アクセサリーショップを出た俺達は、その足で喫茶『ミルキー』に向かった。
 実は、喫茶店の候補は二つあった。
 本音を言うとこっちではなく『フォルテシモ』の方がよかった。
 しかしあの喫茶店は、どちらかと言うと紳士淑女向けの喫茶店と言う感じで、にぎやかに語り合う、と言った雰囲気には程遠い。
 物静かな雰囲気が好きであればそれでもかまわないのだが、あの店は地味なので、果たして百合先輩が喜んでくれるかどうか疑わしい。
 その点『ミルキー』なら女の子向けの作りをしてるし、なにより以前梢と行った時も梢が大喜びしてたから、まず大丈夫だろう。
「さあ、百合先輩。入ろっか」
「は、はい」
 百合先輩はぎこちなく頷く。
 俺達は喫茶店の中に入った。
 すぐさまヒラヒラのついた制服を着たウェイトレスがやってきて、俺達を空いてる席に案内する。
「ご注文がお決まりのころ、お伺いいたします」
 そしてウェイトレスは、メニューを俺達に渡すとそのままさがっていく。
「あの……真人さん、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
 タイミングを計っていたかのように、百合先輩が口を開いた。
「なんだい?」
「このようなお店……よく、いらっしゃるんですか?」
「ははは。まさか。前に一回、間違って入ったことがあるだけだよ」
 俺は笑いながら、百合先輩の素朴な疑問に答える。
「そうなんですか?」
 その答えを聞いた百合先輩の表情は、どこかホッとしたものだった。
 そして百合先輩は、物珍しそうに店内を見回す。
 清楚なイメージの店内に、ゴージャスなシャンデリア。
 あちらこちらからにぎやかで楽しそうな話し声が聞こえてくる。
 女友達同士で来ている女子高生やカップルといった客層は相変わらずのようだ。
 中には俺達と同じように、制服姿のやつらもいる。
「とってもおしゃれなお店ですね」
「百合先輩はこーゆー店に来るの、初めて?」
「はい。ファーストフードのお店には時々行くんですけど……このようなお店は初めてです。ウエイトレスさんの制服もカワイイですし」
「百合先輩に気に入ってもらえてよかったよ。一度、百合先輩と一緒に来てみたいなって、ずっと思ってたから」
「えっ……」
「あの制服、百合先輩が着たらとっても似合うだろうなぁ、なんて思ってみたりして」
「も、もう、真人さん!!」
 百合先輩は恥ずかしそうに顔をうつむかせる。
 その姿がなんともかわいらしい。
「ところで、百合先輩は何食べたいか決まった?」
 俺はメニューを閉じると、百合先輩に尋ねた。
「えっ?えっと、ですね……」
 慌てて百合先輩は顔を上げると、メニューに視線を落とす。
 しかし、豊富なメニューのためになかなか決まらないらしく、ページをめくっては戻したりしていた。
「たくさんあるんですね……どれがいいかなぁ……」
「ビックリジャンボパフェなんかどう?」
 俺が提案すると、百合先輩は不思議そうな表情を浮かべた。
「ビックリジャンボパフェ、ですか?」
「そっ。俺はこれを注文しようかなぁ、って思ってたんだけど」
「それじゃあ、私も同じものをお願いします」
「わかった」
 百合先輩の言葉を聞いて俺は軽く頷く。
「ご注文、お決まりでしょうか?」
 タイミングよく、ウェイトレスが注文をとりにきた。
「ビックリジャンボパフェね」
「ビックリジャンボパフェ、おひとつですね?かしこまりました」
 オーダーを受けたウエイトレスは、そのままメニューを持って下がっていく。
「あ、あの……真人さん?ひとつしか頼まないんですか?」
「まあ、大丈夫だって。心配しなくっても」
「そうなんですか?」
 百合先輩は不思議そうな表情を作る。
 どうやらビックリジャンボパフェがどういうものであるのか、まったく知らないようだ。
 梢でさえ知ってたことなのに……まぁ、人それぞれだからな。
 となると……百合先輩、驚くだろうな。
 よく見ると、百合先輩はどこかそわそわしていて、落ち着かないようであった。
「落ち着かないのかい?」
「えっ?」
 突然の質問に百合先輩は少し戸惑っていたようであったが、コクンと頷いた。
「ええ……カップルが多いなぁ、って思って……」
「俺達も周りからみればそう見えるんだろうね、きっと」
「そ、そうなんですか……?」
 百合先輩は恥ずかしそうに顔を伏せる。
「だったらいいなぁ……」
「何か言った?」
「あっ、いえ、なんでもないです」
 百合先輩は顔を上げると笑いながらそう答えた。
 何かぼそぼそと呟いたようではあったが、俺には何を言ったのか、聞き取ることはできなかった。
 そして百合先輩は、俺に質問をしてきた。
「あの、真人さん。ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだい?」
「そ、その……真人さんって、お付き合いしている方はいないんですか?」
「いないけど、どうして?」
「い、いえ……なんとなく……」
「うーん……付き合ってる人はいないけど、好きな人はいる、かなぁ?」
「えっ……」
 百合先輩の表情が赤くなる。しかしすぐに、複雑なものになった。
「お待たせしましたー」
 タイミングよく、注文したビックリジャンボパフェが運ばれてきた。
「大きいですね……これ……」
 百合先輩は目を丸くしながら物珍しそうに眺める。
 ビックリジャンボパフェとは、その名の通りとてもでかいチョコレートパフェだ。
 特性のガラスの容器にアイスがぎっしりと詰め込まれ、生クリームが山のようにかけられ、さらにその上からチョコレートソースがなみなみとかけられている。
 オレンジやチェリーといったフルーツもふんだんに乗せられ、見るだけで食欲の失せるようなシロモノだ。
 まぁ、俺も初めてこれを目にしたときは百合先輩と同じような心境だったけどな。
 そして、まさかあんなことをするための食べ物だったとも知らずに注文したことを恥ずかしく思ったっけ……
 若気の至りってやつだな。
「はい、百合先輩のスプーン」
 俺は百合先輩にスプーンを渡した。
「えっ?」
 百合先輩はその意味がわからず、キョトンとした表情を浮かべる。
「これ、二人で食べるものだから」
「え……えええっ〜〜!?」
 俺の言葉に反応するかのように、百合先輩の顔が真っ赤になった。
「あ、あの、その……」
「さっ、食べよっか。百合先輩」
「え、えっと……私がご一緒に食べても……よろしいん……ですか……?」
「そのために注文したんだから」
「で、でも……」
「俺は百合先輩と一緒に食べたいなぁ〜」
「真人さん……はい!いただきます!」
 百合先輩は笑顔を浮かべると、嬉しそうにビックリジャンボパフェを食べ始めた。
 百合先輩、とっても喜んでくれてるな。
 俺もそれを確認すると、百合先輩と同じようにビックリジャンボパフェに手をつけた。


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