『ミルキー』を出ると、既に夕焼け雲が大空に浮かんでいた。
茜色の空に浮かんだ夕陽が、夕暮れ時の街を色鮮やかに照らしだす。
「ちょっと歩かない?」
俺がそう申し出ると、百合先輩は小さく頷いた。
俺達は何をするでもなく、駅前の商店街をぶらぶらと散策し始めた。
買い物袋を両手に、足早に家路へと向かう買い物帰りの主婦。
集団で飲食店の中へと消えていくサラリーマン。
楽しく談笑しながらクレーンゲームを楽しむカップル。
商店街の通りも、俺達が来たときとは、明らかに様子を変えていた。
目に付く光景も、見慣れてるはずなのに、どこか新鮮なものを感じる。
「あの……真人さん。今日はありがとうございました」
百合先輩が聞き取るのがやっとというくらいの小さな声で言った。
「いいよ。そんなこと気にしなくっても」
俺も当然と言った感じで言葉を返す。
百合先輩は何かをためらっていたようであったが、しばらくして、うつむいた表情のまま質問をしてきた。
「あの……ひとつ、お聞きしてもよろしいですか?」
「なんだい?」
「どうして……どうして、私なんですか?」
「えっ?」
「どうして……私を誘ってくださったのかな……って……」
「だから言っただろ?百合先輩にはいつもお世話になってるから、そのお返しだって。これじゃあ不満かい?」
「いえ……そういうわけでは……」
百合先輩は申し訳なさそうに否定する。しかしその表情は、どこか不満があるものだった。
「そうだなぁ……」
俺は立ち止まって夕焼け空を見上げながら、独り言のように呟いた。
「しいて言えば、百合先輩の笑顔が見たかったから……かな?」
「えっ?」
百合先輩は驚きの声をあげた。
「百合先輩ってさ、とっても笑顔がかわいいから。だから百合先輩の笑顔が見たいなぁ、って思って」
「……………………」
「今日の百合先輩、とってもかわいかったよ」
「そ、そんな……カワイイだなんて……」
「やっぱほら、好きな女の子にはずっと笑顔でいてほしいから」
「えっ……それって……」
俺は視線を夕焼け空から百合先輩に移すと、はっきりとした口調で言った。
「好きだよ、百合先輩」
「!!」
百合先輩は目を見開くと、瞳を潤ませた。
夕陽の光を浴びた百合先輩の顔が赤く染まる。
「真人さん……」
そして上目遣いで俺を見た。
「私……なんかでいいんですか?」
「どうして?」
「だって……真人さんには霧里さんが……」
「梢はただの幼馴染」
「でも……いつも一緒にいらっしゃいますし……」
「それは、あいつが俺の後をくっついてくるだけ。梢は仲がいい幼馴染ってだけで、恋人でもなんでもないよ」
「…………」
「俺は、百合先輩じゃなくちゃダメなんだ」
「…………」
「こんな気持ちになったのは、正直初めてなんだ。百合先輩と一緒にいると、とっても楽しくって、いつも励ましてくれて。ほら、覚えてるかい?一緒に見上げた夕焼け空のこと。あの時から百合先輩のこと意識し始めるようになったんだけど、その時はまだ百合先輩のことが好きだっていう事が理解できなかった。いや、本当はわかっていたけど、それを受け入れなかっただけかもしれない。でも、今日百合先輩の笑顔を見てはっきりとわかったんだ。俺は百合先輩のことが好きなんだって」
「真人さん……」
「好きだ、百合先輩。俺と付き合ってほしい」
「真人さん……私……私っ!!」
突然、百合先輩は俺の胸の中へと飛び込んでくると、嗚咽を漏らし始めた。
俺はそんな百合先輩の頭を優しくなでてやる。
まるでたまっていたもやもやが吹き飛んでいくようであった。
百合先輩は嬉しそうにゆっくりと呟いた。
「私も……私も真人さんのことが好き……誰よりもあなたのことが……」
「そっか……ありがとう」
「また……誘ってくれますか?」
「当たり前だろ?百合先輩は俺の恋人なんだから」
「真人さん……」
「だから、これからも俺の前で微笑んでくれるかい?」
「はい……私……真人さんの前で笑顔でいられるように……貴方だけの微笑を作れるように……頑張ります。だから……」
「頑張らなくってもいいよ」
俺は百合先輩を優しく抱きしめた。
「無理しないで、そのままの百合先輩でいてくれればいいから」
「……はい……」
百合先輩は恥ずかしそうに答えると、静かに目を閉じた。
「百合先輩……」
俺も、そっと唇を重ね合わせる。
初めてのキス。
百合先輩の唇は、とても柔らかく、暖かくて、触れていて気持ちのいいものだった。
しばらくの間、無言の時間が続く。
やがてキスが終わると、百合先輩はそっと瞳を開けた。
「あの……真人さん」
「なんだい?」
「今日……真人さんのお宅にお邪魔しても、よろしいですか?」
百合先輩は恥ずかしそうに呟く。
その言葉が何を意味するのかは、俺にも十分すぎるくらいすぐ理解できた。
「百合先輩だったら、大歓迎だよ」
俺はそっと百合先輩を抱きしめる。
「よかった……」
百合先輩は嬉しそうに呟いた。