慎一と恵理子は旧図書館の地下にある『エンジェルショップERICO』の秘密部屋へとやってきた。
「それで、どんな情報をくれるんだ?」
「その前に情報料」
「しっかりしてるなぁ……」
 恵理子の催促に、慎一は渋々財布からピン札を一枚取り出し、恵理子に手渡す。
「へへ、毎度アリ〜」
「変な情報だったら許さねえぞ?」
「大丈夫だって。あたしが言うのもなんだけど、コレは超ド級の重大情報だから」
 恵理子は嬉しそうにお札を自分の財布の中へと収める。
「で、一体どんな情報なんだ?」
「これを見てちょうだい」
「これ……うぉっ?」
 突然天井からボードが降りてきて、慎一の目線の高さで止まる。
 そのボードには写真が2枚貼られていた。
「なんだこれは?」
「今から説明するよ」
 いつの間にか白衣に着替えた恵理子が、棒を使ってその写真を指し示す。
「コレが一週間前に撮った写真、それでコレが昨日とった写真」
「ふんふん」
「先輩はこの二つの写真を見比べて、どう思う?」
「どうって言われても……」
 慎一は恵理子に聞かれて、ジックリと左右の写真を見比べてみる。
 その写真には両方ともつばめが写っていた。
 右側が一週間前の写真で、何故かチャイナ服を着たつばめが太極拳のようなポーズをとっている。
 左側が昨日の写真で、エプロンを着たつばめが楽しそうに料理を作っている。どうやら焼いているものはクッキーらしい。
「どう?」
「うーん……やっぱりつばめはかわいいなぁ、と」
「そうそう。つばめってかわいいよね……って、ちがーう!!」
 すぐさま恵理子のツッコミがはいる。
「あたしはそんなことを聞いてるんじゃないの!!もっと重要なこと!!」
「重要なこと?」
 慎一は再度その写真を見比べてみる。
 重要なことって……下手な間違い探しより難しいぞこれ。
 すぐさま慎一は白旗を揚げた。
「さっぱりわからんのだが……」
「まぁ、先輩にはちょーっと難しいかも?」
「悪かったな。わからなくて」
「もう少し観察力と洞察力を身につけたほうがいいよ?それでは解答〜」
 恵理子は棒を右側の写真に写っているつばめの腹の辺りに当てると、次は左側の写真に写っているつばめの腹の辺りに当てた。
「どう?わかったでしょ?」
「さっぱり。何が言いたいんだ?」
「よく見てよ。一週間前よりも昨日の方が、お腹の膨らみがおっきくなってるでしょ?」
「そうかぁ??」
 慎一はもう一度、その写真をよく見比べてみた。
 お腹が大きくなってるって……そうかなぁ??
 俺には同じように見えるんだが……
 慎一は首をかしげた。
「で、何がいいたいんだ?」
「つまり、つばめは妊娠してるんじゃないかと」
「……はぁ?」
 素っ頓狂な声を上げる慎一に、恵理子はニヤニヤ笑う。
「先輩、とうとうつばめに手を出しちゃったね?」
「ちょ、ちょっと待て!!一体何を……」
「不純異性交遊はよくないなぁ?立派な校則違反で、しかも子供がデキたとなれば退学モノなんだから」
「だ、だから俺は何もしてないって!!」
「ウソはよくないわよ?まさか先輩、赤ちゃんはコウノトリが運んでくるとか本気で信じてるんじゃないでしょうね?今時小学生でも知ってるよ」
「そんなこと俺だって信じとらんわい!!」
「妊娠させといて、俺は知らないだなんてあんまりよ。つばめがかわいそう」
「だから違うっつってるだろーに!!そんなに早くお腹が大きくなるわけないだろ!!」
「じゃあ、このお腹の膨らみは一体どう説明するのよ?」
「そんなの知るか!!大体なぁ、何にもしてないのに妊娠なんかしてたまるか!!」
「ちょっと?先輩、まだ何にもしてないの?」
「当たり前だろ……」
 慎一がぶっきらぼうに答えると、途端に恵理子は怒り出した。
「情けないわよ!!先輩、それでも男!?」
「はぁ!?」
「まったく……つばめに告白するとか、ついでに押し倒して自分のモノにするとか、どーしてそーゆーことしないのよ!?先輩の意気地なし!!」
「するかっ!!」
 慎一は力いっぱい、恵理子の意見を否定する。
 まったく、最初といってることが違うし……
 つばめに告白かぁ……いつになったらできるんだろう……あながち、恵理子の言ってることも間違っちゃいないんだよなぁ……
 はぁ……俺って情けない男だよなぁ……
 落ち込む慎一の肩を、恵理子がぽんぽんと叩く。
「落ち込まない落ち込まない」
 恵理子は同情的な目をしながら慎一を見る。
「ひょっとしたら、誰かがつばめを妊娠させたのかもしれないよ?」
「えっ……」
 たちまち慎一の思考回路は停止してしまう。
 まさか……つばめに限ってそんなことが……
「まぁ……あのつばめに限ってそんなことないわよねー。先輩にゾッコンだし。きっと食べ物の食べすぎかな?」
 恵理子は舌の根も乾かぬうちに自分の意見を否定し、ウンウンと頷く。
 コイツ……絶対俺のことからかって楽しんでやがる……
 慎一は恵理子に殺意を抱かずにはいられなかった。
「と言うわけで本題に入るわよ」
 恵理子は急にまじめな顔になり、棒の先でタンタンと写真をたたく。
「写真の通り、つばめは最近太り気味の傾向にあります」
「ホントかよ?」
「ホントよ。0.3ミリほど、おっきくなってる」
「そうなのか?さっぱりわからないんだが……」
「疑り深いわねぇ。ホラ、証拠写真」
 恵理子は三枚目の写真を貼り付けた。
 それは風呂上り直後のバスタオルを巻いたつばめが、体重計に乗って青ざめた表情をしている写真であった。
「どう?」
「た、確かに……」
 慎一は顔をちょっと赤くしながら頷く。
 恵理子のヤツ……こんな写真があるなら最初から出せよ。
 ああ、いい目の保養になるなぁ……
 そんな慎一をみて、恵理子はニヤリと笑いながら尋ねてきた。
「どうしたの先輩?顔が赤いけど?」
「き、気にするな。それよりも、こんな写真とって大丈夫なのか?またつばめがオシオキにくるんじゃ……」
「それなら心配ないわよ。あのマジメなつばめが、授業サボるわけないじゃない」
「あっ……」
 恵理子に言われて、初めて慎一は何故この時間を指定してきたのかを理解した。
 つばめはマジメな生徒だ。故に授業をサボるはずがない。
 つまり、言い換えればこの時間はお仕置きされることのない安全な時間である。
 恵理子のやつ、なかなか考えてるんだな……
「オマエって、見かけによらずいろいろ考えてるんだな。見直したよ」
「一言多い」
「おお。悪い悪い、つい口が滑って本音を」
「……まぁ、いいわ」
 恵理子はコホンと咳払いをひとつすると、再びコンコンと写真をたたく。
「つまり、つばめは最近体重が増えて、それで悩んでいるってわけ」
「ふんふん」
「そこで、先輩がつばめに薬を渡し、二人の仲を深めるとともにつばめの体重も減って万々歳、というわけよ」
「は、はぁ……」
「なーんか気の抜けた返事ねぇ。嬉しくないの?」
「ま、まぁ……つばめの悩みが解消できるんであれば嬉しいことではあるが……お前、薬って言ったよな?」
「うん。言ったけど?」
「副作用とかはないのか?」
「もちろん、あるわよ」
「あるのか……」
「うん。胸がおっきくなるっていう副作用がね」
「……………………」
 恵理子の言葉に時が止まる。
 胸が大きくなる?
 つばめの胸が?
「……なぁ……それって副作用って、言うのか?」
「立派な副作用よ。あたしが仕入れた薬はもともと、お腹を引っ込める薬だから」
「そうなのか……」
 慎一は恵理子の説明に一応頷く。
 なんだか釈然としないんだが、まぁ、とってもいいことだし、ヨシとするかな?
 副作用もこの前のような危険なシロモノじゃないようだし。
 きっとこいつも、心を入れ替えてつばめの悩みを解決してやろうと頑張ったんだろうな。
 しかし、恵理子はそんな慎一をみて悪戯っぽく笑う。
「やっぱり気に入らない?」
「えっ?」
「先輩、貧乳好きそうだもんなぁ」
「はぁ!?」
「それとも、つばめの胸を自分で揉んで大きくしてやることができなくって、残念がってるとか?」
「バ、バカ!!」
 慎一は次々と繰り出される恵理子のレッドカード級の発言に、思わず顔を真っ赤にしてしまう。
 まったく、なんていうこと言うんだこいつは……
 俺が心に思っていても口にできないことを、ぺらぺらと喋りやがって……
「心配しなさるな。あたしが恋のキューピッドになってあげるって言ったんだから。感謝してよね」
「恵理子……」
「ちなみに、ダイエットに成功した時のつばめは、こーんな感じになりまーす」
 恵理子は4枚目の写真をボードに貼り付けた。
「ぐわっ!!」
 慎一は思わず卒倒してしまいそうになるほど感情が高ぶる。
 4枚目の写真は、パジャマを色っぽく着崩し、はだけた前のおかげで胸が今にも見えそうな、それでもって頬を上気させて困ったような恥じらいの眼差で、ベッドに寝ているつばめの写真であった。
 まるでこの前読まされた小説にでてきたつばめの姿、そのものであった。
「どうしたの?先輩、鼻血がでてるよ?」
「な、なんでもない」
 慎一はポケットティッシュを適当な大きさにちぎって丸めて鼻に詰めた。
「一体どうしたんだこの写真?」
「これ?合成写真」
「合成?」
「コラージュとも言うけどね。まぁ、一種のお遊びみたいなもの」
「合成写真ねぇ……」
 慎一はボードの前に歩み寄ってじっとその写真を眺めた。
 とても合成写真とは思えないほど、よくできている。
「まったく……こんな危険な写真ばっかりとりやがって。全部没収だ」
 慎一はそれらの写真を全部取り外すと、上着のポケットの中へとしまいこんだ。
 恵理子は文句ひとつ言わずニヤリと笑っている。
 ひょっとしたら、今日ほど恵理子の存在を感謝した日はないかも……
 慎一の表情が一気に緩んでいく。
「それじゃあ、薬を渡すから、後はしっかりお願いね」
「おう!!」
 慎一は恵理子から薬ビンを受け取ろうとする。
「そこまでです!!」
 その時、突然勇ましい女生徒の叫び声が室内に響き渡った。
「!!」
「!!」
 慎一達は条件反射でその方角を向く。
 そこには、見慣れた光景が存在していた。
 つばめが竹刀を持って、仁王立ちしている。
「つ、つばめ!?」
「どうしてここに!?」
「恵理子の姿が見えなかったからもしやと思って授業を途中で抜け出してきたんです……楠瀬先輩、恵理子、あなた方の悪事を成敗するために!!」
 つばめはそのままゆっくりと慎一達の方に歩み寄ってくる。
「ど、どうするんだよおい!!あの様子だと、こっちの言うことなんか聞く耳持たないって言う感じだぞ?」
「うーん……こうなったら作戦を変更するしかないかな?こんなこともあろうかと、対策は立てておいたから」
 恵理子はパチンと指を鳴らした。ボードが上がり、天井の中へと消えていく。
「対策ってなんだ?」
「先輩、つばめに告白しなよ」
「は、はぁ!?」
 慎一は恵理子のとんでもない発言に、目を白黒させた。
「いきなり何を言い出すんだ?お前、本気で言ってるのか?」
「本気も本気。絶好の機会じゃない。つばめをギューっと抱きしめて耳元で愛の言葉をささやいてあげれば、効果は抜群のハズよ」
「で、でもなぁ……」
「先輩、つばめのことキライなの?」
「き、キライじゃないけど……」
「好きなんでしょ?」
「あ、ああ……好きだよ……」
「じゃあ大丈夫。死ぬ気でやってみなよ」
「何をブツブツ呟いているんですか?悪巧みの時間はもう終わりですよ?」
 つばめはゆっくりと竹刀を構えた。
「オシオキの時間です」
「ホラ、早く!!男だったら当たって砕けろよ!!」
「お、オウ!!」
 慎一は恵理子に促されるまま、ゆっくりとつばめに近づいた。
「!?」
 つばめも慎一の行動を予想していなかったらしく、どうしていいかわからず戸惑いの表情を浮かべる。
「つばめ……」
 慎一はそのままつばめに歩み寄ると、無言のままつばめを抱きしめた。

「!!」
 つばめの身体が硬直し、手から竹刀が落ちる。
 つばめって汗臭いと思ってたけど……甘い匂いがするんだな……
 慎一はつばめの温もりと感触とで、思わずその場に押し倒してしまいたい衝動に駆られた。
 つばめは小動物のように震えている。
「つばめ……俺……君のことが……」
「……きゃあああああああああああああああああああああああああ!!」
 次の瞬間、慎一の身体は吹っ飛ばされていた。
「へっ?」
 そのまま慎一は壁に激突し、背中に激痛が走る。
「ぐはっ!!」
 慎一はそのまま地面に崩れ落ちるように倒れこんだ。
「せ、先輩!大丈夫!?」
 恵理子が慌てて慎一のそばに駆け寄ってきた。
「オイ……聞いてた話と随分違うんだが……」
「あたしだって、まさかこんな展開のなるとは予想してなかったわよ。つばめにこんな馬鹿力があったなんて」
 つばめの唐突の行動に、恵理子も困惑の色を隠せないでいる。
 つばめ……恥ずかしいからって、そりゃないぜ……
 慎一は激痛の走る背中を押さえながらよろよろと立ち上がり、つばめを見た。
「ごごご、ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
 つばめは顔を真っ赤にして目に涙を浮かべながら、繰り返し繰り返し頭をぺこぺこと下げている。
「だ、大丈夫だから。そんなに謝らないでよ」
「で、でも!!」
「いいからいいから。突然あんな行動とった俺が悪かったんだし」
「楠瀬先輩……私……私……!!」
 つばめは何かを言いかけて、視線を伏せてしまう。
「……?」
 ふと、そのつばめの視線が、4枚の小さな物体に止まった。
「どうしたんだつばめ……げっ!!アレは!!」
「ああっ!!」
 慎一達は、つばめのその視線の先の正体を発見して、青ざめてしまう。
 それは、先ほど慎一がポケットに入れておいた4枚の写真であった。
 どうやらつばめに突き飛ばされた拍子に床に落ちてしまったらしく、裏返しになっている。
「…………」
「そ、ソレは……」
「つ、つばめ!!見ちゃダメだ!!」
 慎一達の懇願もむなしく、つばめはそれを拾い上げてじっと写真を見入った。
 つばめの動きが止まり、まるで嵐の前の静けさのように、とても嫌な感じがする沈黙の時が流れる。
「つ、つばめ……それはだな……」
「つ、つまり、なんていうか……その……」
 慎一達が弁明を始めようとすると、つばめは写真をビリビリに破いて捨ててしまった。
 体中から炎が湧き上がり、怒りのオーラが湧き上がってくるのがヒシヒシと伝わってくる。
「楠瀬先輩!!恵理子!!許しません!!」
 つばめは床に落ちている竹刀を素早くとると、恥ずかしさと怒りと悲しみに打ち震える表情を浮かべながら身構えた。
「オシオキです!!」
 そして……静かな午後の店内で、今日も惨劇が繰り広げられるのであった……


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