外に出ると強い寒風が吹きつけてくる。
「さむっ!!」
 やっぱり家を出るのよそうかなぁ……とためらいたくなるほどだ。
 いかんいかん。こんな弱気じゃ。
 俺は姉さんに頼られてるんだぞ?
 実際そうなのかどうかはわからないが、少なくとも今はそう思いたい。
 昨日来た道を歩いて行く。
 途中の自販機でホットココアを2缶購入する。
 不思議なものだ。
 俺が今ここにこうしているなんて、手紙が来るまで考えられなかったもんな。
 そんなことを思いながら熱々のホットココアを口にする。
 とても甘く、そしてせつない気分になるのは何故だろう。
「姉さん、どこに行ったんだろう……」
 急用……まさか、彼氏に呼び出されたとか?
 んなわけないよな……ははは……
 飲みおわった缶をゴミ箱へ。
 投げ捨てるわけにもいかないしな。
 さて、姉さんの店は……あったあった。
『スノーフェアリー』
 相変わらずミスマッチな光景だ。
 鍵を開けて中に入る。
 電気をつけて店内が一気に明るくなる。
 人形に囲まれた、女の子受けしそうな店。
 存在事体が謎めいている。
 それにしても……
 暇だ。
 やることがなにもない。
 ただここでボーっとしてるのもなんだしな。
 姉さんと一緒、それならば嬉しいのだが生憎今ここにはいない。
 それがさらに脱力度を上昇させる。
「暇だなぁ……」
 ため息をついて再び窓の外に視線を移す。
 ブロォォォォォォッ!!
 丁度、爆音を轟かせながら一台のバイクが歩道を疾走していく。
 ウーーーーーーーーーー!!
 そして、その斜め後方を赤色灯を回転させたパトカーが何やら叫びながら追尾していく。
「暇人がいるもんだな……」
 まさかこんな滑稽な光景をこんな田舎で見ることになろうとは……
 歩道や道路は路面が凍結しないよう処理を施されており、スリップする心配は普通の道よりはない。
 おそらく雪が降っていなければ、もっと騒音を撒き散らしながら走っていたであろう。雪というのは音を吸い取る性質があり、騒音でも和らげてしまうという利点がある。だからと言ってたくさん降ることを願えば、雪かきという重労働が必ず待ちうけているので、なかなか難しいところだ。
 しかし……また暇になってしまった。
 こんなことなら新聞や漫画もって来ればよかったかな?
 そういえば今日の新聞の一面は『怪盗黒薔薇、国宝七角ペンダントを奪う!!』だったんだよな。あんなのが一面に来るとは……まだまだこの国も平和なんだな。
 ウィーン。
 ……っと、客が来たようだな。
「いらっしゃいませ」
 慌ててカウンターに座り、笑顔で対応する。
 見た目は15、6くらい、だろうか?
 目元のパッチリとした、わりと小柄で、髪をツインテールにまとめた、ちょっと気が強そうだけど、けっこうカワイイ女の子だ。
 地元の娘、かな?
 こんな天気の日に来るなんて、なんて暇人な。
 ま、こっちとしてはありがたいけど。退屈しなくてすむし。
 さーて、一体なにを買うんだ?
 ……ん?まっすぐこっちにやってくるぞ?
「あの、肉まん、ありますか?」
「はっ?肉まん?」
 その言葉に思わず耳を疑ってしまう。
 なんだこの女は?
 新手の冷やかしか?
 ……よーし。そっちがその気ならこっちにも考えがある。
 ちょうど暇してたんだしな。
「はい、ありますよ」
 少女の問いに俺はそう答える。
「ホント?よかったぁ♪」
 少女は微笑みながらそう答えると、どこからともなくスキー帽を取り出し、めいいっぱいにかぶる。そして懐から銃らしきものを取り出していきなり俺につきつける。
「肉まん50個、テークアウトでね」
「…………はぁ?」
 俺は突然の出来事に唖然とするとともに、耳を疑わずにはいられない。
 ひょっとして、強盗、というやつだろうか?
 にしては随分間抜けな強盗だ。
 変装(と呼べるかどうかは微妙だが)をわざわざ店の中で行い、しかも明らかにエアガンとわかるものを向けてくるとは……
 よほど自分の犯行に自信があるのか、それともただ無防備なだけなのか……
 それ以前にただのアホ、という考え方もあるんだが。
 ここはコンビニじゃなくってファンシーショップなのに。
 どちらにしろ、玩具であれば、あまり恐くはない。
「ちょっと!!聞えなかったの!?早くしなさいよ!!」
「……………………」
 少女は俺の威風堂々たる姿に圧倒されてか、おろおろと慌て始める。
「こ、これ、本物の銃なんだから!!あたったら物凄く痛いんだから!!」
「……………………」
「う、撃つわよ!!あたしが悪いんじゃないんだからね!!言うこと聞かなかったあなたがいけないんだから!!」
「……………………」
 ボカッ!!
 大きな快音を響かせながら店内は静まり返る。
「いったーーーーーーーーーーいっ!!」
 続けざまに頭を抱えた少女の悲鳴が。
「ちょっと!!何するのよ!!」
「それはこっちのセリフだ。いったいどーゆーつもりだ?こんなもん使って強盗しようだなんて」
 スキー帽を脱いでものすごい剣幕でくってかかる少女に、俺は先ほど取り上げたエアガンの銃口を向ける。
「ご、強盗じゃないもん!ちょっと肉まん貰おうと思っただけだもん!」
「お金は?」
「あったらこんなことしないわよ!!」
「世間一般では、そーゆーのを『強盗』っていうんだ」
「ちょっとくらいイイじゃないのよ!!鬼畜!変態!スケベオヤジ!!」
 ボカッ!!
 2発目の鉄拳が容赦なく飛んでいく。
「あぅ〜っ!いたいよぉ〜〜〜!!」
「誰がオヤジだ誰が。俺はまだ10代だ」
「な、なによぅ……そんなに力一杯殴らなくってもいいじゃないのよぅ……」
「安心しろ。悪い子にはお仕置きが必要だからな」
「女の子にはもっと優しくするもんよ!!」
「なんだ?まだ殴られたりなかったのか?」
「あぅぅぅっ!!ご、ごめんなさい!!」
 少女は涙目になりながらさっと頭を手で覆う。
 まったく……最近の親は子供に一体どういう教育をしてるんだ?
 これじゃあ学級崩壊が叫ばれても仕方のないことだぞ。
 しっかし……この珍客をどうするか。
 姉さんが戻ってくるまでここにおいて置くか、それとも警察に突き出すか……
 きゅるるるる〜
 突然鳴り響いたかわいらしい音が俺の思考を中断させる。
「ん?」
 少女をみると、恥ずかしそうにお腹を触りながら顔を赤らめているではないか。
「ひょっとしてお前……そんなに腹へってるのか?」
「うん……」
「はぁ……仕方のないヤツだな……」
 俺はため息をつくと、先ほど自販機で購入したホットココアの残り1缶を少女に渡してやる。
「???」
「どうした?ほれ、飲め」
「えっ……でも……」
「心配いらねえよ。姉さんの店で生き倒れが出たなんてニュースになったら、それこそあわせる顔がないからな。サービスだ」
「あ、ありがとう!!」
 少女は嬉しそうに返事をすると、夢中でホットココアを飲む。
「あぅ〜……このココア冷めてる……」
「贅沢いうな。もともと俺が飲むやつだったんだぞ?それに、ここはコンビニじゃないんだ。わかってるのか?」
「ゴクゴクッ……ぷはぁ〜。おかわり♪」
「おかわりじゃない!何考えてるんだお前は?」
「あぅ……だって……」
「だってもへちまもない。まったく……世話やかせるなよ」
「ご、ごめんなさい……」
「ま、無事ならそれでいいんだ」
 俺は少女の頭をぽんぽんと叩いてやる。
「もう二度と、こんなことするんじゃないぞ?」
「うん……ありがとう……」
 少女は深々と頷くと、店を出ていく。
 途中、何度も名残惜しそうに振りかえっているようであったが。
 まっ、暇つぶしにはなったか。
 でも……一応姉さんにも報告しておいたほうがいいかな、このことは。


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