楽しく騒がしい時はあっという間に過ぎ去り、いつの間にか夕刻時を迎えていた。
鮮やかに映えた夕焼けが空一面を覆いつくし、夜が近づいていることを知らせている。
俺と恵理子は、最後のアトラクションとして選んだ観覧車に並んでいた。
流石にこの時間になると人の数は少なくなっており、長蛇の列に並ぶこともなくすぐに順番が回ってきた。
俺達は係員の指示に従い、ゴンドラの中へと入っていった。
四人がけ仕様となっているボックス席に、お互い向かい合うように腰掛ける。
係員がドアを閉めると、ゴンドラはゆっくり、ゆっくりと上昇していった。
「うわぁ、見て見て先輩。どんどんあがってくよ」
恵理子は嬉しそうに言いながら窓の外を眺めた。
俺も無言のまま同じ景色を眺める。
だんだんとゴンドラが高くなっていくにつれ、人や建物等が小さくなっていき、同時に見える世界も広がっていく。
「先輩……今日はありがとう……」
恵理子は俺の方を振り向くと、恥ずかしそうにうつむきながら言った。
「あたし、とっても楽しかったよ。お菓子の家も見れたし、ジェットコースターにも乗ることができたし、楽しいお話もたくさんできたし」
「俺は疲れたけどな。恵理子がはしゃぎまわるから」
「だって、本当に楽しかったんだもん。先輩が誘ってくれるなんてこと、滅多にないから」
「そうか?」
「そうだよ。だからあたし、とっても嬉しかった」
「恵理子……」
「でも、もう終わりなんだよね。先輩、本当にありがとう」
恵理子は顔を上げた。
にっこりと微笑を浮かべたその表情は、夕陽に染まってほんのり赤く染まっていた。
それは、俺が今まで見たこともない、かわいらしい恵理子の笑顔であった。
自然と心臓が高鳴っていく。
「お、終わりじゃないさ」
俺は視線をそらしながら恵理子に言った。
「えっ?」
「楽しかったんだろ?だったらまた来ればいいじゃないか」
「先輩……」
恵理子は少しうつむき加減になると、窓の外へと視線を移した。
「ねえ、見て先輩。街があんなにちっちゃく見える」
「ああ、そうだな」
俺も恵理子の言葉に、同じように窓の外を眺めて頷く。
最高点に達したゴンドラの眼下には、夕陽に照らされ茜色に染まる、ミニチュアのようになった街の景色が広がっていた。
「綺麗……」
「ああ、そうだな……」
「さて……と。それじゃあ」
恵理子はコホンと咳払いをひとつすると、意味深な笑顔を浮かべた。
なんか嫌な予感……
「ここで、今日の採点の結果を発表しちゃいまーす」
恵理子はとても嬉しそうに、とんでもないことを口にする。
やっぱり採点があるわけね……
減点減点うるさく言われてた時点で、薄々は感じていたが。
とりあえず、黙って聞き入ることにする。
「本日の先輩の点数は……ジャンジャン!30点でーす」
「さ、30点だぁ!?」
予想外の低い点数に、愕然とする。
「当然じゃない。減点ばっかりだったんだから」
恵理子はさも当然だといわんばかりに、小言を並び立てる。
「駅前でのこととか、電車の中でのこととか、入る前の時のこととか、ジェットコースターの時のこととか」
やっぱりあれは減点対象になってたんだな。口に出さなかっただけで。
「もう、先輩ってばダメすぎ。女の子とデートしてる時に、他の女の子のことを話題に出すなんて、信じらんない。紳士の風上にも置けないわ。レディに対する扱いが全然なってないから、もっと勉強したほうがいいと思うよ」
随分とひどい言われようだな……
しかし恵理子は、一通りまくし立てると、途端にしおらしい態度になった。
「でもね……先輩が減点を取り消してほしかったら、そうしてあげてもいいよ」
そして瞳を閉じる。
ちょっと待て。これって……
流石に俺も、戸惑いを覚える。
「あ、あのなぁ恵理子。それはちょっと……」
「なによぅ!つばめとのデートで最後にキスするときに、困らないように、あたしが練習相手になってあげるんじゃないのよ!」
恵理子は瞳をあけると、すねたように言う。
「だ、だからって、ここまでする必要は……」
「必要あるから言ってるの!少しくらい強引なほうが、女の子は惹かれるんだよ?」
恵理子は口元に手を当てて、視線をそらし、恥ずかしそうな仕草を見せる。
「あ、あたしだったら大丈夫だから。もう、ファースト・キスは済ませてるし……だ、だから、あたしのことは、心配してくれなくても、大丈夫だから」
そして瞳を閉じる。
恵理子……
訪れる静寂。
ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。
……いいんだな?
俺は心の中で呟きこそすれ、言葉に出すことはしなかった。
ゆっくり、ゆっくりと恵理子に近づく。
そして瞳を閉じ――
唇を、重ね合わせた。
恵理子の唇はまるでマシュマロのように柔らかく、そして甘かった。