ぽっかりと浮かぶ満月は、神秘的な光で夜の神社を包んでいた。
 まるでこの一連の出来事が夢か幻であるかと錯覚させるような幻想的な光景。
 俺とかりんちゃんは黙ったままベンチに座っていた。
 目の前には、古びた賽銭箱がある。
 聞こえてくるのは虫の歌声と時折吹く風の音だけで、それ以外は静寂に包まれていた。
「私……」
 かりんがおもむろに口を開き、天を見上げた。
「授業が終わって、家に帰ってきたら……実家から手紙が届いてて、帰ってこいって……」
「それで、俺に手紙を書いたんだね?」
「はい……一週間ほど悩んで……でも、このままじゃいけない、そう思ったら古閑さんに手紙を書いてて……」
「それで、俺の下駄箱に置いておいたと」
「古閑さんにはご迷惑をおかけしたくはなかったんですが、でも、どうしてもお伝えしたいことがあって……」
「俺に伝えたいこと?」
「はい……でも……そのせいで古閑さんにずいぶんとご迷惑をおかけしてしまって……」
 かりんは悲しそうに顔を伏せる。
 どうやら自分の涙で俺の服を濡らしてしまったことを悔やんでいるらしい。
「私……ダメですよね。自分の心の制御もできないのに、これじゃあ巫女なんてつとまるはずもないのに……」
「かりん……」
「ごめんなさい……」
 かりんは両手で顔を覆うと、嗚咽を漏らし始めた。
「私、好きになったこの街を離れたくない……大好きな古閑さんのそばを離れたくない……」
「えっ!?」
「私が未熟なばっかりに……私なんかが古閑さんを好きになる資格なんてないのに……本当にごめんなさい!!」
「かりんちゃん……」
 俺はかりんちゃんの頭にそっと手を載せると、優しくなでた。
「古閑……さん?」
 泣き止むのをやめたかりんが、少し顔を上げる。
「ありがとうかりんちゃん。俺も、かりんちゃんのことが好きだよ」
「古閑さんっ……!?」
 ビックリしたようにかりんちゃんは俺をマジマジと見つめる。
「実を言うと、俺いつかりんちゃんに告白しようか悩んでたんだ。こんな俺がかりんちゃんに告白して迷惑かけちゃいけないなって思って」
「そ、そんな!!迷惑だなんて!!」
「でも、かりんちゃんがこの街から離れるなんて聞いたら、黙ってられないよ。俺だって、大好きな女の子にずっと傍にいて欲しいから」
「古閑さん!!」
「好きだよ、かりんちゃん」
「古閑さん……私、私も古閑さんのことが好きっ!!誰よりも貴方のことが!!」
 かりんちゃんは再び俺の胸に顔を埋めて、嗚咽を漏らし始める。
 俺はそんなかりんちゃんの頭を優しく撫でた。
「その帰るっていうの、絶対に帰らなくちゃダメなの?断固拒否する、とか」
「わかりません……でもおそらく、ダメじゃないかと……」
「ダメじゃないかってことは、まだ可能性はあるわけだよね?可能性がある限り、それを信じてみなくっちゃ」
「はい……そうですよね……」
「それに、もしかりんちゃんが向こうに帰っちゃっても、俺が絶対に迎えに行くから」
「古閑さん……はい……」
 かりんちゃんは顔をあげると、頬を赤らめた。
「あの……古閑さん……わがまま言っても……いいですか?」
「なんだい?」
「このまま……頭をなで続けていただけないでしょうか……」
「……いいよ」
 俺はかりんちゃんの頭をなで続けた。
 かりんちゃんの髪はとてもさらさらしていて、手触りがいい。
 こうしていつまでも触り続けていたい気分だ。
 やっぱりちゃんと手入れしてるんだなぁ、と思うと、改めてかりんちゃんは女の子なんだなぁと実感する。
 俺は空を見上げた。
 満月の浮かぶ夜空に、流星が流れ落ちていく。
「綺麗ですね……」
 かりんちゃんも空を見上げた。
 俺はかりんちゃんの頭から手を離す。
「私……昔から夢だったんです。こうして、綺麗な星空を好きな人と一緒に眺めるのが」
「かりん……」
「私……古閑さんを好きになってよかった。古閑さんのようなステキな男性に出会えてよかった」
「俺も同じ気持ちだよ。俺だって、好きになったのがかりんでよかったよ」
「それじゃあ、私……ずっと古閑さんのおそばにいてもいいんですね?」
「かりんがイヤだっていっても、俺が放さないよ」
「古閑さん……」
 かりんはそっと身を寄せてきた。
 かりんの頭が俺の右肩に乗りかかる。
 かりんの髪は、まるで洗いたてのような、とてもいい香りがした。
「私……もう迷いません。古閑さん、どんなことがあってもあなたをお守りいたします」
「それは逆だろ?これからは、俺がかりんの事を守ってやる」
 俺もかりんをそっと抱きしめる。
「古閑さん……愛してます……」
「俺も愛してるよ……かりん……」
 そして俺たちは、星が瞬く夜空の元で、静かに口づけを交し合った。


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