴィンセントは首を振った。
「わからないか? 千を呼べるという事は、二千三千、……いや、一万だって呼べるという事だ。……コルネオが、それほどの力をつけているとは……」
「クラウドとメル攫うためにそこまでやるか……」
彼は人数分の座布団を並べ、急須に湯を入れた。色が出るまで、彼は座布団に座り、畳を見ていた。
「もしかして……恐いのか?」
ヴィンセントは答えない。答えないで、じっと畳を見ていた。畳の裏のさらに向こう側を見るような、遠い目をしていた。
俺は彼の後ろに行った。腕を、首に絡め、身を寄せた。
ここに来てからというもの、この人には本当に世話になりっぱなしだ。心も身体も、今までに無いくらい依存して、たくさんの恵みをもらっている。少しだけど、返せるものがあるなら。 髪から、温泉とクラウドの前ではあまり吸わない煙草の匂いがした。そして、その薄皮を剥いたところに本質の匂いがした。俺は、酔っ払ったときのように、耳の下がかっと熱くなるのを感じた。その衝動のままに、首に口付けた。吸った。浴衣では隠れない場所に、俺が、あんたの事を好きだという証明を刻む。一個所だけではない、二個所。
彼からの反抗がないので、俺はそのままうなじから耳まで、彼をなぞって、艶光る跡を這わせた。柔らかく、ピアスの跡の無い綺麗な耳朶を唇で挟むと、彼は小さく声を上げた。しかしすぐに、少し気を取り直した様子で、
「……偶然だろう、二人きりになったのは……」
と。
「こんなことをしている場合ではない。作戦を立てるのだ」
俺は聞かなかった。
「……まだ、来ないよ」
そうとだけ答えて、彼の身体を胸の中に寝かせた。彼は硬い表情で、俺を見上げていた。
「……嫌なのか?」
「嫌とかいいとかいう問題ではない。状況を考えろと言っている」
無表情の彼を見て、俺は諦めた。
「……あんたを護りたいなんて言ったら、生意気に聞こえるかな」
彼は自分の分だけ茶を注ぎ、座布団の上に正座して飲む。 無視されてる。だけど声はきっと耳の奥で止まっている。俺は続けた。
「恐いなら恐いって言えよ。俺だってそんないっぱい敵がいるんなら恐いよ。いっしょに怖がれば良いじゃないか。クラウドの前でその素振りを見せなきゃいいんだ。……あんたが恐いときは、俺少しは我慢するから。俺だってあんたの心を護りたいとか思うんだよ」
彼は湯呑みを置いてこちらを向かずに言った。
「今はその時ではない」
何を言っているのかよく分かれなくて、聞き返した。
「すべきことを全て済ましてからだ。……まだ時間はある」
ヴィンセントはそう言ってもう一口茶を飲んだ。脅えの色を消せる顔は、やっぱり大人だと思う。
「今はせいぜい怖がっていろ、『腰抜け』……」
部屋の外に足音が近づく。彼は急須に湯を注いだ。
「私の番はお前の後だ」
扉が開いて、みんなが入ってくる。俺たちのあいだに、この短い時間で何があったか彼らはもちろん知らず、好き勝手話しながら座布団に座る。ダートと歓談するクラウドを見ても、いつもほど嫉妬しなかった理由が何だかちょっとおかしい。
「……他でもない。ラプスの群れが近づいている」
全員が静まるのを待ってから、ヴィンセントは話しはじめた。
「恐らく今夜……六時から七時くらいのあいだに来るだろう。それまでに準備を整えておいてくれ。風呂に入ってきてもいいし、腹ごしらえをしてもいい。街の者は私が眠らせておく。五時半になったら、ロビーに集まってくれ。いいな?」
クラウドはぼーっとして、他の皆が肯くのを見て慌ててがくんっ、と肯いた。
「ただ……申し訳ないのだが、敵がどちらから来るのかまでは読めない。四方に分かれ、迎え撃とうと思う。ダートは西、ハッシェルとメルは東、ユフィとザックスは街の入り口に、私はダチャオ像の上で待とうと思うのだが……いいな?」
「俺は?」
名前が最後まで出てこなかった約一名クラウドが声を上げた。
「お前は……そうだな、ザックスたちと一緒にいろ。お前たち、頼んだぞ」
複数形で呼ばれると少し気分を害す。俺は甘んじて受入れ、肯いた。俺は腕輪を確認する。「隕石」と、「封印」。
「それで……ここからが重要なところなのだが……」
ハッシェルだけが茶を一口啜った。彼が湯呑みを置くのを待ってから、ヴィンセントは続きを話しはじめた。
「……敵の数は多い。恐らく、君たちが想像している数よりも……多いと思う。だから、準備だけは確実にしてくれ。手抜かりの無いように、頼む」
ヴィンセントが次の言葉を話しはじめるまでの余白で、全員の心に言葉が染み込んだ。
「……話は以上だ。頼んだぞ、とにかく、準備だけは。私たちが負ける可能性は皆無だ。だが、誰も、怪我人を出さないためにも」
ドラグーンたちは立ち上がり、部屋に戻っていった。ユフィは自宅にマテリアを取りに行った。武装をする必要の無いクラウドは不安げに俺とヴィンセントを見て、にゃうぅって一声鳴いた。
ヴィンセントは鞄の中からインペリアルガードとサークレットを取り出した。少し重たい腕輪と頭輪をさせられて、クラウドは変な顔をした。
「なにこれ」
「お守りだ。お前が怪我をしないように」
だけどバランスを崩して、膝を擦り剥いてしまうかもしれない。でもそんなことを頭から払って見てみると、なんかいっちょまえに戦えそうにも見える。必殺技ネコパンチ&ネコキック。ヴィンセントは腕輪に「アルテマ」と「シールド」を填めて、使い方を教える。頭の中に魔法の形をイメージして、心の声を叫ぶ。「炎」を填めて練習させてみたら、スプリンクラーが作動してしまった。
「これなら安心だ。その腕輪とアクセサリはお前にあげる」
「にゃ!」
ぱっと顔が明るくなるが、少しして「こんなもんもらってもなぁ」って考え込みはじめた。
「くーらうどっ、お風呂は入りにいこっ」
派手に扉を開けて、メルが入ってきた。俺たちは身構えたが、クラウドはにゃん!ってさっさとメルの広げた腕の中に飛び込んでいった。
「あー、なんかつけてるっ、かっこいいよ、クラウド」
「ほんと? ヴィンがくれたんだよっ」
きゃいきゃいとはしゃぐのを見つめる。少し、嫉妬が元のように強くなった。
「お前たちだけでか?」
低い、不機嫌そうな声でヴィンセントが問う。後ろから、ダートが顔を出した。
「許しゃしないよそんなこと。……俺も一緒に行く、メルが変な事しないように見張ってるから」
「準備はもう済んだのか?」
「ああ。ドラグーンスピリットはあるし、剣も持ってきてる。メルとハッシェルの武器もちゃんと揃えた。大丈夫だよ」
少し安心して、俺とヴィンセントはクラウドたちを見送った。
「風呂入るときには外すんだぞ」
と、伝えるのを忘れないように。やれやれ、と俺は忘れて冷たくなってしまったお茶を飲んだ。……薄い。どうやらヴィンセントは最後に俺のを注いだようだ。手をつけていないメルのを飲んだ。こっちの方が大分濃くておいしい。
「私の番だ」
お茶を味わっていると、ヴィンセントがぽつりと独り言を漏らした。俺の方をじっと見ながら、少し、笑って。
「何か、言ったか?」
「私の番だ、と言ったのだ。……怖がるのは私の番だ、と」
そう言って、ヴィンセントは俺の手から湯呑みを奪い、卓上に戻した。鼻先一センチまで顔を寄せて、ふっと笑った。
「戦う前だからか。……やはり神経が昂ぶる。身体が、熱い。……触れてみるか?」
抱き寄せると、確かにその肌は風呂上がりのようにぼうっと熱くなっていた。俺は首を捻じって、唇をふれあわせた。俺の唇は緑茶のなごりで濡れ、彼の唇はかさかさに乾いていた。舌を出して、濡らす。相手の身体を濡らしたり汚したりして得る快楽は、男特有のものらしいと何かで知った。顔を離したとき、彼の唇が濡れて艶やかに光っているのを見て、俺はその「汚す側の」欲求を満たした。普通の男は女を、抱いて孕ませて生ませて……そんなことに喜びを得ると聞いた。そんなことに興味無い上にその考え方には同意しかねる俺は、汚す喜びを、もっと感じたくて、彼を押し倒した。
「性急だな」
「あんたほど大人じゃないんでね」
言う声も震えてる。
「子供だから」
「子供か。図体と態度はでかいくせに」
余裕があるようで、なさそうな顔だ。笑顔は引きつっている、視線も一個所には定まらなくなっている。俺を挑発するのも勇を鼓してという感じが漂う。普段、あれほど余裕のある男なのに、大人なのに。立場が違うとこうも変わってくるものか、と思う。プライドの高い人がプライドを捨てようとしている、自分から心を裸にして俺なんかの前に晒そうとしている。猫の子供の姿を借りないで、俺のために? 裸になってくれようと、している。
「クラウド」
本名で俺を呼ぶ。『ザックス』が定着してしまったから、その名前を呼ばれる事は殆どなくなってしまった。税務署に書類を出すときも間違えそうになる。でも、考えてみるとこの人はまだ俺の事を「クラウド」と呼んでいた時間の方がずっと長いのだ。俺の生涯で、一番そばにいる時間が長い人。この人にとっては俺は永遠にクラウドのままだ、きっと。ヴィンセントは、目を逸らした。逸らした先に何か嫌いなものを見つけたような目をしている。俺は言葉の続きを待って頬に触れた。触れたところは少しだけ赤かった。
「……恐い。何故、だろうな……。自分が弱いとは思わないよ、だけど……、恐いんだ」
「俺やクラウドと別れることになるかもしれないのが恐いんだよ」
俺は全体重をヴィンセントの身体にかけた。そうでもしないと腰が痛くて。四つんばいの微妙な体勢では、体を支えられないのだ。背中に乗せられた手のひらは、特に左手は、彼が自分で思っていたほど破壊よりは誕生で、柔らかくて白いその証拠には俺の心を持ち出そうあんたの手で背中通じて清められてこんなに優しい気持ちあんたを護りたいという想いが生まれる溢れ出す。その手はそして潮の味がして人間の味がする。今舐めてる首筋と同じ味なんだよ。味が、ちゃんとある。昔はなのに、幽霊みたいなふりをして、死んだふりをして、無関心なふりをして、興味の無いふりをして。十年前にこんな未来があったなんてあんたは想像してたかい?
世界中のだれかれ問わず、クラウドにだって、自慢してやりたい。あんたが言ったように俺は露悪的だからさ、俺は今、たった今、世界で一番美しい人を抱いているんだと。キスをしてるんだと。 しつこい接吻に疲れて、彼は手を突っ張って俺の顔を無理に引き剥がした。迷惑そうに尊大そうに「何をする」って顔じゃなくて、まるでクラウドみたい、もしくは猫の時のヴィンセントみたいに、もうやだ、って感じの顔だ。いつ以来だろう、そんな顔を見せてもらうのって。戦いの前であるという理由以外では、ひょっとしたら見せてもらえないもの?
「……クラウド……」
情けないと思うだろう私は普段あれほど強がっているくせにいざとなったらこんなにだらしない誰かに慰めてもらわないと立ち上がれもしない戦えもしない本当に護りたいものを護れもしない見せかけの強さばかり身につけて誰も護れない知識身につけて本物じゃない真実じゃない言葉で。
俺は全て、飲み込んだ。さっきまでリーダーシップを発揮してカッコよかった人の吐く弱音を唇から移してもらった。弱さも共有すれば半分になる。
公園にあるシーソーと同じだ。重さは決して、自分だけのものではない。この人の重いものを俺が持つときがあれば同じように俺の重さをこの人に任せるときがある。その重さは対等ではないけれど多分割合は間違いなく対等。だからシーソーになる。一緒に楽しく遊べる。 彼の弱音を全て飲み込んで、貰う言葉は「愛してる」俺の言葉も「愛してる」、多分人間が最後の瞬間に伝えたい想いは「愛してる」。
甘すぎる? 本当の事だ。自分が見知った全ての人に光景に……今はヴィンセントに、ヴィンセント=ヴァレンタインにまつわること全てに。俺と出会ってくれてありがとう。 ……いったいこんな風に本気の想いを、俺たちはどうやったら週に二度も三度も四度も、交わして疲れないんだろうな? 同じ事ばかり……しかも、だ、クラウドに対してだって言ってるんだぞ? 全部本気で……。
「愛してる」
恐くない? もう大丈夫……? 身体を繋げて、解くのが惜しくて、離れてからもずっと抱きしめあって、俺が最後に言った言葉は、「死ぬときはいっしょだ。いっしょに死のう」……これには、ヴィンセントも少し笑った。
「……クラウドは……猫のクラウドがそろそろ戻ってくる頃かな。……あの子は愛してやらないのか?」
「ああ……そうか。あいつも」
「お前も大変だな……。でもお前のような奴の事を世間ではきっと浮気者と呼ぶんだ」
言われ慣れた言葉だけどやっぱり納得が行かない。そんな風に思いつつ、十五分前に言っていた事想っていた事そのまま、クラウドに対しても同じ事を。