俺には妹のような子がいる。
頑張り屋で、優しくって、泣き虫で、ちょっとおっちょこちょいだけど、守ってあげたくなるようなとってもカワイイ女の子。
ただ、彼女が普通の人と違うところがひとつだけある。
それは、彼女は喋れることができないのだ。
生まれながらにして背負ったハンデ。
しかし彼女はそんなことにめげることなく、スケッチブックという伝達手段を使って自分の言いたいことを表現するようにしている。
少女の名は山科恵。
俺と同じ高校に通っている1つ下の、演劇部に在籍する女の子だ。
そんな恵が今日、俺の家にやってくる。
一緒に初詣、そしてその後演劇の練習……というのが名目だが、実際は違う。
『一年の計は元旦にあり』っていうし、幸い今日は由乃さんもいない。
まさに『姫始め』にはもってこいの日ではないか!
今日こそ恵をモノにしてみせるぜ!!
それにしても恵の奴遅いな……
朝一で来るっていってたのに。
これじゃあ日が暮れちまうぞ。
まぁ、ムード的には夜のほうがいいのかもしれないんだが……
ピンポ〜ン
お、来た来た。
まったく恵のやつ、やきもきさせやがって。
後でたっぷりかわいがってやらないとな。むふふ。
「よ、恵。よく来たな。今開けるから」
そう言って玄関のドアを開けると、恵が嬉しそうに立っていた。
ただしその姿は期待していた晴れ着姿ではなく、普通のコートを着こんだ姿である。おまけに耳あてつき、ときたもんだ。
雪が降ってるからしかたないことかもしれないんだが……ううむ、着物の方が風景によくマッチするから残念だ。
「よく来たな恵。ま、あがれや」
こくこく
恵は頷いて家の中に上がりこむ。
クリスマスパーティーの時に俺の家に上がったことがあるからこれで2回目だ。
「さ、こっちだこっち」
俺は、恵を自分の部屋へと案内した。
恵はとことこと、後をついてくる。
こうしてるとまるで本当の兄妹みたいだな。
まぁ実際、知らず知らずのうちに俺はどこかでやまねの影を恵に重ね合わせてるのかもしれないんだけど。
やっぱり妹には愛情をもって接しないとなぁ、などと思ってみたり。
「とりあえず、中に入ってくつろげよ」
俺が恵を部屋に招き入れると、恵はちょこんとベッドの上に腰掛けてコートを脱いだ。
オーバーオール姿が、またなんとも子供っぽい。
そして持っていたスケッチブックを取り出して、何かを書き始める。
「何書いてるんだ、恵?」
『あのね』
『あけましておめでとうなのっ』
俺に見せたスケッチブックには大きな文字で元気よく、そう書かれていた。
「ああ、おめでとう」
俺も挨拶をして恵の頭を撫でてやる。
はぅ〜〜
恵はとっても恥ずかしそうに顔を赤らめた。
うーん、かわいいやつ。
「ところで恵、俺考えたんだけどさ、参拝には夕方ころ行かないか?」
「?」
恵は不思議そうな表情を浮かべている。
「いやぁ、ほら、今行ってもすっごく混んでるだろ?恵の大好きな屋台で綿菓子とか買えないぞ?」
恵はそれを聞くと、悲しそうにペンを走らせた。
『イヤなの』
「そっか、そうだよな」
俺もその答えに満足そうに頷く。
「それでだ、参拝に行った後にやる予定だった演劇の練習、今やらないか?まだ昼前だから夕方まで時間あるしさ」
うんうん
恵も俺の言葉に頷く。
よしよし、ここまでは作戦通りだ。
「それじゃ早速始めよっか。悪いけど恵、着替えてくれるか?」
こくん
恵は大きく頷くと、いきなりオーバーオールを脱ぎ始めた。
「み、恵?」
いきなり積極的だな、おい……と瞬間的に思ってしまったが、あっという間に体操着姿に変わる。
下に着こんでたのか……残念。
ま、恵らしいと言えば恵らしいか。
「?」
「いや、なんでもない。それじゃあ始めるぞ。とりあえず、ベッドの上に体育座りして、俯き加減で上目遣いに相手を見る練習から」
こくこく
恵は俺の言ったとおりのポーズをとる。
いくら幼児体型だからとはいえ、その姿は妙に色っぽかった。
これはマニアに大ウケしそうだな……
そんなことを思いながらつい見とれてしまう。
はちきれんばかりの太もも。
ブルマのくいこみがなんともいえない。
……っていかんいかん。ここはひとまず押さえねば。
「なかなか上手いぞ恵。しばらく見ない間に上達したな」
えへへ
恵は嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃ、次の練習に行ってみよっか」
しかし、俺の言葉に恵は少しためらいを見せた。
まぁ、やっぱり打ちあわせはしてあっても恥ずかしいか。
「大丈夫だって恵。それに、そんなに恥ずかしがってたらいつまでたっても上達しないぞ」
う〜〜っ
恵は恥ずかしそうに見ながら観念したように、体操服を脱ぎ始める。
そしてあっという間にスクール水着姿に変身した。
まかさこんなモノまで着こんでるとは……
恵の用意周到(?)な準備に、俺はただただ舌を巻いてしまう。
こんもりと膨れ上がった発展途上の胸。
誘ってるといわんばかりの恥じらい気味のかわいげな表情。
今にも自制心が崩壊しそうだ。
俺は恵の隣に座ってなるべく自我を保つように努力しながらいった。
「それじゃあ、始めるぞ。設定は俺がお父さんで恵がお母さん。で、初めての新婚旅行で、海辺のビーチで夕日をバックにお互いを見つめあう二人、だ」
言ってて我ながら安易な設定だなぁ、と思いながらも、恵は大きく頷いた。
まぁ、恵くらいの人間ならこれでも騙すことができる、ってことか。
そして俺と恵はお互いにジッと見つめあった。
15秒……30秒……1分……
時間が経つにつれて恵の顔がどんどん真っ赤になっていく。
「!!」
恵は急に顔を背けると、スケッチブックにペンを走らせた。
『恥ずかしいの』
「恥ずかしい?そんなことないぜ。俺もっとカワイイ恵の顔見たいなぁ」
『イヤなの』
明後日の方向を向いたまま恵は意思表示をして見せる。
「恵は上手になりたくないのか?」
『演技の練習、イヤなの』
「恵、字が違うぞ」
「?」
俺は恵からスケッチブックをうばうと、字を書きなおした。
「演技じゃなくって、艶技だ」
『イヤなの!!』
今度はエクスクラメーションマーク、又の名を感嘆符入りで俺に見せつけた。
「おいおい、怒るなよ。昔からいうだろ?カワイイ子には受けをさせろって」
ぽかぽか!!
途端にスケッチブックで殴りかかってくる。
うむー、凶暴なやつめ。
「しかたないなぁ……」
俺は実力行使と言わんばかりに恵を力強く抱きしめた。
恵は驚いたようにスケッチブックを落とすと、身を強張らせる。
「恵は俺のこと、嫌いか?」
俺は恵の耳元に甘く囁きかける。
ふるふる
恵は首を横に振った。
「恵は俺のお嫁さんになるの、嫌か?」
ふるふる
またしても首を横に振る。
「それじゃ、いいよな?」
……………………
こくん
恵は小さく首を縦に振った。
「……………………」
「……………………」
「…………ふぅ」
俺は深く溜息をつくと、読みかけの原稿用紙をテーブルの上に置いた。
「あ〜っ!?今すっごく呆れたでしょ!?」
テーブルの向かい側に座っている少女が俺のことをムッと睨む。
正直、呆れるなって言うほうが無理なんだが……
しかし俺はその言葉を口に出すことはしなかった。
これから実行しようとしている計画に師匠をきたすかもしれないからな。
「もぅ、言いたいことがあるんだったら、はっきり言ってよね!!」
少女はぷりぷり怒りながら、湯飲みに入ったお茶を飲み干す。
彼女の名は麻績小雪。
俺の熱狂的なファンだ。
……正確に言えば、『俺が書く記事』に対して、だけど。
まぁ、それはともかく。
小雪が俺に、自分の書いた作品を読んで欲しいと相談してきたのは昨日の放課後のことだった。
幸い今日、明日は休みだし、俺もこれといって用はなかったから、軽い気持ちでオッケーしたけど。
でも正直、こんな恋愛小説を読まされるとは思っても見なかった。
……いや、ひょっとしたら恋愛なんてものじゃなく、官能小説かも。
つーか、なんでこんな作品を小雪の奴は書いてるんだ?
いくらスランプだからって、もうちょっと書くジャンルは選べよな。
しかも、まるでどこぞのエロゲーを彷彿とさせるような内容だし。
宗教的なものや哲学的なものとかミリタリーモノを書かれたら、俺もわけわからんが。
こーゆー作品も、コメントに困るぞホント。
……それとも、これは俺に対するサインか?
『私の気持ち、ちゃんと受け取ってよ!!』って。
……………………
まぁ、どっちでもいいや。
もぅ既に、サイは投げられたのだから。
俺は、再度原稿を手に持つと、続きを読み始めた。