Callin' Callin'

 どういう感情の往復がそこに在るにしろ、セックスは気持ちいい、射精には満足が伴う、以上、その行為は大体誰でも好きになるものであると思うし、俺は子供の頃からそれを知っている。ザックス=カーライル、ルーファウス、セフィロス。例外なく誰もを愛し、そして今俺は多分ヴィンセントがすごく好き、だけれど、それを口に出す術が何一つない。過去との差は、単に俺が大人になってしまったからかもしれないし、他の何かに拠るのかもしれない。

 俺はザックス=カーライルが大好きだった。あの男は俺を、とても大事に扱い、時に俺が乱暴なふるまいをしても、倦まず側にいてくれた。俺よりも大人で、それに伴って、いや、それ以上に、背中が、心が、広かった。長い髪のばらばら落ちる背中に体を押し付けたとき、あっけなく俺は安心したものだった。俺はザックスのようになりたくて、だけど、ちっともなれなかった。ソルジャーになれなかったし、このところいつも、誰かを憎んだり傷つけたりばかりしている。ザックスがそんなことをしているところなんて、見たこともない。

「クラウド、なあクラウド、大好きだぜ。こっち向いて、笑って、なあ、笑ってってば。……すねてる顔も可愛いよ。クラウド、大好きだよ」

 「大好き」だとか、「愛してる」だとか、そういう類の言葉を無条件に俺に、優しい雨に交えて降らせた。もうそう言ってくれるひとはこの世界に一人もいない。生臭く言えばヴィンセントはその代わりになる可能性を秘めているのだろうけれど、それでもヴィンセントとザックスは違う、ヴィンセントはザックスにはなれない。強いて言えばザックスには、俺がならなきゃいけなかった、だけど、なれなかった。もうこの世界にザックスはいない。俺の世界を作った人、俺に世界をくれた人。

 俺は信仰心に溢れ、ザックスに言った「大好き」と「愛してる」を本物と思う。いま、あの頃のような純な気持ちで、ヴィンセントに「愛してる」と言えるような自分ではないことを苦しいほど理解している。ザックスのような清らかな心で言えたならば。

 ザックスのことが愛しい。ああいう風になりたい。男らしくて、ね。強くって、格好良い、男になりたかった。彼は俺の憧れそのものであり、だから俺は演技者としての道を選んだのだと思う。

 クラウド=ストライフではない俺という存在になるために。

 ソルジャーになった俺として確固として存在する為に。

 嘘をつくことが苦痛でなかったのは、側にザックスを感じることが出来たからだ。俺の振るっていた剣はザックスの忘れ物。グリップがボロボロになっても、何度も巻きなおして、気付けば俺の手のひらにフィットした。最初は重たくて、引き摺って歩いたのに、気付けば俺の背中に一番しっくりした。

「なあ、そんなボロボロの、売ッ払っちまおうよ、んでもってアタシに新しいマテリア買ってよ」

 そう言ったユフィに、自分でも危うく思えるくらい、むきになって怒った。確かにその頃にはもう、新しい剣を買っていて、ザックスの剣は荷物に過ぎなかったのだけど、誰が何と言おうと、俺はそれを売る気はなかった。

 ただ、彼女は、俺の剣をじっと見て言った。

「同じ剣を使ってるのね」

 会って、まだそんなに時間の経っていない頃だった。

「……何?」

「クラウド、剣、同じの使ってるのね」

「……誰と?」

 エアリスは首を寂しげに横に振り、「私の知ってる人と」。

 俺は言った、

「ソルジャー1stだからな」

出任せか、論理だった受け答えか、

「全員同じのが支給されるんだ。俺のはもう、大分長く使ってるから、くたびれてきたけど」

 判らない、判らないよ、判らない、だけど、だけど、だけど。

 ヴィンセントは俺に教えてくれた、「エアリスが教えてくれた」と。クラウド=ストライフが演技していることを、嘘をついていることを。そしてもっと深いところ、例えば、俺が同性愛者だというところまで。

 そもそもエアリスはザックスを知っていた。そして、俺は言い方によっては、エアリスを知っていた。

 おぼろげな記憶だが、……あれは俺が十五歳で、だからザックスが十九か二十の頃だと思う。ザックスが花を一輪買って帰ってきたことがある。グローブを填めた無骨な大きい手に、いかにも華奢そうな花を摘んで、折らないようにと努力を怠らずに牛乳のパックを胴切りにして、花瓶の代わりにして挿した。

「あんたには似合わないな」

 俺は憎まれ口を叩いた。

「そう言うなって。安かったんだ。それに可愛いだろ?」

 そう言って、窓際に置いた。ソファに座って、離れたところで煙草を吸い始める。

「可愛いって言えば、その花、売ってた女の子も可愛かったよ。お前より一コか二コ上なのかも知れないなあ」

 一息吸って吐く間、俺の表情を窺がっていたのかもしれない。月並みな表現だけどと、彼は前置きして、

「スラムに咲く、可憐な一輪の花だな」

 ザックスが言ったのを、俺は覚えている。

 ザックスが花を買った相手とエアリスを、同一視するのは容易だ。スラムで花が育つ場所は少ないとエアリスが言っていたし、あんな商売をするような女性もいないだろう。

 ザックスとエアリス、知り合いだった。この想像が、事実だったなら、それは幾つもの示唆に富んでいる。ザックスの側に俺という存在があることを、彼女が知っていたらしいということも想像するに至る。

 エアリスはザックスの恋人が俺であることを知っている以上、俺の身柄を遠慮なくヴィンセントに任せることが出来たのだろう。そして、だから、ヴィンセントが教えてくれたように、ティファでは俺を護れないと結論付けたのだ。

 ヴィンセントが同性愛者だったかどうか。そういう点にエアリスは配慮したのか、どうなのか。

 「そうすることが、あなたの、何よりもの、つぐないになる」、エアリスはそういう、ある意味ではとてもずるい言葉を使って、ヴィンセントに俺を託した。エアリスがどの程度の予測に基づいて、ヴィンセントにそう求めたのかは今となっては確かめ様もない。それこそ、俺が異性愛者だったらそれも自然な形かもしれない「ティファとの結婚」と同列の形態でヴィンセントと共に在ることを考えたのならば、ヴィンセントが同性愛者でなければそれは成り立ち様もないが、先のような言葉がヴィンセントに対して力を持ったのならば、ヴィンセントを被害者にして傲慢に俺を救うことも覚悟したということになる。

 ただ、再三ヴィンセントは言って来た。

 俺が同性愛者であることを告白しても平然としていることに疑問を呈したら、

「何か問題があるか? 大仰に驚いたほうが良かったか」

 「あんたは俺の友だちじゃないのか」と訊ねたら、

「友人という関係を望むのか?」

 そして、彼は俺が今の自我を取り戻す以前、俺の身体を使って俺を操作していた人格の片方、『少年』と性交していたのだ。『少年』がはじめてヴィンセントに抱かれたこと、もう一つの人格『悪魔』がヴィンセントを強姦したこと、どちらが先だったかは知らないが、『少年』はヴィンセントに「抱いてください」と依頼した。そしてヴィンセントはそれに答えた。答えるに至るまでどの程度の紆余曲折があったかも判らないが、元々同性愛に差別意識があるような人間なら、エアリスのしたような倫理観への訴えがあったとしても、男を抱くことなんて出来ないのではないかと推測する。俺なら、良心が疼きそれをするのが本当だと言われても、今ティファと再婚して彼女と交尾をするなんていうイメージはまるで湧かないから。つまり、ヴィンセントが一時的にか、或いは恒常的にか、同性愛者若しくは両性愛者だったという可能性は確かにあって、エアリスはそれに気付いていたということになる。

 自分で言うのも妙な話だが、俺は同性愛者だと誰かが言わなくても、その人が同性愛者かどうか判ってしまうように思う。それは同族の波長というか、同じ病気の匂いというか、敏感に感じ取ってしまうのだ。自分が同性愛者の中に在って、同性愛者の持つ些細な特徴というものを知っているから、誰かがその記号をかすかにでも見せたならば、俺にとっては材料となる。ただヴィンセントは、そういう記号を一切俺には見せなかった。逆に俺など、同性愛者から見たらすぐに「仲間」とわかってしまうかもしれない。ともあれ、ヴィンセントは俺に「仲間」を意識させないくらい、自然体で、しかし同性愛者若しくは両性愛者だったという可能性が非常に高い。

 今更彼に、「あんたはゲイなのか」、そう聞くのは意味のないことだ。今の彼は俺の肛門に勃起した男根を入れる。つまり、どこからどう見ても同性愛者だから、ただ不満げに頷くだけだろうと思う。そして俺の過去を彼が穿り返さないと言ってくれた以上、俺も彼の過去を穿り返そうとは思わないのだ。

 ただ、俺たちがそれを話題に乗せなくとも。エアリスの思惑は過去へ遡り、未来も操作する。彼女の描いたとおり、俺はティファと離婚し、ヴィンセントと同棲している。幸せかどうかは、今は判然としない。相変わらず、腹の底には何か憎悪か悲哀かが巣食っているせいで、力が入らない。ただヴィンセントと、あまり互いに感情の篭っていないセックスをして、互いの性欲をやりとりし合う。寂しい形のセックスフレンドというのが、俺たちの今の形で、互いがそれに満足を見出してしまっているから、発展性もない。エアリスの夢は叶い、ただ安定感だけはどうにかあるこの日々に、俺はいる。彼女は相当に上手くやった、俺のことを愛していたのかもしれない、俺もこれだけ幸せになった。

 俺の恋人だったザックスが、或いは、セフィロスやルーファウスが、あの頃、十年後二十年後を、物語めいた形ではなく、リアルに、想像していただろうかと、約十年後の俺は想像する。とても幸せだった俺は、三人の世界を行ったり来たりし、全ての場所で悦びを受け取っていた。三人が三人とも、かけがえのない人であり、俺は自覚症状として「ザックスの恋人」だったけれど、セフィロスと二人の時にはセフィロスを幸せにしたいと思ったし、ルーファウスと共に在ればこの人と結婚できたら幸せだなどと考えるような子供だった。どこか夢のように、俺は三人とずっと一緒に居られると思っていた、当たり前のようにあの幸せな日々は俺が大人になっても続くのだと思っていた。

 あの頃の三人の中に、どういう未来図が描かれていたのだろうか。誰か一人でも、十年後に俺の側にいると本気で考えていてくれただろうか。

 ザックスは、夢を更に朧にするような単語で語った。

「結婚しようや」

 つまりその先、互いが決定的な崩壊を迎えるその日まで、ずっと側にいる約束を交わすことを、口にした。それはザックスだけだった。そして、ザックスだけが、そこまで考えていたのだろうとも思う。他の二人を疑うつもりもないし、俺の喜びに差があったとも思わないが、セフィロスは自分の存在への疑問と不安が爆発したとき、あっけなく俺の大事なものを壊したし、ルーファウスがもし俺を本気で思ったのなら、ザックスと俺を纏めて救う事だって出来たろうし、恐らくは飲まされたであろう薬の力にだって負けなかったはずだなんて、俺は勝手なことを思ってしまうわけだ。

 でも、ザックスも、その後死を迎える。約束を、護ることも交わすことも出来ないまま、俺の側から居なくなってしまった。

今彼は、どこかで俺を見てるだろうか? 見ているとしたらどう思うだろうか? 俺が中途半端な足場の上で、こういう精神状態で在ることを知って、……。

寂しがってくれたらいい、怒ってくれたらいい、そう思うけれど、思うだけ空虚だ。

その時点その時点で確かに「今」だった時間が一つひとつリンクする。


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