しかしこんなことを改めて考えてしまうのはそれこそじじむさいことなのだが、温泉という地球の作った水溜まりは、本当に地球に住まう物に安堵を与えてくれるものだ。緊張していたって、風呂の中にいれば原因を忘れる。目をつぶり湯にたゆたう間、人は退化するのだ。 何億年も昔、水に生まれたころを、生き物は忘れていない。命は水にまつわる。最初の眠りを水の中で過ごし、目が覚めて始めて空気を知る。泳いで疲れ果てた身体に触れられるのが怖くて嬉しくて、たくさん、泣くのだ。記憶の彼方にある「生まれた瞬間」を忘れられないから、きっと温泉みたいに、命の根源の星が想形したものが、俺たちに、そんな風に考えさせるんだろう。ああじじむさい。
「……しみる」
「何?」
「……骨に……あー……、お湯がぁ……」
「妖しいからそういう声でそういう言葉を口に出すな」
もうかれこれ二十分は入り続けてるから、外の景色が少しずつ変わっていく。野球場半分くらいはある露天をぐるり囲む岩の一回り奥、パセリみたいに添えられた植木に、うっすらと白いものが積もりはじめた。若者たちはこんな景色を見てはけたたましく騒ぐのだろうけど、三十代になると、なんだろな、ちょっと落ち着いて観察してみようか、味わってみようかなんて想ってしまう。隣の六十代にいたってはもう雪がなんだ嵐が何だという境地なのかもしれない。冷たい空気にあたっているのに、珠の汗が紅潮した頬を伝った。 温泉は、これがいい。芯まで暖まり、出ても暫くは覚めない。
「あの二人は出たのか?」
「……多分、な。ひょっとしたら別々に内湯の方に行ったのかもしれないが、クラウドがそろそろのぼせる頃だろう」
クラウドはお風呂大好きな珍しい猫だが、そのくせすぐに上せる。この温泉の湯温は四十一度くらいの少し温めだが、これくらいでも十五分連続で入ってはいられまい。すっかり茹って、だらだら汗を流してることだろう。
ちなみにこのウータイ温泉、混浴の巨大露天風呂だけでは若い女性は抵抗があるということで、五分の一ほどのスペースを屋根付きの男女別内風呂に改装工事済みだ。サウナもある。どちらも去年に出来たものなのだそうで、ぴかぴかだ。
ただ、先述の通り若い観光客なんてめったに来ないから、中はいつも湯治客ばかりが浸っている。それでも、この季節、おじいさんたちは内風呂の方が落ち着くと言ってそちらに入る人が多いんだそうだ。
「私たちも内風呂へ行くか? 少し風が強くなってきたようだ」
ヴィンセントが不穏な空を見上げて言った。彼の髪を束ねる白いタオルに肩に、雪片が触れるたび消える。つるりとした肌が女性的で、俺は見とれた。
「ザックス」
「うん……。そうだな、行こう。雪景色、少し飽きた」
俺はヴィンセントに肩を借りて立ち上がった。腰にタオルを巻いて、歩くのも一苦労。
下半身だけは、やっぱり大切にしなきゃいけないですよ……、本当に。
一歩、歩き出した俺の腰から、ずるりとタオルが落ちてしまう。いけないいけない、湯船にタオルつけたら。
「あー」
「ちゃんと巻いておけ。誰も見たくないぞそんなもの」
「失礼な事言うな。こんなものでもクラウドは」
「解かった解かった。そうだなクラウドはお前のそんな物でも愛してくれるのだな」
「そんな物って何だその言い方」
「いい加減にしろ。上せてるんじゃないのか」
ヴィンセントはタオルを拾い上げた。拾い上げて、でも腰に巻いてくれはしなかった。
「巻いてくれよ」
「必要ないだろう。『そんな物』じゃない、立派な物なのだろう? ならば見せたって恥ずかしくはあるまい」
「…………」
まあ、いいか……。どうせいたってじいさんばあさん、それにユフィかクラウドか。感じるわけもなく。 正々堂々隠さず行こう、ゴーイング・マイ・ウェイ。いっそルック・アット・ミー・エヴリバディ。
「……さぶ」
風がひうっと吹いて、身体を冷やした。特に股下が寒い。縮こまる。
「まるで霧の中を歩くようだな、湯気が濛々として。こちらで合っているはずなのだが」
まもなく、霧の中に真新しい屋根が姿をあらわした。男女別の内風呂は、岩風呂の露天に対しヒノキで囲ってあって、贅沢な感じだ。
「男女間違えるなよ」
「解かっている。……男は、こっちだな」
ヴィンセントは、中からしゃがれた声の炭坑節が聞こえる方へ俺を導く。と。
「あ……っと」
「……、済まない」
霧の中からぬっと現れた、人影に俺は身を引いた。そのせいで、また腰にぴきんと、嫌味な痛みが走った。
男は俺よりも少し背が高くて、栗色の、俺ほどではないが少し頑固そうな髪をしていて、肩幅が広かった。一見して俺もヴィンセントも、心得がある者だと判断した。そこから下は、見ないでも解かっていた。強靭そうな胸板には細かな傷が刻まれ、霧の中で徐々に明らかになってゆく顔にも、塞がった小さな傷があった。緑がかった黒色の瞳は、俺とヴィンセントを見て、俺たちの関係がどうこうというのではなくて、こちらが感じたのと同様の事を受け止めていたようだ。俺の身体だって、全盛期ほどではないけれどまだ筋肉を纏っているわけだし、ヴィンセントの青白い肌の下に眠る身体能力の高さは、ある程度の眼力があれば窺い知ることが出来るものなのだ。
俺はさらに――意識して見たわけではないが――彼が下半身に紅いトランクスタイプの水着を身につけている事に、気付いた。
「……あれ……?」
俺が妙な薄笑いを浮かべると、男は、ああ……、と似たような笑いを浮かべた。なにせこちらはあそこ丸出しなのだ。
「……混浴だって聞いてたから……。ひょっとして水着はいけないのかな」
「いや……そんな、事はないと。いいんじゃないかな、多分……」
俺は歯切れ悪く答えながら、ああコイツがそうか「どっかのおじいちゃんが連れてきた若い子」なのか。「おじいちゃん」の「若い子」だから、てっきり孫娘か何かだと想っていたのだが。
「……腰、か?」
「うん……。ちょっと、痛めて。年寄りみたいだろう、こんな、湯治場で……」
なあ? 俺がヴィンセントに首を傾げて社交の上の同意を求めた時だった。
「ダート!!」
甲高い、キンキンした声が、霧をつんざいた。
「もう、すっごい霧で、参っちゃうよっ、何処いるかわかんなくなっちゃうんだもん!」
「……メル」
ダート、と呼ばれたその青年が振り向いた先、銀髪の、――セフィロスをむちゃくちゃ幼くして、ついでに女の子にしたような。……無理があるか? ――ある程度以上の水準で、可愛らしい顔をした少女が、バシャバシャと湯を蹴立ててやってくる。
「あ……っ、メル! ダメだこっち来ちゃ……」
反射的にダートが声を上げた。俺は慌てて手で隠し、ヴィンセントも咄嗟にタオルを差し出したのだが、少女はキャッと声を上げ、硬直した。
「あ、あ、あの、ゴメンナサイ……」
ぱくぱくと、きっちりあそこを目撃しながら彼女は謝った。
「いや……こちらこそ……、申し訳ない……」
彼女の視線がちくちくする。何か、危ないぞこういうのは。
「……ヴィンセント、俺たちは、行こうか?」
「……ああ」
遠い目をして、俺たちは逃げるように、でもやっぱりのろのろと、そこを離れた。そんな俺たちの耳に、少女の声がはっきりと届いてくる。
「もー、びっくりしちゃったよっ、あのお兄さん、タオルも水着もないんだもんっ、……混浴なのに。露出狂かな」
「め、メル、聞こえるだろ!」
「だいじょぶだって! あ、それよりダート、おじいちゃんは?」
「……今、中で暖まってるよ。……別に混浴だからって、一緒に入らなくても……」
「いーのっ、ボク、おじいちゃんが心配なんだよっ、それに、背中流してあげるって約束したんだから!」
露出狂の俺は、とぼとぼと内風呂の中を進む。片隅で湯に浸かり、何か子守り歌のようなメロディを鼻歌に乗せる老人とすれ違った。白髪交じりの髪は長く、厳しく生きたものらしい皺が顔に深味を与えていた。瞑目して安らいだ表情を浮かべているが、しかしその気配には油断というものが一切無く、少女の言う「おじいちゃん」はこの老人に違いなかった。
「……お若いの」
目を開き、老人はニッと笑った。
「連れが迷惑をかけたのう。……あの娘はメルといって、ワシの孫のダートの……まあ、何じゃ、友達みたいなもんじゃな。悪気は無いんじゃ、勘弁してやっておくれ」
「……はあ」
俺はヴィンセントの身体の動きにしたがって、ゆっくりと老人のとなりに腰を下ろした。
「時にお若いの。その年でこんな湯治場に来るとは?」
「腰を、ちょっと」
「そうかそうか、まあ、若いうちが華じゃからな」
老人はふふふと意味深な笑いを浮かべた。俺もつられて、曖昧な笑みを顔に貼り付ける。
「じゃがお前さんたちはうらやましいのう。その年でその身体じゃ」
俺は笑いが張り付いたままになってしまった。ヴィンセントはきっと、氷水のような無表情を浮かべている事だろう。だが老人は気にせず続けた。
「ワシなぞ、ほれ見てみい、このヨボヨボの身体を。……ちょっと前まではこの拳でどんな大岩も砕いていたというのに。月日とは残酷なもんじゃな」
外から少女メルの声がする。そんな大声出すなよ場所を考えろよと、青年ダートの声も。
「やれやれ……」
老人はどっこいしょと声を出して立ち上がった。
「ワシはヒザをやってしもうての。……山道でちと転んだだけなんじゃが、あいつらずいぶん大袈裟に騒ぎおって。もっとも、あんな風に心配してくれるのには、感謝せにゃならんのう……」
老人は細い目を更に細めた。ヴィンセントよりも更に年上だろう。どれほどの年齢差があるか分からなかったが、もっとずっと計り知れないように思えた。
「お主たち、しばらくはここにおるのかな?」
「え……、ええ。はい、そのつもりですが」
「……そうか。ワシはハッシェルじゃ」
「僕は……ザックスと言います」
「……ヴィンセント=ヴァレンタインです」
「ふむ、ザックスとヴィンセントか。お主らは……」
「……見えないかもしれませんが、親子です」
「いやいや……、よく似ておるよ」
ハッシェル翁はにやりと笑って、まあザックスとやら、腰は大切にせいよと言い残し、メルが騒がしく呼ぶ外へと歩いて行った。またずいぶんとハイカラな柄の水着をはいておられた。
ちっともじじむさくなかったハッシェル氏に対し、風呂上がりにビールなんか呷るのはじじむさい。っていうか、おやじくさい? 濡れひよこなクラウドは御昼寝の時間で、布団の中で丸くなり、時折にゃー…って鳴く。にゃー。俺も鳴いてみるけど反応はなく、耳が少し動いただけだった。
こういう和室にありがちな、窓際のほんの少しの洋風スペースに、籐製の大きな椅子が二脚、灰皿の乗ったガラステーブルを挟んで向かい合っている。ヴィンセントはほの紅い頬でまた一口ビールに口をつけ、宿のすぐ裏を流れる小川の雪景色を眺めている。たっぷりの入浴後に体を包む心地よい疲労に、心持ち首を傾げながら。まだ乾かない黒髪は結っており、露出した細い項が妖艶だ。
クラウドの持つ色気が「男の子ッ」なものであるのに対し、この男の持つそれは、わかりやすい「美」であり、そしてクラウドに対してピクンと来るのが特殊な嗜好であるのに比べると、ヴィンセントに対して感じるのは、男であっても仕方の無い事であるような気がする。
「あなたは もう 忘れたかしら 紅い手ぬぐい マフラーにして……」
でもコイツもじじむさい。
「いつの歌を……」
「クラウドだって歌えるんだぞ、私が教えてやったのだ」
「妙な事を」
「名曲はいつまでも名曲だ。月日が流れようと変わらぬものがある」
そんな事を言って、また「二人で行った 横丁の風呂屋」とつなげる。たしかに、まあ、風呂場で歌いたくなる歌では、ある。俺はこの人ほどカッコイイ声はしてないから、せいぜい鼻歌で止めておく。 ぽかぽかした身体に、神田川、冷えたビール。湯治のためでなければ最高の温泉旅行なのに。まだ腰は、もちろん痛い。でも何となく、あったかいから、少しよくなったような気はする。ボイラーで追い炊きしない、天然の湯だから、いつまでも身体の芯が暖かくて、心地よいのだ。ちなみにあの温泉、源泉温度は四十六度。ユフィが地面に穴を開けて「どかん」って感じに出来てしまった温泉であるため、どこかからお湯を引っ張ってくるような器用な真似はしていない。ただ湯船のど真ん中からお湯が、こんこんと沸いているだけ。だから中心部が四十五度ほどあるのに比べ、外側はぬるいのである。
「……さっきの三人」
ヴィンセントが、湯呑茶碗に二杯目のビールを注ぎながら、言った。
「かなり出来る」
「さすが。あんたも気付いてたんだな」
「当然だ。……そんなことよりも。あれほどの手足れが私たちの他にもいたのだな」
「うーん……。あんなひとたちいたんなら、十年前、もっと楽できたかもしれないな」
「それはそうだが、青年と少女は、まだ少年と幼女、だったわけだ」
それもそうだ。俺は空になった茶碗をこね回した。缶はもう空だ。もう一缶開けようか思案して、やめた。まだ日も高い。
「しかし、人は……ものだ」
「……ん?」
「事実を口にしたまでだ」
最後の一口を、器が湯呑だろうが中味がビールだろうが、スマートに飲み干せる彼が羨ましかった。うまく聞き取れなかったが、まあ構わなかった。
「ところで、湯治って」
椅子を立って、足音を立てぬようにクラウドの前に跪いた彼の後ろ頭に、抑え目の声で訊ねた。
「だいたいどれくらい、入ってればいいものなんだ? 一日何回、とか、決まってるのかな」
特に何も考えず「こういう怪我には湯治が一番だ」という薦めに従ってここに来てしまったため、そういった予備知識が一切無いのだ。ヴィンセントも肩を竦めた。
「何か、いっぱい入ったら効きそうな気もするし。でも、薬とおんなじでやりすぎはよくないような気もするし」
もうリアクションはない。そっと、そおっと、クラウドの布団の中に入り、その寝顔を覗く。
「なあ」
「知らん。私も少し寝る。起きたらまた風呂だ」
「……解かったよ」
湯治客は自炊、というのが湯治宿のセオリーだが、ここは元々湯治場のつもりじゃないわけだから、朝夕の飯はちゃんと付く。だから一泊の値段が湯治場にしてはかなり高くなってるわけだが、それでもあれだけ広々とした温泉と、しっかりした食事を考えれば不満の声も高くはなさそうだ。人の食った美味いものの話なんて、聞かされて快いものではないだろうから敢えて書きはしないが、前回みんなで囲んだご馳走とはまた違う、明朗快活な「旅館の食事」という感じで好もしかった。一眠りしてまた風呂に入った結果、旺盛になった俺たちの食欲は、並んだ皿全てを平らげた。無論、クラウドもだ。食べおわった後はさすがに「うごけないぃ」って横になってしまったけれど。
「……ねー、ザックス?」
ごろん、と寝返りを打ってクラウドはこちらを向いた。ヴィンセントは冷蔵庫を開き、またビールを取り出している。
「あのさぁ、髪が長くて目の細いおじいちゃん、知ってる?」
「……うん」
ヴィンセントがちらりとこちらに視線を向けながら、缶を開けた。湯呑にこぷこぷと注いで、手渡してくれた。
「あのおじいちゃんと一緒に、白っぽいおねえちゃんがいたの、知ってる?」
「ああ……、声の、やたらに高い元気な女の子だろ?」
「うん。……あのおねえちゃん、何か、おもしろいね」
「…………」
俺たちは一瞬、去年のゴールデンウィークに起こった大事件の再来かと身構えてしまった。
「……面白い、とは?」
ヴィンセントがゆっくりと茶碗を置いて、訊ねた。 クラウドは、少し言葉を探して、言った。
「んー……。何か、似てるのかなあ……俺たちに。俺と、ザックスと、ヴィン。あの子もなんか、一緒な感じ」
「……?」
「分かんないかな……。なんていうか……」
「見た目とか?」
「全然似てないよ。そうじゃなくて……何て言えばいいんだろ」
「ニオイが一緒、とか」
「……んー……。……何だろ、あの、形じゃなくて、性格とかじゃない中味」
「……性質?」
「かな?」
俺たちは顔を見合わせてしばーらく考えてみたけど、とうとうその言葉の意味は分からずじまいだった。クラウドは必死に俺たちに説明しようとしてくれるんだけど、……きっと俺たちの理解能力不足なのだな。
あのキンキンした女の子――メルといったか、あの子と俺たちの共通点。クラウドが会っていないのかどうかは分からなかったが、ダートというあの男と俺とクラウドが似てるっていうならまだ解かるけれど、性別からして全く違うはずだし。それよりもずっとわかりやすい「おねえちゃんと似てる」ならもう、すぐ合点が行くのだけど。
ユフィも、声高いし、今はそうでもないけど昔はあの子みたいに、回りを考えないというか、突拍子のないところがあったからな。子供っぽかったっていうか。
「ダラダラしてんじゃないよ、まったく」
噂をすれば何とやらだ。夕食の膳を片付けた仲居と入れ違いにお姉様が入っていらっしゃいました。クラウドがよいしょと起き上がる。ユフィは「ここが指定席なの」と言わんばかりに、クラウドのすぐ隣に座った。
「美味しかったでしょー。ホントはもっとご馳走をって思ったんだけど、時間なくてねー。でも味には自信あるよウチのは」
ユフィが旅館を経営してるわけでもないのにそう説明する。実質上、観光局の長だから、街に唯一の旅館ってことでそう胸を張りたくなる気持ちも分かるが。
「ん、あのね、キノコのお味噌汁がおいしかった!」
そーかそーかと頭を撫でてやるユフィは本当に嬉しそうで、撫でられるクラウドがすぐに喉を鳴らすのもほんとに嬉しそうで、俺たちは何となく同じタイミングでビールをごくんと飲んだ。
「ユフィ、あの、ハッシェルって言うじいさんたち」
ユフィは、俺が「ハッシェル」の名を出したところで「あ」と声を上げた。
「そうそう、アタシもその話ししようと思ってたんだった。あのおじいちゃんとおにいちゃんと、あと女の子。……何か、只者じゃない、って雰囲気だよね」
「やっぱりお前も解かるか」
「うん、そりゃあ。……多分アンタたちほど敏感には分かんないけど、でもよーく見てみると、何ていうかな、オーラ? みたいな? じわーって伝わってくる、威圧感みたいなのが」
さすがは戦うダイエッター。海峡越えてコスモキャニオンまで自分の身一つで行ってきてしまうユフィ。ブランクはあっても眼力は衰えていない。
「あの人たち、何者だ? どこから来たんだ?」
「さー。そこまでは。こっちじゃ湯治客としか把握してないし。まあ、あのおじいちゃんの手からしたら、格闘家さんでしょ? だったら、関係は師匠と弟子とかじゃないの?」
「なんか、あの男はおじいさんの孫で、女の子は孫の友達だって話だったけど」
「ふーん、そーなん? でも、まあ只者じゃないことは確かだけど、危険人物ってカンジじゃないしね。アタシにとっちゃ、大切なお客様」
「俺たちも別に怪しんでるわけじゃないよ。ただ、すごい腕が立ちそうだから、おやって思っただけで」
本日二缶目のビールも空にして、俺はまたヴィンセントに連れられて「治療」だ。タオルの乾く暇が無い。俺たちの後ろに、ユフィとクラウドがまた付いてくる。
「そう、……水着がいるとは思ってなかったぞ。お蔭様で俺、あの女の子に裸見られた」
「何言ってんだよ。アンタの裸なんて、見たって減るもんじゃないだろ。それに、あんな若い子来るのなんてまずありえないんだから、我慢しなよ」
とか言いつつ、婦人更衣室に入っていくユフィはしっかり水着を手にしているのだ。
「湯治に水着は似合わん」
ヴィンセントはそう言い放つ。
「ここは言ってみれば病院だ。装飾は必要ない。それにクラウドの裸を拝みたい」
クラウドがむぅと見上げる。ヴィンセントは表情を変えず、その頭に手を置いた。
夜になって雪の勢いはいよいよ強く、ぼさぼさと裸の肩に落ちてくる。露天に五分も入っていたら、頭の上のタオルはさっくりと雪化粧を施されていた。長湯をする基本として、肩は出しておいた方がいいのだが、風邪をひけと言っているようなものだ。幸い、顔や頭は冷たいので、上せる心配は余りなさそうだ。内風呂女湯の方へ、ユフィに引っ張られて行ったクラウドは、すっかりおばあちゃんたちのアイドルになってしまったらしい気配で、俺がちょっと覗き込むと(失礼)困った笑顔を浮かべていた。
俺は濃い霞の中を掻き分けて、露天の中央部へ向かった。脱衣籠に、老人と青年の下着があった。誤解を招かぬよう断っておくが、別に他人の着替えをまじまじ見てたわけじゃなくて、たまたま視界に、二つ並んだ片方の籠の中に紅いタートルネックのセーターが入ったのだ。あんな今風の格好をおじいちゃんがするとは思えない。靴下も、何ていうんだあれ、かかとまでしか隠れない奴だったし、その持ち主たる先客が誰なのかと考える必要もなかった。
ただ、あの女の子がいるかもしれないから、一応腰から下は白く濁った湯の中に入れて、中腰で歩く。これがまた、しんどい。腰を痛めているときに、ぜったいやってはいけないような格好を無理にしているわけで、一体何をやっているのかわからなくなった。
開き直って立ち上がり、ヴィンセントに肩を借りてタオルを腰に巻いて、ざぶざぶ歩いていくと、楽しげな少女の声が聞こえてきた。声は聞こえるのだが、どこに居るのか分からない。視界は三メートルもないだろう。
「おお、お主らか」
ようやく霧のトンネルの中に、ダートの逞しい後ろ姿を認めた。その肩越しに、開いているのか解からないくらいに細いハッシェルがいた。となりにメルも。三人は雪の上に桶を浮かべ、小さな酒盛りの最中らしかった。雪見酒、うん……じじむさくていい。
「やあ……」
ダートは俺を見上げ、中途半端な笑みを浮かべた。俺も、ああ、と中途半端に応じた。メルは俺を見て、「あーさっきの露しゅ」とまで言ったところで、ダートに口を塞がれていた。
「まあ、座りなさい。酒はたんとあるからの。人の数は多い方が良い」
促されるままに俺たちは腰を下ろす。マナー違反を承知で、下ろしてからタオルを上げる。もうメルには見られたくないし。
「さあさあ。イケる口なんじゃろ?」
「……まあ、……そんな強くはないですが」
「謙遜するな、ほれ、ヴィンセントさんも。あんたしかし、えらいべっぴんさんじゃなぁ」
綺麗なお兄さんは無表情のまま猪口を受け取ると、くっと一息で飲み込んだ。はっ、と短く吐いた息に、この男がどう「べっぴんさん」なのかが凝縮されていた。ハッシェルがほほうと嘆息し、メルが見とれた。半面俺はクラウドが温いミルクコーヒーを飲むときみたいに、ちょびちょびと舐めるように味わっているのには誰の関心も寄せられなかった。
「お兄さん、でもホント、綺麗だねえ。ボク、ジェラシー感じちゃうよー。そっちの露出……じゃない、お兄さんも、かっこいいしねえ」
メルがはーとため息交じりに言った。
「そうだ、さっき会った地元のおねーさんも綺麗だったしさ。なんかここの温泉、きれーでつよーいひと、いっぱい集まってくるのかな?」
四十二度の湯温を一瞬感じなくなってしまった。唐突に場を包んだ沈黙の空気を感じたのは、何も俺だけでは無かったはずだ。ヴィンセントも、ハッシェルも、ダートも、間違いなく動きを潜めた。ただメルだけが無神経に、
「あーあ、羨ましいなぁ。ボクも美人になりたい!」
だがその言葉が、沈黙を取り繕った。
「大切なのは、見た目よりも成熟した中味だ。だからハッシェルさん、あなたがこの中ではきっと、一番美しいということになるでしょうね」
ヴィンセントが、カマを掛けた。ハッシェルがふっと渋く笑った。
「ではやはり、お主も美しい事になろう」
俺はふわっと酒が回ったように感じた。
それまで黙って酒を口に含んでいたダートが、不意に切り出した。
「……あなたたちは、何者だ?」
「何者って?」
俺は質問に、そんな間抜けな質問で返した。我ながら役者の才能はないなと思う。
「あなたたちや、あの観光局の女性、……どっちも」
「ダート」
ハッシェルが一言、低く発した。ダートは黙った。
「……すみません、何でもない」
「同じ質問を、私たちも用意していたのだが」
ヴィンセントは始めて、彼らに生々しい表情を見せた。
「先にされてしまったな、ザックス。……私たちも、あなたがたが何者かが知りたかった。その発している気配は只事ではない。そして、特に……君に興味があるな」
ヴィンセントは唇を上弦の月、細く開いて笑みを浮かべた。視線を向けられたメルは目を真ん丸くしている。
「え、なに?? きょーみって、……ひとめぼれとか」
「ここにはいないが、私の連れが君と同じ性質を感じていた」
ヴィンセントは受け流して続けた。
「そして、私も君に同じ物を感じている。……コイツは鈍感だから感じていないようだが」
何言ったっていいけど、他人の前で正々堂々人を貶すの、もう止めにしてくれないか?
メルは首を傾げている。
「……連れって、あの耳の大きい男の子?」
「そう。私の息子、コイツの弟だ」
「へ!? なに、おにーさん、おとーさんなの!? わっかーーい」
「……形式上はね。父親代わりと言っておこうか。だが実際にこの子たちくらいの子供、いや、孫がいたって、構わないのだ、私には」
「え……?」
ダートが思わず声を漏らした。
「メル。君も……どういう理由に拠ってかは知らないが……」
ヴィンセントはそれきり口をつぐんだ。あとは言外の意味が簡単に伝わっていた。
「ふむ。ワシも実は、あんたが見た目の割に、そう若く感じられない事が不思議での」
ハッシェルは別段驚いた様子も無かった。ダートが切り出したときには止めた割に、こちらが手の内を明かしてしまったので、もうピリピリする必要はないと踏んだのかもしれない。 メルは複雑に笑っていた。
ヴィンセントはここで、乾きはじめていた唇を軽く舐めた。
「私たちは、一介の傭兵だ。ただ人とは少し違う。……神羅のソルジャー……で伝わると思うが」
ヴィンセントは自然な嘘をついた。ハッシェルが始めて、その細い目を開き「ほう」と、そう驚いてはいなさそうな声を上げた。ダートは改めて、俺を見ていた。俺の、湯の上に上がっている肩を。
「……なるほどな。道理で」
「ちなみにあの観光局の女は、私たちのかつての仕事仲間だ」
「……へー……」
「こちらの正体は明かした。あなたたちの話をして欲しい。……あなたたちは、何者だ?」
三人とも、黙っていた。ハッシェルが口を開かないので、ダートもメルも黙っている、という感じに見えた。
「正体を明かすというほど大層なものではないが……ワシらは『地脈の森』から来たのじゃ」
ハッシェルは、耳慣れない地名を口にした。
「この星の最北端……、『星の体内』へと通ずる巨大な洞穴を取り囲む、未踏の森の事ですね」
……まあ、ヴィンセントがそういう知識を持っている事には驚かないけれど、あんなトコに人が住んでいるものかと、俺は目を丸くした。
「よく知っとるの。……ではあの森に魔物が出んことも知っておるじゃろう。中央部の山……十年ほど前に、閃光によって崩されて洞穴になったんじゃが、あの山には強い魔物がウヨウヨおったのに、じゃ。あの森には食物連鎖を崩す魔物は出ない。なぜか」
「…………」
まさか、って言いかけた。でも……そういえば一度あの穴の中、一掃してるんだよな俺たち。
「ワシら、地脈の森に住まう者たちの、言ってみればこれは業じゃな。愛しいあの森を守るために、戦い続ける。……だから自然と、このような身体になるんじゃよ。生きていくためには仕方のない事でのう。そして、あの森に住まうワシらの中には、……ごく低い確率なのじゃが、とんでもなく長命な者たちが存在するんじゃよ」
それが、この子なんじゃ、ハッシェルはメルの頭に手を置いた。
「……あの森のある地域は特別な地質をしており、滲み出す大地のオーラが生み出す現象なんではないかと、ワシらは考えておる」
「ハッシェル……」
ダートは不安げに訊ねた。
「……お主らが誰かにこの事を言うような者には見えん。……それに、お主らの秘密も、ワシらは理解できたわけではないぞ、嘘を見抜けぬと思ったら大間違いだ。それを綺麗サッパリ話して、ふいふてぃ・ふいふてぃにするべきではないかのう? 別に、あの森の存在を知られたゆえに余所者が来るのが嫌だなどという狭量を言いたくはないのだが……」
俺たちは頷いた。そんな場所があるって一般人が知ったら、一斉に人が押し寄せて、彼らの平穏は無くなってしまう事だろう。桶の上の徳利に、猪口に、うっすらと雪が積もりつつある。俺は上せなど全く感じずに、会話に没頭していた。冷静に考えてみれば風呂場で雪見酒しながらこんな話。なんだか妙な取り合わせだった。
「……こうあっさりバレてしまっては、せっかくついた嘘も馬鹿らしいな」
ヴィンセントは形ばかり笑った。
「嘘などつくもんではない」
ハッシェルもしわしわっと笑った。
そうして、ヴィンセントは俺たちの事を、簡単に説明した。セフィロス、星の傷、ジェノバ、メテオ、大空洞……、そう言った語の持つ、計り知れない過去の力を淡々と振り替える事の出来るヴィンセントは、やっぱり大人なのだなと思う。俺など三十過ぎたくせに、今だ胸が痛むのに。 十五分ほどの話の最後にヴィンセントは、
「メルや、他のわずかな人々が長命な理由は、大空洞最深部に眠るジェノバの存在があるからだ。大地の成分の中に、しぶとく生き残ったジェノバ細胞を体内に取り込めば、ジェノバはたちまち繁殖する。……ただ、ごくわずか、しかも、弱体化したものだから、不老不死というわけではないのだろう」
と付け加えた。新事実に、メルだけがへーと場違いな声を上げた。
「……なるほど……。外界で何が起こってるのかなんて全然解からないからな ……。空に二つ目の太陽が出た時も、俺たちはいつも通り狩りに出かけてた。… …そうか、そんな事が」ダートは低く唸った。
「十年前、あの森は大騒ぎだったんだ。大きな地震が続いたり、山が光を吐いたり」「……それらは全て、神羅とセフィロス、そして私たちのした事だ。騒がせてしまってすまなかった」
「お互い、苦労するのう。……じゃが、ふむ、教えてくれて感謝しとるよ」
「すごいねー、世の中、広いんだねー……。ボク、何だかもっとこっちの世界の事知りたくなっちゃった」
実際にはもう二十年以上生きてるんだというメルの漏らした、少女じみた台詞で場がふわりと和んだ。和むと同時に、そろそろのぼせが始まりつつあることを俺は感じていた。
「ところで、気になっていたんだが。あなたがたは何故、森を出てこんなところまで?」
ヴィンセントが素朴な疑問を口にした。
「いやいや、大した理由はない。まあ、何じゃ、年寄りの道楽じゃな。森の外に出るというのは、ワシらにとっては大変な事での。ワシも年をとったし、色々見てから死にたいと思ったんじゃ」
「ハッシェル」
咎めるような悲しい響きでダートがその名を呼んだ。ハッシェルは一つだけ頷いて、続けた。
「そうしたら、まあさっき話したとおり途中で膝をやってしまっての、ここにいい温泉があると聞いたので、やってきたんじゃよ。……森の外は、広い。広く、そして森の中にはない愉快な事がたくさんある。お主らのような者に出会えたのも大きな収穫じゃな。いい旅をしたと思っとるよ。正直、外にこれほど強い人間がおるとは思うとらんかった。井の中の蛙とはまさにこのことか。……ふむ、しんみりした酒になってしもうたのう」
「大人」のしんみりした空気とは別の所にいるメルが、顔を紅くして、「あついよー」と愚痴る。「そうじゃな、そろそろ、出よう」
みんな立ち上がった。俺はタオルで神経質に隠し、ふらつきながらみんなについてゆく。時刻は九時を回り雪の足は更に強まり、更衣室の脱衣籠は俺たちが使っている分だけが塞がっていた。クラウドはユフィに連れられ、もう上がってしまったのだろう。「君たちの部屋は、どこなんだ?」
予想通り、頑固な髪の毛をくしゃくしゃ乾かしながら、ダートが訊ねてきた。「二階の……、一番奥の部屋。飛光の間とかいったかな」
「それって、一番いい部屋じゃないのか?」
「さあ……。前に来たときよりはいい部屋みたいだけど。ひょっとしたらユフィの奴が気をつかってくれたのかも……無論俺の為じゃなくてクラウドの為だろうけど。あんたたちは?」
「俺たちは一階の富士の間だ。……よかったら、あの子連れて遊びに来てくれよ」
「あの子?」
「耳の大きな、お主そっくりの子じゃよ」ハッシェルが口を挟んだ。
「利発そうな、良い子じゃないか。あの子も、お主らと同じ……?」
「ええ。……ずっと、あのままです」
「そうか。ではずっと可愛らしいままおるのじゃな。ふーむ、羨ましいこっちゃ」「メルと気が合うみたいなんだ。もし良かったら」
「そうか……? まあ、いろんな人と仲良くなるのが得意だからな、アイツは」
「素晴らしい事じゃないか」
俺たちは、じゃあ明日にでも連れて行くよと約束をして、彼らと別れた。
ユフィが用意してくれた最高級の部屋で、既にクラウドは枕元にユフィを座らせてすやすや寝息を立てていた。やる機を逸してしまった。もっとも、この腰でどうやるか、というのもまた問題だが、やろうと思えば、クラウドだけ動かさせたりすれば出来るのだ。
「さ、じゃあ寝ようか」
浴衣姿のユフィはそそくさとクラウドの布団に枕をもう一つ添えて、潜り込む。咎める暇もなく、「おやみね」と。「おい」
「……」
「なんでお前が一緒の部屋で寝るんだよ」
クラウドも、寝返りを打って「おねえちゃん」に擦り寄る。どうせ夢の中では俺を見ているくせに。
「しかたない。諦めろ」
「……はぁ」
布団を敷いて枕を二つ。俺を横たえて彼は、
「僕で我慢して」
ぶかぶかの浴衣から太股を露出させて、俺にすがり付いた。
「……」
とても寂しい夢を見てしまいそうな気がして、俺は強く少年を抱きしめた。
「あの人たちの正体、解かってよかったね」
少年は俺の胸の中から声を出した。
「ああ。……まあ、計り知れない人たちだっていうのは変わらないけどな」
世界にはまだまだ俺たちの知らない謎がたくさんある。しかし、星の終わりを見届けるまでに解明できるくらいの数では、俺たちとしてもつまらない。
俺は目を閉じて、目の奥にあの三人の、秘めた力を思い描いた。未踏の地で戦いの日々を送る彼らの強さ、あんな細身の少女ですら、計り知れない。ひょっとしたら俺なんてひとひねりかもしれないなと思うと、少しうすら寒い気になった。メテオ関連のあの事件をクリアしてしまったから、俺の中には知らないうちに自信というか、油断が芽生えているのかもしれない。何があっても守らなければいけないものがあるのだから、そんな甘い考えは捨てなくてはいけないと気がついた。 徐々に頭が濁り、まぶたがずんと重くなりはじめた頃に、また胸の中から声がした。「……あの人たち、僕らがゲイだって事に気付いてるかな?」
唐突にそんなことを聞いてきた。俺はとりあえず、ありえないだろって答えた。俺が温泉でヴィンセントに肩を借りてたのは純粋に腰痛のためだし、彼らはまだ、俺たちがクラウドと一緒にいるところを目撃していない。仮に見られていたとしても、傍目から怪しく見られるような事なんて普段はしないし。 どうしてそんな事を聞くのか、聞いてみた。
「露悪趣味とも見れるけど」
ヴィンセントはもぞもぞと俺の胸から顔を上げた。
「僕の恋人はこんなに素敵なんだよ、って、誰かに見せたいじゃない。僕ら、そういうそぶりを無意識のうちにしてるのかもしれないなって」
「……例えば?」
「ザックスがクラウドの話をする、その時は大体、クラウドの事を、やっぱり誉めてるんだよ。絶対悪くはいわないでしょ? クラウドがあなたの自慢だから」「まあ、そうだな」
「逆に僕は、あなたのことを人前では悪く言ってしまう。でも、それは……、素直じゃないかもしれないけれど、どうしようもないあなたでも僕が側にいる理由ってゆうのを、他の人に教えてやりたい気分だからなんだ。あなたに出会ってから、ザックス、僕は、あなたのことがずっと好き。悪いところがあっても、そこですら好きなんだよ? だから人前で、あなたの事を悪く言わせて」クラウドの代わりをちゃんと演じたいものだからこんな事を言うのかもしれない。だがそんな風に考えてしまうのは可哀相か。俺はクラウドにするように、ヴィンセントを抱き寄せて、首を屈めて額にキスをした。今日日人間型のこの人からじゃ、こんな台詞は聞けないなと思ってしまった俺だった。
かくて湯治一日目、こんな風に幕は閉じられた