駅前の商店街は、学生の帰宅時間も重なって、それなりににぎわっていた。
 活気に満ち溢れていて、どことなく騒がしい。
 ここまで来れば大丈夫だと思うけど……
 念のために辺りを見回す。
 どうやら見知った顔はなさそうだ。
 とりあえずホッと一安心する。
 俺と百合先輩はそのまま歩いて、とある店の前にやってきた。
 確かここだよな……梢が話してた店は。
 俺は記憶の糸を手繰り寄せながら、以前小夜が言っていたことを思い出す。
 それは、何のたわいもない下校途中の会話の中で登場した単語だった。
 梢が言うには、ここは女の子に人気のアクセサリーショップだという。
 梢が何度も何度も俺を連れて行こうとしていたようだっが、別に興味のなかった俺は断固として拒否をした。
 それがまさか、百合先輩と一緒に来ることになろうとは……人の話はよく聞いておくもんだな。
 後で梢が知ったらどんなことを言われるかわかったもんじゃないから、黙っておくことにするけど。
「さっ、ついたよ百合先輩」
「えっ?このお店は……?」
「さっ、はいろっか」
「は、はい」
 俺は百合先輩の手を取って店の中に入る。
 店内には、カチューシャやファッションリング、ビーズアクセサリーなどの様々なアクセサリーが色鮮やかに陳列されていた。
 入った時間帯がよかったためか、客は俺達以外に誰もいない。
 あの喫茶店もそうだったが、こーゆー時じゃないと絶対にこないぞ、こんな店。
 あの喫茶店と言うのは、この後百合先輩を連れて行こうと考えてる喫茶店のことなんだが。
 一言で言えば、男一人では絶対入れないような恥ずかしいところだ。
「あの……真人さん。このようなお店によくいらしゃるんですか?」
「まさか。今日が初めて」
 不思議そうに質問する百合先輩に、俺は店の中を見回しながら答える。
「今日は百合先輩の誕生日だろ?」
「えっ?」
 百合先輩は驚いたように目を丸くした。
「私の誕生日、ご存知だったんですか?」
「当たり前だろ?いつもお世話になってるんだから、それくらい知っておかなくちゃ」
 ホントは昨日百合姫先輩に教えてもらうまで知らなかったんだけどな……と、俺は心の中で呟いたが、それを声に出すことはしなかった。
「だから、百合先輩に何かプレゼントしようと思って、連れてきたんだ。本当はあらかじめ買って用意しようかと思ったんだけど、どーしても百合先輩と一緒に来たかったから」
「真人さん……」
 百合先輩は頬を紅色に染める。どうやらこーゆー展開になるとは、まったく想像だにしていなかったようだ。
「さ、百合先輩。何でもいいから、ほしいものがあったら遠慮なく言ってくれ」
「ほ、ほしいものですか?」
 百合先輩は突然の申し出に戸惑った様子を見せたが、すぐに落ち着いた様子で、しかし恥ずかしそうな仕草を見せつつ、俺に言った。
「あ、あの……真人さんは、私にどんなものが似合うと思いますか?」
「えっ?」
「ま、真人さんがいいと思うものが……私のほしいもの……です……」
「百合先輩……」
 百合先輩はそのまま恥ずかしそうに黙ってしまう。
 まぁ、確かに百合先輩の言うことももっともだよな。
 俺が選ばなくちゃ百合先輩にプレゼントする意味がないし。
 ……百合先輩に似合いそうな、そして喜んでくれるアクセサリーはどれだろう?
 カチューシャ……ブローチ……ビーズアクセサリー……
 うーむ……どれも目移りしてしまうな。
 って悩んでもしょうがないか。
 百合先輩にプレゼントするものなんて、朝から決まってたことだし。
 百合先輩のかわいさを引き立たせるためには、もっとシンプルなもの……
 そう、リボンだ。
 占いでも今日のラッキーアイテムはリボンって言ってたしな。
 普段は占いなんか信じないんだが、百合先輩だったら絶対リボンが似合うはずだ。
 あそこにあるヘアーリボンなんか、特に良さそうだ。
 色は黄色で柄もなく、いたってシンプルなものだし。
 これなら……
「なぁ、百合先輩。このリボンなんかどうだ?」
「リボン、ですか?」
「うん。とっても百合先輩に似合うと思うよ。ね。ちょっとつけてみてよ」
「は、はいっ!!」
 百合先輩はリボンを受け取ると、鏡の前に行く。
 そして俺のほうを見た。
「あ、あの……真人さん。私がいいと言うまで、少しの間後ろを向いてていただけませんか?」
「えっ?別にかまわないけど……」
 俺は百合先輩に言われたとおり、後ろを向いた。
 恥ずかしがることないのに……まぁ、そのほうが楽しみも増えていいんだが。
「百合先輩、もういいかな?」
「ま、まだダメです」
 うーん……一体百合先輩のかわいさは、どれくらいアップしてるんだろう。
 気になるなぁ……
「百合先輩、まだ?」
「も、もう少し待っててください」
 もう少し、か……
 なんだかじらされてるような気もするけど……もう少しの我慢我慢……
「あ、あの……もう、こちらを向いても大丈夫です……」
 百合先輩は少し控えめな声で了承のサインを出した。
 一体百合先輩はどんな姿になってるんだろう……
 もし、俺の想像通りならば……
 俺は胸に期待を膨らませながら振り向いた。
「おっ!」
 そして息を呑んだ。
 そこには、左髪に水色のリボンをつけ、少しうつむいた状態の百合先輩が恥ずかしそうに立っていた。
 その姿は、俺の想像以上のものだった。
「あ、あの……似合いますか?」
 百合先輩は上目遣いに俺を見る。
「うん。よく似合ってるよ。とってもかわいくなったよ、百合先輩」
「本当ですか?よかった……」
 俺の言葉を聞いて、百合先輩は顔を上げてにこやかに微笑んだ。
 その笑顔を見て、俺の胸がドキドキと高鳴る。
 それは、俺が今までに見たことのないような、百合先輩の最高の笑顔だった。
 百合先輩……こーゆー笑顔もできるんだ……
「じゃあ、そのリボンを百合先輩にプレゼントするよ」
「真人さん、ありがとうございます!」
 百合先輩は嬉しそうに微笑む。
 よかった……
 俺は、またひとつ知らない百合先輩を知ったような気がして、そしてなにより百合先輩にプレゼントを喜んでもらえて、とても満足な気分になった。


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