Cry Me to the Moon
2010/11/24 Wed
m25
「―――…行ってくる、良い子にしていろ」
ユウキはやはり、この人はずるい。と、何度思ったかわからない毒を内心で吐いた。
閉まる扉の音は、何時も以上に重く聞こえた。
一人で過ごすには、グスタフの家は広すぎる。
一口も口をつけていないワインを二つ傍らに揃えて、窓辺から見下ろす夜景もどこか冷たい。
ユウキは首を傾けて、こめかみをガラスに当てる。ひやりとしたガラスに体温が奪われていく。
のっぺりとした闇は鏡と化して、無表情なユウキの顔を映していた。
きっと今夜はもう帰ってこないだろう家主を思いながら、ベッドを一人で使う気にもなれず、グスタフが家を出て以来、ずっとこうしている。
いっそ家に帰れば良いのかもしれない、こんな風に不安定な関係はやめたほうが良いのかもしれない。
それでも、朝になれば此処に戻ってくるのだろうと思えば、立ち上がることも出来なかった。
諦めきれるならとうの昔に諦めているし、今では諦めることを諦めている。
グスタフが自分に優しくしてくれているのは良く分かっている。
これ以上は自分の我侭だとも、理解している。
「そがぁなこと、誰よりわしが分かっとるわ」
自然と零れた地の言葉が冷たいフローリングに落ちる。
視線を傍らのグラスに注げば、ワインの中に月が沈んでいた。
白い月は真ん円で欠けがなく、ぼんやりと縁が滲んでいる月は無性に寂しそうだった。
ユウキが指先を伸ばし、グラスを揺らすと月も同じく揺れる。
一人では飲む気も起きないワイングラスを手元においているのは、若干の見栄だった。
ゆらゆらと波打つワインの中で月が翻弄されている、月ですらこんなに容易く手に入ると言うのに。
「月より遠いとか、どんな無理ゲーなんだろうな」
すれ違いでも良い、一目でも顔が見られるならそれで良い。
これを良しとしたのは自分なのだから、せめて惨めに泣かないように茶化しながら息を吐く。
「子供みたいに泣いたりせんから」
自分に言い聞かせるように細い声を出す。
月明かりに照らされた部屋は、招かれることを夢にまで見たグスタフのプライベートゾーンだ。
ここでグスタフと二人で、他愛無い時間を過ごす時間が何より幸せだった。
せめて自分と居るときくらい、使命や義務に囚われて、自分を放り出さないように。
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