アウトサイドワークス

01

 

 一人ひとりの背後にある人間関係というものは一緒に暮らしていても案外判らないものだ。例えば付き合いの長いジタンだって、ブランクの知り合いにトレノの豪商が居ることを知ったのはつい此処半年ほどのことで、ブランクがトレノに行く用が出来たと言い出してビビと288号は当然、驚いた。

「それはどういった関係の知り合いなの?」

 288号が鞄に衣類を詰めながら訊く。何せ急な話でつい半刻前まで288号は浴室の掃除に精を出していたのだ。タイルの目地を古ブラシでごしごし擦って、冬支度の季節なのに薄っすら汗などかいたりして。

「俺の直接の知り合いじゃなくってさ。俺やジタンの居た『タンタラス』っていう盗賊団……、いや、そんな大層なもんじゃねーな、ガキの集まりがあってさ。其処に少しばかり金を出してもらってた」

「……そうだったっけ?」

 と言ったのがジタンであることが、そもそもの背後関係の曖昧さを証明している。

 『タンタラス』はつまるところジタンやブランクのような身寄りのない少年達の止まり木であった。単なる不良少年団ではなかったのは、頭領としてのバクーの存在に拠る。即ち各国の国政現場に位置するような者とも交流のある彼が劇場船において少年たちを生活させることで、非行の矯正を行っていたのだ。暗に知れ渡るバクーの行為に対して好意的な眼を向ける者は多い。

 トレノの豪商もまたその一人である。最も其れは生き馬の目を抜く商戦を勝ち抜いてきて、使い切れない金を手にしたときに、はたと自分の少々後ろ暗いところが無くもないことを自覚して発される善意には違いないが、バクー率いるタンタラスにとっては恩の在る相手であり、年嵩でありタンタラスを出たブランクはバクーと彼のパイプとして用いられるのである。

「此処からトレノだからな、ぶっちゃけすげー遠いし、仕事をしなきゃなんないからすぐには帰って来れないかもしれない。俺一人で行きゃいいんだけどさ」

 ちら、と既に旅支度を整え黒魔道士の装束に身を包んだビビを見た。ブランクが「トレノに行かなきゃいけなくなった」と最初に口にしたときから、この少年は一緒に行くつもりで居たのである。

「……まあ、一緒に行ったっていいだろうって。考えてみりゃずーっと此処で過ごしててさ、何の不足もありゃしないんだけど、たまには遠出してみたっていい」

 ブランクの言葉に異論の在る者は居ない。インテリジェンスにおいては288号が、戦闘能力においてはビビが、そして変態性においてはジタンが上回る家だが、一家の大黒柱が誰かと言えば人生経験において秀で、また精神的にも逞しいブランクということになるのだ。

 一週間分の服を詰め込んだ鞄は各自ぱんぱんに膨らむ。ジタンは最後までビビの鞄にメイド服と女の子のパンツを入れたい入れたいと駄々を捏ねていたが、「どうしても必要ならあっちで買やいいだろ」とブランクに説得されてようやく諦めた。

「……だいたい、こういう服は全部トレノで作られてる。其れを俺がこれまであっち行ったときに買ってきたり、コンデヤ=パタまで流れてきたときに買ったりしてるだけで、本場は向こうだ」

 そう言ってやったら、「そうか」ジタンは「そうかそうか」冷静な顔付きで立ち上がり、しかし落ち着き無く部屋中を歩き回って、「なるほど」とようやく立ち止まったかと思ったら、

「何やってんだブランク、行こうぜ、今すぐ」

 と焔の色の目をして言った。

 遠出に少々困惑の色が覗けるのは288号である。家の窓に全部鍵を掛ける慎重さで、「こんな村で誰も盗みに入ったりなんかしねーよ」とブランクに窘められても、どこか落ち着かない。周知の通り感情の発露しない男が表出させる僅かな変化は、内心で相当の波が起きていることを表す。黒魔道士として自我の目覚めを経て以来は永らくこの村で暮らし、足を伸ばすとしてもせいぜいコンデヤ=パタまで。其処だってチョコボで少し走れば着いてしまうような距離であり、それで不足も感じていないような男であるから、長旅の経験のあるビビよりもこの点に関しては保守的なのかもしれない。

「村のみんなに挨拶に行って来る」

 と出掛けて行って、本当に一軒ずつ、一人ひとりに丹念に「僕らの居ない間、よろしく頼む」と言って回っている姿は、知的な青年にしては少々滑稽であるとも言えた。

 ビビは誰より早く身支度を整えていた。黒魔道士の村が彼の長い長い生において、最も永く滞在する場所となることは最早疑いようもないことではあるが、それでも子供心に「旅」はわくわくするのだ。トレノは行政立法の機関こそないものの、あの大陸において屈指の栄えた街であるし、街なるものの表裏を併せ持つ点も、この清純と淫猥という両極端な二律を身に宿すビビにとっては何か惹かれるものとして感じられるのかもしれない。

「向こうに行って、遊ぶ時間なんてあるかなあ」

 と少年は訊く。

「ああ……、そうだな、ずーっと仕事してる訳じゃないし、合間合間にぶらついたり出来ると思うよ」

「ほんと? じゃあ僕、前に行ったときに見られなかったところ、もっと見てみたいな」

 そして何より、ビビの「生地」はトレノのすぐ側だ。其処にはまだブランクと288号は足を運んだことはない。もちろん、ブランクは多少仕事に支障を来たしたとしても、ビビを其処へ連れて行かなければと思っている。

「ところで」

 全ての支度を整えて、288号が挨拶を終えて戻ってきて、ひと段落していたところに、ジタンが訊く。「何で行くんだ? チョコボじゃトンネル抜けられねえべ」

「ああ……、そんなん判ってるよ。つーか一人なら歩いて行ったっていいけど、ビビにそんな長旅させたくねーし」

 ブランクは、今朝届いた書状を筒から出して開く。書状に使われている紙にリンドブルム公国の透かしが刷られているのを見つけたジタンが「ああ」と呟く。

「もう少ししたら、飛空艇が来る」

「貴族待遇だな……」

「いや、もっと上だ。バクーに仕事を依頼してきた商人ってのが、アレクサンドリアとリンドブルムの両方に武器を卸してる奴で、だから……」

 言葉の途中で、家のガラスがびりびりと震えた。驚いてせっかく鍵を掛けた窓を開けて顔を出した288号の頭上を、飛空艇の巨影が抜けて行った。

「まあ、そういう次第で国賓級だ。つっても、仕事は仕事だし」

 ちらりとジタンを見る。彼は家に居るときとさほど変わらない、なんともいい加減な格好でいる。せめて靴下は両方履け。

「俺らは普段どおりで居りゃいい」

 ブランクはそう纏めて、鞄を肩に担ぎ上げた。

 


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