君のためにできること(4) 

「パパサマ、ママサマ、ごめんなさいです」  ジャン・プウは大佛家に飛び込むなり、徹とかおるに向かって言う。 「な、何やのん、ジャン・プウちゃ……」  母の怒りを恐れる子のように、ジャン・プウは手を後ろに組んで、顔を下に向けたまま 続ける。 「オネニーサマはオニーサマに戻りました……ごめんなさい」 「つまり、はずむは男に戻ったっていう事なのかな?」  徹の推測に無言のまま顔を真っ赤にさせ、ぶんぶんと何度も首を縦に振る。     徹が腰を屈めるとジャン・プウと目を合わせ、優しい声で訊く。 「何で謝るのかな」  ジャン・プウは両手の拳を胸元まで上げ、二人の方を向くと勢いよく言う。 「だってパパサマもママサマも娘が出来て嬉しいっていつも言ってたです!」  それから再び顔を俯かせ、シュンとなった。  彼女の様子に徹とかおるは顔を見合わせて笑う。 「ええんよ」  俯く彼女をかおるは上から優しく抱きしめた。 「うちにはもうこないに可愛らしい娘がおるよ」 「ママサマ」  ジャン・プウは嬉しそうに目を細める。  徹がつい独り言を漏らす。 「写真、もっと撮っておけばよかったかな」 「……やっぱり、ごめんなさいです」 「あんたっ!」  鈍い音と共に頭を押さえてうずくまる徹の姿があった。     月並子はぼんやりと窓の外を眺めていた。鹿縞山が見える。  夕闇の時も過ぎ、外は只の闇にと変貌を遂げていた。  目の前、窓の外を人影がよぎる。  並子の部屋は一階ではないと言うのに。  常識ではありえないはずの風景に並子は悩む事もなく窓を開ける。  「宇宙センセー!」  宇宙仁は何か合図を送ろうと上げかけた手を下げる。 「こんばんは」  いつもはすかさず側によるはずの並子だが、今日は俯き、つらそうな様子を見せる。 「鹿縞山が光っているのを見てましたわ。今夜でしたの……黙って行ってくださいと お願いしましたのに。辛くなるだけの――」 「事情が変わったのだ」 「え?」  眼鏡の位置を人差し指で整えながら仁は言う。 「大佛はずむを女性体から本来の身体である男性体へ戻した。その事が異星人に対する 過干渉と判断された。厳重な注意、ならびに処罰的な意味合いで地球で更なる調査活動 を続けよとのお達しを受けた」 「この地球に――?」  仁は頷く。 「元・少年が再び少年に戻ったのも神泉やす菜が世界を取り戻したのも一応、科学的な  説明は出来る。それでもこうも成功するとは。これではまるで……」  仁の言葉の後に続けて、並子が自分の両手の指を胸元で組み合わせ、うっとりと言う。 「『奇跡』みたいですわ」 「あまりにも周囲でそんな事が起きすぎたせいか、しわ寄せがこちらに来たようだ、所謂 これは体のいい島流し」 「いいえ」  首を横に振った後、胸を張って並子が答える。 「これも愛の奇跡というものですわ、私が起こしましたの」  ドラマティックに決めたはずの並子の言葉に気にかける様子も無く、仁は続ける。 「何にしても、これでまたしばらくは教師としてこの星にいることになった、あらため て、よろしく」  並子は感極まり、ベランダから身を乗り出し、叫ぶ。 「こちらこそ、宇宙センセ! …………あーっ!!」  仁がベランダの外から会話できたのは、彼の着衣に飛行能力があったからだが、当然、 彼女の服にはそのようなオプションはついていなかった。  先ほども述べたとおり、少なくとも彼女の住まいは1階ではないのだが。 「明日からまたご一緒できますわん!」  月並子は何度目かの奇跡を、いや、お約束を仁の目の前で見せてくれた。 「どれほどの愛の大きさを見せてくれるのかね」  仁はそう言って、わずかに微笑んだように見えた。あるいはそれは月の光の加減で そう見えただけだったかもしれないが。  新学期の朝。迎えに来ていたのはとまりとやす菜だった。後の二人は気を利かせた のかもしれない。  気が利かないのはマスコミだ。 「はずむさん。二つの性を経験した事についてコメントを!」 「女の子たちはお友達ですか? それとも!?」  やす菜ととまりのお迎えにはずむが外に出た途端、沢山のマイクがカメラがどこか らか涌き出した。  「またかよっ!」  とまりは呆れ声をあげる。 「二番煎じとはいえ、充分大ニュースだもんね」  他人事のようなはずむ。  それから何か決心したように一つ大きく頷くと言った。  「こうなったら、走ろう」  戸惑う二人の手をはずむがしっかりと握る。 「マジか」 「え……は、はずむ君」 「よし、行くよ!」 「校門くぐっちゃえばもう来れないよね」  学校にたどり着き、門に飛び込んだら、流石にマスコミには不可侵な領域だ。  三人ともその場にへたり込む。 「……このダッシュ、どれくらい……続ける事になるのかしら」  半分ぼやきの入ったやす菜にとまりが笑顔で力強く言う。  「大丈夫だろ、マスコミなんてすぐ飽きるさ」 「現・少年、朝からお疲れのようだな」  はずむが顔を上げると、涼しい顔の宇宙仁が白衣のポケットに手を突っ込んだまま 彼を見下ろしていた。傍らではジャンプウがふわふわ浮きながら笑っている。  何かしらの特殊な方法で取材の手を逃れたのだろう。 「宇宙人さん」  息をつきながらも、はずむは二人をつなぐ手を離していなかった。  そうしてその両手を仁に掲げてみせながら言った。 「研究対象にはならないかもしれないけど。これが今の僕の精一杯の好きの形だよ」  その言葉に合わせて、とまりとやす菜も迷い無い澄んだ笑顔を見せる。 「心配ない。調査の時間は十二分にある」  しれっとした顔で宇宙仁が返した。

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