キーンコーンカーンコーン
 6時限目の授業の終了を告げるチャイムが鳴り渡る。
 …………よし!
 俺はそれを聞くや、席を立ち上がった。
 百合先輩がどこかに行ってしまう前に、なんとしても誘わなければならない。
 しかも、誰にも見られずに。
 もし八木崎や合歓に見られれば、トラブルが発生することになりそうな気がする。
 最悪、俺の計画が水泡に帰する恐れもある。
 故にこの任務は、慎重かつ迅速に遂行しなければならない。
 でも……果たして百合先輩は俺の誘いを素直に受け入れてくれるだろうか?
 もし断られたら……ええい、百合先輩に会う前からこんなことを考えてどうする!
 もしそうなったらそうなったで構わないさ!
 今はとにかく、百合先輩に逢うことだけを考えないと!!
 俺は第一関門の、廊下を疾風の如く駆け抜けていく。
 後方で梢の非難めいた声が聞こえたような気がしたが、とりあえず気にしないことにした。
 梢ならきっと、俺の代わりに掃除当番を立派に勤めてくれるはずだ。
 許せ梢。いつかお前の大好きな味噌ソフトクリームおごってやるから。
 走りながら辺りに注意を払ってみるが、どこにもかりんちゃんの姿はない。
 俺はホッと胸をなでおろした。
 かりんちゃんは時々、授業が終わると同時に俺の教室にやってきて、待ち伏せしていたりするからだ。
 そのいきなりの障害を簡単にクリアできるとは……でも、まだ油断は禁物だ。
 階段を駆け下り、生徒の波をかきわけ、百合先輩の教室へと向かう。
 百合先輩の教室は……確か3年5組だよな。
 3年5組は……あ、あったあった。
 俺が目的地を見つけると、丁度百合先輩がクラスメイトと挨拶を交わして教室から出てきたところだった。
「百合先輩!」
 俺は息を弾ませながら百合先輩に駆け寄る。
「ま、真人さん!?」
 百合先輩は突然の俺の訪問に驚いたのか、目を丸くした。
 そしていつもの調子で俺に尋ねてくる。
「あの、なにかあったんですか?」
「あっ、ちょっと百合先輩に用があってね」
「私に、用……ですか?」
「そっ」
 俺は大きく深呼吸をすると、言葉を続けた。
「百合先輩、今日はこれから何か用あったりする?」
「いえ。これといって特に……」
「そう?」
 俺は少し緊張しながら百合先輩に言った。
「実はちょっと付き合ってほしいんだけど、いいかな?」
「あっ、はい。別に私はかまいませんけど……」
 百合先輩はあっさりオッケーをだす。
「よかった……」
 俺はホッと胸をなでおろした。
 これで後は百合先輩と一緒に……げっ!?前に見えるあの二人は八木崎と小雪!?
 マズイ!!
「それじゃあ、いこっか」
「えっ?あ、あの……真人、さん?」
 俺はキョトンとする百合先輩の手を握り、そのまま昇降口に向かって駆け出した。
「あっ……」
 百合先輩が小さく声を上げたような気がしたが、振り向いてる暇はない。
 一刻も早く、この場を立ち去る必要がある。
 あの姿は、間違いなく八木崎と小雪だ。
 きっと暇な放課後、どこかに取材に行きましょうと俺を探していたに違いない。
 冗談じゃない!そんなのに付き合ってられるか!!
 俺達はそのまま廊下を走り、下駄箱へとやってきた。
 立ち止まって後ろを振り返るが、八木崎と小雪が追ってくる様子はない。
 どうやら危険は無事過ぎ去ったようだ。
「ふぅ……」
 俺は大きくため息をついた。そして百合先輩に声をかける。
「いやぁ、ゴメンゴメン。百合先輩、大丈夫か?」
「……………………」
「ん?どうしたんだ百合先輩?」
「……………………」
 百合先輩は顔を真っ赤にしながら、俺の問いかけに無言のまま何も答えようとはしなかった。
「百合先輩?黙ってちゃ何にもわからないぜ?」
「……あ、あの……手……」
「手?……あっ……」
 まるで消え入りそうな百合先輩の声に、俺は初めて百合先輩の手をぎゅっと握り締めていたことに気がついた。
「あっ、いや、わりいわりい」
 俺は慌てて手を放す。
「ゴメンな百合先輩。つい咄嗟のことだったもんで」
「いえ……」
 百合先輩は目をトロンとさせ、顔を真っ赤にしたまま、俺が握っていた右手をポーっとみつめる。
 ふぅ……
 とりあえず二つ目の大障害をクリアできて、俺はホッと胸をなでおろした。
 オマケに百合先輩の手を握ることができたなんてうれしいハプニングまで発生してくれたんだから、言うことはない。
 でもまだ大丈夫とは言い切れないんだよなぁ……
 俺は気を引き締めなおし、注意深く辺りをうかがいながら昇降口を出る。
 その後を百合先輩がついてきた。
「あの……真人さん?何をそんなに警戒なさってるんですか?」
「いやぁ、邪魔はいないかと思ってね」
「邪魔?」
「そっ。百合先輩と二人きりで行きたいところがあるんだけど、邪魔されたらかなわないなぁって思って」
 ここまで来た以上、もう本当のことを話してもいいだろうと思って、俺は素直に相話した。
「えっ……」
 百合先輩の顔がみるみる赤く染まっていく。
「よし……大丈夫のようだな」
 誰の姿も周りにないことを確認した俺は、そのまま歩き始めた。
 百合先輩が後ろをついてくる。
「あの……真人さん。私をどこに連れてってくださるんですか?」
「それはついてからのお楽しみ」
「あの……」
 校門を出たところで、百合先輩が立ち止まった。
「どうしたんだ?百合先輩?」
 俺も足を止めて百合先輩を見る。
 百合先輩はもじもじしながら、消え入りそうな声でつぶやいた。
「そ、その……手……」
「手?」
「だ、だから……その場所に着くまで……手をつないでも……いい……ですか……?」
 百合先輩は恥ずかしそうにうつむく。
「……いいよ。そんなことくらい、お安い御用だ」
「えっ!?」
 俺の言葉を聴いて、百合先輩はパッと顔を上げた
「ほ、本当ですか真人さん!?」
「本当だよ」
「あ、ありがとうございます!!」
 百合先輩は行儀よくぺこりとお辞儀をすると、恐る恐る俺の手を握ってきた。
 百合先輩の手はとても柔らかく、暖かかった。
 やっぱりお嬢様なんだなぁ……
 俺は百合先輩の手をしっかり握ると、百合先輩を見た。
「それじゃあ、いこっか」
「は、はい!!」
 俺の言葉に、百合先輩はぎこちない動作で頷いた。


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