食事を終えた俺達は、リビングでくつろぐ……かと思いきや、何故か俺の部屋へとやってきていた。
 マリィも沙夜も、なにやらひそひそ話し合って、時折こちらの様子を伺っている。
 そんな二人を見ながら、俺の隣に座っているかりんは、まるで両親を目の前にしているかのごとく、カチンコチンに硬くなっている。
「なぁ……二人で何内緒話なんかしてるんだ?」
「……気になる?」
 マリィがニッと不敵な笑みを浮かべた。
「当然だ。今度は一体何を企んでるんだ?」
「企んでるなんて酷いよぉ。あたしとマリィさんで、ちょっと相談をしてただけなんだから」
「だから、相談って何だよ?」
「もっちろん!これから何して遊ぶかってこと」
「はぁ?」
「というわけで、王様ゲームやろうよ!」
 マリィはあらかじめ用意しておいたと思われる紙切れを4枚、取り出し右手に握った。
「王様ゲームだぁ?」
「功司君知らないの?王様ゲームって言うのは王様って書かれた紙を引き当てた人が他の人に命令をするっていう……」
「そうじゃなくって、なんで王様ゲームなんだ?」
「だって……ねぇ……」
「うん……」
 マリィと沙夜はお互い顔を見合わせると、くすっと笑った。
 こいつら……絶対何か企んでやがるな。
 だとしたら、ここはやめておいたほうが無難かも……
「あっ、断っておくけど、これは強制参加だからね。もし断れば、一生この家に住みついちゃんだから」
 マリィはにこやかに微笑みながら、釘をさした。
 どうやらこちらがとろうとしていた行動は既にお見通しだったらしい。
「わかったよ」
 俺はしぶしぶ、その申し出を承諾した。
「それじゃ、早速はじめましょ」
 マリィは右手を前に突き出す。
「……………………」
 どれがいいかなぁ……
 なんだか一番右端のやつが微妙に短いような気がするが……うーむ……よしっ!自分の勘を信じて右端のやつでいってみよう!
「俺はこれだ!」
「じゃあ、私はこれを」
「あたしは……これがいいかなぁ?」
 俺に続いて、かりんと沙夜もマリィの握っていた紙を取る。
 さてさて……当たりを引き当てられたかな……
 俺はその折たたまれた紙をゆっくり開いた。
 しかし残念ながら、そこには俺の望む言葉ではなく、3という数字が書かれていた。
 後は王様になったやつが俺を指名しないことを祈るだけだな。
 よくよく見ると、かりんと沙夜も残念そうな顔をしている。
 ということは……
「やったー!あたしが王様だね♪」
 マリィが残った紙を開いて、喜色満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、王様のあたしが、早速命令するね♪」
 マリィは腕組みをしながらフフンと不敵な笑みを浮かべる。
 どうか、3番という数字が出てきませんように……
「えーっと、功司君がかりんにキスをする!」
「……………………」
「……………………」
 マリィのとんでもない言葉に、一瞬場が沈黙に包まれた。
 俺とかりんは互いに視線を合わせると、すぐさまそらしてしまった。
「どーしたのよ?早くやりなさいよ」
 マリィはニヤニヤしながら言った。
「バ、バカ言え!!何でいきなり個人指名なんだ!?」
「別にいいじゃない。番号で呼ぼうが名前で呼ぼうが、同じことよ」
「全然同じじゃないっ!!大体、なんだそりゃ!?」
「なんだそりゃって……キスしろっていったんだけど?減るもんじゃないし、気にしない気にしない♪」
「気にするわい!!」
「だったら、功司君があたしにキスする……これで文句ない?」
「うっ……」
 俺はマリィの返答に言葉を詰まらせた。
 どーやら、本気でマリィは俺に誰かと接吻をさせたいらしい。
 だったら……
「わかったよ。かりんとすればいいんだろ?すれば?」
「そうそう、すればいいのよ。すれば。嬉しいくせに、素直じゃないんだから」
「功司君、がんばってね」
「……………………」
 マリィと沙夜から変な声援を受けながら、俺はかりんをみつめた。
「……というわけだ、かりん」
「え、えっと……あの、その……」
「かりんは俺とキスするの、イヤ?」
「そ、そんなことありません!そんなこと……!!」
「だったら……いいよね?」
「……はい」
 かりんは静かにうなずくと、そっと瞳を閉じた。
「……………………」
 俺はかりんを優しく抱きしめると、唇を重ね合わせた。
 ほんのり暖かく、とても柔らかい。
 数秒間、俺達はずっとそのままの姿勢で口付けを交し合うと、互いに離れた。
「……ほら、これでいいだろ?」
 恥ずかしさをなるべく隠しながら、俺はマリィに言った。
「ダメよ」
 しかし、マリィから返ってきた言葉はとてつもなく非常なものであった。
「舌を入れてないじゃない。やり直し」
「し、舌を入れろだぁ〜!?」
「何素っ頓狂な声上げてるのよ?いつもやってることじゃない。ねぇ?」
「う、うん……」
 マリィの言葉に沙夜は恥ずかしそうにコクリと頷く。
 パラレルワールドの俺って、一体どんな生活送ってるんだ!?
 まぁ……とりあえず、深く考えるのはよそう。
 考えようによっては……っていうか、ものすごくラッキーだしな。これって。
「……わかったよ」
 俺は再度かりんを強く抱きしめた。
「……いいよな、かりん?」
「……………………」
 かりんは黙ったまま瞳を閉じた。
 俺はかりんに口付けをすると、そのまま舌を口の中へと滑り込ませる。
「んっ……」
 かりんは小さくため息をもらし、一生懸命になって自らの舌を絡ませてくる。
 マリィと沙夜がみていたが、羞恥心なんてものは既に消えうせていた。
 チュパチュパと淫靡な音を立てながら、俺達の行為は数分間続いた。
 やがて俺とかりんが互いの口を離すと、舌に絡み合った唾液がたらんと床へ垂れ落ちていった。
 かりんは頬を赤く染め、瞳をトロンとさせながら、少し潤ませている。
「うんうん、なかなか激しいキスだったねぇ」
「功司君のエッチ」
 マリィと沙夜はニヤニヤ笑いながら俺たちを冷やかす。
 エッチ……って……まぁ、いっか。
 今反論したところで、説得力がゼロだし。
「それじゃあ、次いってみよっか」
 マリィは紙を回収すると、折りたたんでわからないように混ぜ合わせて再び右手に握った。
 くそぅ……あんな嬉しいことさせやがって……
 次こそは俺が王様を引き当ててくれる。
「俺はこれだ!!」
 俺は左端に握っていた紙を取った。
「あ、あの……私はこれを……」
「じゃあ、あたしはこれ」
 かりんとマリィもそれぞれ紙を引く。
「みんなオッケー?それじゃあ、開くわよ」
 マリィはそう言って、紙を広げた。
 王様!王様!!王様!!!
 俺は心に念じながら紙を広げた。
 しかし、そこに書かれていた文字は、無情にも『1』という数字であった。
 またハズレかよ……
「やったぁ〜。あたしが王様だよぉ〜」
 落胆のため息をつく俺の向かいで、沙夜がうれしそうに紙を掲げる。
 まぁ……沙夜だったらマリィのような無茶苦茶なことは言わないだろうから、少し安心か……
 沙夜……間違っても『1番の人』なんて言うんじゃないぞ……
「えっとねぇ……それじゃあ……」
 沙夜は少し考え込むような仕草を見せたが、パァっと笑顔を浮かべた。
「神瞳さんがぁ、功司君に膝枕をしてぇ、耳掃除をする」
「ええっ!?」
「ま、待て待てい!!」
 当然のごとく、俺とかりんは反論の声を上げた。
 まさか沙夜まで個人指名でくるとは……
「どうしたの功司君?」
「『どうしたの?』じゃない!なんでそんなことばっか言うんだ?」
「功司君は神瞳さんの膝枕嫌いなんだ?だったらあたしが……」
「そ、そうじゃなくって!!」
 俺は弁解しながらかりんを見た。
 かりんは俺と視線が合うと、すぐさま伏せてしまった。
「え、えっと……つまりだな、ほら、かりんも迷惑だろ?そんなこと俺にされるなんて」
「そんなことないと思うよぉ?功司君、恥ずかしいんだ」
「ホントは嬉しいくせに。照れちゃってかわいい〜」
 マリィが茶々を入れてくる。
「だから、そうじゃなくって……」
「あ、あの……わかりました。私……やらさせていただきます」
 かりんが消え入りそうな声を発しながら静かにうなづいた。
「はい、じゃあこれ神瞳さんに」
 沙夜はどこに隠し持っていたのか、耳かきを持ち出しかりんに手渡す。
「ほら、功司君」
 そして俺に向かって催促をした。
「わ、わかったよ」
 俺は高鳴る心臓の鼓動をなるべく抑えながら、正座しているかりんの膝へと頭を乗せる。
 かりんの膝はとても柔らかく、しなやかで弾力があり、暖かかった。
 なんだかすっごくドキドキするぞ……
「そ、それじゃあ、牧村さん。じっとしててくださいね」
「あ、ああっ……」
 かりんは顔を真っ赤にしながら俺の耳の中へ耳かきを入れ、掃除を始めた。
 ここで少しでも動いたりしたら鼓膜が破れて中耳炎になる、なんてことになりかねないからおとなしくしてるしかない。
 でも気持ちいいなぁ……
 なんだか眠ってしまいそうになるほど、かりんの膝の上は気持ちがよかった。
「はい、終わりました」
「……………………」
「あの……牧村さん……?」
「……ん?」
「もう……終わったんですけど……」
「えっ?」
 なかなか起きてくれないことに、かりんは困惑の表情を浮かべている。
 俺としてはもう少しこのままでいたいんだが……
 それよりも、こんなおいしいことをさせやがった沙夜やマリィに復讐しなければ。
「ありがと、かりん。とっても気持ちよかったよ」
 俺はむくりと起き上がると、かりんにお礼を言った。
「い、いえ……そんな……」
 かりんは恥ずかしそうに視線を伏せる。
「それじゃあ、次行くわよー!!」
 マリィは紙を回収すると折りたたんで、三度右手に握った。
 今度こそ……絶対に王様を引き当ててやる!!
「これだ!!」
 俺は再び、左端に握られていた紙を取った。
「わ、私はこれで……」
「あたしはこれね〜」
 かりんと沙夜も紙を取る。
 たかがゲームとわかっていても、あんなことが許されるならこっちも本気でやらないと。
 今度こそ頼むぞ……
 俺は心に念じながら紙をゆっくりゆっくり広げた。
 すると、紙の中央にかわいらしい丸文字で『王様』と書かれていた。
「うっしゃー!!」
 俺は思わず、その場でガッツポーズをしてしまった。
 さーて、マリィと沙夜にどんなことさせてやろっかなぁ……むふふふふ。
「あ、ゴメーン。そろそろ帰らなくっちゃ」
 突然、マリィがすくっと立ち上がった。
「あ、あたしもぉ」
 沙夜も連れられるように立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待て!!なんだそりゃ!?」
 たまらず俺は、反論の声を上げた。
 大体、俺が王様になった瞬間帰るって、どーゆーことだ!?
「だって仕方ないじゃない。黙ってきちゃったから、そろそろ功司君が心配してるころだもん」
「あたしも、そろそろ帰ってお夕飯の支度しないと……功司君お腹すかしてるころだろうし……」
「はぁ?」
「というわけで、また遊びに来るね」
「それじゃあね、功司君。神瞳さん」
 マリィと沙夜はそのまま部屋を出て行ってしまった。
「お、おいちょっと待て!!」
 あわてて俺は二人の後を追ったが、まるで幽霊だったかのように、既に二人の姿は消えていた。
「何だよそりゃ……」
 俺は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


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