雪――
小さいもの。
白いもの。
繊細なもの。
冷たいもの。
幻想的なもの。
そして、儚いもの――
毎年この季節になると決まってこの地には雪が降るが、今年はそれが特に酷く、毎日毎日大雪に見舞われていた。
おかげで幻想的な光景を目の当たりにしながら雪まみれになって登下校を繰り返す日々が続き、有り難迷惑な生活を送るハメになっている。
ひょっとしてこれは現実ではないんじゃ……
俺は再びあの世界に戻って来てしまったのでは……
時々ふとそう思うことがある。そして決まって、隣を歩いている少女に問いかけた。
「なぁ……ここって現実の世界だよな?」、と。
すると少女は優しく微笑みながら俺の手をギュッと握り締めて答えてくれた。
「はい。ちゃんとここは、現実の世界ですよ」、と。
少女の手はとても暖かく、まるで癒されていくような気分になり、ここが現実の世界だと実感する。
「かりん……」
そして俺は、決まってその手を強く握り返し、決して離さないようにしていた。
それはこの日も例外ではなく、俺とかりんは手を繋ぎ、降り積もる新雪を踏みしめながらながら、雪道を歩いて家路へとついていた。
空を見上げると、厚く覆われた灰色の雲から、雪が止むことなく降り続いている。
「かりん、寒くないか?」
「はい。大丈夫です」
俺の質問に、かりんはニッコリと微笑んだ。そして逆に質問をふってくる。
「牧村さんこそ、寒くないんですか?」
「寒くないぞ」
俺はすかさず即答した。
「かりんの手が温かいからな」
「牧村さん……」
かりんは頬を赤らめる。
「牧村さんの手も……温かいです……」
そして、そっと身を寄せてくる。
俺は最高に幸せだった。
それはかりんにしても同じ想いだろう。
やがて俺達は、いつものように家へと帰って来た。
「ふぅ……無事、今日も我が家に辿りついたな」
「クスッ……牧村さんってば、大袈裟ですよ」
「そっかな?まぁ、大袈裟でもいいじゃないか」
俺は鍵を取りだし、鍵穴へと差しこもうとした。
「……あれ?」
ふと、違和感を感じて動作を止める。
「牧村さん、どうかなさったんですか?」
「……開いてる」
「えっ?」
「だから、鍵がかかってない」
「……………………」
かりんは俺の言葉を聞いて、不安げな眼差しを浮かべる。
「なぁ、かりん……出る時、ちゃんと鍵かけてきたよな?」
「はい。間違いなく、かけました」
「……ってことは……泥棒?」
「ピッキングですか?確かにご近所でも被害に遭われてるお宅が数軒あるようですから……」
「……………………」
俺は無言のまま玄関のドアノブに手をかける。
「心配するな。かりん、絶対にお前を守ってやるからな」
「牧村さん……」
「それじゃ……行くぞ」
俺は用心しながら戸を開けた。
「あっ、お帰りなさ〜い」
途端に台所から出てきた少女と視線がバッチリあってしまった。
「えっ!?」
俺はその少女の姿を見て、言葉を失った。
それはかりんも同じようで、まるで夢でも見ているといわんばかりに目を丸くしている。
そのエプロンを纏ったツインテールの少女は、俺達のよく知る人物ではあったが、同時に、ここに存在するはずのない少女でもあった。
「どうしたの二人とも?ポカーンとしちゃって」
対照的に少女は、のほほんとした口調でしゃべる。
「どうしたのって……」
「あっ!?帰ってきたんだ?遅かったじゃない」
俺が素直な疑問をぶつけようとすると、居間からひょっこりと別の少女が顔を覗かせる。
「いっ!?」
俺は再び言葉を失った。
長い髪を白いリボンでツインテールにまとめ、口にはせんべいをくわえている。
これまたよく見知った人物ではあったが、台所から出てきた少女と同様、この世界には存在しないはずの少女であった。
「どうしたのよ?そんなオバケでも見てるような顔しちゃって」
少女はせんべいをかじりながら話す。
「なぁ……かりん。俺は夢でも見てるのかな……?」
この状況が理解できず、俺はかりんに助けを求めた。
「どうなんでしょう……夢じゃないと思いますけど……」
しかしかりんも混乱しているのか、首を捻るばかりだ。
「どうしたの?功司君も神瞳さんも、なんだか変だよぉ」
「ひょっとして、勝手に鍵を開けて上がりこんだことを怒ってるとか?」
少女達はニコニコと笑っている。
俺はようやく極当たり前な質問を口にした。
「なんでここにいるんだ?……沙夜もマリィも……」
それ以上言葉が続かない。
二人とも俺が創り出した夢の住人であるから、この現実界には存在しない人物のはずなのだ。
かりんのように召還した覚えもない。
だから、一体何故ここに?と、俺が疑問を抱くのも当然だろ?
「えっ?」
「なんで……って……」
しかし沙夜とマリィは顔を見合わせると、クスクスと笑いだした。
その行動は、俺の思考回路をますます混乱させた。