宴〜utage〜「それでは、乾杯!」 香澄の音頭取りで始まった宴。メンバーはあたしに香澄に美奈萌に小鈴ちゃんにスケル。会場は あたしの部屋、名目は――。 傍らの透が紙コップを持って立ち上がる。 「えー、ここで私が祝辞を。この度はまひるの怪我も意外に軽く、大変元気に退院されて何よりです」 あたしは答える。 「ありがと。透もありがとね。色々動いてくれて。おかげで皆の誤解も解けて。そのためのお礼の宴会 でもあるもんね」 「その通り!自分で言うのも何ですが、学園側の黒い霧を晴らしたのはこの私、透であります。 そこで――」 透があたしのほうを見て一言。 「お礼に一発やらせろ」 ゴイン。香澄が手にした辞書の角で透を殴る。 「何だよ。軽いおやぢギャグじゃないか、おぉそれは新明○国語辞書、なかなか絶妙なチョイス」 「しょっぱなから素面で飛ばすな」 「いや、酒がすすんで、香澄に先に言われちゃまずいと思って」 「誰が言うか!」 「あー、香澄だったら『わたしに一発して』か」 ゴイン。今度はジー○アス英和辞書。 「もう我慢できない。二人とも、作戦行くわよ」 言うが早いか、透を羽交い絞めする香澄。美奈萌も手早くスピリタスと書かれたウオッカのビンを 開け、次々飲ませていく。1本、2本、3本……おいおい。美奈萌の指示が飛ぶ。 「とどめに小鈴ちゃん、シェイク」 「こ、こうですか」 ワシュワシュワシュ。遠慮なく透の頭を揺する小鈴ちゃん。さしものの透もぐったりと意識を失う。 そのまま浴室に運び込まれ、しばらくして香澄が戻ってくる。 「ふぅー。透はちゃんと縛り付けておいたから大丈夫―――それでは」 今度は香澄がコップを持ち上げて宣言する。 「ここからが本番、争奪杯を始めましょう」 パチパチパチ、二人の拍手。え、何? 「ルールは簡単。お酒の飲み比べで最後まで残った者の勝ち。そして、賞品はまひる」 ――待て。 「そんな話聞いてない」 「だって言ってないもん」 美奈萌が平然と返す、そんなこと急に言われても…ともごもご言ったら、 「それなら自分が優勝すればいい」 と香澄。―――この鯨に飲ませるほど用意されたアルコール類はそのためだったか。よくみると 割る為にあるらしい、炭酸やジュースがあってもビールは見当たらない。代わりにウィスキー、日本酒 スピリッツにリキュール…恐ろしい。 小鈴ちゃんがおずおずと手を上げて言った。 「あの、やっぱり、わたしお酒はあんまり。前にビールをちょっと飲んだんですけど苦くて」 香澄は微笑んで言う。 「大丈夫、それなら甘いカクテル作ってあげるから……これなんかどう?」 小鈴ちゃんは黒い液体にロックアイスを浮かべたものを受け取り、こくんと一口。にっこりと 笑顔を見せながら言う。 「あ、甘くておいしい。れならいくらでも飲めちゃいそうです。なんていうカクテルですか?」 「そう、よかった。ブラックルシアンて言うのよ」 香澄、それウオッカとカルアのミックス、多分、カルアミルクやスクリュードライバーより凶悪。 「ラスティネイルもおいしいわよ」 それってウィスキーのリキュール割りじゃん! 「これならわたしも参加できますね!」 本気なの?小鈴ちゃん。 かくして酒宴は始まった。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 意外にゆったりしたペースで皆飲んでいる。お互いけん制しあってるのかな。 改めて皆の様子を見てみる。 優雅にワインを(紙コップにだけど)片手にしてるのは香澄。うすい緑色の柔らかそうな布地の ドレス。肩には白のショール。結婚式の2次会にぐらいには出られそうな装いだけど、不思議に この場でも浮いていない。 「負けないもん」 小さく呟いたのは美奈萌。飾り気の無い身体にフィットした茶のセーターも細身の黒のジーンズも よく似合ってる。耳元には天使の翼をモチーフにしたようなイヤリング。それをそっとお守りのように 握り締めると 「負けないんだから」 美奈萌はもう一度呟いた。 「…………ひくっ」 小鈴ちゃんはもう駄目そう。そりゃさっきから殺人カクテルばかり飲まされてるもん。清潔そうな 淡いピンクのカットソーから覗かれる鎖骨の方がより濃いピンク色をしている。 「一寸、酔ってきました」 とにっこり笑う。いや、一寸じゃないから。フレアのロングスカートでよかった。タイトやミニだったら 今ごろ目も当てられないことになってたかも。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * ―――又しばらく時間が経過。 あたしは観戦モードに入り、体力を温存することにした。どちらに勝たれても、どうにか身を守れる ように。小鈴ちゃんは紙コップ片手に机におでこを押し付けた格好のまま動かない。 案の定、香澄と美奈萌の一騎打ち、涼しい顔の香澄に何とかくらいつく美奈萌…あ、倒れた。 「ふふふ」 不敵な笑いを浮かべ、勝利の美酒を飲み干す香澄。 それからフロアに手をつき、あたしの方ににじり寄ってくる。とりあえず逃げよう。と、背中が ソファにあたる。逃げ道無し?刹那、もう鼻先に香澄の顔があった。よく見ると、目は潤み、頬も 何気に桜貝の色。やっぱり酔ってるんだ。完全に固まっているあたしのブラウスのボタンを外していく。 三つ目まで外され、何とかあたしは言う。 「ねぇ、香澄、どうして今日はこんなに積極的なの?」 らしくない、問わずにはいられない。 とろんとした目で、それでもあたしに優しく笑いかけながら香澄が答える。 「―――まひるはいつも全力でしょ?―――私を守ってくれる時だって、だから、今度は私が」 香澄が自らショールを外すと、清楚だったはずのドレスが、男を誘う魔性のものへと様変わりした。 肩は露わになり、胸元もぎりぎりまで見えている。 「私が―――あなたの事を、全力で、この体全部で―――」 抱きしめられ、柔らかく、そのくせ張りのある胸が押し付けられる。気が遠くなりそう。 「あ、あの、香澄、やっぱり駄目だってば…」 香澄があたしの耳元で問う。 「いやなの?私じゃ魅力無い?欲情しない?…どこも反応しない?」 「いや、とんでもない!あの、そりゃ、香澄は綺麗で魅力溢れてて、男ならほっとかないタイプだろう けどさ…あたし的には、今、お酒が廻っちゃっててそれどころじゃないような……」 あたしがあたふたと答えるのを聞いて、香澄は手をほどくと、今度は唇を近づけ囁く。 「それじゃ、もう一度私と……」 あぁ、あたしもう駄目、そう思って目を閉じた瞬間。 どう、とあたしの上に倒れ伏し、香澄はくーくーと控えめな寝息を立て始めた。 た、助かった。と、入れ替わりに美奈萌が起き上がり腰に手を当て、香澄を上から見下ろし、言った。 「作戦勝ちね、あなたの飲んだ日本酒には少しずつウオッカを混ぜていたのよ」 「うわ、卑怯」 美奈萌は急いで香澄を払いのけると、あたしの両肩を掴み言った。 「まひる、あなた大丈夫、何もされなかった?」 とりあえずこくこくうなずいたけれど、ブラウスのボタンが外されているのに美奈萌が気づく。 「なによ、私だって負けないんだから!」 そういうなり、美奈萌はジーンズのベルトをカチャカチャと外し始めた。あたし、まさか 襲われちゃう? 「あの、みなちゃん一体何を…まさか」 「みなちゃん言うな。 前にまひる言ってたでしょ、男と女の違いを見たいって。だから私が、 今から、ここで」 「あわあわ」 「―――初めてじゃなきゃやなの!まひるの初めては何でも私なの!告白だって、裸を見せる のだって、その先だって!」 「いや、あの、それにしてもここではまずいのでは、わぁ、ファスナーに手をかけてる」 あせりのあまり、あたしは背後でゆらりと人影が動いたのに気がつかなかった。 「それじゃぁ、あたしはぁ、先輩のぉ」 あれ、小鈴ちゃん起きたの、と振り返った瞬間。 「ファーストキスもらっちゃおー」 小鈴ちゃんに跳びかかられ、押し倒され、なおかつ、 「え、あ、んぐ」 唇を奪われる。 ふっくらとした柔らかさと、くらっと来る甘いお酒の香り。『ふふふ、ファーストキスは私 だもんね』そう香澄が寝言を言ったような気がしたけど、気のせい?目が妖しく光る小鈴 ちゃん。酔ってるだけ――だよね? 「そぉいえばぁ、あたしもぉカクテルの作り方思い出しましたぁ」 小鈴ちゃんの意外にしっかりしたホールドにあたしは動けない。 「先輩がぁジンを口に含んでぇあたしがベルモットを口にしてぇ二人でキスして混ぜ合わ せてマティーニ作るんです、うふ」 「つ、通だね」 あたしは訳のわからない感想を述べる。 「マティーニ飲みます?あ、そうだ」 体重でしっかりあたしを押さえつつ、小鈴ちゃんの左手はあたしのスカートにのびる。 「こ、今度は何?」 「確認です」 急にまじめな声で小鈴ちゃんが言い切る。あたしのを真摯な瞳で見つめている。 「まひる先輩、時々聞きますよね『小鈴ちゃんはあたしの事どっちだって思ってる?』って、 わたしはどっちだっていいんです、まひる先輩であれば」 「ん、うん」 「それだったら、私だって知りたいです。先輩はどっちの目でわたしを見てるのかを。 でも、教えてくれないんでしょ、まひる先輩は」 「小鈴ちゃん」 と、真剣な目がニマっとゆるみ再び妖しく光りだす。 「だからぁ今日はとりあえずワタシが外から確認しまぁす」 わぁ、やっぱりただの酔っ払いだぁ。誰か、あ、美奈萌たすけて… 「そうよね。人のを見たいんならまずは自分からよね」 ―――え? 「手伝うわ、小鈴ちゃん」 何ですとぉ! 「小鈴ちゃんと二人でというのもなんだけど、香澄はもう見てる訳だし、これでおあいこ」 二人はうんうんとうなずき合ってるけど、 「あたし的には全然おあいこじゃなーい」 「いいんですぅ今日はまひる先輩が主役なんですからぁ」 これじゃ、主役じゃなくて生贄だよ。 「う……ん何の騒ぎ」 香澄が起き上がり、皆の様子を見て声をあげる。 「わあ、まひる、あんた又、剥かれる気か」 「自発的に剥かれてるんじゃないやい」 「ふむ二人とも確認してみたいと」 「そ、そうみたい」 「そうか、でも、私もそんなにはっきり見たわけじゃないのよね」 怪しい雲行き――― 「せっかくの宴だし、ここはひとつ、これをメインイベントにしましょう」 「するなぁ!指をわきわきさせるなぁ!」 「おお、そういうことならおぢさんもお手伝いしよう」 わ、すける、いつの間に。 「誰が手伝わせるか!」 ブン。またもや辞書を振り下ろす香澄。今度は華麗によける透。 「ふっ、あまいな」 「く、やはり広○苑は重さがありすぎたか」 いつしかメインイベントは二人のバトルとなり、うやむやのうちにあたしの危機は免れたのだった。 「ふぅ酒はさめていたが、縛りがきつい上に的確で、なかなか縄抜け出来なかった。もしや香澄は、 忍びの出か?」 そんな透のぼやきは無視して香澄は訊く。 「じゃあ、どこから話を聞いてたのよ」 「香澄が迫ってったあたりから」 一同がどよめく。明るく答える透。 「いやぁ皆気にしないで、俺、まひるじゃなきゃ反応しないから」 「「「それはそれで失礼だ!!!」」」 の、三重唱の後、 ゴイン、新○解 ゴイン、ジー○アス ゴイン、広○苑 の連打……今度こそ死んだな。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 「じゃ、月曜日に。貸したノート、忘れないように」 「まひる。ティーラウンジのネタ、ちゃんと考えておきなさいよ」 「さよなら、先輩、えと、月曜日に又、会えますね」 駅の近所までお見送り。 ずるずる、引きずられる透。今日の寝床はどうやら公園になるらしい。 3人とも残りのジュースを飲み切り、シャワーを浴びたら回復したようで、元気に帰っていった。 『女って怖い』とちらっと思ったあたしはやっぱり男なんだろうか。――深く考えるのは止めよ。 二日酔いの薬とスポーツドリンクを買い、部屋に戻ると、…ひなた。 「何、この惨状。退院祝いをもってきてみれば」 「い…一応、ざっと片付けたんだけど」 「何か空気がよどんでる…でも、このシロップみたいのはおいしいかも」 一寸待って、この部屋にノンアルコールのものってもう無いはず。 「ひなた、それ駄目!」 ゆっくり振り返る、ひなた。 何だかうつろで、でも楽しそうで、とってもデ・ジャ・ビュな目付き。 「ふふふ、まひるぅ」 「わ―――」 宴はまだ終わらない―――のかな? お わ り
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