ティファの自殺する可能性について考えると、憂鬱になる。そして同時にバレットを思い出して、悲しくなる。どうしても俺は俺の非を認めたくない。ヴィンセントが「お前が悪いとは思わない」というようなことを言って、俺の言い分を認めてくれるからこそ、俺は腹の底に熱い自我を根付かしたような気になって、益々自己主張をしたい。それでも、俺はそれを貫き通せない。例えば俺が酷いことをしたからティファが自殺してしまうかもと考えたら、やはり憂鬱にもなるのだ。ティファが自殺するとしたらその可能性は一つしかなくて、俺、だ。俺のせいでティファは死ぬのだ。しかし俺はその責任を回避する、回避したいと願う。実際、俺には何の非も無いんだから。けれど、俺が「俺は悪くない」と言ったところで、それに頷いてくれるのはヴィンセントだけで、バレットに代表されるような人々は決してそれを認めず、俺を悪人のように扱うだろう。俺は自分を善人とは言わないが、悪人とも思われたくないごく当たり前の人間だから、そういう未来を欲しいとは思わない。だからティファが俺の言い分を全部飲み込んで俺と離婚して、出来ればまた新しい誰かと新しい幸せを見つけてくれればいい、そこまでアグレッシブでなくてもいいから、とりあえず死なないでいて欲しい、そして出来ればバレットを丸くしておいて欲しい。これくらい自己中心的になる。そして、なってもいいような気がするし、事実、なっていいに違いないのだ。だって俺は、被害者だ。
だからティファも、俺の別人格、ヴィンセントが憎み、ユフィを強姦した別人格を「愛した」「素敵だった」と言っていて、それも俺なら、同じように愛情を見せてくれと思う。俺が今一番必要なティファからの愛情とは、俺を許すことだ、そして、放って置いてくれること、出来たら忘れてくれることだ。俺もティファのことは忘れる。忘れたい。忘れたら少しは楽に生きていけると思う。
だいたいティファだって自分勝手だ。影で強姦という犯罪行為をしつつ、自分を抱くような相手の、どういったところに騙されたかは知らないが、自己責任で好きになったに違いないのに、その「悪人」が剥がれ落ちて俺というごく当たり前の男が現れて、ごく当たり前の主張をして、それに傷ついて泣くんだ。バレットは第三者の癖に俺の苦しみなんて少しも理解できないくせに殴るんだ。みんな勝手だよ。ああそうさ、俺だって勝手だよ、でもな、みんな勝手なら、俺も勝手だ、みんなが責められないなら俺も責められる謂れはない。お前たちより強い苦しみを抱いて行かなければならない分、俺の方が頑張っているというものだ。
シャワーのお湯を溜めて、窮屈な風呂の中でそういうことを、ずっと考えている。気持ちがよかった。
ノック無しにヴィンセントがドアを開けた。
「いつまで入っている」
こういう、現実に在る出来事には、まるで気分はささくれ立たないのに。
「……たまにはこういう、シャワーじゃなくて、風呂に入りたかった」
カーテン越しで溜め息をされる。
「風邪をひく前に出ろよ」
そう言った後、ヴィンセントはでも、すぐには出て行かないで、何か気配がしたと思ったら、小便をし出した。カーテン越しでシルエットも判らない。けれど音はする。単に俺をただの男と思っているだけなのか、それとも切羽詰っていたのだろうか。後者は考えづらいが、あまりこういうスマートではないことをしそうにも思えない。判断に迷いつつ、俺は水音を聞いていた。
「……出たら身体を拭いて、早く寝ろ」
チャックを上げる音、コックを捻って水が流れる音、「悪かったよ」と俺は言って、カーテンを少し開けた。何でもないような顔をして、ちらりと俺を見て、ヴィンセントは出て行った。
匂い、が、残っていない。俺は顔を洗って、やや明るいことを考えようと思った。ヴィンセントのことを考えようと思った。
ヴィンセントが「味方」以上に昇格するのはそう先のことではない。ヴィンセントがどう思うかではなく、俺がどう決めるかだ。もう昇格しているかもしれない。
ヴィンセントの綺麗な顔、とりあえずは俺に寛容なところ、有難い。
どんな形をしているんだろうと思った。俺は、俺自身に自信がない、その分、他人のその場所には妙に興味がある。それは同性愛者だからなのかも知れないが、とにかく会う男会う男、どういう形なのか、大きさなのか、知りたいと思う。知ったところで、その顔や性格に興味もなければ発展性のないつまらぬことではあるのだが、ヴィンセントには端正な顔と寛容な性格が備わっていて、今のところ俺の信用できる唯一の男であるから、その場所への興味はつまらぬ興味に止まることはない。
体型のイメージから、細く長いのではないか。それとも、意外と大きいのかもしれない。
好意的な評価をしたがる俺の心の正体はもう判っている。将来的に俺がそれを飲み込むことを前提にしているからだ。
あまり性的な影のない男ではある。とっくにそういうことへの興味を失してしまったのかもしれない。それでも二十代後半の身体なら、強い性欲の備わっていることは確実である。
十人に一人は同性愛の因子を持っていると聞く。俺たちの、あの下らないコミュニティの中で、俺が同性愛者なら、もう他に一人もいないような気もするのだが、いたとしたらヴィンセントがいい、ヴィンセントだったら嬉しい。
どういうきっかけがあって、どういういきさつがあって、俺がヴィンセントに抱かれるのか、甚だ非現実的なことではあったけれど、さっきティファのことを考えていて乾ききった心が、この夢想で潤うのも確かだ。
今一番楽しいのは、ヴィンセントとするかもしれないセックスを、一定以上の現実感と共に想像することかもしれない。それが不健全とは思わない。一ヶ月くらい先のことを考えるだけの力が、出てきた証拠なのかもしれないから。
次にまた、この間のように風邪をひいたとして、俺がどんな事を考えるかといえば、やっぱり「申し訳ない」なんじゃないか。ヴィンセントに余計な苦労をかけてしまった。次の仕事を探しているのかどうかは判らないが、「お前一人抱えるくらい何ともない」と彼は言うけれどそう潤沢に金があるとも思えないし。出来るだけ俺は彼の負担になりたくない、既になっていることが判るから、これ以上、なりたくない。
だからしっかり身体を拭いた。
「顔が変わったわけじゃないんだね」
ヴィンセント越しのユフィが言った。俺の知っている姿よりも、ずっと大人びた。無理もない、もう二十だって言うんだ。嘘じゃない。姿が違えど、ルーズソックスを穿いていなくとも、ユフィだと俺は認識する。
俺が電話をしたわけでも、ヴィンセントが呼んだわけでもない、ユフィが自分で来たのだ。「だってさあ、事前に電話したらクラウド会ってくれる訳ないじゃん?」、俺の権利として在るはずの我儘を超越する行動力は、しかし憎たらしいとは思わない、小憎らしいと思うけれど。
俺は冷たい心になった。
俺が強姦した相手だ。
どういう神経で俺の目の前に現れたのか、判らない。知りたいとも思わないが、恐ろしさは先行し、俺を弱くする。
ヴィンセントが、散らかっているからと近所のファミリーレストランへ連れ出した。
「久しぶりって感じ? アタシは全然だけどさ」
ユフィは俺の顔を覗き込んで笑う。一体どんな言葉があった?
恥ずかしい、と、怖い、が一つになったような、冷たい気持ちだ。俺は俺の失態を全て知っている――そして女の――ユフィに会うことに、どうしても正常な精神状態で臨む事が出来ないのだ。俺はやっぱり過去を切り捨てたい、代価に下半身全部が要るというなら、それでも構わない。
俺はユフィの顔をもう見ることは出来なかった。
「……おごり?」
「……働いていないのか」
「働いていないねえ」
ヴィンセントがメニューをユフィには見せないで、最低限のものを頼む。
「……お前は?」
入ると思うか。
答えないでいて、彼は解釈してくれる。
「あまえんぼ」
ユフィはけらけらと笑う。
「変わんないとこは変わんないんだねえ」
「よせ」
ヴィンセントが止めた。
「えーだって、ホントのことじゃん」
「本当のことならば言っていいという法はない」
「……アンタが甘やかすから余計に良くないんじゃない?」
「甘やかしてなどいない」
「そう見えるけど」
「ならどう解釈してもらっても構わないが、私はこの男の精神バランスを保つ責任を負っている、それはお前も知っているはずだ」
ふん、と笑って、ユフィは立ち上がり、ドリンクバーに歩いて行った。ヴィンセントは険しい表情で煙草に火をつける。
「……来るとはな」
独り言のように、言った。隣りに座る俺を見ないで。
「普通の神経じゃない。……辛いか?」
俺は、無言で首を振った。
「そうか」
煙を吐き出して、それでも足りないと、ヴィンセントは溜め息を付け足す。ユフィが三人分以上のグラスとカップをトレイに載せて戻ってきた。
「ヴィンセントはコーヒー、アタシがオレンジジュース、クラウドはジンジャーエール。あとテキトーに。料理何来るんだっけ、フライドポテト?」
ユフィは一人で喋る。俺は机の上の炭酸に目を留めた。それだけ見ていればユフィの顔を見なくて許されるような気がした。謝んなくちゃ。でも、アレは俺じゃない、お前を強姦したのは、「俺」の身体かもしれないけど、俺じゃない。快感を享けたのは俺の身体なのかもしれなくても、俺はしていない、俺はその気持ちよさを知らないし、要らない。
「そんな顔しなさんなよー、アタシはアンタの味方なんだからさ。バレットとは違うよ? アタシはちゃんと、今のアンタがあの時のアンタが別モノだって判ってるしさ」
「……来るなと言ったのに」
ヴィンセントは呟くように言う、「この男にはまだそれだけの準備が出来ていないと、言ったのに。お前は私の言葉を聞いていなかったのか」
「聞いてたよ。でもさ、アンタの言葉はアンタの言葉、アタシの行動はアタシの行動でさ、アタシが何に拠って行動しようと勝手でしょ?」
「では言い方を変えようか。懇願したのだ、私は。どうかもうしばらく時間をくれと。この男が今より少しでも落ち着いてからでも遅くはない、必ずお前のところへ連れて行くから、時間をくれと」
甘やかしてるね、とユフィは笑う。俺は、ヴィンセントがべったり俺よりのポジションでユフィと会話しているのを、聞いていて、それが嬉しくて、ユフィを怖いと思うよりも、例えば今夜この人はどんな顔で俺に声を発するのか、それを楽しみと捉える。
出来てしまったにきびのような俺かもしれない。触らないでくれ。放って置いてくれ。甘えさせてくれ。破けてしまったら取り返しのつかないことになるから。……そういう俺の願いをヴィンセントが叶えようとしている。俺は俺にまつわる罪と罰よりそっちの方を重要と思いたい。
事実が、仮令揺らぐものではなくとも、思いたい。
「ねえ、クラウド」
ヴィンセントを無視して、ユフィは俺に言う。
「アンタ、アタシの顔さっきからずーっと見ないよね。どうして?」
怖い、またそういう感情が前面に出る。
怖いと思う、俺を怖がらす相手を、俺の居心地のいい相手と思うはずがない。
「アタシが怖い?」
ユフィは笑う。
「アタシが怖いんだ? ……そう、じゃあ判ってんだね、ヴィンセントから聞いたんだね、アンタがアタシを」
「お前なんか味方じゃない」
俺は立ち上がっていた、眩暈をして座り込むそれと真逆で、すうっと俺は立ち上がっていた。
「……あれは、俺じゃない、俺じゃない、俺じゃない」
「アンタだよ」
「うるさい」
どんな顔をしている? 俺はちゃんと、俺の顔をしているか? 大丈夫か?
ヴィンセントだけが認めてればもう差し支えないと思った。俺には帰る場所があるのだと思った、寝心地は悪いが温かい布団があるのだと思った、俺には味方がいるのだと……、俺の全部がヴィンセントに依存し始めている。だから、そういう俺には、お前なんて要らないんだ、俺の敵なんて要らないんだ、お前は敵だ、お前なんか、要らないんだ。
強姦をした俺よ、どうして俺に責任を取らなかった、どうせならどこか遠くへやってしまえば、今俺がこんな苦しむ事だってない、苛立つ事だってない、どうせ悪なら、何故ヴィンセント以外の全てを打っ棄ってしまわなかった。
「……冗談じゃない……」
俺は、きっと常軌を逸した思考をしてる。でも、すること自体には、苦しさも伴わなかった。そして、これだけおかしくなっても、俺はまだ、ユフィの顔を見ることが出来ないのだ。それを理性の反抗と思いたくはない。
「冗談じゃない。何故俺が? 俺が何をしたって言うんだ。俺は何もしていない」
お前なんか大嫌いだと、そして、店のあちらこちらで俺を見る連中に、お前らなんか俺は大嫌いだ死んじまえと、吐き散らした気分で、俺はひとりでに動き出す足に従って店を出た。
帰る。部屋に帰るんだ。部屋に。俺の、いいや、ヴィンセントの、ヴィンセントと俺の部屋の、ヴィンセントが俺の為に設けた一部分に、ソファに。ヴィンセントは追って来なかった。そりゃそうだろう、ユフィに何らかの事を言わなければならないと思っているに決まっている、俺はそんなことしてないで早く俺のところへ来いよと思った、あんたは俺の味方だろうと、あんた以外の誰が俺を守るんだ、あんたは俺の。
ドアの前で、俺はドアを見て、突っ立っていた。がん、と蹴っ飛ばした、二発、三発、蹴っ飛ばした、右隣のドアが開いて、中年の女の顔が覗いた、俺と目が合うと、すぐに扉を閉めた、鍵の音がした、俺はもうこれ以上何も変わらないと、そのドアを、思い切り蹴飛ばした。一発、二発、三発、四発、壊れちまえ。
「……やめろ……クラウド、クラウド」
ヴィンセントがいた、思っていたよりも早く来た。俺の腕を引っ張る、俺はその力に応じて、ヴィンセントの部屋の中に入った。
ヴィンセントは殴った? 蹴った? 俺のことを。そんなこと、しないで、俺をソファに座らせると、すぐに出て行った、そして、しばらく時間があってから戻って来た。ソファに座ったまま俺は、泣くことも怒鳴ることも笑う事もしないで、唇を、不平を言う形に尖らせていた。
「……だから私はまだ早いと言ったのだ。それなのにあの小娘は……」
ヴィンセントはユフィを責めた。なのに、俺の腹は立った。
「何でだよ、俺がまるでアイツの言うことに一々腹立てるみたいな言い方じゃないか」
その通りだ、と思っている。のに、俺はそういうことを言う。
「……そうではない。どうしたってお前の心が疲れていることは事実だ……」
「疲れてるって何だよ、人を異常者みたいに言うな」
異常者だろうが……大いに。
「何だよ……、お前ら、何だよ、俺の知らない間を……、勝手なこと言って埋めて……苦しめて。ふざけるなよ」
ヴィンセントは途方に暮れたように立ち尽くしている。
……はは……、これが、そう、俺だよ。
俺は悪くない、悪くないんだ。俺は絶対に悪くないんだ。
「なのに人のせいにして……、お前たちなんて大嫌いだ」
違う、俺はヴィンセントのことが好きなんだろう。こういうことを言ってヴィンセントに捨てられたら、俺は何も出来ないで頭が狂ったように自分の正しさを主張するだけの有害物質になる。それでも、俺は言う、言って、嘔吐のような解放感を得る。本当に吐き散らかすような苦しさからの解放が、俺には必要だと俺だけで決めて。
扱いに困ったような顔を浮かべたら、だったら捨てちまえよこんなの、そう言おう。大きい声を出すなと言ったら、冷静ぶってるんじゃねえとでも言おう。「捨てる」と言われたら、あんたまで俺捨てるんだな俺に死ねと言うんだなお前はなんて悪人だと渾身の力で罵ってやろう。こういうときには、本当に死ぬ事だって怖くないんだなあ。
「ふざけんな……、ふざけんな。俺が何をしたって言うんだ、ええ? 俺じゃない、俺は何もしていない……何もっ、……していないッ」
ヴィンセントは俺から目を逸らさないで、溜め息を吐く。何溜め息吐いてんだ何呆れてんだ、そう、蹴飛ばすような言葉を吐いてやろうと思った。
「お前は悪くない。その事は私が一番判っている。或いは、世界でその事を判っているのはこの私だけかも知れないな。だが、世界に一人しかいなくとも私はお前の味方でいてやる」
俺の、
「ユフィが悪いのだ。お前は何も悪くない。バレットは粗暴だな、ティファは、確かに我儘だ。全て、お前の知らぬところでお前の身体を借りた悪魔がしたことだ。あの小娘もそれを知っていて何故お前を責めるのだろうな。バレットやティファも、何故お前の言い分を素直に聞かないのだろうな。要するに愚かなだけだ、そう思って構わない。私はお前の言ったことを信じている」
一番欲しい欲しいと思っても、誰もくれないような言葉を、ヴィンセントは、するすると並べた。
でも俺は、
「どうだかな。あんただってそのうち俺の敵になるんだろう」
今の、ただそれだけの、幼稚な価値観を振りかざすのだ。敵か味方か。俺には今、本当にそれだけしかなかった。
味方が欲しい、変わることなく在りつづけてくれる味方が。敵だらけの俺は、ただ、寂しい。
「私はいつまでもお前の味方だ」
「どうせ責任感だろう、あの子供だかエアリスだかにそう頼まれたからだろう」
「それだけで解決するような問題ではない」
ヴィンセントは、俺を真っ直ぐに見る。赤い目。
俺は被害者で、だから甘えていいんだと、言っているように見えた。そういう風に解釈していいのだと俺は思いたかった。
どうしようもないんだ。俺が一番怖いんだ。だって俺は当事者なんだ。俺以外の誰が俺のことを判るんだ。判るとしたら、一番長く側にいたヴィンセントで、それ以外の奴らに俺を語る権利なんて無い。それなのに連中は知った顔で自分の権利ばっかり主張して、被害者である俺を虐めるんだ。
みんな死んじまえばいいんだ。俺をこれ以上苦しめるなら、それだけで死の罪を犯すのと一緒だ。死にたくないなら俺の側に寄るな、俺はヴィンセントと二人でいられれば良いんだ。
「俺はなア……、俺は、なぁ、何も悪くなんか無いんだよ、なぁ、あんたが言えよ、全部、あんた判ってるんだろぉ? 俺が悪くないって、俺が正しいって。あんたは俺の味方なんだろ? ええ? 違うのか?」
ヴィンセントは真っ直ぐに俺を見たままだ。
そして、途切れ途切れに言った。あまりスムーズな言い方ではなくて、演技ではないということを俺に知らせた。
「ああ。……私はお前の、味方だよ。……味方だ、味方だから、ああ、判った、お前の望むとおりにする。お前の心が少しでも穏やかでいられるように、努力すると約束しよう、……お前を苦しめたりはしないと、約束する」
今、こうして生きて、話をしている俺は、例えばこの時かもしれないと思ったりもするのだ、……今こうして生きている俺に、この時の俺を、繋げた、その直接のきっかけとなっているのは、と。
俺は、全部判っている。俺の心がどうかしていること、頭がおかしいってこと、言っていることが支離滅裂で、多大な迷惑を誰かにかけて笑うような精神状況だってこと。判っているなら、やめてしまえばいいのだけれど、今の俺はそんな程度のコントロールすら出来ない。要するにヴィンセントが言ったことが全部本当だし、ユフィやバレットやティファの言ったことそして考えているであろう事も全部本当なんだ、俺一人だけ判っていないで、……いや、判っているのに判っていない振りをしている。言うならば現実逃避だ。
しかし俺はどうしても現実がひとつではないことを信じている。俺の求める現実と、彼らの語る現実、どちらもが同じように本当で、だから……。
どんなに卑怯者呼ばわりされてもヴィンセントが俺の味方と信じられるからこう言う、俺は、被害者だ。このことは、真理にも等しい。