いとしきみよ
2010/09/16 Thu
m25
「………戯れ、ですか………」
今まで浮かべていた笑みを無くしたゲーニッツは、目を細く開いて閉じられた扉を眺めた。
ようやく闇に慣れた視界が捕らえるのは堅く閉ざされた扉だけ。
どれだけの時間見つめていようとも、再びあの扉が開くのは朝日が昇ってからだ。
常は風を操る指が、整えられたシーツを撫ぜて、殊更重い息を吐いた。
「……彼にとって、私は只の上司でしかないのでしょうね」
暗闇の中に落ちる呟きは、自分で考えていたよりも悲しげに響く。
その事実がどれだけ自分にとって憂いを孕むものであるのか雄弁に語っていた。
グスタフが手袋を外したところなど見たこともないのだから、白く冷たいシーツには何の名残も残されていない。
それを経験から知ってるはずなのに、ゲーニッツは微かな温もりがあるのを期待してしまう。
ゲーニッツは鉄壁にして完璧な腹心の体温すら知らないのだ。
指先で折角整えられたシーツを掻き乱すように握りこんで、顎が下がる。
「……愚かしい……」
指先で包んだシーツから、冷たさを奪い、己の体温を移していく。
これがグスタフの手のひらだったらどれだけ良いだろう。
自分がどれほど酷く救えない報われない感情を抱いているかなど、誰より知っている。
グスタフがゲーニッツを崇拝するのは忠心のなせる業ではない。
彼の中に流れるオロチの血がそうさせるのだ。
階位が上のものには絶対に服従する、そう、まるでゲーニッツが一族の長たるオロチに抱く感情となんら遜色がない。
そんなことは転生を繰り返し、幾度死んでもオロチの従順な家臣であり続けるゲーニッツには痛いほどよくわかる。
唇を合わせれば迷いなく応じるだろう、肌を求めれば自ら寝台に上がるだろう。
だが、それはグスタフの意思ではない。本能という名の血がそうさせるのだ。
「―――……」
ゲーニッツは幾度となく至った結論に、今宵も顔を歪ませた。
グスタフにとってゲーニッツは上司であり、掛け替えのない一族の導き手でしかないのだ。
幾度となくグスタフを想っても、絶望的な事実の前では都合の良い幻想すら抱けない。
グスタフの忠信も尊崇も厭うたことはないが、いつもこの瞬間だけそれが憎くて悲しい。
あの手も声も。全てがゲーニッツの思い通り、望み通りに動くけれど、それに決して感情が伴わないのを知っているからだ。
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